第14話 暗がりを駆ける
「ところでソウタ。ハナ達がどこにいるのかわかるのか?」
「いや、わからん。手当たり次第に探すしかないな」
「おいおい、大丈夫かよ」
「まあキットもいるしなんとかなるだろ」
瓦礫の上で、メリナと草太は今後のことを話し合う。一番の課題はバラバラになった皆と合流することだ。
「ここで話していても時間が過ぎるだけだな。さっさと行くか」
「あ、ソウタ。殺戮道化はどうするんだ? もしかして殺したのか?」
「ああ、そうだったな。殺してはいないよ。でもかなりの傷を負ったからしばらく起き上がらないと思う」
「じゃあ今のうちに捕獲しておこうぜ。万一のことがあったらまずいからな」
「そうだな、それじゃあ……」
話し合ってジョネスの方を向いた草太とメリナは、あり得るはずのない光景に息をのんだ。
二人の瞳に映るのは、倒れているはずのジョネスがぶつぶつと何かを呟きながら直立している姿。
「――汝寵愛を望むものよ…………主の加護を得てここに現出せよ……】」
「なん……で……」
メリナが隣で呟く。草太も全く同じ気持ちだった。
(殺さないようにはしたけど、間違いなく全力を叩き込んだ! なのに、なんで!)
瞠目する二人は、ジョネスを止めるために動くこともできない。
「――【ディユ・アムール】」
そして、かすかに紡がれていた魔法が発動する。
「ッッ!!」
体を叩く魔力の大きさに、草太は剣を引き抜いた。
ウィルフレドが花奈に見せた、しかして草太は全く知らない魔法。
「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……なぁるほどぉ……眉唾物だと思っていましたが、ラモール様とやらも馬鹿にできませんねぇ」
二人が注視する中、ジョネスは満足そうに呟いた。その体からは、草太が先ほど刻み込んだ傷が全て癒えきっている。
「……さて、今度こそ我が芸術を踏みにじった不届き者達に制裁を加えるとしましょうか……」
ぐるん、とジョネスが草太を見る。
悍ましく、まとわりつくような殺気が草太の首元をぞわりと撫でた。
「――メリナ! 俺から――」
離れろ。そう告げる直前に。
ジョネスが草太に肉薄し、剛腕を叩き込んだ。
「――っ!」
先ほどまでとは比べ物にならないほどの衝撃に草太は声を失った。骨から鈍くて嫌な音が響く。
轟音と共に草太は壁に激突した。振動が辺りに伝わる。
「ソウタぁ!」
「メリナ、早く逃げろ!」
悲鳴を上げるメリナに、草太は怒鳴り返した。
だが、メリナは足が竦んでしまったのかその場から動けずにいる。
小動物のように震えるメリナに、ぐるんとジョネスが振り向いた。
「あなたも、ワタシの芸術を邪魔するのですねぇ……」
「あ……」
ジョネスが見せびらかすように仰々しく腕を振り上げる。
メリナはその姿に、記憶を呼び起こされた。
土砂降りの空。自分に向けられた刃物。自分に覆いかぶさる母親。怒り狂う父親。
幼き日に味わって、今までずっと封印してきた悪夢。
「いや……いやああああああああああああああああああああああああ!!」
慟哭するメリナに、ジョネスは感情のない瞳で裏拳をかました。
あっさりとメリナの体が吹き飛ぶ。
「ふざけんな、てめええええええええええええええええええ!!」
悲鳴を上げる体に鞭打って、草太は疾走する。
「【アクセラレーション】!!」
魔法を吠え、意識を加速させる。
ジョネスが草太に向き直り、人のものとは思えないほどに膨れ上がった剛腕とリコシフォスがぶつかった。
先ほどと比べて速度も重圧も桁違いに強くなっているジョネスの前に、草太はなりふり構っていられなくなる。
今の草太には、メリナの安否を確認する余裕はなかった。
だから。
(頼む、生きていてくれよ……!)
だから、草太はメリナの無事をただ祈るしかなかった。
崩れた登壇場の残骸の下で、メリナは横たわっていた。
全身から痛みが伝わるが、かろうじてまだ生きている。
瀕死の頭の中で思い浮かぶのは、在りし日の父と母との思い出。
(どうして、今まで忘れていたんだろう……)
ぼやけた思考で、そんなことを呟いた。
けれど、メリナはもうその理由がわかっている。
雨の中、死にゆく母親。怒りを露わにする父親。暖かくて優しかった日々の最後に待つ悲劇から、メリナは自分を守っていたのだ。自分でも気づかないうちに、無意識に。
(どうして、あたしは親父に会いたがってたんだろう……)
その答えも、もうわかっている。
(あたしは、あの親父に会って、言ってやりたいことがあるんだ)
本当に、たったの一言。なんでもないありふれた一言。
(――それまで、死ねない)
ゆっくりと拳を握る。動く。まだ、動くことができる。草太が戦っている。自分のために、孤児院のために。
メリナの思いに答えるように、マヴロスキアが熱を持つ。父親からもらった相棒を、ぎゅっと握りしめた。
「あたしは――まだ、戦える!」
目を見開き、メリナは咆哮した。
「うおおおおおおおおお!」
「ぬぅんっっっ!」
激突。幾度に打ち付けられた互いの武器が、未だ色あせることない威力を発揮する。
「ソウタァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ジョネスうううううううううううううううううううう!!」
互いの名を咆哮する。獣のように、全ての枷を外して草太とジョネスは死力を尽くす。
ジョネスの戦い方は相変わらず杜撰なものだ。単調で力任せの雑な戦法。
だが、力押しを極めるとここまで厄介なのかと草太は顔をしかめる。
まず、一撃が重すぎる。受け止めるたびに草太の体が悲鳴を上げる。次にその速度。先ほどよりもジョネスの攻撃速度は増しており、明確な隙が見つからない。
(ちくしょう、反撃できない!)
