第7話 初めての夜(他意は無い)
長いです。
過去最長……
「村の救世主、ソウタ殿とハナ殿にかんぱーい!!」
『かんぱーい!!』
日がすっかりと沈み、辺りが暗闇に包まれた午後七時頃。
ドリの村中央広場ではキャンプファイアーを中心に、人々が車座になっていた。
彼らの前には様々な料理が置かれ、香ばしい匂いを漂わせている。
そんな人々にちやほやされている二人と一匹。勿論、草太と花奈とキットだ。
風爪熊達を撃退した後、草太達は熱烈な歓迎と共に村に入った。そこで村長を名乗る老人にお礼を言われ、夕食をご馳走になったのだ。
「すいません、お昼だけじゃなく夕食まで……」
好待遇に申し訳なくなった花奈がそう言うと、村長は顔を綻ばせて手を横に振った。
「何を言いますか! お二人はこの村を救ってくれたのです。これぐらいのもてなしはさせてくだされ」
「はあ……」
正直、ここまでされると逆に気まずくなってくるのだが、ここは好意に甘えておいたほうがいいのだろう。実際に、草太なんかはさっきから食べてばかりだが、その食いっぷりが村のおばさん達に受けている。
キットは初め、魚が無いことに文句を言っていたが、果物を上げるとおとなしくかじり始め、その姿が若い女性達の目をハートにしている。
そして、花奈はと言うと――。
「ハナさん、こちらの肉なんてどうですか? これは加齢鹿という何十年も生きる鹿の熟成された肉なんですよ!」
「いえハナさん! この山菜の盛り合わせなんてどうですか!?」
「……ところでハナさん、ハナさんはいつまでこの村に滞在してくれるんですか……?」
「俺は、ハナさんにかけてもらった回復魔法の暖かさが忘れられないんです」
「いえ、俺はむしろあの超常的な魔法の数々に感動しました! 是非、僕と結ばれてこの村で狩りの手伝いをしてください!」
村の若い男達に言い寄られていた。
花奈は学校でファンクラブができるほどの美少女だ。それは、異世界でも通じるらしい。
加えて花奈は、強力な魔法で森の頂点である風爪熊を何体も屠ったし、戦闘後には負傷者にこれまた強力な回復魔法をかけていた。
そのため、このように一部、というか殆どの村の若い男性達に心酔されている。
だがしかし、花奈としても軽々と男達の誘いに乗るわけにはいかない。鍛え上げた『言い寄ってくる男を素気無く回避するスキル』を存分に発揮する。
「もうそんなに食べられないので……、回復が効いてよかったです……、結婚とかはまだちょっと……」
曖昧なようで、きっぱりと断っていく花奈に、次第に男達が諦めたように引き下がっていく。
されど、しつこい男というものはどの世界にもいるものだ。
「ハナさん、では、婚約だけでもしてくれませんか!?」
「えと……」
花奈の頬がヒクつく。
「すいません、まだそう言うことを考える歳では無いですから……」
「何を言っているんですか! 女性など、十四から十八の間に結婚するのが普通でしょう! ハナさんは十七だと聞きます。そろそろ結婚を考えるべきでしょう!」
強引男の発言に、周りの男達からそうだそうだとコールが上がる。
(結婚平均年齢が十代って……文化が違うなあ……)
軽く戦慄しながらも、花奈は苦笑気味に断った。
「その、すいません……私はこれからもしばらく冒険者として生きていくつもりですし……家庭に入るとかは今は考えていないんです」
花奈がそう言うと、男達は落胆したように口々に言った。
「そう、ですか……」
「そりゃそうだよなぁ……」
「ソウタ殿と一緒に旅してたら、他の男に目を向けるわけ無いよな……」
最後の言葉で、花奈は飲んでいたお茶を詰まらせた。
「げほ、げほっ! ……あの、別に草壁くんは関係無いですよ……?」
「いいんです! 薄々わかっていましたから!」
「淡い期待をした俺たちが悪いんです!」
「お二人は、はたから見たらお似合いなのに邪魔しようとしてすいませんでした!」
「お、お似合いだなんてそんな……」
