第15話 英雄
草太とメリナがジョネスと決着をつける少し前。静寂に包まれた倉庫でアテナは眠るリフィアのそばに座りながら、穴の空いた天井から夜空を見上げていた。
「ソウタ達は大丈夫かしら……」
不意に口をついた自分の言葉に、アテナは慌ててぶんぶんと首を振る。
「いや別にあいつの事を心配してるわけじゃないし!? ていうかそもそもあの馬鹿がそうそうにくたばったら生き返らせた私の威厳というものが……」
慌てながらアテナは誰へ向けているのかも分からない弁明を述べる。
その時、彼女の意識に何かが引っかかった。
(誰か来る……?)
アテナが警戒しながら倉庫の入口を見ていると、その背後に影が突然現れた。
「そっち!?」
間抜けな声を上げ、アテナは立ち上がる。
そこに現れたのは魔法使いのローブを着た男だった。コニー達と一緒にいたことを思い出す。
「……ち、本当にやられたのか」
「あんたもその子達みたいになりたい?」
「……いや、ハナとの戦いで魔力をだいぶ失ったからな。ここは引くとする」
気絶しているコニーとケニーを担ぎながら、ウィルフレドはあっさりと撤退宣言をした。
だが、ウィルフレドの言葉にアテナは眉を顰める。
「ハナとの戦い……?」
花奈と戦ったというこの男が、今ここにいるということは。
「――ハナは、無事なんでしょうね」
「さあな。あの女がそう簡単に死ぬとは思えんが、まともに動けるようになるには時間がいるだろう」
アテナが睨むと、ウィルフレドは飄々とそんなことを言い――
ギィン!
アテナが投擲したパルテノスが倉庫の壁に突き刺さる。しかし、男の姿は既に掻き消えていた。
「……いけ好かない奴ね」
アテナは低い声で呟き、リフィアをおぶる。
「ごめんね、リフィア。花奈を探しに行くわよ」
そのまま歩きだし、アテナは倉庫から出て路地裏をあてもなく進み始めた。
「こいつ、もう起きないよな?」
「多分な……」
「っておいおい、大丈夫かよ!? お前も死にかけじゃんか!」
一方、ここは死闘が決した大講堂内。
メリナが掠れた声を出す草太を見て焦り声を出す。
「ああ、まあ大丈夫だ。【ヒール】」
草太は小さな声で光魔法を唱え、傷を回復する。だが、頭にかかる重圧感は拭うことが出来ない。【アクセラレーション】の代償ゆえ仕方の無いことだ、と草太は割り切った。
よろよろと立ち上がる草太を、メリナがはらはらと見守る。
「……ふぅ、三回目を使ってたらやばかったかもな」
「え?」
「いや、こっちの話だ。で、ジョネスだったな。……まあここまで起きないなら大丈夫だろ」
草太は完全に気絶している道化を見てため息ついた。
「そ、そうか? ならさっさと拘束してギルドに引き渡そーぜ」
「そうか、すっかり忘れてたけどこいつを捕獲したから霊銀貨十枚もらえんのか」
「おう! これでしばらくは孤児院は安泰だ!」
草太が思い出したことを呟くと、メリナがにししと笑う。
「そうだな。……なあメリナ。お前はさ――」
草太がメリナに問いかけをしようとした時。
「メリナ! ソウタ兄ちゃん!」
講堂の扉からヒュース達が顔を覗かせた。その横には複数人の冒険者の姿がある。
「お前ら……ちゃんと隠れてろって言ったろ」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、メリナ。近隣の住人から通報を受けた俺達が、ここに向かう途中にこの子達を保護したんだ。あまり責めてやるな」
メリナと顔馴染みらしい冒険者の一人が、子供たちを叱るメリナを宥める。
「まあそれなら良いけどよ……」
「ところで、そこに倒れているのはもしかして『殺戮道化』なのか?」
「ああ、ソウタが倒したんだ」
「何言ってんだ、メリナの助けがなかったら俺も危なかったよ」
メリナと草太が互いを褒めあって、それを見たヒュースが面白くなさそうに顔を顰める。
「まあそれはいいや。……ちょうどいい所に来てくれたよ。こいつをきつく縛ってギルドに引渡しに行ってくれないか? 俺達は仲間を探さないといけないからな」