一度防衛に回ってしまったが最後、草太はその剛腕でじわじわと追い詰められていく。
ジョネス・キングの【唯一魔法】――【巨人の剛拳】。
術者の拳に常人の数十倍の硬さを与え、同時に身体能力をも上昇させる。そして、使い手の魔力量によって【巨人の剛拳】はさらに強くなる。
ジョネスにかかっているもう一つの【唯一魔法】との相性が恐ろしく噛み合っていることも、草太を苦しめる一因だった。
「ぬおおおおおおおおおあああああああ!!」
「がぁッ!」
ジョネスが咆哮を上げるとともに強烈な横殴りを繰り出す。草太の脇腹にジョネスの豪腕が食い込み、ミリミリ……と嫌な音が響く。
血反吐を吐きながら草太は吹き飛ばされた。いくつかの椅子を粉砕し、何度目かわからない壁への激突をもってその体が止まる。
「……立ちなさい。これぐらいではあなたの罪は|雪≪そそ≫がれない」
崩れた壁の向こうから、ジョネスの静かな声が聞こえる。
「ふざけやがって……本当に、この世界は化け物ばかりだ……」
倒れたまま、草太は小さく呟く。
メアリも、ヴィルフリートも、ガリアムスも、そしてジョネスも、一筋縄ではいかない者達ばかりだ。チート無双なんてとんでもない。何度辛酸を舐め、あきらめようとしたことか。
「それでも、俺は死ねない。――負けられない」
草太が負ける時。それは彼が大切な物を守れないということに他ならない。草太が折れれば、膝をつけば、その瞬間に背負ったものが流れ落ちていく。
草太はそれを許さない。自分の選択を、自分で曲げてしまうことだけは許さない。
だから、草太は立ち上がる。
瓦礫の上に立ち、ジョネスを見据える。
何倍にも肥大した筋肉と、蒸気のような白い息を吐き出すその姿は、もはや人とは言えない。文字通りの『怪物』。
恐ろしい敵を前にして、それでも草太の瞳から光が消えることはない。
挫折なら、もうとっくに済ませている。
「……気に入りませんねぇ……その自信、その勇気……見ていて吐き気を催しますよ」
「そりゃお前が荒んでるからだろ」
「まだワタシを愚弄しますか。死という芸術を理解できない愚か者のあなたが……」
「芸術? 笑わせんなよ。お前のやってることはただの殺人行為だ。どんな大層な言葉で言い繕っても、結局お前は殺すことしかできねえ雑魚だ」
ぼろぼろになった草太からの挑発に、ジョネスは道化の化粧をみるみる内に歪ませる。
「お前にぃ!! ワタシを貶める資格はないぃ!!」
踏みしめた床が割れる。鬼の形相になったジョネスが草太にとびかかる。
我が身に襲い掛かる巨漢を見据えながら、草太は静かに呟いた。
「【アクセラレーション】」
ゴッ!!
ジョネスの顔面にリコシフォスの柄が叩き込まれる。
「――ッ!?」
突っ込んだ勢いもあり、ジョネスの脳がぐわんと揺れる。
「おらぁ!!」
怯んだジョネスに草太が回し蹴りをかます。
先ほどとは真逆でジョネスの体が吹き飛んだ。地面をはねたジョネスは体勢を立て直し、鼻血を出しながら草太を見上げる。
ジョネスを襲った二撃とも、ジョネスの目に捉えることができたのは草太の影だけだった。それほど、今の草太の攻撃は稲妻のように早く鋭かった。
【アクセラレーション】の二重行使。
強大な力を得る代わりに脳に多大な負荷をかけられる、言わば諸刃の剣である魔法をその身に二度宿した。
現に今、草太の脳には耐え難い重圧がかかり、気を抜けばすぐに意識を手放しそうになる。
【アクセラレーション】の複数回行使は、ヴィルフリートに強く禁じられていた物だった。
『いいか、ソウタ。お前のその魔法は人が扱っていいものじゃない。戦闘では極力使うな。……ましてや、一度に何回もその魔法を使えば、先にお前の体が壊れてしまう』
(すみません、師匠……未熟な俺に残された手は、これしかないんです)
師匠の怒り顔を思い浮かべながら、草太はリコシフォスを構えた。
禁忌を犯し、草太はジョネスを見据える。
「ごっ……がっ……ぉおおおおおおおおおおお――!!」
草太が自分に追撃をしかけようとしていることに気付き、ジョネスはふらつきながら雄叫びを上げる。
草太の意識は、長くは持たない。それは草太が一番わかっている。
「――これで、決める!!」
裂帛の声を上げ、草太は床を蹴った。
あっという間に草太はジョネスに肉薄し、剣を振り下ろす。
「ぬぅおあ!」
「っ!」
だが、ジョネスはそれを弾いた。予想外の反応に草太は目を見張る。
それでも攻めるのをやめない。目にも止まらぬ速度で草太は次々に黄金の刃をジョネスの体に叩きつける。
(こいつ、更に強く――!?)
