第3話 ヴェネール観光!
花奈が向かったのは洋服店だ。日本円に換算すれば百万円相当の霊銀貨を手に入れたのだから、多少はオシャレなものを買いたい。
と、言うわけで。花奈がやってきたのは過去にペリオスに紹介された有名服飾店「クラーラ」だ。
フェリア王国の小さな町で生まれ、今やサラス大陸の主要な都市に展開している高級店。
地球にいた頃もこのような店に入ったことがない花奈は、すーはーと深呼吸をし、意を決して中に入った。
「いらっしゃいませ。クラーラにようこそ。本日はどのような物をお探しですか?」
出迎えた女性店員が慇懃にお辞儀をする。もうその対応だけで花奈のメンタルはいっぱいいっぱいだ。
「えっと……あの、上着と、何か可愛いスカートを……」
つっかえながら言う花奈を見て、店員の目元に影が落ちる。
「失礼ですが、お金はお持ちですか?」
「あ、はい。これくらいなら……」
花奈が懐から霊銀貨を取り出すと、店員はぴくりと眉を動かして「かしこまりました。ご案内致します」と店の中に歩いて行った。
(だ、大丈夫だよね……)
花奈は不安になりながらも、ひよこのように店員の後ろについて行くことにした。
「お客様は……冒険者でしょうか?」
質の良さそうな上着が並ぶ中で、店員が振り返りそんな質問をしてきた。
「は、はい。魔法使いです」
「……では、こちらはどうでしょう」
そう言って店員が手に取ったのはきらびやかな宝石が大量に着いたローブだった。ハデハデな見た目に、思わず花奈の顔が引き攣る。
「こちらの服には高度な魔法防御の効果がかけられています。服についた宝石は『マギアタイト』という術者の魔力を高めるものです。魔法使いの方にとっては珠玉の逸品と言えるでしょう」
「……あ、あの。その、今日はそういうのを買いに来たんじゃないんです……」
「……冒険者なのにですか?」
「えっと、冒険する時は今着ている物で十分なので……その、もっと可愛い物を……男の子が喜んでくれるような……」
小さな声で話す花奈を見て、店員の目がきゅぴーん! と煌めく。
「――意中の殿方が、いらっしゃるのですね」
「そそそそそういう訳じゃ……あうう……」
「かしこまりました。それでは、こちらにどうぞ」
(だ、大丈夫なのかなぁ……)
花奈は冷や汗を流しながら、また店員について行くのであった。
メリナがやってきたのは巨大な銀行だ。この銀行はこの世界で唯一の銀行で、世界のあちこちに支店がある。この世界の流通などを確立した『開拓者』という偉人が始めたものだ。
中に入ると屈強な冒険者達が出迎えた。当然強盗などの危険もあるため、その護衛で上級の冒険者が雇われている。
お疲れさん、とメリナは心の中で呟きながら受け付けに向かった。
「ガロックス銀行へようこ……そ……?」
銀行員がにこやかに出迎えるが、メリナの姿を見て次第に声が小さくなる。
「あの……お使いですか? あいにく当銀行は御本人様しかお金のやり取りが出来ないのですが……」
「お使いじゃねーよ! あたしは十六歳だ! ほら、身分証明用の冒険者の証だ。口座を作りたいんだよ」
メリナが申し立てると、銀行員は目をぱちぱちとさせてメリナから『証』を受け取る。
「……あ、『青』の冒険者様だったのですね! 失礼いたしました! すぐに手続きの準備をさせていただきます!」
「よろしくー」
周囲から奇異な存在を見る目を浴びながら、メリナは受け付けの前でのんびりと待った。
しばらくして職員が持ってきた書類に書き込みをし、メリナは霊銀貨を取り出す。
「とりあえずこれを預ける。んで、金貨三十枚をおろすよ」
「かしこまりました」
霊銀貨は見慣れているのか、職員は表情を変えずにメリナから霊銀貨を受け取り再び奥に引っ込んだ。
待つこと数分。銀行員がお盆を持って戻ってくる。お盆の上には重ねられた金貨が乗っている。
「こちら、金貨三十枚となります」
「どーも」
確認もせずに雑に金貨を袋に入れるメリナに銀行員は動揺するが、こほんと咳払いをして何かのカードを取り出した。
「そして、こちらがメリナ・スティルブ様の銀行証でございます。こちらを提示頂ければ世界中にあるガロックス銀行でお金のやり取りが可能になります」
「ほーい」
銀行証も雑に受け取り、「んじゃなー」とメリナは銀行を後にした。
