第13話 殺戮道化
講堂内に、剣と拳がぶつかり合う音が響く。そのたびに子供たちが怯える。
「お前ら、大丈夫だ。もう安心していいからな」
震える子供たちに、メリナが優しく声をかけた。
いなくなった四人は全員無事だ。今はそのことを素直に喜ぶ。
(あとは……)
メリナは椅子を吹き飛ばしながら戦う男を二人見遣る。
(勝ってくれ、ソウタ――!)
そうして、フィオレがするのと同じように祈りを捧げた。
「ぬぅん!」
「おおッ!」
ジョネスが拳を振り上げ、草太はリコシフォスを切り上げる。何度目かもわからない硬質な音が、講堂内を満たした。
互いに譲らない攻防を繰り広げながら、草太は顔には出さないが内心舌を巻いていた。
(こいつの拳……なんて硬さだ!)
それは、ジョネスの異常なまでに硬い両拳に対して。
竜の鱗でさえ傷つけるリコシフォスと何度ぶつかっても、ジョネスの拳からは血の一滴も流れない。
(そういう人種がこの世界にはいるのか、または何かの魔法か……)
ギィン! と大きく弾いて草太は後ろに跳んだ。
「……かなりの腕前ですねぇ、あなた」
「そうかよ、嬉しくないな」
殺人鬼に褒められても誇らしく思えない。草太は相貌をさらに歪める。
「しかし理解できませんねぇ、それほどの力を持つあなたが、どうして会って数日の子供達を守ろうとするのですか?」
「力を持っているからこそ、力がない人を守るんだろうが」
ジョネスの問いに、草太は険しい表情のまま答えた。
「ふむ……。その考えはは理解できませんねえ……あなたと私は相容れないようだ」
「うるせえ、口を閉じろ。てめえの戯言に付き合う気はない」
これ以上話す意味はないと感じ、草太はリコシフォスを構えた。
だが、道化師のメイクの施された顔に醜悪な笑みが浮かんだ。
「あなたは殺すよりも、大切なものを壊されたときにいい表情を見せそうですね」
そう言って、草太に背を向ける。
「おい、何して……」
草太が見咎めるよりも早く。
ジョネスは檀上へと飛びかかった。その瞳に、呆気にとられるメリナを捉えながら。
「え……?」
激音とともに、ジョネスの拳がリコシフォスによって受け止められる。
「てめぇ……!」
体全体にかかる重圧を抑えながら、草太は眦を釣り上げる。
「素晴らしい! 先ほどよりもいい表情になりましたよぉ!!」
「このっ……屑野郎っ!!」
ジョネスの腹に蹴りを入れて、その場から退ける。
(こいつらをここに残していたら危険だ……!)
「悪い、少し手荒になる」
固まっているメリナやヒュース達に謝って、草太は彼らの足元に【ゲート】を開いた。
「え、ええええええええええええええ!?」
メリナの驚声が遠ざかっていったのを確認し、草太はジョネスに跳びかかった。
♢
人気のない廃屋に、転移させられたメリナ達が尻餅とともに着地した。
「いってぇ~~~~! あいつ、一言いえよ」
ヒュースが尻をさすりながら文句を言う。
「……あいつは、あたしたちを巻き込まないようにするためにやったんだ。理解しろ」
「……わかってるよ」
メリナが注意すると、ヒュースは面白くなさそうに下を向く。
「メリナ……ソウタお兄ちゃん大丈夫なのかな……?」
ガットが不安そうにメリナの服の袖を握った。
「……わからない。ジョネスの力はとんでもないものだったし……」
メリナも自信が持てず小さな声で答える。
「……メリナ、ソウタお兄ちゃんのところに行ってきて」
と、アイナが急にそんなことを言った。
「何言ってんだ。お前たちを置いて行ける分けねえだろ」
「でも、ソウタお兄ちゃんは僕達のために戦ってくれてて……でも、僕達じゃ何もできないから……」
リオンがしゃくりながら訴える。
一番怖い思いをしたのはお前たちなのに、とメリナは目を見張る。
「……行ってきてくれよ、メリナ。俺達はここで隠れてる。もう勝手に動いたりしない」
ヒュースの強いまなざしを見て、メリナは静かに立ち上がった。
がしがしと順番に弟達の頭をなでる。
「前科持ちに言われても説得力ねーよ。……じゃ、行ってくる」
子供達の顔がぱあっと輝く。
答えるようにメリナも笑い、再び講堂に戻るために夜の路地を駆け抜けていった。
♢
「おおおおおおおおおおおお!」
「ふっ!!」
大上段から叩き付けられたリコシフォスを、ジョネスは腕を交差させて防いだ。
「なぜ、そこまで怒るのです! 今のあなたは英雄ではなく修羅だ! 『守りたい』という意志とは別のものを感じますよぉ!」
殺戮道化は笑う。草太の心に入り込んでくる。
どうして、草太がここまで怒っているのか。
草太も最初、不思議に思っていた。ここまで彼らに肩入れしてしまうのは何故なのだろうかと。
けれど、すぐに答えに行き着いた。
