第12話 二人の魔法使い
場所は変わり、路地裏にポツリと空いた大広場。そこで様々な閃光が飛び交っていた。
「【ライトニングランス】」
「【アースウォール】」
「【ハリケーンアロー】!」
「【クリスタルウォール】」
花奈が雷や風の魔法で攻撃するも、ウィルフレドはそれを静かに魔法で防ぐ。
(この人、強い!)
数回魔法を撃ち合って、花奈は素直にそう思った。
魔法の発動速度、練度、そのどれもが上位の魔法使いであることを示唆する。難なく詠唱破棄をしているのがその最たる証拠だ。
周囲は静かだった。近くに住んでいた者や徘徊していた浮浪者は、魔法のドンパチ合戦を見るや否や逃げ出していた。
――遠慮はいらない。全力で行く!
「【プロミネンスランス】!!」
「【ライトニングウォール】」
豪炎の槍を、雷壁が防ぐ。
「【グランドハント】!」
「【ハリケーンウォール】」
大地を隆起させる衝撃波は、暴風の前に崩れ落ちる。
「【クリスタルクロー】!」
「【イグニッション】」
氷爪は、炎系攻撃魔法によって打ち消される。
「【ダークランス】! 【シャイニングランス】!」
「【ルミナスウォール】【ダークウォール】」
二属性の魔法を放つも、冷静に対処される。
(うそ……)
花奈は心の中で呟く。
自分の魔法が尽くいなされたこと――ではなく。
(この人、全属性の魔法を使える……!?)
自分と草太以外で初めて見る、全属性の魔法使いに。
ウィルフレドが使えない属性があれば、全属性を使う花奈はその穴をつくことが出来た。花奈にだけできる無茶苦茶な戦い方。
だが、ウィルフレドにそれは通用しない。
「……なるほどな」
戸惑う花奈を気にせず、ウィルフレドは呟いた。
「俺以外に全属性の魔法を使える人間が居るとはな。……なるほど、予想外だ」
花奈への語りかけではない。自分の内で完結している呟き。
そうしてようやく、ウィルフレドは花奈に話しかけた。
「名前は、なんと言う?」
「花奈……森園花奈です」
「なるほど、『ニーエン』の人間の名前だ。あの武人の国からこのような魔法使いが生まれるとは思わなかったな」
花奈が知らない単語を出して、ウィルフレドは再び自分だけ納得したように頷く。
「気が変わった。――ハナ、君をラモール教会に迎え入れよう」
「……え?」
突然の提案に、花奈は呆然とする。
「言葉のままだ。君はラモール様の寵愛を受けるに相応しい人材だ。その力を、我らが主の為に存分にふるいたまえ」
傲岸不遜に、ウィルフレドは花奈に手を差し伸べる。
花奈は少し間を置いて、口を開いた。
「――嫌です」
「なに?」
花奈の答えにウィルフレドは声を険しくする。
「私は、あなた達の仲間にはなりません。だって――」
花奈はすぅっと息を吸い。
「私には、もう大切な仲間がいますから!」
その目に決意の炎を宿らせて、言い放った。
月明かりが花奈を照らす。輝く茶色の髪も相まって、その姿は高貴で美しかった。
「……なるほどな。では、このウィルフレド・モルガンももう少し手荒な方法で連れていくとしよう」
少しの沈黙の後、ウィルフレドは口を開く。それに応じて花奈は身構える。
「……なに、脳を少しいじればすぐに敬虔な信徒になれる」
ぞわっと花奈の背中に悪寒が走った。
今まで戦ってきたヨセフやカブールからは感じられなかった、冷たくて鋭利な気配。
花奈はこの時初めて、自分に向けられる『殺気』を知った。
(怖い……)
足が震える。すぐに逃げ出したい衝動に駆られる。
(でも――草太くんなら逃げない!!)
