第2話 水の恵みの街
「メリナ、落ち着いて聞いてくれ。俺達は異世界から来たんだ」
ヴェネールに向かう旅路の途中。
国境を越えたところで日が落ち始め、草太達は他の旅行客達とともに野営をしていた。
段夕食を終え一段落したところで、草太はメリナに単刀直入に事実を伝えた。
「私の時はあんなに教えてくれなかったのに……」
後ろでリフィアが花奈に宥められながら頬を膨らませているが、リフィアの件を踏まえた上での対応だ。
仲間になったなら面倒な話はさっさと済ませよう。草太、花奈、アテナは話し合った結果そう決めた。
さて、メリナの反応はと言うと……。
「はぁ? 何言ってんだ、ソウタ」
失笑だった。見事なまでの失笑を草太に向けた。
「いや、だから俺と花奈は地球っていう異世界から来たんだって。んで、その元凶がこの女神アテナなんだよ」
「元凶言うな」
草太がめげずに同じことを言うと、アテナが横槍を刺してくるが無視する。
「ソウタ、ジョネス・キングとの戦いで頭をやられたのか?」
「違うって……俺は本気で言っているんだ」
「確かに『チキュウ』って地名は聞いたことがないけど……頭を打ったんじゃないなら、三人であたしのことを騙そうとしてるんだろ」
メリナは疑り深い目で、草太、花奈、アテナの顔を見る。
「……まあ、やっぱそう簡単には信じてもらえないわよねー。ソウタがリフィアの時に危惧してたのは正にこういうことなんでしょ?」
「そうだな……」
やはり、異世界転生なんていうものを簡単に信じられる人はいない。草太でさえ、アテナに最初に言われた時は正気を疑ったのだから。
「まーあと、一番信じられないのは……」
浮かない顔をする草太を見て、メリナがにぃっと笑う。
「ん? なんかあるのか?」
「アテナが女神ってことかなー」
「ちょっと!! この私から溢れ出る神聖なあれやこれやが分からないの!?」
「こーんな隙だらけの女神様がいたら、とっくに世界が危機に陥っちゃうだろ」
「むきーーー! ソウタもメリナも私のことバカにしてーー!」
アテナが頭を抱えて嘆く。
「……まあ、そこは確かに同意できる」
「ちょっとあんた! なんでそっち側につくのよ!」
その様子を見て深く頷く草太を見て、アテナがまた金切り声を上げるのだった。
結局、「今は信じられないだろうけど、一応この話は覚えておいてくれ」とメリナに伝え、草太達の重大告白は終わった。
それからも馬車での旅は続き、色々な景色や見たこともない動物に遭遇しながら、ついに草太達はたどり着いた。
「うわぁ……!」
馬車の窓から顔を覗かせた花奈が、その街を見て感動の声を上げる。
大河が流れる水色の街。川のせせらぎと共に街ゆく人々の声が聞こえてくる。
街中を流れる水路の上にはいくつもの小型舟が浮かび、観光客らしき人々が興奮した様子でそれに乗って楽しんでいる。
水上都市『ヴェネール』。サラス大陸の玄関口であり、オスクル王国随一の観光都市。
またの名を――『水の恵みの街』。
「すごいすごい! ねぇ、早く舟に乗ってみようよ!」
「ご主人! おいらは美味しい魚料理屋に行きたいにゃ!」
馬車から降りるなり興奮した様子で騒ぐ一人と一匹を見て、草太が「落ち着け」と抑える。
「一応『黒の巨人』の手がかりを探しに来たんだ。あまりはしゃがないようにしないと……」
「「(ずーーーん)」」
草太の注意に、花奈とキットがあからさまにがっかりした様子で肩を落とす。
「お前らな……」
「まあまあソウタ、一日くらいゆっくりしてもいいのではないですか? 長旅で体も疲れていることですし」
「そうそう、気張りすぎよ」
「ゆっくりしていこうぜ」
「リフィア達まで……まあそうだな。一日くらいは観光してもいいかもな」
草太が折れると、花奈とキットの顔がぱあああっと輝いた。その顔を見て、異世界での初めての観光地だし仕方がない、と苦笑を浮かべた。
ちょうど昼過ぎだったため、街の人におすすめされた魚料理屋に入ることにした。