最初に助けてもらったから。匿ってもらったから。共に寝食を過ごした仲だから。
違う。全部違う。それらはあくまで枝葉に過ぎない。
草太は、自分を重ね合わせているのだ。他でもない、孤児院で過ごすあの子供たちに。
「親を失って、見捨てられて、孤独に打ち震えていたあいつらにとって、あの孤児院は世界中のどんな場所よりも、幸せが満ち溢れている場所だ」
訥々と、草太は語る。脳裏に、敬愛する人と一緒に過ごした木造の家が浮かび上がる。
「そこには、一つだって悲劇を持ち込ませやしない。そんな残酷なことを味わうのは、俺だけで充分なんだ。――お前にどんな大義があろうと、罪のない子供達を殺させる資格はねぇ!!!」
草太はさらに重圧をかける。ジョネスの立つ老朽した床が、みしみしと悲鳴をあげる。
鬼気迫る表情で語る草太を見て、それでも道化は嗤った。
「それが、あなたの本心ですか……くだらない! 実にくだらない!! 悲劇を持ち込ませない? 人が一番輝くのは悲劇に出会ったときです! その時に彼らを襲う感情の濁流が――この世で最も尊い芸術作品を創り上げるのです!!」
ジョネスが腕を振り上げ、素早い動きで正拳突きを放った。
「ぐぅ!?」
リコシフォスで防御したが、衝撃までは殺しきれず草太は講堂の壁に激突した。
ぶつかった衝撃で大きな穴が空く。
「ってぇ……」
即座に立ち上がり、草太はペッと血を吐き出した。たえて
「っ、ちぃ!」
ジョネスが休む暇も与えず迫り来る。彼の腕から放たれる殴打の連撃に、草太は防戦を強いられた。
「得体の知れないものへの『怯え』! 裏切りへの『戸惑い』! 救われぬことへの『諦め』! そして、死ぬ間際に見せる『絶望』! それこそが、ワタシの作品を作る礎!」
拳を振るう度に、ジョネスは言葉を投げる。
狂っている。草太はただそれだけを思った。
ジョネス・キングは『黒の巨人』とはまた違う『異質』な存在だ。自分の感性のみを信じ、それを殺戮へと変貌させている。
だが、狂人であってもその戦闘能力は本物だ。
目にも止まらぬ剛腕による連続攻撃。
一撃一撃が、竜王の攻撃より重い。まともにやり合っていては先に草太の体が壊れてしまう。
「【ビルドアップ】!」
草太は身体能力を強化して、防御の体勢から真っ向から迎え撃つ作戦に変える。
「ぬぉおおおおおおおおお!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
二人の武人が吠える。轟音が絶え間なくなり響き、夜の静寂を切り裂いていく。
ジョネスの攻撃は確かに重い――が。
(攻撃が単調だ!)
どれもが代わり映えのない力任せのごり押し。何度も受け止めているうちに、草太はその型に気付いた。
(右からのフック、鳩尾へのストレート、フェイントを入れて左手でのアッパー。なら次は――)
体で覚えたその流れに、草太は勝機を見る。
(顔面に向けた渾身のストレート!)
「ふっ!」
「なにっ!?」
針の穴に糸を通すように、草太は倒れ込むように前にかがみジョネスの攻撃を躱す。
そのまま重心の流れに逆らわず、大きく足を踏み出して道化師との距離を詰める。
「らああああああああああ!!」
そして、固まるジョネスの体を逆袈裟に切り付けた。
「むぅぅぅん!」
ジョネスが呻く。だが、草太の攻撃は止まらない。
剣を真横に一閃する。剣を肩に振り下ろす。剣を止めようとするジョネスの体を思いっきり蹴りつける。
ジョネスはそこで遂に怯んだ。ここまでぶつかり合って初めての明確な好機。
「――!」
無防備になった腹に、草太は静かな気合いとともにリコシフォスを突き刺した。
「がふっ……」
ジョネスが零した血が二人の間に落ちる。ぽたり、ぽたりと小さな音がやけに大きく草太の耳に残った。
静かにリコシフォスを抜く。それと同時にジョネスは仰向けに倒れた。
草太はそれを一瞥して背を向けた。早く花奈達の元に戻らないとと、空いた横穴に向かう。
「ソウタ!」
と、いつの間に戻ってきたのかメリナがひょっこり顔をだした。
「メリナ、戻ってきてたのか。……ヒュースたちは?」
「安全な場所に隠してきて、待っているように伝えておいたぞ」
「そうか、なら後はみんなと合流して終わりだな」
「ああ! ……それにしてもすごかったぞソウタ! あの『殺戮道化』に勝っちゃうんだもんな」
興奮した様子でメリナが草太を褒めちぎる。草太は苦笑を返した。
「あんまり晴れやかな気分にはなれないけどな。相手が相手だったし……」
「おーおー、余裕ですなぁ」
「からかうなよ」
死闘を終えて、メリナと草太が笑いあう。
全てが終わったと思い込んでいる二人には、死にかけの道化の口から漏れるその言葉が聞こえなかった。
「【その身体は主の礎――」




