第1話 師匠はお怒り
今回から五章です
「この馬鹿弟子が! 報告に何日かければ気が済むのだ!」
「ご、ごめんなさい……」
「竜王の沈静化に成功したのはまだ良いが、あの『殺戮道化』と戦っただと!? お前は一体何度大事を起こすつもりだ!」
「いやあの、『殺戮道化』は成り行きで……」
「言い訳無用!」
「ひい!」
ここは懐かしのフェリア王国の王都グロアール。そこに屹立する王城の玉間だ。
だだっ広い大広間の中央に草太は正座させられ、師であるヴィルフリートにこっぴどく叱られていた。
オスクル王国の港町を目指して出発した草太達だったが、アベンテラー達に竜王のことを報告していなかったことを思い出し、草太が馬車の中で【ゲート】を開いてこうして謁見しに来たわけだ。
そして、ホウレンソウを怠った草太に待っていたのは大勢の貴族の前での説教だった、
「はっ…はっはっは……竜王と戦った次には殺戮道化か……いやはや、お前の新しい弟子は面白いな!」
「王よ、あまりソウタを甘やかさないで頂きたい!」
玉座に座り爆笑するアベンテラーを、ヴィルフリートが睨む。騎士が王様に向けていい目じゃないよな……とは、草太は口が裂けても言えないが。
「まあそう言ってやるな。竜王の沈静化には成功したようだし、ドラグ山の道も開けた。私としては満足だ」
「しかし……!」
「叱りたい気持ちもわかるが、それは後でにしろ。今はソウタの報告を聞きたい」
「……では、私はここで下がると致します」
アベンテラーに窘められ、ヴィルフリートは静かに引き下がった。
(この説教、後で続くのか……)
「ソウタ」
「は、はい!」
草太は内心でうへえと呟きながら、アベンテラーの呼びかけに姿勢を正す。
「これからお前達は、『ヴェネール』に向かうのだな」
「はい、そうです」
ヴェネールとは、草太達が向かおうとしているオスクル王国の港町の名前だ。
「何故だ?」
「『黒の巨人』の足取りは、ノルデーンでは掴めませんでした。なので、大陸最後の国であるオスクルに目星を付けました。……加えて、俺達は『黒の巨人』の本拠地が『魔導大国マギオラ』にあると踏んでいます。ヴェネールからは船が出ていますので、いざとなれば大陸を渡ろうかと……」
「なるほどな……分かった。お前の考えを認めよう。……しかし、何故マギオラだと思ったんだ?」
アベンテラーは草太に質問を重ねる。
マギオラとは、西の大陸ヴィーシュ大陸にある魔法の国だ。世界で一番魔法の研究が進んでいると言われ、国で作った魔法道具で周辺諸国に襲撃をしかけている。
「俺達が以前戦った『黒の巨人』の一員の中に、マギオラで造られたばかりの魔法道具を使う者がいたので……」
「ふむふむ……憶測の域を出ていないが、今はそれしか手がかりがないか……しかしソウタよ。一つ問題があるぞ」
「なんでしょうか?」
「ヴェネールからは、ヴィーシュ大陸へ向かう船は出ていない」
「…………え?」
アベンテラーのその指摘に、草太はぽかんと口をあけた。
「そんなことも知らないのか……」
ヴィルフリートが心底呆れた様子で首を振った。
「この世界の海の果てには、4つの滝があるのは知っているな?」
「ええ、はい」
と言ってもつい最近知ったのだが。
「その滝の影響で、その周りの海流が激しくなっている。となると、船は到底進めない。……故に、サラス大陸からヴィーシュ大陸に進むには、クリシュ大陸を通る必要があるのだ」
「そ、そうだったのですね……不勉強で、大変申し訳ありませんでした……」
「いや、良い。無知であることを知ることも大事だからな……ああそうだ」
アベンテラーが何かを思いついたように手を叩いた。
「クリシュ大陸に寄ったら、アンスロコーラに行ってみるといい」
「アンスロコーラ……迷宮のですか?」
「そうだ。『青』の冒険者になったお前なら、入国も容易いだろうよ」
首を傾げる草太に、アベンテラーは何を考えているのか分からない微笑みを浮かべた。
定期的に報告をするように命じられて、草太は大広間から出た。途端にどっと疲れが押し寄せてきてため息をつく。
「おい」
「うひょお!?」
急に声をかけられて、草太は間抜けな声を上げた。
「なんて声を出しているんだお前は……」
「……あ、し、師匠……」
いつの間にか背後に立っていた呆れ顔のヴィルフリートを見て、草太は額に汗を浮かべる。
「……ついてこい」
「あ、は、はい!」
歩き出したヴィルフリートの背中を追って、草太は駆け出した。
「……【アクセラレーション】は、何回使った?」
「えっ」
「……何回使った?」