「……いいのか? 俺達が手柄を横取りするとは思わないのか?」
草太の頼みに、冒険者達が一様に怪訝な表情を浮かべる。
「不安がってたヒュース達がお前達の隣で安心してるんだし、悪い奴らじゃないだろ? それが演技だったらそれを見抜けなかった俺の負けだ」
「……ふっ。竜王や殺戮道化と渡り合っただけの度量があるな……」
冒険者は笑って、懐から鋼鉄製の縄を取り出した。
草太達の横を通り過ぎて、倒れているジョネスの体を見事な手際で拘束していく。
「これでよし……と。では俺達はこいつをギルドに引き渡してくる」
「ああ、任せる。……ヒュース達はどうする?」
「ソウタ達についてく……メリナも怪我しているみたいだし、お前が変なことしないように見張る」
「変なことってなんだよ……」
未だに懐いてくれないヒュースの言葉に、草太は呆れた顔で答えた。
冒険者達を見送り、草太達は花奈とウィルフレドが出ていった穴から講堂を出る。
「キット、花奈の匂いを辿ってくれ」
「了解にゃ!」
予め召喚していたキットに指示を出すと、キットはどんと胸を叩いた。
そのまま細い道を草太達はぞろぞろと進む。
「……なあ、ソウタ。後始末を終えたら話したいことがあるんだ」
子供達が後ろでキットをもみくしゃにしているのを横目に見ながら、メリナは草太に話しかけた。
「ああ、いつでもいいぜ」
「……そっか、ありがと」
草太が頷くと、メリナは安心したように呟いた。
「ご、ご主人〜そこを右だにゃ〜」
ヒュース達にいじられながらのキットの支持に従い、草太は右に曲がる。
パリン。と、草太の足が何かを踏み砕いた。
「これは……氷?」
「ああ、多分花奈の魔法で出来たものだ。近いぞ」
思わず早足になりながら、草太は路地を進む。
そうして、開けた広場に出た。壮絶な魔法のぶつかり合いがあったことを如実に語る、ぼろぼろの空間。
「――っ」
広場の中央に倒れている人物を見て、草太は絶句する。ふわりと長い茶色の髪。草太がよく知るその横顔。紛れもない、花奈だった。
アテナから貰ったローブはところどころ擦り切れ、彼女が横たわる周りには血のシミが残っている。
「うそ……」
「花奈!」
呆然としているメリナ達を置き去りにして、草太は花奈に駆け寄った。軽い体を抱きかかえ、ぎゅっと手を握る。
微かに息があり、そのことに草太は少しだけ安心した。
「【呼ぶは光・聖なる安らぎ・ハイネスヒール】」
上級の回復魔法を静かに唱える。
すると、眠っていた花奈の瞼がぴくりと動いた。
「花奈、花奈! 無事か?」
「……ぁ、草太、くん……?」
うっすらと目を開け、花奈が掠れた声を漏らす。
「……ごめん、ね。私、負けちゃった……」
草太の腕の中で、花奈は今にも泣きそうな顔を浮かべる。いや、既に泣いたのだろう。目元が夜目にもわかるくらいはっきりと赤くなっている。
「……」
「わたし、もっと強くなるから……草太くんの隣に立てるように、世界で、一番……」
「ああ、ああ……! 花奈ならなれる。世界一の魔法使いに!」
「あはは、草太くんは、優しいね……」
草太がぎゅっと花奈の手を握ると、花奈は安心したようにもう一度眠りについた。
二人の様子を見ながら、メリナはいつか花奈が言っていたことを思い出す。
『……でも、色んな悩みだって抱えてる。負けたことだってあった。……だから、今の私達があるんだ』
何度も苦難を乗り越えて、彼らは成長していくのだ。
いつまでも小さな街に残る自分とは違って。
(ああ、もうダメだなぁ。あたしは)
もう、その思いに歯止めをかけることは出来ない。メリナはこの日、世界を知ってしまったから。
瞳は草太と花奈を捉えながら、耳は子供達の話し声を聞きながら、メリナは口元にぎこちない笑みを浮かべた。
「ああーーー! ハナ!!」
と、その広場に悲鳴が響いた。草太達が入ってきた通路からは別の道から、リフィアをおぶったアテナが駆けてくる。
