第14話 水の竜王
それは海の奥底で眠っていた。
他の生き物達はそれには近付かず、またそれも他の生き物達に近付かなかった。
海の中は静かで穏やかだ。故に、それはわざわざ生態系を荒らすようなことはしない。何百年も前は好き勝手に暴れていたが、それは過去の話だ。
だが、ただ一つ。
――憎き炎の竜王が近くに来た場合だけは別の話だが。
翌日。船内で朝食を終えて草太とアテナは甲板に出て海を眺めていた。
「風もあるし今日も絶好の航海日和ね」
「そうだな。……そう言えばこの世界には蒸気機関とかないのかね。この船は帆船みたいだけど」
「さあ? 文明の発達具合はさすがに分からないわ。直接聞けばいいじゃない」
「そう簡単に聞けるもんじゃないんだよ」
草太が肩をすくめると、アテナが「どうして」と視線で訪ねる。
「もしこの世界に蒸気機関が無かったら、それを知ってる俺の素性を探られるかもしれない。異世界転生者なんて言えるわけもないしな」
「あら、知識チートはやらないの?」
「やりたいと思ってたけど、この世界はそんな能天気にやれるものじゃ無さそうだしな」
「それは確かにそうね。私も竜王を見た時はビックリしたもの」
アテナがガリアムスとの戦いを思い出して首をふる。
「ガリアムスは元気かな」
「アレがそんなひ弱な生き物だと思う?」
「確かにな」
アテナの返しに草太は思わず頬を緩めた。竜王があっさりと死ぬという状況は考えにくい。
「ガリアムスの話で思い出したけど、竜王ってのは全部で七頭いるらしいぜ」
「あんなのがあと六頭もいるって言うの!? 冗談じゃないわよ、この世界は世紀末か何か?」
草太が思い出したことを口にすると、アテナがげんなりとした様子で天を仰いだ。
「残念ながら冗談じゃない。そんで、そのうちの一頭である水の竜王がこの海の底で眠っているって話だ」
「ちょっと、気が滅入ること言わないでよ。あの蛇野郎のお仲間が私達の真下にいるって言うの?」
「まあ安心しろよ。水の竜王は温厚だから人を襲ったりはしないんだってさ。まあ、海にポイ捨てでもしたら出てくるんじゃないか?」
「そんなことする輩がいるわけないでしょ」
草太とアテナがお互いに笑いあうと。
突如水面が揺れた。
「なんだ?」
「総員、位置につけ。魔物かもしれん」
「大砲よーい!」
揺れに気付いた船員達が戦闘の準備を始める。
「獣人達は船内に避難しな! ソウタ、魔物の姿は見えたかい?」
アルビダが甲板まで来て草太に尋ねる。
「いや、特に何も見なかった」
「魔物除けの加工がされているこの船に近付くってことは結構強力な奴だね。恐らく、刀鮫か海王鯨か……」
「まさか竜王が来たりなんかしないよな」
草太の言葉を聞いたアルビダが小馬鹿にしたように笑う。
「まさか……奴が私達を狙う理由がないだろう? 炎の竜王ガリアムスがいるわけじゃないし」
「「ああ……」」
アルビダのその言葉に草太とアテナは何かを察したように天を仰ぎ――。
水面が膨れ上がり、飛沫とともに爆発した。
「撃ェーーーーー!!!」
アルビダの号令と共に轟音が鳴る。黒鉄球がいくつも水飛沫に吸い込まれ、緋色の爆発を起こした。
「草太くん!」
「ソウタ!」
その間に、花奈とメリナが草太のそばに駆け寄ってきて不安げに水柱を見上げた。
「リフィアは?」
「中で寝てる。さすがにあの状態じゃ戦えねえよ」
「それもそうか。あいつの安静のためにもさっさと終わらせよう。……終わらせられるといいなぁ」
意気込もうとした草太は水柱の向こうにいる存在を思い出し、何度目かわからないため息をつく。
「ねえソウタ。私嫌な予感しかしないんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
ひきつった笑みを浮かべるアテナの横で、草太は同じような表情でリコシフォスを抜く。
「草太くん、何かしたの?」
「俺は何もしてないよ……俺は、何も」
花奈のジト目に草太は首を振った。
「この海の中には水の竜王がいるんだ。んで、最悪なことに水の竜王はガリアムスと仲がすこぶる悪いらしい。そんな奴の真上に……ガリアムスと何度も会っている俺たちが来たらどうなると思う?」
草太の説明に花奈とメリナは顔を青くした。
「そ、それって……」
「まさか……」
花奈とメリナが言い終わるよりも早く。
「ガリアムスはどこだ――――――――――!!!!」
すさまじい重圧を感じさせる咆哮が響いた。
「ああ、やっぱりな……」
草太は自身の数奇な運命を呪いながら、声の響く方角――水柱を見据えた。
それが姿を現す。姿を見た『黄金の海賊団』の船員達が一斉にどよめく。あのアルビダも、驚愕して目を見開いた。
ガリアムスが『竜』であるのなら、それは『龍』であった。太い足などはなく、蛇のように細長い体をしている。海を映したような青色の鱗は、日の光を浴びて水滴と共に淡く輝いている。
翼もなく、代わりに背びれのようなものが長い胴体の背に連なる。ガリアムスより細い咢の横からは、白い髭がうねる。
『それ』は神秘を体現したかのように美しく、荘厳だった。
何も知らなければ、その神々しさにひれ伏していただろう。
だが、草太は知っている。目の前にいる存在がその内にどれほどの力を孕み、どれほどの理不尽を自分に叩き付けてくるのかを。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォ――!!」
『それ』は――水の竜王は、もう一度身の毛もよだつような咆哮を上げた。
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