「さて、と。大金も預けられたし屋台でなんか摘むかな」
実は一番しっかりしているかもしれない小柄な彼女は、そのまま雑踏の中に消えていった。
リフィアが寄ったのは武具店だ。新しい矢を買おうと思ったからである。
「篝杉で出来た矢ですか……こちらは有名なサケリの木で出来たものですね……どちらも軽くて扱いやすそうです」
初めて見る矢などを手に取りながら、リフィアは顎に手を当てる。
ここ最近の戦いで、リフィアはあまり目立った活躍を出来ていない。そのせいで、沢山の矢を無駄にしてしまった。
(やはり、早く【弩】を使えるようにならなければいけませんね……)
熟練の戦士しか使えない精霊魔法を思い浮かべ、リフィアは決意を新たにした。
結局いつも使っている矢を金貨一枚分買い占め、リフィアは武器屋を後にした。
「さて、これからどうしましょうか……まだ時間はありますし……あ」
リフィアは独り言を呟きながら、街を一周する小舟に乗ることにした。
街中を舟に乗って進む。青色や水色の基調の街並みは、当然のごとくリフィアにとっては初めての光景だ。一つ一つのなんでもない家や店に目を奪われる。
橋の上から子供達が手を振ってきたので、手を振り返す。船頭のおじいさんが舟を漕ぎながら色々な冗談を交えてきて、その度にリフィアや他の乗客が笑う。
(いい街ですね……)
小舟にのんびりと揺られながら、リフィアは静かにそう思った。
リフィアが船に揺られている頃、アテナは屋台でいくつものホットスナックを買い漁っていた。
「んー、どれもいい味ねぇ。『霊銀貨なんて使えませんよ!』って言われた時は焦ったけど……」
百万円相当の硬貨など、そこらの屋台で使えるはずがない。なのでアテナは元々持っていた手持ちで買い物をしていた。
「銀貨一枚半で買える割には、どれもいい味してるじゃない。オリーブがあったら最高だったわね」
味の感想を呟きながらアテナが歩を進めていると、コロシアムのような物を見つけた。
「ヴェネール名物、『キリングオックス』との決闘に参加される方はいませんかー!? 見事討伐された方には至高のおいしさのキリングオックス肉と金貨十枚が進呈されます!」
「ほほーん……?」
コロシアムの前で兵士が大声で喋る内容に、アテナは不敵な笑みを浮かべた。
「すいませーん、参加しまーす」
「あ、え、え? あの……お嬢様がですか……?」
「なによ、女は参加しちゃいけないの?」
「い、いえ! ですがその……命の保証は出来ませんので……」
「ふーん、まあいいわ。一応『青』の冒険者だし、問題ないと思うけど?」
「あ、『青』の冒険者様!? し、失礼いたしました! ではこの紙にお名前を書いて中の控え室でお待ちください!」
アテナが冒険者の証を取り出すと、それを見た兵士が慌てて紙を取り出した。
「今回は参加者もあまりいませんので、すぐに出番が回ってくると思います」
「ん、わかったわ」
アテナは紙に名前を書くと、さっさとコロシアムの中に入っていった。
おんぼろな控え室に入ると、屈強な男達が出迎えた。皆一様に、華奢なアテナの体を見て怪訝な顔を浮かべる。
「よいしょっと」
入口近くの椅子に腰を下ろし、アテナは残っていた肉串を食べ始める。
「……おい」
そんなアテナに、一人の巨漢が声をかけた。
「嬢ちゃん、道を間違えてんじゃねぇか? 観客は観客席に戻りな」
「あら、安心してちょうだい。私もれっきとした参加者だから」
「へっへっへ……ちびっちまっても知らねぇぜ?」
男の言葉に、他の参加者たちが嘲笑した。
「……ふーん」
アテナは肉のない串をバキッと折ってその場に放り投げる。
「えー、まもなく演目の開始です。最初の参加者は……」
「はいはーい。私が一番最初で」
「えぇ? ですがアテナさんは最後に登録されたので、必然順番も一番後になりますよ」
「堅いこと言わないでよ。こんなむさ苦しい男達より、私みたいな美少女が出てきた方が観客も盛り上がるわよ」
アテナの言葉に、他の者達から威圧のようなものが放たれるが、アテナは涼しい顔で受け流す。
「俺達は順番なんて構わねぇぜ。せいぜいそいつが無様にやられる様子を、全員で楽しませてもらう」
アテナに話しかけた男が、アテナを見ながら言うと、兵士もついに折れた。