「くぅー! ウィルフレドというあのいけ好かない男、絶対に許さない!」
「おい、落ち着けアテナ。花奈を揺するな。……ていうか、リフィアは大丈夫なのか?」
草太から花奈を引ったくり、眦を釣り上げてウィルフレドへの呪詛を述べるアテナに、冷静になった草太が宥める。
「一応回復薬を飲ませてるし、今は眠っているだけよ。……でも、あいつらは逃がしちゃったわ……」
「それは仕方がないな。今回は引き分けってことか」
「あんたこそ結構ぼろぼろだけど、ちゃんと勝ったんでしょうね?」
「安心しろ。ジョネスは冒険者ギルドに引き渡した。子供達も全員無事だ」
「そ、やるじゃない」
草太の報告に、アテナがつーんと褒めてるのか分かりにくい表情でそんなことを言う。
「お褒めにあずかり光栄でごぜーます。……うし、じゃあ帰るか」
こんな場面でもいつも通りのアテナに草太は笑って、立ち上がる。
「――メリナ達の家に」
片翼が折れたボロボロの竜王像の前で、フィオレは一心に祈っていた。攫われた子供達の無事と、それを助けに行ったメリナ達の無事を。
家族が急にいなくなって、子供達も戸惑っているようだ。何度もう寝るように伝えても、言うことを聞いてくれない。
――竜王様、無力な私をお許しください。……けれど、今一度あの日のようなお慈悲をメリナ達に……!
ただただ祈りながら、フィオレは家族の帰りを待った。
「ヒュース達が帰ってきたよ!」
そして、子供達の歓声を聞いた途端。
フィオレは誰よりも早く駆け出していた。
駆けて、駆けて、駆けて。
開け放たれていた教会から外に飛び出す。
そこには、大小合わせた九つの影。
ゆっくりとこちらに向かい歩いてくる姿に、フィオレの目尻に大粒の涙が浮かぶ。
「フィオレー!」
いつものような笑顔で、子供達がフィオレを見つけて駆けてくる。フィオレは両手を伸ばして、ぎゅっとヒュース達を抱きしめた。
「良かった……! あなた達が無事で、本当に……っ!」
ぼろぼろと涙を流しながら、強く強く、愛しい家族を抱擁する。
「フィオ、レ……」
呆気にとられていた子供達は、やがて、顔をくしゃくしゃに歪めた。
今日我が身に起きたことを思い出し、麻痺していた――あるいは我慢していた感情がうねりを上げて溢れ出す。
「ごめん、なさい……! 俺たち、フィオレの言いつけを守らなかったから……!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
腕の中で泣き声を上げる子供達を、フィオレは更に力を込めて抱きしめた。
「いいの……あなた達が生きていたなら、それだけで……」
フィオレと子供達が抱きしめ合う中。
後ろにいた子供達は、母親の向こう側にいる五人に目を奪われていた。ボロボロになりながら、傷だらけになりながら、月明かりに照らされてそこに佇む少年達に。
この日、孤児達は英雄を見た。
遅い来る災厄をはねのけ、自分達の居場所を守ってくれた英雄達を。
「かっこいい……」
ある子供は憧れる。
「きれい……」
ある子供は魅了される。
「俺も……なりたい」
そして、ある子供は道を定める。
いつも通りの優しい笑顔を浮かべ、死闘の余韻をおくびにも出さない草太達を見て。
「――よ、ガキ共。夜更かししてちゃ大きくなれないぞ」
草太がからかうと同時に。
わぁっ、と子供達は草太達に突撃した。
抱きつく者。泣きじゃくる者。上手く言葉が出ずに口をぱくぱくさせる者。
手痛い歓待を受け、まだダメージが残っている草太達の体が悲鳴を上げる。
けれど。その歓声は、五人が命を賭して守ろうとした物だった。
「いったいわねぇ……!」
「あの、ハナと私は怪我人ですのでもう少しお手柔らかに……」
「……うにゅ、痛い……」
「あっはっは! お前らしょうがないなー!」
「全く、子供のエネルギーってのは怖いもんだな」
だから、草太達もまた、満面の笑みを浮かべるのだった。
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