足に力を込め、恐怖を振り払いウィルフレドを真っ直ぐに見る。
「……その歳で、よくもまあそんな顔ができるものだ」
ウィルフレドから、笑みが零れる気配がした。
「私は、あなたの言いなりになんかならない! 【イモータル・クリスタルプリズン】――!!」
そうして花奈から放たれるのは、周囲一面を覆い尽くすほどの大氷牢。
リフーリの時よりもさらに威力が上がった水系最上級魔法が、ウィルフレドに魔の手を伸ばす。
「ちっ――」
舌打ちをこぼすウィルフレドの体を――
凍てつく氷塊が呑み込んだ。
「はあ、はあ……」
時間までも凍ってしまったかのような空間で、花奈は荒く息を吐く。魔法の余波で気温が下がり、肩に霜が降りる。
手ごたえはあった。この目でウィルフレドが氷の向こうに消えるたのも見た。
だが、花奈は勝ったと思えなかった。
鋭利な刃物のような殺気が、未だに花奈を突き刺しているから。
――そしてその不安を裏付けるかのように。
氷檻から豪炎が上がった。
「っ!」
会心の一撃を破られ、花奈は顔をゆがめた。
蒸発した氷の上には、燃え上がる炎を纏ったウィルフレドが無言で立っていた。
(炎系上級防御魔法【クリムゾンアーマー】……【ヒートアーマー】の上位魔法だけど……それ一つで私の【イモータル・クリスタルプリズン】が防げるはずない!)
目の前の光景を、花奈はあり得ないと否定する。
そして、一つの結論に思い当たった。
「【唯一魔法】……」
花奈の呟きに、ウィルフレドは初めて明確な笑みを浮かべる。
「見事な攻撃だったぞ。完成するまでの速度、申し分のない威力……やはり逸材だな」
手放しにウィルフレドが称賛するが、それを喜ぶ暇は花奈にはない。
「いや、まさかこのような異教徒達が住まう辺境の街で、こんの力を使うとは夢にも思わなかった」
ウィルフレドはそう言って、呪文の詠唱を始める。
「【その身体は|主≪しゅ≫の礎・その腕は|主≪しゅ≫の盾・その言霊は|主≪しゅ≫の剣】」
「くっ! 【魔力即時回復】!」
花奈は使い切った魔力を回復し、ウィルフレドの魔法を完成させまいと魔法を放つ。だが、謎の障壁に阻まれてウィルフレドには届かない。
「【汝寵愛を望むものよ・主の加護を得てここに現出せよ――ディユ・アムール】!」
そうして、魔法は完成した。
「っ!!」
恐ろしいほどの魔力の奔流が花奈の体を揺らす。ウィルフレドの周りに、禍々しいオーラのようなものを幻視した。
「こんなことが……」
今のウィルフレドの魔力量は、花奈よりも上。どこかで魔法においては誰にも負けない、という自負があった花奈は、掠れた声で呟いた。
「――せいぜい死なぬようにあがけ!」
ウィルフレドが詠唱破棄の魔法を放つ。雷系初級攻撃魔法の【ライトニングアロー】だ。本来なら殺傷力が低いその魔法を見て、花奈は本能のまま大きく横にとんだ。
花奈が立っていた場所に、雷の矢が当たり、重い音とともに地面を抉り取った。
「うそ――」
戦慄。魔法についての知識が豊富な者にこそわかる、ウィルフレドの魔法の『異常性』。
「|傅≪かしず≫け、若い魔道士!」
|慄≪おのの≫く花奈に、冷酷無比な魔法砲撃が繰り出される。
「【カオティック・ダークウォール】!!!」
闇系最上級防御魔法で、花奈は猛攻から身を守る。黒い渦を巻く混沌の魔壁が、色とりどりの魔法をすべからく呑み込んでいく。
「さすがだな。……では本番だ。【呼ぶは雷――」
哄笑して、ウィルフレドは魔法の詠唱を始める。
魔法の詠唱破棄は、優れた魔法使いにのみ許された絶技であり、魔法を放つ際の隙をなくすことができる。だが、その分正式に詠唱をした魔法よりも威力が落ちるという欠点もある。
