第8話 非道の人間
メアリが突っ込んだ倉庫から、白い煙が上がる。恐らく小麦粉が保管されていたのだろう。
(……この煙に乗じて不意打ちを仕掛けてくるかもしれないな)
視界を塞ぐ煙を見ながら、草太は警戒を解かずに剣を構える。
「ふふふ……」
白煙の中から、メアリの静かな笑い声が響いた。透き通っている綺麗な声のはずなのに、草太の背筋に悪寒が走る。
「素晴らしいですわ、ソウタ。貴方と言う人間に出会えて、私は幸せです」
「俺はお前に会って散々な目に遭ったけどな」
「いけずですねぇ……」
白煙を切り裂き、メアリが姿を現した。
「貴方も私も、同じ境遇にあるのです。寵愛の元に生きている存在なのです」
「俺はお前とは違う。俺は好き勝手に人を殺したりしない」
「……けれど、戦い続けるのでしょう? 私と同じ様に、その手を血に染めるのでしょう……?」
「……黙れよ」
リコシフォスをメアリに向け、草太は冷たく言い放つ。
「その冷たい瞳が、何よりの証拠です。貴方も私も――同じ狂人なのです!」
メアリが戦斧を振り上げ草太に飛びかかる。
「っ!」
火花と共にリコシフォスと戦斧がぶつかり、二人は拮抗状態に入った。
「その力を、その権威を振るうことに、何も違いなんてありませんわ。矮小で無力な人間を殺す力を、貴方も私もその身に宿している」
「どう使うのかで、雲泥の差だろうが! お前は快楽のために人を殺す! そんなの間違っている! 力は、守るためにあるんだ!」
草太はメアリの言葉を跳ね除ける。確固たる意思を持って、メアリに否を突きつける。
「だから、名前も顔も分からない奴隷を助けるのですか?」
「……まあ、今回のはお前達の手がかりを見つけられると思ったから協力したんだけどな」
「貴方の素直な所、私はとても好きですよ」
「嬉しくねえな」
戦斧を払い除け、草太はメアリから距離を取る。
「貴方達がこの作戦に介入してきた時点で、もう失敗は見えていたのですよ。ハガラとその部下では、貴方のお仲間には勝てないですし」
「……お前らは、この国で何を起こそうとしていた?」
「戦争ですよ」
草太の問いに、メアリは静かに返す。
「オスクルは平和な国です。かの大戦でも真っ先にディアモリス帝国に占領されてしまった程に。そんな国が獣人達に攻めいられ、滅ぼされたとしたら……オスクルと同盟を結んでいる他の二国はどのような対応をするのでしょうか? そして、ノーシェンを守るために金の冒険者を擁するアンスロコーラも参戦したとしたら……」
「二つの大陸を巻き込んだ戦争……それが狙いか」
アルビダが危惧していた通りのことを、『黒の巨人』はやろうとしていたという事だ。
「……お前達は、どうして人を殺すんだ。野望とやらは、沢山の人を殺さないと達成できないものなのか?」
「ええ。『黒の巨人』を復活させるためには、数多の屍が必要です。そのために、この『ルージェン』を奪ったのですから」
そう言ってメアリが取り出したのは、赤黒く輝く短刀だった。草太達が『黒の巨人』を追っている理由の一つである、フェリア王家の遺産。
「ソウタ、こちら側に来なさい。貴方なら、私達の悲願に理解を示すでしょう」
「アホか。外道に落ちるつもりはねえよ」
もう語ることは無いと、草太は件を構えた。メアリは落胆する様子もなく、笑顔を崩さず斧を構える。
――そうして、また二人の武器がぶつかり合った。
一方で、花奈達は苦戦を強いられていた。名も知らない獣人達が群がり、ハガラに手を出すことが出来ない。
「あんたたち、あの男に良いように使われて悔しくないの!? 生きてるんだったら戦いなさいよ!」
アテナが獣人達を殺さないように跳ね除けながら、苛立ちと共に叫ぶ。
けれど、獣人達は止まらない。常人離れした身体能力でアイギスに拳や脚をぶつけてくる。
「はっはっはぁ! やれ、お前ら! 俺が逃げるための時間稼ぎだ!」
獣人達に手間取っている間に、ハガラは部下を連れて花奈達から離れていく。
「待ちなハガラ! 逃がす訳には行かないんだよ!」
アルビダが銃弾を撃つが、ハガラに【鋼鉄化】の魔法をかけられた木や石ころによって全て弾かれてしまった。
「姉御、奴を追うのはもう無理です! 今は獣人達に集中しないと!」
「ちぃ! ハナ、闇魔法は使えるかい!?」
「はい!」
「こいつらを眠らせてやんな!」
「分かりました! 【フォールスリープ】!」
花奈の魔法で、獣人達が深い眠りについた。
「クソ! またあいつに逃げられちまったか……」
「一筋縄ではいきませんね」
「ああ……だが、囚われていた獣人達が戻ってきただけよしとするかね……」
アルビダとティーチは疲れた顔でため息をつく。
「この人達はどうするんですか?」
「もちろん故郷に送り届けるさ。けれど、この首輪をなんとかしないといけないからねぇ……」
「それならソウタが適任です。私の同胞も彼の魔法で助けられましたから」
「ソウタはそんな魔法が使えるのかい!? なら早く探さないとね」
「でも……メアリとまだ戦っているでしょうし……」
花奈が顔を伏せると、事情を知らないアルビダとティーチは揃って首を傾げた。
「メアリ! ずらかるぞ!」
草太とメアリが激しい戦闘を続けていた所に、ハガラ達が顔を出した。
「あら、大して時間も稼げないのですね」
「アルビダの奴が追ってきやがったんだ! さすがに分が悪い!」
「……はぁ。ソウタ、貴方との決着はまた今度にしましょう」
「逃がすかよ!」
草太が飛びかかろうとしたその時。
草太の足が、固まったように動かなくなった。見ると、鋼と化した地面が草太の両足をがっちり掴んでいる。
「なんだ、これ……!」
「では、御機嫌ようソウタ。次に会う時は、お互いに死力を尽くしましょう……」
メアリとハガラは、静かに倉庫街の影に消えていった。
「ちくしょう、待て……待てよ、メアリぃぃいいいいいいいい!!」
草太の叫びが、無人の倉庫の前で虚しく響いた。
読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字報告がありましたら遠慮なくお願いします!
次の更新は金曜日になります!本当に申し訳ございません!