しかし、そのどれもが有効打にはならなかった。
草太の常人離れした攻撃に、ジョネスもまた超人の反応で応戦する。
窮地に立たされ、ジョネスの感覚は更に鋭くなっていた。本来ならまともに見えないはずの草太の攻撃を、第六感のような物ですんでのところでふせぐ。加えて、研ぎ澄まされた判断力で些細な傷は受け流し、致命傷になりうる攻撃だけを弾き落としていく。
「くそっ……!!」
草太の心に焦りが生まれる。このまま持ち堪えられれば、先に草太の体力が尽きて終わりだ。
(ここまでやって――負けてたまるかよ!!)
焦燥も、逡巡も、慢心も全て振り落とす。『殺戮道化』に勝つための道を、自らこじ開けることを決断する。
「【アクセラ――」
そして草太が三度魔法を唱えようとした時。
ジョネスの背後に、影を見た。
影は暗い講堂内を疾風のように駆け、ジョネスに近づいていく。
次第に明瞭となる、影の正体。その小さな手に短刀が握られ、美しい藍色の髪が月明かりに照らされる。
メリナ・スティルブ。草太とジョネスの意識外に潜んでいた、もう一人の戦士。
草太がその姿に気付いた矢先、メリナは彼の視界から姿を消した。
それは、共に冒険をする時に草太達が何度も見た光景。いつしか彼女に発現していた【唯一魔法】。
――【幻影暗夜】。
使用した者の姿を文字通り『幻影』に変える魔法。その呼吸も、匂いも、足音も、殺気も、万人に感じ取れない『幻』となる。
死角から近づく幻の暗殺者に、ジョネスは気付かない。だから、草太も気付いた素振りを見せずそのまま剣を振るい続ける。
そうして、幻影は自分の得物の間合いに入った。
「――――らぁああああああああああああああ!!!!」
飛びかかり、小さな口で咆哮する。
「なにぃっ!?」
瞠目して振り向いたジョネスは、彼女の手に握られる短刀が輝いているのを見た。
――否。光を放つのはそこに刻まれた黄金の文字。メリナの叫びに応じるかのように、黄金の神代文字が熱く輝く。
フィオレに夜の冒険を禁じられていたメリナもこの時まで知らなかった、父親が娘に残した唯一の『宝物』の真の姿。
脳に浮かぶ呪文を、メリナはそのまま読み上げる。
「【深淵の主・高貴なる其の力・今一度我に預けたまえ】――!!」
闇に呼応し、闇を呑み、それを使い手に還元する。
神代武器マヴロスキアの持つ【唯一魔法】。
「――【アビステンペスト】!!」
短刀から闇が溢れ出す。溢れ出た闇がメリナの体に纏われ、少女の力を何倍にも強化する。
そして――幼き少女の牙が、巨大な道化の背中を斜めに切り裂いた。
「ごああああああああああ!!」
ジョネスが悲鳴を上げる。殺戮道化は明確な脅威となったメリナを捉え、その拳を叩きつけた。
「うわっ!」
メリナの体が吹き飛ばされる。だが、【アビステンペスト】に守られている今の彼女には大した傷はない。
そして、メリナの攻撃によってジョネスに大きな隙が生まれた。最初で最後の、絶対的な好機。
メリナはにぃっ、と笑い、小さな拳を突き上げた。
「やっちまえ――ソウタ!!」
その声に、黒い剣士が静かに答える。
足を踏み出し、加速する。勢いを殺さず、もう一歩踏み込む。
夜闇を裂く黄金の流星が、月明かりに照らされて淡く煌めく。
メリナに目を奪われていたジョネスの背中に、終焉が魔の手を伸ばす。
気付いたジョネスが振り向いた時には、草太は既に剣を閃かせていた。
「まっ――」
ジョネスが何かを言い終わるより早く。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
哮りと共に、草太はリコシフォスを振り下ろした。
斬撃は、道化師の皮を破り、肉を裂き、骨をも絶つ。致命傷を与えられたジョネスの体から鮮血が吹き出した。
道化師の動きが止まる。口が戦慄き、大量の血を吐き出す。
「ばか、な……この、ワタシ……が……」
目を見開き震えながら、ジョネスはその巨体を揺らし、暗い講堂の床に倒れ伏した――。
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四章はあと2話で完結します!