「に、二回です! 竜王と殺戮道化との戦いで一回ずつ……」
「……極力使わないように、という言いつけは守っているようだな」
どもりながら答える草太を見て、ヴィルフリートはため息をつく。
「……よもや、二重行使などしてないだろうな?」
「ししししししししてませんよ!?」
「……」
真っ赤な嘘をつく草太をヴィルフリートはジトっと睨んで、また大きなため息をついた。
「……ソウタ。あまり無茶はするな。お前はまだ若い。若いということは将来があるということだ」
「……でも、将来を見ていたら、今を取り逃すことになります」
ヴィルフリートの言葉に、草太は首を振る。
「……本当に、お前はそっくりだ」
草太の横顔を見て、ヴィルフリートが小声で何かを呟いた。
「? 何か言いましたか?」
「いや、気にするな……着いたぞ」
「あ、ここは……」
二人はあの古い修練場に立っていた。
草太を置いてヴィルフリートは木剣置き場に向かい、二本を手に取って片方を草太に投げ渡す。
「久しぶりに稽古をつけてやろう。成長したお前を見せてみろ」
「……はいっ!」
剣を構えるヴィルフリートを見て、草太は顔を輝かせて修練場に入った。懐かしい砂の感覚が足から伝わる。
わくわくしながら草太が剣を構えると。
「……そして、師に嘘をつく弟子の根性を叩き直さなければいかんなあ……!」
ヴィルフリートが修羅の顔で草太を見据え――。
「いぎゃああああああ!!」
草太の絶叫が、青空に響いた。
♢
ここはオスクル王国とノルデーン王国を結ぶ街道。その道を複数台の馬車が進んでいる。
その中の一台に草太は【ゲート】を開き、中に入った。
「あ、おかえり草太くん。どうだった……って」
「ソウタ、その怪我はどうしたんですか?」
草太と共に異世界に転生した花奈が呆然とし、その横でエルフのリフィアが眉をひそめた。草太の体は土埃と痣でボロボロだった。
「師匠と手加減なしのガチンコ勝負をね……」
「竜王のことを報告しに行って、なんでそんなことになんのよ……」
草太が説明すると、訳あって下界に降りてきた女神アテナが呆れた顔になる。
「俺もよくわかんねぇ……」
「ソウタの師匠って、とんでもない人なんだなー」
そして最後に、最近仲間に加わったメリナが呑気に笑った。
草太が出た馬車には、草太の仲間しか乗っていない。元々定員六人ほどの小さな馬車だ。
「……で、アベンテラー王に言われたんだが、俺達はどうやら直接ヴィーシュ大陸には行けないらしい」
「どうして?」
「この世界は大陸が横並びに三つ並んでいるだろ? サラス大陸からヴィーシュ大陸に行くには、真ん中のクリシュ大陸を迂回しなきゃいけない」
「そうね。だから迂回する航路を通る船に乗ればいいんじゃないの?」
アテナが怪訝そうに首を傾げる。
「それがどうやら、『果ての瀑布』があるせいで大陸から少し離れると海流が激しくなっているらしい。……だから、迂回することは出来ない。ヴィーシュ大陸に行くには、クリシュ大陸を横断するしかないんだ」
「なるほど……少々時間がかかってしまいそうですね」
「仕方がないことなんだけどな……あと、アベンテラー王はせっかくなら『アンスロコーラ』に寄れって言ってた」
「それはどうして?」
花奈が尋ねる。
「迷宮を攻略してきてみたらどうだ? みたいな感じだったな。まあ、いい経験にはなると思う」
「アンスロコーラ……親父がいた街には、あたしも行ってみたいな」
メリナが考え込むようにして呟いた。
メリナが草太達に着いてきているのは、どこにいるか分からない彼女の父親を探すためだ。その父親にゆかりのある地は気になることだろう。
「じゃ、『ヴェネール』に着いたら『黒の巨人』の情報を集めて、そっからはアンスロコーラに向けて出発ってことね?」
「ああ。問題ないか?」
草太が花奈達の顔を見て確認すると、全員了承の頷きを返した。
「ところで。あとどれくらいで私達はヴェネールに着くのでしょうか?」
「さあ……メリナは何か知らないか?」
「あたしはノルデーンどころかノルスタジアからも出たことがないからなぁ……」
草太が尋ねると、メリナは困ったように頬をかく。
「こういう時こそ、あの子を呼べばいいじゃない」
「ああ、そうだな」
アテナの提案に草太は頷いて召喚の魔法陣を取出し、【コールメイト】を唱えた。
「にゃにゃーん! 今回はどのようなご用件ですかにゃ?」
出てきたキットが小さな首を可愛らしく傾げる。
「ああ、俺達は今『ヴェネール』に向かっているんだけど、あとどれぐらいで着くかわかるか?」