花奈は頬を赤らめてお茶をお代わりした。その拍子に、ちらりと離れたところにいる草太の様子を見た。
相も変わらず美味しそうに料理を食べて、おばさん達を喜ばせている。こちらの様子など、見向きもしない。
「……」
なんとなく悔しくなった花奈は、ふくれっ面でお茶を飲み干した。
草太はいわゆる痩せの大食いだ。日本にいた頃からそうだが、基本的にいくら食べても太らない。
しかも今日は戦闘という激しい運動をした後なので、それはもう空腹であった。
そのため、彩りも味もいい異世界の料理を無我夢中で食べている次第だ。
「ソウタくん、これもどう?」
「あ、いただきます」
「これも美味しいわよ〜」
「あ、じゃあ、それも」
満面の笑みを浮かべるおばさん達に囲まれながら、会話もそこそこに食べる草太。どれも初めて食べる味だが美味で、するすると胃に入っていく。
「いいわねえ。こんなおばちゃん達の料理でよかったらもっと食べてね」
「いやー、俺、ふだんは自分で料理しているんで、こういうお袋の味みたいなものは久しぶりですよ」
草太が笑いながら答えると、おばさん達は驚いたように目を見開いた。
「ええ!? 料理ができる男なのかい!?」
「将来は料理人にでもなるの!?」
「いや、俺の国ではけっこういましたよ、料理する男子って」
この世界では、女性は家の中にいるべきという概念が強い。
特にこの村では男は狩猟、女は家事と分担されているので、一層そのような考えが浸透している。
だから、草太のような存在に出会うのは珍しいのだろう。
「すごいわねえ、ウチの息子にもしっかりとしてほしいわ」
おばさんの一人がそう言って、ちらりと花奈に取り巻いている男の群れを見た。あの中に息子がいるのだろう。
「あ、そうだわ。ねね、あの子は恋人なのかい?」
「違いますよ、同郷出身の冒険者仲間です」
「あらそうなの。お互いに恋心は芽生えたりしないの?」
「無いと思いますよ。恋人っていうよりは仲間の意識が強いんで」
草太は涼しい顔で答えた。
「あらあら、ソウタくんが冒険者じゃなかったら、ウチの娘をもらって欲しかったんだけどねえ」
「あ、ずるい! うちの娘ももらってほしいわよ!」
「いやー、俺なんかにはもったい無いですよ」
草太は愛想笑いを振りまきながら、食事を続けた。
しばらくして、草太と花奈は村長のそばに来ていた。
「どうされましたか、ソウタ殿、ハナ殿?」
それに気づいた村長が、酒の入った杯を置いて尋ねた。それに花奈が答える。
「あの、お願いがあるんです」
「ふむ……あなたがたは村の恩人です。できる限り応えましょう」
「今夜、一晩だけ泊めてくださいませんか?」
花奈の真剣な表情に、村長は破顔した。
「はっはっはっ、そんな緊張しないでください。そんなことなら何泊でもいいですよ。ワシの家に空き部屋があります。そこに泊まっていってください」
「ありがとうございます! ……あともう一つあるんですが……」
「ふむ、なんですかな?」
「……実はもう路銀が底をついてしまっていて……ほんの少しでもいいので私たちに恵んでくださいませんか?」
「おお、もちろんですとも。もともとあなた方にはいくらかお礼を差し上げるつもりだったのですからな」
「「ありがとうございます!!」」
草太と花奈は揃って頭を下げた。これでスードの街についても、当分の間はなんとかなりそうだ。
「しかし、お二人のような実力者がまだ無名の冒険者だということが信じられませんな」
「故郷で修行を積んで、いざ冒険者生活! って感じで出てきましたから」
「なるほど……。その故郷というのはどこですか?」
「あー……日本っていうところです」
「ニホン……聞いたことがありませんな」
「まあ小さい国ですので。……ところで、今日のように風爪熊が群れで行動するのはよくあることなんですか?」
これ以上掘り下げられると面倒なので、草太は強引に話題を変えた。
「いいえ、ワシも生まれて初めてです、あんなことは。あの熊達は普段は四から五匹で生活していますからね」
「原因はわかりますか?」
