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【6 過去の痕跡】


「お前じゃろう」


 部屋に入るなり、老人はシヴァルトをねめつけた。


「山賊の若い衆が二人やられた。犯人を探しとるそうじゃ」


 それまでのシヴァルトの思案をあざ笑うように、無遠慮なガナイの言葉が続いた。

 傷ついた剣の様子とガナイの話を合致させたフィルの表情が強張る。

 そして、改めて先ほどの脅しが偽りでないことを感じ取ったようだ。


 鋭い視線にさらされるシヴァルトはといえば、ガナイの言った「二人」という言葉に引っかかりを覚えていた。

 朝に出会ったのは確かに三人組だ。

 その疑問に答えるように、ガナイは口を開いた。


「生き延びた一人がうわごとを言うそうじゃ。『銀色の大男が……』と」


 剣でやり会った二人は確実に息の根を止めた。となれば、残るは木の下敷きにした男だろう。あれの生死をあらためなかったのは不覚だった。

 僅かな気の緩みでここまで早く足が付くとは。


 後悔に顔をしかめながら、シヴァルトは先ほどフィルに示した二枚の金貨を作業台へ置いた。


「世話になった。また――」

「馬鹿者!」


 足早に去ろうとしたシヴァルトを、老人の声が一喝する。

 腰の曲がった姿は見下ろすほど小さかったが、有無を言わせない迫力があった。


「その恰好で表に出る奴があるか! 髪を切れ。染料もまけてやる」


 その口ぶりからガナイはシヴァルトをかばうつもりのようだと知れた。しかし、その言葉に甘えることはできない。

 髪型を変え、色を染めたとしても気休めにしかならないのだ。加えて。その程度のことであっても、逃亡の幇助ほうじょに変わりはない。問われる罪の重さも然りだ。


 手間と危険を伴うくらいなら、と扉に手を掛ける。

 表の騒々しさは潮が引くように次第に遠ざかっているようだった。


 ――今ならば行ける。


 シヴァルトが表へ出ようとした時だ。

 何者かがシヴァルトの二の腕を掴んだ。その位置から、ガナイやフィルでないことを知る。


「あなた、言葉も通じないの?」


 責め立てる口調で引き留めたのはスチアだった。

 よく通る声で説教を垂れながら、開きかけた扉を再び閉ざす。


「あなたが来たと知って、おばあさまが喜んで料理を作っているの。顔も見せずに逃げるつもり?」


 スチアの言い方は気に食わなかったが、内容は間違っていない。

 渋々ながら室内へ戻ろうときびすを返した。すれ違いざま、スチアを見下ろしてため息を吐く。


 女にしては背が高いスチアも、シヴァルトと並べば頭一つほどの身長差がある。頭上から浴びせられたため息に、アーモンド型の双眸が細められた。

 不本意ながら、シヴァルトが言葉に従ったことには違いなかった。


「おばあさま、あなたのために部屋を用意してたわ。……悪い人じゃ、ないんでしょう?」

「さあな」


 探りを入れようとするスチアを拒絶し、シヴァルトは鋭い眼光をガナイに向ける。


「店は仕舞いじゃ。山賊がおっては皆出歩かんじゃろ」


 フィルとスチアに指示を出すと、ガナイ自身も腰を上げた。

 鍛冶場を出ると、すぐにガナイの妻が出迎えてくれた。人の好い笑顔の奥に、心配そうな瞳がある。


 長旅で汚れたシヴァルトの服を脱がせると、彼のためにあつらえたと思われるサイズの大きな服を引っ張り出してきた。

 食堂では少し早い夕餉が湯気を立てて出迎え、皆が食卓に着く間にガナイの妻は洗濯に風呂の支度にと甲斐甲斐しく動き回っていた。

 



 鏡の前に座ったシヴァルトはため息を吐いた。

 月光を受けてきらめいていた銀の髪は、闇を流し込んだような濃紺に染まっている。滑り止めとして剣のつかに巻き付ける布を染める染料を用いたせいか、中途半端な色になってしまったのだ。

 何度か繰り返して染めれば、今よりもずっと黒に近づくだろう。しかし、そこまで悠長に過ごす時間はなかった。


 髪を燃やせば異臭が出る。今のこの状況からいけば、いくら民家と離れた位置にある鍛冶場といえど山賊に目を付けられかねない。

 そう説き伏せて、どうにか髪の長さだけは変えずに済んだ。


 やや苦しい言い訳であった。けれども、これ以上ガナイたちに心配をかけるわけにはいかない。

 髪を細紐で一つに纏めると、隠れていた傷痕が露わになった。普通ならば命を落としていておかしくない、首筋の深い傷痕。この存在を知る者はわずかに一人だ。

 シヴァルトの身体にいくつもある傷痕の中で、最も付き合いが長いものだった。


 すっかり綺麗になった代わりに、湿り気を帯びたコートを羽織る。傷痕を隠すように、フードを深く被った。

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