「へいらっしゃい! ……五名様と……」
出迎えた男性店員が、草太達の足元に居る二足歩行の魔物を見て黙り込む。
「あー……一応こいつ、俺の召喚獣なんで悪さはしないと思うんですけど……」
「えっと……魔物を同伴されてるお客さんは初めてなので……ちょっと店長に聞いてきますね……」
店員はそう言って奥に引っ込んでいった。
「ご、ご主人……おいら、食べられないのかにゃ……」
「まあ無理だったら他の店探してやるよ」
不安げに見上げてくるキットに、草太は安心させるように笑いかける。
店員は意外とすぐに戻ってきて、「大丈夫です。こちらにどうぞ!」と草太達を案内した。
「よ、よかったにゃ〜」
「ほんとに魚が好きなんだね」
カウンター席に座って胸を撫で下ろすキットを見て、花奈が微笑む。
「注文は……どんな魚がどんな味なのかわかんねぇな……」
「オイラはこれにゃ!」
戸惑う草太の横で、キットが即座に選んだのは『旅行鮪の照り焼き』なるものだった。お値段銀貨十枚。地球で言えば千円ほどだ。
「……なあキット、おすすめを教えてくれ」
草太がこっそりとキットに耳打ちすると、キットがどん、と胸を張る。
「任せるにゃ! ……この『タキノボリの塩焼き』は淡白なタキノボリと塩が絶妙にあっているにゃ」
「ちょちょちょ、ちょっと待て。『タキノボリ』ってなんだ?」
「滝を登る淡水魚だにゃ」
「まんまかーい」
キットの説明に草太が呆れてツッコミを入れる。
「ま、まあわかった。続けてくれ」
「にゃ。この『軍隊鰯のつみれ汁』もかなり美味しいにゃ! 鰯のつみれが汁を吸って濃厚な味わいを提供するんだにゃ〜。あとあと、『疾風海老の揚げ物』は海老のぷりっぷりの身と衣のサクサクが最高なんだにゃ~~」
「ほんとにバリエーションが豊富なんだなぁ……」
うっとりと語るキットを見ながら、草太が呆気にとられながらメニューを睨む。
「ちょっとー、早く決めなさいよね。こっちは全員決めちゃったわよ」
「嘘だろ!?」
草太と同じく初見のはずなのに、アテナ達は全員メニューをカウンターに置いている。ほんとに決めてしまったようだ。
「んー、じゃあ最初におすすめされた『タキノボリの塩焼き』にするか」
草太は慌ててオーダーを決定し、注文し終わってふいーと息をついた。
「魔物に寛容で良かったですね」
「確かにな。最初に入った店がここで良かった」
草太から一番遠い所に座るリフィアの言葉に、草太は出された温かいお茶を啜りながらうなずく。
「はっはっは! 褒めてもらって嬉しいねぇ!」
と、カウンターの向こうにある厨房から豪快な笑い声が聞こえてきた。
見ると、逞しい体つきの男が草太達の前に立っている。
「俺は店長のハンスだ! 今後もご贔屓に」
「あ、ありがとうございます。俺はソウタ、右から順に、キット、花奈、アテナ、メリナ、リフィアです。冒険者やってます」
「おうおう、召喚術者なんだしそうだろうと思ったぜ。実は俺も冒険者だったんだ」
ハンスは笑いながら頷く。
「へー、やめちゃったんですか?」
「才能がなかったのよ。何年やっても『緑』の冒険者だったんだから」
草太の質問に、奥から出てきた恰幅のいい女性が答えた。その手には湯気と香ばしい匂いを上げる料理皿が乗っており、キット達が目を輝かせる。
「私はこいつの妻のシャーレイ。私の料理は他の店とは一味違うわよ」
「美味しそう!」
「はぁ……この匂い、たまらないわ……」
「香草の匂いがまた、食欲を刺激しますね……」
「早く食べようぜ!」
「にゃー! ご主人、早く食べようにゃ!」
興奮する仲間達を見て、若干引き気味になりながら草太は手を合わせる。
「そ、そうだな……では、いただきます」
『いただきます!』
合唱と共に、キット達は海鮮料理を食べ始めた。
草太の頼んだ『タキノボリ』なるものの塩焼きは、肉厚な魚の身に塩が程よくかけられさっぱりとした味で美味しい。付け合せの野菜も柔らかく煮られていて、合間に食べると口直しに最適だ。