「どれも現実的ではありませんが……異常繁殖が一番可能性として高いですな。あとは、風爪熊の縄張りを風爪熊より強い魔物が奪ったとか……あるいは、何者かが風爪熊を操ってけしかけたか」
「最後の可能性は、無いと信じたいですね」
草太が顔をしかめた。
(あれだけの数の強力な魔物を操るなど、相当の実力者で無いと無理なはずだ。この世界のビーストテイマーの平均的な力なんて知らないけど)
草太の懸念を吹き飛ばすように、村長が笑顔を作った。
「まあ最後のはありえませんな。風爪熊は人には懐きませんから」
その言葉に、草太は某有名アニメ映画の人に懐かないキツネリスのことを思い出し、どこか不安になったのだった。
夜が更け、宴も終わり、草太、花奈、キットは大きな村長の屋敷に迎えられていた。
ここでしばらくお待ちくださいと通されたリビングで、出されたお茶に口をつけている草太に、キットが声をかけた。
「ご主人、オイラはそろそろお暇させてもらうにゃ。また聞きたいことがあったら呼んで欲しいにゃ」
「ああ、今日は助かったよ、ありがとなキット」
「またね、キット」
キットはぺこりと可愛らしく頭をさげると、白い光に包まれて消え去った。
「……なんか、ちょっと寂しいね」
「まあ、いつでも会えるからそんなに感傷的になることも無いだろろ」
「……うん」
「ていうか、森園さんはちゃんとキットに怖がられないようにしないとな」
「う、うう……わかってるよぉ」
二人の間に和やかな雰囲気が流れた。思えば今日は転生に始まりいろいろなことが立て続けに起こりすぎたので、二人とも気を張り詰めていたようだ。
そんな草太と花奈に、戻ってきた村長が申し訳なさそうに声をかけた。
「すいません、ソウタ殿、ハナ殿。現在お客様を通せるような部屋は一つしかなく……。すいませんが、今日はお二人は一緒の部屋で寝てくれませんか?」
ピシィッ、と二人の空気が凍りついた。
「いやさすがにそれは……特に手を出したりとかはしませんけど……。俺はリビングで寝ますよ。ソファーもあるし」
「いえいえ、そんなことはさせられませんよ! 安心してください、ベッドは一つですが、大きいですから!」
「何を安心しろと!? さてはあんた確信犯だな!」
見当違いなことを言う村長に、草太がツッコミを入れる。
「村長さん、誤解してますけど、俺と森園さんはそんな仲じゃないですよ。ちょっと年頃の男女が一緒の部屋で一晩過ごすっていうのは……」
「ま、まあまあ草壁くん。村長さんも善意で言ってるんだし」
「いや、絶対善意では無いだろ。……ていうか、森園さんはいいのかよ?」
花奈の言葉に、草太が少し驚きながら尋ねた。
「うん。なんというか、草壁くんなら安心だし……」
「まじかよ……。……まあ森園さんがそう言うならいいけどさ。じゃあその部屋までの案内をお願いします」
草太は小さくため息をついて、ちょっとにやけている村長にそう声をかけた。
案内された部屋は、二人で泊まっても十分な広さだった。
「では、ごゆっくりとお休みください」
村長はそう言い残して去っていった。
残された二人は部屋の入り口で固まっていた。二人きりになった途端、言い知れぬ緊張が襲ってきたのだ。
「……とりあえず、そこの椅子に座るか」
「……うん、そうだね」
二人は小さなテーブルを挟む形で、向かい合って座った。
そして、再び沈黙が訪れた。
「「あの……」」
しばらくして、同時に声を出した。
「ご、ごめん草壁くん! さきにどうぞ!」
「い、いや。森園さんが先に言ってくれ」
わたわたしながらお互いに順番を譲る。結果、先に話し始めたのは花奈だ。
「……なんか、私達、本当に異世界に来ちゃったんだね……」
「そうだな……」
「日本で、私達のことどうなってるのかな」
「どうだろうな……。俺たちの体がここにあるってことは遺体が見つからないっていう状況なんだろうし、案外大騒ぎになってるかもな」
「そっか……」
「……やっぱりショックだよな」
