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夢現  作者: 桐生 玲
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夢~記憶~

 引き戸の扉、たくさんの靴、土壁、日本家屋を彷彿とさせる独特の匂いのする玄関。一段高くなっているところに少女は膝立ちをし、靴を履いたまま段に座って携帯ゲーム機で遊んでいる、少年の手元を覗き込んでいる。どちらも小学生で、楽しそうにしていた。ふと、二人は急に顔を上げた。遠くで五時を知らせるサイレンが鳴っている。少年はゲームのセーブ画面を開き、少女は靴を履き始める。少年が携帯ゲーム機を少女に渡し、少女は靴箱の上にそれを置きながら、少年に「ありがとう」と一言言った。自分でクリアできないところをクリアしてもらっていたのだ。少年と少女は引き戸を開けて外にでる。車一台ほどの広さしかない道路からバイク一台が通れるほどの道を通り、今度は車がゆっくりすれ違えば通れるほどの道路に出た。そこで二人は立ち止まって、二言三言言葉を交わし、少年が帰ろうとした時、少女が呼び止めた。少年が振り返ると、少女はポケットの中から小さな水色のガラス玉が付いている、根付のストラップを取り出し、少年に渡した。少女の右手にはピンク色のガラス玉が付いた、同じストラップが握られている。これはなに、と少年が聞く。少女は少し微笑んで、お守り、持ってて、と返す。少年は不思議に思いながらもそれを受け取り、自分のポケットにしまった。少年は広い通りを歩きだし、少女はまた明日、と言って小道を戻っていった。

 視界はだんだんと白くなっていき、今度は色がはっきりしてくる。新しく視界に入ってきたのは、明るい木の色をした本棚と、そこにある店舗がバラバラの、紙のブックカバーに包まれた何冊もの小説。視界が完全に色を認知した頃、今度は思考回路が繋がった。まだはっきりしない脳をフル稼働し、さっき見た夢を考える。

 「何で今頃・・・」

 無意識に呟いて身体を起こし、まだ明るくなって間もない窓と携帯のディスプレイに映る時刻を確認して、もう一度薄い毛布に包まって横になり、瞼を閉じた。

 まだ梅雨に入って間もない六月、僕、高野翔は小さいころの夢を見た。




 小学三年生になり、人生初めてのクラス替えがあった。二年間同じクラスだった友達と別れて、新たな友達を作ることになる。小学生というものは実に無邪気で、不思議と不安に思っている子はほとんどいなかったように思う。僕も特に不安はなかった。そして小学生というのは実に残酷で、今まで毎日一緒に行動していた友達でも、クラスが変わって二週間も経てば、お互いに疎遠になっていく。最初の学級活動でありきたりな自己紹介から始まり、一週間、二週間経つなかで、また新たなコミュニティができあがる。僕も何人かの友達と長い休み時間は外で遊び、短い休み時間は誰かの机の周りで話をしていた。

 クラス替えから二か月。クラスメイトには慣れ、日直も一通り全員に回ったところで、小学生にとって一大イベントである席替えが行われることになった。クラスの担任によって違ったが、このクラスはくじ引きで席を決めるとのことだった。先生の計らいで男女互い違いに座るように番号とくじを分けられているのだが、みんな仲が良い友達や、気になる異性の近くの席になれるように願いながらくじを引いていた。僕もいつも遊んでいる友達と近くの席になれればいいと思いながらくじを引いた。全員がくじを引き、先生が黒板に書いた席の図に番号を書いていく。自分の席を黒板で確認し、先生の号令で机を持って移動した。嬉しそうにしている子、淡々と動いている子、それぞれバラバラに新しい自分の席へ向かっていく。左斜め前と目の前の友達はすでに座っていて、僕が机を動かしたあとは隣の空白を待つだけだった。一通りみんなが机を動かし、あと数人だけとなったところで、後ろから声をかけられた。

「ごめん、席そこやけん、ちょっと通してくれん?」

「うん、いいよ」

 僕の周りもほとんど移動してきていたので、その子が机を動かす隙間がなかった。

 その子が机を動かし終わると、先生が席順をメモし始めた。その間にクラスメイトたちは新しい席で周りの子とおしゃべりして、早くも仲良くなっていた。僕は結構人見知りするタイプなので、みんながおしゃべりしている中、黙って黒板を眺めていた。

 「ねえ、何か話そうよ」

 「ん?うん、そうだね」

 隣の子がにこにこしながら話しかけてきた。僕は何を話そうかと考えていると、隣の子は転入生に聞くような質問をしてきた。

 「このクラスには慣れた?」

 「うん、慣れたよ。そっちは?」

 「うち?うちは…まあまあかな」

 ちょっと思い出すような雰囲気で考えて、その子はそう言った。何か気になることがあるのだろうか。何となく気になるところがあるが、あまり話したこともなかったので、深く聞くのは遠慮しておいた。