「は、はぁ……ではアテナさん、闘技場の方にご案内致します」
「んー」
アテナは涼しい顔を崩さず、兵士の後について行った。
女子達がそれぞれの観光を満喫している中、草太は適当にあてもなく水の街を歩いていた。
一緒にいたはずのキットは、屋台の前を通る度におねだりしてくるので姿を消させた。
「しっかし、特に目的がある訳じゃあないんだよなぁ……」
欲しいものも特には思い浮かばず、草太は足の向くままに歩く。
そうしてたどり着いたのは――。
「いや、我ながらここはないだろう……」
ヴェネールの冒険者ギルドだった。
気付いたら休日出勤してた。みたいな笑えない状況に草太は溜息をつき、冒険者ギルドに背を向けた。
だが、その背中に声がかかる。
「あ、あの!」
「ん?」
振り向くと、そこにはギルド職員の制服を着た女性が立っていた。
「あ、あの……その黒ずくめの服と、黄金の剣……あなた、ソウタさんじゃないですか?」
「……そうですけど」
「やっぱり! ジョネス・キングを倒し、『緑』から『青』に飛び級したソウタさんですよね!」
なんでそんなこと知ってるんだよ……と草太は顔を顰めるが、ギルド職員はそれに気付かずに草太に近付く。
「あの、力を貸して頂けませんか!?」
「……はい?」
その言葉に、草太はついに口をあんぐりと開けた。
周囲の冒険者に好奇心に満ちた視線を送られながら草太が通されたのはギルドの奥にある個室だった。ペリオスに依頼を受けた時以来である。
「……で、力を貸してほしいってのはどういうことですか?」
「あ、お茶を……」
「いや、別にいいです。さっさと話を済ませてください」
「は、はい……」
職員は若干萎縮しながら草太の前に座った。
「……この街が他の大陸から色々な物資を輸入している港町ということは、ご存知ですよね?」
「ええ」
「ですが、このような巨大な港だと、よからぬことを企む者達も多く……我々としては大変困っているのです」
「密輸……とかですか」
「そうです! 話が早くて助かります!」
草太の確認に、ギルド職員はうんうんと頷く。
「……ちなみに、その密輸物資はなんなんですか?」
「人……ですかね」
「……奴隷」
ギルド職員の言葉に、草太は目を光らせた。
確かに、この大陸でほぼ唯一の港町であれば、ここが奴隷貿易の玄関口になる可能性も大いにある。まだ港をこの目で見てはいないが、相当な規模なのだろう。目の届きにくい所もいくつかありそうだ。
「……どうして、その話を俺に? 他の冒険者にすれば良かったのでは?」
草太の質問に、ギルド職員はぽりぽりと頬を掻く。
「あー……えっと……人手不足と言うか……」
「人手不足?」
「はい。ヴェネールは観光地でもあるので、要所要所に警備のために冒険者を置かなければいけないんです。昼間には観光名所の警備をさせ、夜には港の警備も……となると、彼等からの反発も大きくなってしまい……」
「なるほど。なら、王国から騎士を呼べばいいのでは?」
「それが……」
草太の質問に、ギルド職員は額に影を落とす。
「貴族の方々の圧力により、騎士達は派遣できないのです……」
「……ああ、理解しました」
貴族達にとっては、奴隷とは社会的ステータスを得るための格好の道具だ。その仕入先が潰されてしまっては敵わないということだろう。
だが、ここで草太に一つの疑問が浮かんだ。
「ヴェネールを含め、オスクル王国は奴隷制度を禁止しているんですか?」
「んぐっ」
草太の問いに、女性が変な声を出した。
「その反応だと、禁止されている訳では無いんですね。では、どうして密輸を防止したいんですか?」
そもそも、公的に認めているならば『密輸』する必要もないはずなのだ。
草太が問い詰めると、ギルド職員はしばらく黙り込み――。
「うがぁあああああ!! やっぱ性にあわねぇえええええ!!」
と、いきなりその赤い髪をがしがしと掻き回した。
豹変したギルド職員に草太が呆気に取られていると、個室の扉が開かれる。
「だから言ったじゃないですか、姉御。あなたには正当な交渉なんて出来ないって」
「るっせーぞ、ティーチ! やってみたかったんだよ!」
ティーチと呼ばれた黒髪の青年と、ボサボサになったギルド職員が言い合う。
