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【4 一抹の不安】

 両手を広げればつっかえそうな狭い部屋の中心を傷だらけのテーブルが陣取っている。

 床に座って使うには高く、椅子に座って使うには低い中途半端な造りだ。それを挟むように、これまた簡素な造りの椅子が置かれていた。座面の木材がむき出しになった丸椅子は最低限の背もたれすらない。


 名ばかりの応接間にあるのは、本棚一つと上着掛け。窓の代わりに壁にかかる絵画はガナイの妻が趣味でたしなむ風景画だった。植木の一つでも置けば無機質な雰囲気は解消できるのだろうが、それすら置く場所がないありさまだ。

 その狭さのおかげで天井から吊り下げたランプに火を灯すだけで十分な明るさが得られる。


 窮屈な印象は否めないが、もとより使う予定のない部屋だったのだろう。部屋のいたるところに張られた無数の蜘蛛の巣が埃を纏って存在を誇張していた。

 ランプで暖められた空気が循環し、蜘蛛の巣を揺らす。淡い光に照らされたその光景は幻想的ですらある。

 しかし、それと同時に室内にたれ込めるかび臭さが来客を拒んでいた。


 ガナイは大儀そうに声を漏らして出入り口の扉に近い椅子に座ると、シヴァルトに奥の席をすすめた。この老人は部屋が埃まみれであろうと蜘蛛の巣まみれであろうと動じない。

 シヴァルトは不機嫌そうな顔をさらにしかめると、羽織っていたコートを脱いだ。上着掛けに掛けようと近寄るが、それすらも蜘蛛の巣まみれであるのを視認して舌打ちをした。

 手で椅子の座面を払うと、上着を抱えたまま老人に向き合って座る。


「わざわざこの時期に来るなんて、お前も変わり者じゃな」


 灼けた鉄のように真っ赤な顔で老人は笑った。顔じゅうのしわが深くなり、歯のない口が露わになる。髪が薄くなった頭皮に明かりが反射した。

 そのまま噛みついてきそうな勢いのガナイに、シヴァルトは剣を突き出す。この老人相手では真面目に答えるだけ時間の無駄だ。


「また折ったのか」


 老人は鼻先に向けられた剣をたじろぐこともなく受け取った。口ではやれやれとぼやきながら、真剣な目が外装を舐め回すように動く。

 ランプがジジッと音を上げるたび、蜘蛛の巣に燃え移りはしないかとシヴァルトは心配になった。


 ガナイはお構いなしで微妙に剣の角度を変えてはランプの明かりを当て、気になった部分は指先で擦っていた。肝心の刀身には目もくれないガナイに痺れを切らせ、シヴァルトが腰を浮かせる。

 老人はその目の前へ剣を持ち上げると、鞘の一点を指す。鞘のふちにこびりついた血の塊を爪で削ぎ落してシヴァルトに示した。

 手入れの悪さを指摘されたシヴァルトはうんざりして適当な相槌を打った。


「血の臭いが次の争いを呼ぶんだと言っとるじゃろ!」


 お決まりの説教を垂れながら、剣を鞘から抜く。緩く反った刃は、欠けを強調するように光を反射させた。

 刃こぼれを認識したガナイの目の色が変わる。ようやく本題に入れるとみたシヴァルトがようやく口を開いた。


「どのぐらいで……」

「馬鹿者っ!」


 修繕にかかる時間を尋ねようとしたところをガナイが一喝した。

 鍛冶師は刃の状態からその剣がどのような戦いに使われたかを大よそ予測できる。シヴァルトの粗雑な扱いもガナイの前では筒抜けだった。


 ヘラン近辺では用いられることのない特殊な刀身のため、シヴァルトの剣は修理が難しい。加えて、もともと使用されていた地域でも時代と共に数が減っていると言うではないか。その存在がどれほど貴重であるか。

 ガナイの説教はこんこんと続いた。


 永遠に続くかと思われた説教を遮ったのは、ガナイから仕事を引き継いだはずのフィルだった。慎重にノックをして、しょぼくれた様子で部屋に入ってくる。

 部屋の汚さに驚く素振りを見せたが、それも一瞬のことだった。


「ごめんなさい」


 開口一番にそう告げたフィルは、しおらしく手の中のものを差し出した。

 ガナイが丹念に鍛えた短剣は無残に潰れていた。酸化して光沢を失ったそれは、言われなければ短剣だったとはわからないだろう。

 恥ずかしさのためかフィルの顔は耳まで赤くなっていた。


「また力任せにやったんじゃろ?」


 険しい表情でガナイがねめつけた。フィルは肩を落として叱責を受け止める。まだ子供らしさの残る双肩は、重責を受け止めるにはあまりに頼りない。

 ガナイはうんざりとした様子で腰を上げると、シヴァルトの剣を手に取った。


「フィル、ついてこい。これを直すぞ」


 老鍛冶師がシヴァルトの剣を見せると、フィルの目が輝いた。見たこともない異国の剣を前にして、青藍の瞳に好奇心が燃え上がる。


「シヴァルト、お前もじゃぞ」


 手入れの基礎を一からやり直すと息巻くガナイを先頭に、連れ立って部屋を出た。淀んだ空気の中にいたせいか廊下の空気が澄んだものに感じられる。

 大人二人に挟まれたフィルは、廊下に出た途端に深呼吸を繰り返し始めた。応接間で顔を赤くしていたのは最低限まで呼吸をこらえていたせいかもしれない。だとすると相当にしたたかな少年だ。

 ふ、と息を吐くと、シヴァルト自身も深い呼吸をした。


「あの部屋は空気が悪くてかなわんな」


 ガナイ自身もぼやいて咳をする。腰の曲がったその姿は、熟練の鍛冶師とは思えなかった。ガナイを「おじいちゃん」と呼ぶフィルのおかげもあって、本当の祖父と孫のように見える。

 

「お前は触るな」


 剣に興味津々のフィルに向け、シヴァルトが低く囁く。

 背後からの不意打ちにビクリと肩を揺らすとフィルの背筋が伸びた。剣に伸びかけていた小さな手がわざとらしく後ろで組まれる。

 牽制の効果に呆れるシヴァルトに、ガナイがぼそりと呟いた。


「お前の扱いにはフィルの鍛冶がお似合いじゃ」


 冗談とも本気ともつかない口ぶりがシヴァルトを硬直させた。

 すると、老人は意地悪く笑う。あれだけ大切に扱えと説教をしていた剣を杖の代わりにして。

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