 会話が途切れ、何か話すことはないかと考えていた。しかし、慣れるまではほとんど無口な僕は、こんな時何を話していいのか分からない。また黙り込んでいると、また少女の方から話しかけてきた。

 「どこら辺に住んでんの?」

 「僕は駅の近く。そっちは?」

 「うちは海の近く」

 「海の近くか、いいな」

 「歩いて5分もかからないよ。でもあんまり行かんけどね」

 こんな他愛もない話をするのは久しぶりで、さっきまで緊張していたのがよく分かる。同じクラスメイトなのに、用事以外で話すのは初めてだった。それなりにみんなと話していた気になっていただけで、実際はそんなに話をしている人はいなかったんだと、気づかされた。

 「席替え、仲良い人たちと離れたん?」

 「まあ、いつも遊んでるみんなとは離れちゃった」

 「そうなん?まあ、くじだから仕方ないね」

 「うん」

 同じ年齢のはずなのに、少し大人っぽい雰囲気を感じる。さっき机を動かしてる時に見た、女子にしては高い身長と、黒くて長い髪、単調な口調のせいだろうか。この子は仲良い子っていないのかなと思い、思わず聞いてみることにした。

 「そっちも仲良い子と離れたん?」

 「うーん、うちは特別仲良いって子おらんからなー。まあ、よくしゃべる子とは少し離れたかな」

 話している内容とは裏腹に、何ともなくけろっとした顔で答える。広く浅く。そう言うのが正しいのだろう。僕と同じだ。

 「ねーねー、うちも混ぜて?」

 隣の子と話していると、前に座ってる子が半身を向けて話しかけてきた。

 「いいよ」

 「何の話?」

 「席替えの話」

 「二人とも仲良い人と離れたねって言ってたん」

 「あーそうなん。うちも離れたー」

 少し間延びした話し方。ぶりっ子のように聞こえなくもないが、この子は素で間を延ばす癖があることは、さすがに二か月同じクラスにいれば分かっていた。

 「一番前って嫌やねー」

 目の前の子は一番前。つまり僕と隣の子は前から二列目なのだ。どこでもいいと思っていた僕も、できれば一番前は避けたいと思っていた。

 「ドンマイ。まあ、そんなに長くないだろうから我慢だね」

 「由紀ちゃんはどこに住んでるの?」

 しばらく僕と目の前に座っている斎藤由紀との話を横で聞いてた隣の子が、間を割って入ってきた。

 「えっと、公園の近く?」

 考えているように視線を上に向けながら、ゆっくりした口調で話す。まるでふんわりした小動物のようだ。

 「どこの公園?」

 「あ、中央公園!」

 今度は自信たっぷりに言い切った。何となくのんびりした子だ。

 「はい、じゃあ静かに。連絡しますよ」

 少し話をしているうちに先生は席順を書き写したようで、静かにするように指示を出した。明日からこの席で授業を受ける。まあ、近くに話しやすい人もいることだし、特に不安はない。そう思いながら先生が連絡するのをのんびり聞いていた。


 席替えから二週間、特に変わったこともなく毎日は過ぎ去り、『いつも通り』と形容される日々がダラダラと流れていく。強いて変わったことはと言えば、席替えで隣になった子、広瀬茜とよく話すようになったことだ。話と言っても、朝学校に来て挨拶を交わし、授業中先生が板書している間にお喋りしたり、授業の合間に分からなかったことを教え合ったり、帰るときにまた挨拶を交わす程度。普通といえば普通の日々を送っていた。

 クラス替えから三か月、席替えから一か月が経つ頃、僕と広瀬茜はしょっちゅう話すようになっていた。斎藤由紀と左前に座っている男子と一緒に話したり遊んだりして時間を過ごすことも多くなった。ただ、斎藤由紀たちに比べ僕と広瀬茜は特別仲が良くなった。放課後彼女の近所で遊んだり、一緒に浜辺にある公園に行くこともあったりと、小学生の頃の僕はそれなりに純粋で無邪気だったように思う。僕たちは年齢の割に落ち着いていて、周りより少し賢かった。その雰囲気をお互いに感じ取っていたのかもしれない。僕は小学生ながらいつの間にか彼女に惹かれていった。