「はー……せっかく無理言ってギルドの制服を貸してもらったのに……んで、どこまで話したっけ?」
「どうして密輸を防止したいのかって話だ」
砕けた口調で喋ってくる元ギルド職員に、草太も敬語をやめて答える。
「あーそうだったそうだった……その前に自己紹介しておこうか。私はアルビダ。『海賊女帝』のアルビダだ」
「ふーん」
「ちょぉっ!? 私の名前を聞いてその反応はないだろう!?」
「いや、初めて聞く名前だし……」
「マジでかー」
アルビダは落胆した様子で椅子にもたれかかる。
「これでも一応、『アンスロコーラ』で活躍する『金』の冒険者なんですよ。冒険者パーティの中でも最大派閥の『黄金の海賊団』統率者でもあります」
「……え?」
アルビダの背後に回ったティーチが苦笑しながら言った言葉に、草太は目を見開いた。
「『金』……この世で最強の冒険者の……!?」
世界に十一人しかいない、最強の一角。アベンテラーと肩を並べる実力者。
今思えば、ギルドの冒険者達がこちらをジロジロ見てきたのは、草太ではなくアルビダを見ていたからなのだろう。
「お、ようやくいい顔になったなー! そうよそうよ、私をもっと畏れな!」
「へへー」
「心がこもってねぇ!」
草太が棒読みしながら頭を下げると、アルビダは再度うがーと喚く。
「姉御。話が進まないのでここらで辞めてください」
「あーそうだったなぁ。まあ、ティーチの言う通り私はアンスロコーラで普段は活動してるんだ。けど、そこのギルド長から厄介な指令を受けちまってなぁ」
「それが、密輸の防止か? つっても、奴隷狩りなんてどこでも起こってることだろ?」
「まあそうだ。ただ、今回はアンスロコーラと同盟を結んでいる『ノーシェン連邦』の住民が捕らわれちまってな。アンスロコーラの冒険者に依頼が来ってわけだ」
知らない情報が次々に出てきて、草太は整理するために黙り込む。
(本来は奴隷制度が禁止されていないオスクル、そこに民を奪われるノーシェンなる国……)
「……もしかして、その任務に失敗したら国家間の戦争になるのか?」
「そーなんだよ! だから秘密裏に動かないといけなくてねぇ……ほんっとうに面倒なことをしてくれたよ『黒の巨人』は!」
「っ!?」
アルビダの口から出されたその言葉に、草太はさらに目を見開いた。
「姉御、その名前は極秘だと……」
「あ、やっべ。あーソウタ、今私が言ったことは忘れてくれ」
「……いや、問題ない。俺達も『黒の巨人』を追っているからな」
『黒の巨人』の尻尾をようやく掴んだことに、草太は不敵な笑みを浮かべる。
「なんだ、さすがは『殺戮道化』を倒しただけのことはあるな。だったら話は早い――今回の任務は、奴隷の密輸の防止。それに加え、裏で糸を引く『黒の巨人』の捕獲だ。協力してくれるかい?」
「……一つだけ教えてれ。なんで俺のことを知っていた?」
草太の名前はまだ広く知られていないはずだ。竜王の件や殺戮道化の件を知っているノルスタジアの人達ならともかく、別の大陸の、それも『金』の冒険者が草太について詳しく知っているというのは不可解だ。
だが、草太の疑念は杞憂だと言わんばかりにアルビダは笑った。
「なんだ、知らねえのか? 世界中にあるギルドの本部はアンスロコーラの冒険者ギルドにあるんだよ。んで、そこのギルド長は独自の情報網を持っていて、冒険者関係の話題ならすぐに仕入れることが出来る」
「それにソウタはクリシュ大陸で悪名を轟かせていた『殺戮道化』を倒しましたからね。『アンスロコーラ』ではちょっとした話題の種になっていますよ」
「ええ……まじか」
知らない土地で自分の名前が話題になっている、というのはなんとも不思議な気分だ。
「んで、そんな実力者が暇そうにしていたから、声をかけてみたってわけだ。正直、かなり面倒な仕事だしな」
「この街の冒険者は奴隷の密輸を止める理由がないから、協力者を募ることも出来ないですしね」
アルビダとティーチが最後の説得をしてくる。
もちろん、『黒の巨人』の情報を得られるなら草太にとっては大きなメリットになるので断る理由はない。
「……わかった、協力する」
草太が頷くと、二人の海賊がにっと笑った。
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