(惜しむらくは米じゃないってことぐらいか……)
主食のパンを齧りながら草太はそんなことを思った。この味付けなら、白米によく合うことだろう。
「おーおー、美味そうに食うねぇ」
「美味しいです!」
「ええ、匠の味ですね……」
誇らしげにするシャーレイに、花奈とリフィアが笑いながら答える。
「しっかしまあ、喋る魔物なんて珍しいな」
「にゃ! オイラはケットシーのキットだにゃ!」
「はっはっは、キットか! お利口だな!」
ハンスはキットを珍しそうに見ながら、それでも美味しそうに魚を頬張る姿を見て相好を崩した。
時折会話を交えながら、草太達はあっという間に出された魚料理をたいらげた。
『ごちそうさまでした!』
「ほい、おそまつさん!」
綺麗に何も無くなった皿を下げながら、シャーレイが笑う。
「いやーしかし、こんなに種類が豊富なのに刺身はやっぱなかったな」
「仕方ないよ、地球でも日本以外にはあまり広まらなかったんだし……」
腹をさすりながら草太が呟くと、花奈が苦笑いする。
と、その会話を聞いていたハンスが身を乗り出した。
「刺身!? お前ら、刺身を食ったことあんのか!?」
「え、ええまあ……」
勢いに押されながら草太が頷く。
「極東の『ニーエン』専門料理だが……その作り方は秘匿されている。それを……」
「ニーエン……」
その国の言葉と共に花奈は魔法使いウィルフレドのことを思い出した。
ごっ! と色々な感情が混じった炎が上がる。
「ど、どうしたんだい?」
「あー、まあ色々とあるんですよ」
戦くハンスに草太がぎこちなく笑う。
「それより、ニーエンってのはどういう国なんです?」
「あ、ああ。ニーエンってのは東の大陸ヴィーシュよりも更に東にある極東の島国だ。近隣諸国との交流はなく、詳しいことはあまり分かってねぇんだ」
「ほうほう」
「ただ分かっていることは、食や衣服などの文化が独特なこと。……そして、その国の戦士はめちゃくちゃ強いってことだ」
「ふむ」
中世の頃の日本では? 話を聞いた草太はそんな感想を抱いた。
「魚を扱う身としては刺身は一度は食べてみてぇ代物なんだ」
「なるほどなるほど」
「それを食ったことがあんのか!?」
「い、いやまあ……」
「ど、どんな物か教えてくれねぇか!?」
「え、えーと……まず生なんですよ。焼いてもないし、煮てもいない」
「なまぁ!?」
「は、はい。あと、醤油っていう調味料をつけてそのまま食べるんです」
「ショーユ……ああ、そんな調味料があるってのは聞いたことがあるな……」
「それだけですよ。食べるのはあっさりしてますよ」
「な、なるほど……」
ハンスは考え込むように俯く。
「それは俺にも作れるのか?」
「いやー、結構特殊なんで……俺も作り方は知らないですね」
地球にいた頃も、草太は魚を卸したことは無い。
「しかもショーユが手に入れられんとな……いやしかし、興味深い話を聞けた。ありがとよ」
「いえいえ、美味しい食事のお礼ですよ」
会話はそれで終わり、草太達は金を払ってそとにでた。
「腹も脹れたことだし、これからどうする?」
「自由行動でいいんじゃないの? それぞれ行ってみたい所もあるでしょ」
ぐーっと伸びをしたメリナの質問に、アテナが妥当な提案を出す。
「アテナちゃんの意見に賛成!」
「私もそれでいいと思います」
「満場一致か。んじゃあ日が傾き始めたらあの時計塔の下に集合な」
草太が指したのは街並みの向こうに見える大きな時計台だ。
ビッグ・ベンのような巨大な時計塔もまた、この街のランドマークだ。
「んじゃ、解散!」
草太の号令と共に、五人は散り散りになって歩き出した。
読んでいただき、ありがとうございます!
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週一投稿はペースが遅すぎると思ったので、次から月曜日と金曜日の週二投稿にします。
なので次の投稿は来週月曜日です!