 「ねえ、今日はうち来る?」

 夏休みも迫った七月のとある日の放課後、彼女は僕に問いかけてきた。

 「行く。何して遊ぶ?」

 こんなやり取りはいつものことで、ただなんとなく公園に行ってひたすら話をするだけということも多かった。

 「今やってるゲームで先に進めないところがあるんだけど、翔君できる?」

 「ああ、みんなできないって言ってるやつか。できると思うよ」

 「あ、じゃあやって!」

 「うん、分かった」

 遊ぶことが決まった僕は走って家に帰る。彼女の家は僕の家とまったく逆で、自転車が壊れていた僕はいつも歩いて彼女の家の近所まで行っていた。


 家に着いてすぐに自分の部屋にランドセルを放り出し、家の鍵だけを持って彼女の家に向かった。家に帰るときと同じように走っていく。今度はランドセルがない分、少し速く走ることができる。走っている間にさっき教室で挨拶を交わしたクラスメイトの何人かにも会った。クラスメイトたちは一様に驚いた顔をしてこっちを見たが、僕は構わずに走り続けた。

 学校の横を通り、私鉄の線路の踏切を超えると、仄かに潮の香りがしてくる。彼女の家に近づいてきた証拠だ。だんだんと道が複雑になってきて、やがてバイク一台が通れるほどの道を抜け、彼女の家に着いた。

 呼び鈴は鳴らさない。しばらく息を整えていると、彼女が当たり前のように玄関の引き戸を開けた。

 「早かったね」

 いつものように微笑んで彼女は言った。

 「時間もったいないじゃん」

 「今日5時間目まであったもんね」

 「で、どこでする?」

 「玄関でもいい?」

 「うん、いいよ」

 僕は何度も彼女の家に行ったことがあるが、部屋に行ったことはない。一年生の頃はよく女子の家に遊びに行ったりもしていたが、さすがに三年生にもなると部屋に入れるのは恥ずかしいのだろう。

 僕は玄関の一段高くなったところに座り、彼女は後ろに膝立ちして見ていた。彼女から受け取った携帯ゲーム機を操作して、できないと言っていたRPGのちょっとしたパズルを解いていく。

 「できそう?」

 「できるっちゃできるんだけど、ちょっとかかるかも」

 「今日中にできるかな?」

 彼女はニヤッと笑いながら、挑発するように言った。

 「終わらす」

 僕もニヤッと笑い返して再びゲーム機に向かった。

 僕たちは学校の話や家での話をしながら、二人だけの時間を過ごした。


 「でさ、漢字ノート2ページって多くない?うち、まだこの後色々……」

 「できた!」

 宿題の話をしている途中でクリアした僕は小さく叫んだ。

 「ホント?ありがとう!」

 「ほら、通れるようになったよ!」

 「ホントだ、通れるようになってる!さすが!」

 「結構かかっちゃったな。今何時?」

 「今?今、4時50分」

 彼女の家に着いてから1時間近く経つ。ゲームをしていたせいもあるが、ずいぶんと時間が経つのが速く感じた。彼女といるときはいつもあっという間に時間が過ぎ去っていく。そして毎回、なんとも言えない物足りなさを感じるようになっていた。この頃から僕は茜に惹かれていたんだと思う。

 「じゃあ適当なとこでセーブして終わる?」

 「あ、もう少し進んどって」

 「うん」

 彼女が後ろから僕の両肩に手を置いてのぞき込む。長い髪からは女子特有のシャンプーの匂いがして、少しドキドキしながらゲームを続けた。彼女の前では子どもっぽいところは見せないように変な意地を張っていたのか、胸のドキドキが肩越しに伝わらないようになんて考えながら、平静を装って言葉を発す。

 「で、この後色々何やったん?」

 「ああ、そう!まだこの後にお風呂掃除とか部屋の片づけとかせないかんっちゃけどさ、宿題する時間ないやん?」

 「なるほど、それで寝不足で眠そうなんね」

 「うん、そう」

 それからも、どうでもいいような話を続けた。僕にとってこの時間が一日の中で一番大切な時間だとその時は思っていたし、彼女もそう思っているような気がしていた。

話の合間に目が合うときがあったが、僕らは口で会話するとともに目でも会話できたように思う。お互いの意思が通じているような、そんな関係に僕らはなっていた。

 ふと、外から5時を知らせるサイレンが鳴り始めた。僕は立ち上がってゲームを彼女に差し出す。

 「ありがとう」

 「どういたしまして」

 彼女はゲーム機を靴箱の上に置き、靴を履いて見送りに出てくれる。

 「じゃあ、また明日学校でね」

 「あ、ちょっと待って」

 彼女はジーンズのポケットから何か取り出し、僕に渡す。よく見ると青いガラス玉の付いたストラップだった。

 「これは何?」

 「お守り。持ってて」

 「……分かった」

 彼女は右手にピンクのガラス玉の付いた同じストラップを持ってそう言った。僕は何のお守りか聞きたかったが、なぜか聞いてはいけないような、聞いてしまったら何か戻れないような、そんな気がした。

 「じゃあね」

 そう言って、僕は家に向けて走り出した。

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