「にゃにゃ! ご主人たちはヴェネールに行くんですかにゃ! すばらしいにゃ! さすがはご主人ですにゃ!」
「お、おうありがとう……で、どれぐらいで着きそうだ?」
興奮するキットに草太は若干引きながら質問を繰り返す。
「そうだったにゃ……まだ関所は越えていないのかにゃ?」
「ああ」
「なら五日ぐらいかかるとと思うにゃ」
「五日……! そんなに遠いのか」
「オスクルの一番端だからにゃーそれぐらいはかかるにゃ」
「それまでずっと馬車の中なの……」
アテナが少し疲れた様子で呟いた。
大金が手に入ったので高級な馬車を選んだのだが、それでも五日間馬車の中というのは辛い。
「まあまあ、我慢しようよ」
「お前らだらしないなー」
落胆する草太とアテナを見て花奈が苦笑を浮かべ、メリナが小馬鹿にするように笑う。
「まあ仕方がないか……そうだ。キット、折角だからヴェネールがどんな街なのか教えてくれよ」
気を取り直し、草太は自分達の目的地について尋ねた。
「ヴェネールはこの大陸最大の港町だにゃ。他の大陸の特産品がたくさん並ぶんだにゃ。そしてなにより……」
「なにより?」
「ヴェネールの魚料理はとっても美味しいんだにゃ!!」
「お前が興奮してたのはそれが理由か……」
合点がいって草太は呆れる。
「あと、その街の中には至る所に水路がはられていて、人々は基本的に小舟で移動するんだにゃ」
「えー! すごい、それって素敵だね!」
話を聞いていた花奈が突然興奮した様子で叫ぶ。
「そんなに興奮することか?」
「子供の頃からヴェネツィアに行くことが夢だったんだ……」
「まあ確かに、夢のある光景ではあるな」
照れ笑いする花奈を見て、草太は眉尻を下げる。
「あと、そこには砂浜もあって観光客で賑わっているにゃ」
「おお……海を見るのが楽しみになってきました」
森暮らしだったリフィアが頬を紅潮させる。
「アテナとメリナは落ち着いてるな」
「まあ食べ物は楽しみだけど、花奈ほど乙女じゃないし、海は見飽きてるしねー」
「あたしも海に行くのは楽しみだけど、泳いだことないからな……フィオレに川遊びは禁止されてたし」
「あー……」
アテナは地中海のことを言っているのだろう。
メリナは泳いだことがないなら確かにあまり楽しめないかもな。と草太は同情するように頷いた。
と、メリナが何故か瞳をきゅぴーんと光らせた。
「でも泳げないままも悔しいし……ソウタ、あたしに泳ぎを教えてくれよ!」
「「えぇ!?」」
メリナの発言に、花奈とアテナが目を剥いた。
「もちろん水着でな! 海沿いの街なら可愛い水着が沢山ありそうだし!」
「め、メリナ。泳ぎなら私が教えてあげるよ?」
「そうよ! そこのクソ童貞より私の方が上手に教えられるわ!」
「おいなんつった」
草太に擦り寄ろうとするメリナを花奈とアテナが慌てて引き剥がそうとする。
「なんだよ、二人とも。あたしが草太と一緒に水着で海に入っちゃまずいのか?」
「そ、そそそそんなことは無いよ!?」
「べべべべつに悪いとは思わないわよ!?」
「じゃあ問題ないな! ソウタ、海ではよろしくな!」
「「あーーー!!」」
メリナが勝ち誇った笑みを浮かべ、花奈とアテナが悲鳴をあげる。
草太はため息をついて、メリナの頭を小突いた。
「俺じゃなきゃいけない理由もないだろ」
「ちぇーつまんねーの」
メリナが不満げに口を尖らせる。
「まあでも安心しろメリナ。ちゃんと教えてやるぞ」
「お、いいのか?」
「ああ。……浅瀬だったら溺れる心配もないし、みんなでみっちり教えてやるから覚悟しとけよ」
「……や、やっぱ泳げるようになるのはまだ先でいいかなー……」
怖気付いたメリナが草太から距離を取ろうと下がり始める。
そこを花奈とアテナにがしっと掴まれた。
「メリナ安心してね! バッチリ泳げるようにしてあげるから! たとえ何日かけても!」
「私の指導についてこられたら、一流の水泳選手になれるわよ!」
「いやだああああああああ!?」
笑顔で花奈達がメリナをホールドし、メリナが騒がしい悲鳴をあげる。
「……リフィアはどうしてそんなに震えているんだ?」
「……ふっ、いえ、あの……大丈夫です……」
どうやらツボにハマったらしいリフィアが口元を抑えてプルプルと震える。
「どこに居てもみんな変わんねぇなぁ」
そんな騒がしさに溜息をつきながら、草太は感慨と共にそう呟くのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字報告がありましたら遠慮なくお願いします!
次の更新は一週間後です!