沈んだ表情の花奈を見て、草太も表情を翳らせる。
「うん、それもあるんだけど……お父さんとお母さんがどう思ってるかなって……」
「……」
それきり、二人は黙り込んだ。静寂が、室内を包む。
しばらくして、花奈が乾いた笑い声をあげた。
「あはは。ごめんね、今更言っても、もうどうしようも無いんだもんね……。……うん、もうこの話はおしまい!」
「森園さん……」
空元気で笑う花奈の瞳は、ランプの光を反射して、きらきらと儚げに輝いていた。その笑顔に、草太の胸が痛む。
「森園さん、ごめ――」
「謝らないで、草壁くん」
これまでで一番優しい声に、紡ごうとした謝罪を遮られ、草太は思わず花奈の顔を見つめてしまった。
「あれは、事故……まあ、アテナさんが原因だけど、私達には避けようがなかったことだよ。だから、草壁くんが謝ることなんてないし、気にやむこともないよ。……だから、そんなに辛そうな顔をしないで?」
「森園さん……」
草太はそれだけ呟くと、俯いて自分の行動を恥じた。
(励ますつもりが、励まされてどうすんだよ、情けねぇ……)
「……そうだよな、あのアホ女神が全部悪い。でも一応俺たちは異世界で生きていくことができる。今度こそ、『いのちだいじに』行こうぜ」
「……うん。よろしくね、草壁くん。……あ、じゃあ草壁くんの話を聞かせて?」
花奈は穏やかに微笑んだ。そこには先程までの無理矢理に作ったような感じはなかった。
「ああ、丁度今の話に関係するんだけど、異世界でのこれからのことだな」
「とりあえず、明日にはスードって言う街に着くんだよね?」
花奈の確認に、草太が首肯する。
「その予定だ。で、暫くスードに滞在して、ギルド……あ、ギルドってわかる?」
草太の質問に花奈がふるふると首を横に振った。
「だよな。『ギルド』ってのは言ってみれば冒険者のための職業斡旋所だな。こういうファンタジー世界で冒険者として生きるためには、十中八九ギルドのお世話になる必要がある」
「スードにはギルドがあるの?」
「まあ、多分……大きな街には大体あるはずの施設だから……」
草太は少し自信なさげに言った。
「ま、まあ、そのことは明日キットに聞こう。……まあ、ギルドがあれば金の心配はいらない。でも、俺が言いたいのは生活面だ。……【ウェアハウス】」
はてなと首をかしげる花奈に具体的に説明するために、草太は預かっていた魔道書を取り出した。
「これからこの世界で生きていくには、純粋な戦闘力はもちろん、自分達だけで生き抜くための生活力が必要になる。食事を作ってくれる人は居ないし、便利な電化製品もない」
「そっか、そうだよね……。……あ、そういえば草壁くん。私達って、冒険者としてしか生きていけないの?」
花奈は思ったことを口にした。宴会の時は男をかわすために冒険者になると言ったが、他にも選択肢はあるだろうと思ったのだ。
草太はその問いにわかっているといった風に頷いた。
「俺は、冒険者が一番俺たちにとって金を稼ぎやすい職業だと考えてる。どうしてかっていうと、俺たちが戦闘に特化している天職だからだ。俺は戦闘能力の高い『天使』、森園さんは魔法使い系職の最上級職『大魔導師』。生産系とかの仕事より、魔物を狩る方が向いてるんだよ」
「な、なるほど……。草壁くん、よく考えてるね」
「まあな」
草太は得意げに笑った。単に冒険者に憧れていたという理由もあるのは秘密だ。
「で、生活面の方だ。俺は【白魔法】が使えると思うんだよ」
「【白魔法】?」
花奈がきょとんと首を傾げる。
「そう。さっきの【ウェアハウス】とか【アナライズ】だけを見ても、相当便利なものが多い。これらを使いこなせれば、生活の質は格段に上がる」
おおーっ、と花奈が手を叩いた。それに笑い返して、草太はペラペラと魔道書をめくった。
「例えば……お、これなんかどうだ? 汚れを取り除く魔法だってさ」
「すごい! それがあれば洗濯機要らずだね!」
花奈が興奮気味に答えた。
「だろ? 【クリーン】」
