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【8 銀の男の要求】

 事態はシヴァルトの予測よりも深刻だった。


「なぜ俺が……」


 呟くシヴァルトの眼下には一軒の山小屋がある。石を組み合わせた頑丈なそこは、山賊たちが拠点としている場所だった。

 位置としてはナーグから先日まで身を隠していた町へ向かう最短ルートの上に当たる。


 シヴァルトも昔からこの場所は知っていた。だからこそ、ナーグとの往復でこの道を使うことは避けてきた。

 ここにスチアとフィルが囚われているらしいのだ。

 それが分かったのはガナイの元を訪ねたからだった。二人はガナイと妻を守ろうと、身代わりとなって山賊に攫われていったらしい。


 二人がガナイたちの元に戻ってこないということは、まだシヴァルトのことを話していないのだろう。

 シヴァルトとしては二人の安否など関心の範疇になかった。それでもガナイのきつい叱責に負けて、ここへ赴くことになったのだ。


 山小屋にはもっと厳重に見張りが配置されているものだと思っていたが、意外にも周囲は閑散としていた。小屋の中に何人が隠れているかはわからない。

 しかし、剣が直った今、山賊などものの数でもないはずだ。


「誰だ!」


 崖の下から声を張り上げる者がいた。小屋から出てきた山賊の一人が、ようやくシヴァルトに気付いたのだ。

 これまでとは打って変わって、身を隠すつもりが微塵もなくなったシヴァルトは山賊の瞳をしっかりと見つめ返した。


「シヴァルト・ラズナー」


 名乗りながら、崖を一息に飛び降りた。

 いくら低いとはいえシヴァルトの身長の倍以上の高さがある。加えて、飛び降りた先は大小さまざまな岩が転がる危険な場所だ。普通に歩くことも容易ではないそこへ、一切の迷いもなく跳躍した。


 常人ならば怪我をしておかしくない状況だが、シヴァルトは軽やかに着地を決めて山賊の正面に立った。

 威勢よく侵入者を咎めた見張りと思われる青年は、目を丸くして立ち尽くしている。身体を硬直させながら、眼球だけを器用に動かしてシヴァルトの姿を捉えようとしていた。宝玉のようなシヴァルトの瞳が青年を射抜き、彼は口をパクパクと動かした。

 髪の色こそ違うが、長身に銀の瞳は重傷を負った仲間から伝え聞いた情報と符合する。


「銀の男だー! 銀の男がっ……!」


 ようやく状況を把握して、山賊の青年は声を張り上げる。

 騒ぎを聞きつけて集まった山賊たちは十名にも満たない。その面々をぐるりと眺め、シヴァルトは自分を取り囲む者たちに無抵抗で降伏する姿勢を示した。


「女と子供を解放しろ」


 自分の身と引き換えに提示した交渉を、山賊は無視した。一人が剣を抜く音がして、それを合図に山賊たちが一斉に襲い掛かってきた。それを受けたシヴァルトも精神を集中させて戦闘に備える。


 息吐く暇さえ与えず、さまざまな方向から剣が襲い掛かってきた。

 山賊たちは相当訓練されていると見え、息の合った連携プレーで仲間を傷つけずシヴァルトだけを追い込むように陣形を変える。


 攻撃をかわすばかりでは、いくら回復能力に長けたシヴァルトでも限界を迎えるだろう。普段なら逃亡してしまえばそれで済むが、今回はスチアとフィルの奪還という責務がある。

 シヴァルトも剣を抜くと、先ほど大声を上げて仲間を呼び集めた青年を狙って切りつけた。


「うっ……!?」


 彼は仲間を呼び集めたことで油断していたらしく、辛うじてシヴァルトの攻撃を受け止めたが強固に見えた陣形に綻びが生まれた。

 その隙を見逃さず体当たりを食らわせて山賊たちの包囲を抜け出した。


「チッ」


 舌打ちが聞こえ、山賊たちは陣形を変えた。シヴァルトを逃がすまいと繰り出された剣戟けんげきで何か所か浅い傷を受けたが、それもすぐに修復される。

 軽く息を整えると、再び山賊たちと剣を交えた。




 何やら急に外が騒がしくなった。見張りに付けられていた者たちまで入れ替わりで外の様子を窺いに動いている。

 スチアたちがこの建物に連れてこられてから数日が経つが、こんなことは初めてだった。


「妙ね……。何かあったのかしら」


 見張りに聞こえぬよう押し殺した声でスチアが呟いた。

 ここに連れてこられる原因を作った男――シヴァルトの所在をきつく問い詰められていた時にもこんな混乱はなかった。胸がざわつき、不安を掻き立てられる。


 そこへ外へ出ていた者たちが慌ただしく出戻ってきた。口々に「銀の男」「お頭」「連絡」といった言葉を交わしている。

 スチアはその言葉に耳を疑った。


「銀の男……? シヴァルトが来たっていうの?」


 そんなはずがない。スチアは自分の考えを振り払うように頭を左右に揺すった。

 シヴァルトは誰にも何も告げず、そそくさとどこかへ逃亡したのだ。恩人であるはずのガナイにも無言で逃げ出すような男が何を思ってこんな場所に来るだろう。


人違いに違いないと思う反面、明らかな男たちの狼狽ぶりに困惑を隠しきれない。

 考え込むスチアの脇腹をフィルがつついた。


「ねぇ、シヴァルト? シヴァルトが来たの?」

「……っ、こら!」


 遠慮ない声量で放たれたフィルの声に、山賊たちの視線が一瞬にして二人の元へ集まった。

 引きつった笑顔でその場を凌ごうとしたスチアだが、両肩を山賊の武骨な手にがっちりと掴まれた。


「テメェら……やっぱり知っててしらばっくれてやがったんだな!」

「ち、違うわ」


 否定しながら身を引こうとするが、男の力に敵うはずもない。

 懇願するように弱々しい表情を作りながらも、スチアは視線を逸らさなかった。


 恩人であるガナイが店を失ってまで守ろうとしていた男だからとスチアも沈黙を続けてきた。それはガナイへの恩義からであって、シヴァルトに関して何も知らないというこれまでの証言は決して嘘でない。

 それを山賊に伝えたところで、拘束されるのがスチアとフィルからガナイと妻のマーサに変わるのが関の山だろう。

 ならば、知らぬ存ぜぬの態度を突き通すのみ。


 スチアの決意を感じ取ってか、フィルも固く唇を結んだ。

 息を吐きかけるように顔を寄せた山賊が険しい表情で問いかけた。


「本当にあの男を知らないんだな?」

「……う、うん。ボクたち、シヴァルトのことなんて知らないよ」


 一瞬言い淀んだスチアを守ろうとしたのだろうか。

 はっきりとした口調で答えたフィルに、山賊は満面の笑みを浮かべた。


「なら、どうしてあの男の名前を知ってるんだ。小僧」


 ――……フィルのバカ。


 声にならない声を漏らし、スチアが小さく項垂れた。

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