草太は自分の服に魔法をかけた。すると、心なしか、服が洗った直後の清潔感のようなものに包まれた。
「おおっ、すげー、これ使える!」
「わ、私にも! 私にもかけて!」
椅子から立ち上がった花奈にも、【クリーン】をかけた。花奈が満足そうに息を吐く
「うわあ……汗でちょっとベタついてたから嬉しい」
「とまあ、こんな感じに便利な魔法がたくさんあると思うんだよ。しかも、異世界チートのおかげか俺はかなりの数の白魔法を使えるみたいだ。だから――」
「草壁くん、いっぱい覚えてね!」
「あ、はい……」
得意げに話していた草太は、花奈が嬉しそうに放った言葉に頬をひくつかせた。
その夜、二人は寝ることも忘れて、はしゃぎながらずっと魔道書を見ていた。
朝もやのかかる村に、太陽の光が差し込む頃。
「う……ん……?」
草太はむくりとテーブルから顔を上げた。目の前には分厚い魔道書と、すやすや眠る花奈の姿がある。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
「……疲れてたんだろうなぁ……」
花奈を起こさないように小さくつぶやき、パラパラと魔道書のページをめくった。
【白魔法】は草太の予想通り、便利なものばかりだった。
行ったことのある場所ならば一瞬で行ける【ゲート】。
魔法の効果を武器や防具に付与できる【エンチャント】。
身体能力を一定時間上げる【ビルドアップ】。
知覚能力と身体スピードを引き上げる【アクセラレーション】。
目に見える掌サイズのものを手元に引き寄せられる【スティール】などなど……。
いくつかは戦闘でも効果を発揮しそうだし、【ゲート】という移動手段は心強い。
「なんとか生きやすくはなったかな……」
ぱたんと魔道書を閉じて、部屋の窓を開けた。少し冷たい空気が流れ込んでくる。
この世界は今季節で言えばいつ頃なのだろうか。
そんなこともわからないが、わからないことにワクワクしている自分がいる。
大きく息を吸い込んだ。日頃吸っていた日本の空気とは明らかに違う、自然の匂いが肺を満たす。
(森園さんには悪いけど、俺は日本よりこっちで生きていくことの方が嬉しいな……)
ふと、草太は考える。
(日本にいても、きっとつまらない人生を送っていたんだろう。逆にこの世界では、ラノベみたいな未来が待っているのかもしれない。……正直、楽しみだ。それに、チート能力を手に入れたおかげで、きっと普通の人よりも良い人生を送れる気がする……)
そこまで考えて、草太は花奈の方を見た。
昨夜のように、この少女には泣いて欲しくない。あの事故はアテナという女神のミスだとしても、花奈を救えなかったのはまぎれもない自分だ。
「ごめん、森園さん。君を巻き込んでしまって」
けれど。
「この世界では君を笑顔にする。それが俺の役目だ」
だから。
「もう俺の前では死なせない。……俺が、君を守るよ」
誰も聞いていない、一人の少年の漠然とした誓い。
そこには、恋愛の要素は微塵もなく、ただただ義務のようなものに突き動かされて放たれた言葉だ。
草太は恋をしないと決めている。人を愛することはしないと戒めている。
それは端から見たら、ひどく寂しいものに見える。
しかし、草太はそのことを『普通』と捉える。自分にこれ以外の理由はありえないと信じている。
かつての自分が立てた、悲しく重い誓いがあるから。草太はその誓いに従い、これから生きていく。
そこに迷いは無く、あるのはただ、誓いの元となった出来事への恨みだけ。
――彼の瞳は、どこか虚ろだった。
「むにゅ……?」
花奈が可愛らしい声を漏らし、再び寝息を立て始めた。
そんな子供のような挙動に思わず吹き出し、草太はベッドの毛布を花奈にかけて、しばらくその寝顔を見守っていた……。
『誰かを守れる人間になれ――』
かつての恩人の言葉を、静かに思い出しながら……,
読んでくださってありがとうございます!
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