ウィルフレドが詠唱を始めたということは、この攻撃で決着をつけるということ。全力の魔法を使われれば、花奈でさえ防げるかはわからない。
故に、詠唱中で隙だらけのウィルフレドに魔法を叩き込むべきだ。
――だが、花奈は。
「【呼ぶは炎――!」
真っ向から立ち向かうことを選択した。
「【|其≪そ≫は天空の怒り・万雷の業火・わが元にて敵を討て】!」
「【審判の時来たれり・断罪の焔・罪人を焼き尽くさん】!」
二人の魔法使いの詠唱が重なる。荒れ狂う魔力が周囲に風を起こす。
それは正真正銘、この世で最強の魔法使い同士の対峙。万人を寄せ付けない、高みに至った者達にのみ与えられる力と力のぶつかり合い。
今、最後の|祝詞≪のりと≫をもって。
「【ファーマメントレイジ】!!」
「【ジャッジメントフレア】!!」
双方の魔法が激突した。
赤と黄色の極光が轟音を上げてぶつかり合う。炎が家屋を焼き、雷が地面にヒビを入れる。
「くぅうううううううううう!!」
「…………………………っっ!!」
二人はお互いから目をそらさない。逸らしている暇などない。
正義も悪もそこにはなく、あるのはただ力のみ。
だが、決着の時は無情にも訪れる。
「っ……あっ……!」
ウィルフレドの稲妻が、花奈の焔を少しずつ押し始める。
(だめ……! 負けちゃだめ……っ!)
足に力を入れるが、それでも花奈の体は少しずつ後退していく。
「――終わりだ」
ウィルフレドが静かに言い放ち。
灼熱の炎球が霧散する。
「あっ……」
極雷が、呆然とする花奈の体を呑み込んだ――。
月が崩れた建物の残骸を照らす。戦い始めたときとは一変した広場には、静かな空気が流れていた。
「……」
ウィルフレドは、無言で倒れている花奈を見下ろす。動かないが、かすかに聞こえる呼吸音から死んではいないことがわかる。
「……あとは、お前を回収してコニー達と合流するだけだな」
ウィルフレドは感情のない声で呟き、花奈に手を伸ばした。
ばしっ。
その手が払われる。
――他でもない、花奈自身の手によって。
目を見張るウィルフレドに、花奈は闘志の消えない瞳を向ける。
「まだっ、まだ終わってない……!」
諦念など知らないとばかりに、花奈はふらふらと立ち上がる。
「お前……」
魔法で少しは相殺されたとはいえ、【ファーマメントレイジ】で与えられた損傷は大きいはずだ。その証拠に花奈の服は所々擦り切れ、身体のあちこちで血を流している。
この損傷は精神状態にも影響し、もう魔法は使えない。いわば、花奈は断崖絶壁の淵に立たされていると言っていい。
それなのに、このちいさな少女は。
今もなお、勝つことへの執着を捨てていない。
このとき初めて、ウィルフレドは花奈を明確な脅威だと認識した。
「……おとなしく眠れ。【フォール――」
ウィルフレドが魔法を唱えようとして、花奈ががむしゃらに魔法を使おうとしたその時――。
ウィルフレドの首から下がっている水晶が、音を立てて砕け散った。
「なに!?」
何故かウィルフレドは慌てた様子で飛びのき、顔を歪める。
「サンデル兄妹め、しくじったのか! 情けない奴らめ……!」
怒りを滲ませた表情でウィルフレドは独りごちる。
そして、大きなため息をついて呆然としている花奈に目を向けた。
「……今宵はここまでだ、ハナ。お前に構っていられる暇がなくなった」
「どう……して……」
「だが、俺はソウタよりもお前に興味がわいた。いずれまた会おう。……必ずお前を、俺の支配下に置いてやる」
花奈の問いには答えず、ウィルフレドは一方的に言葉を残して、姿を消した。
再び、周囲を静寂が満たす。敵がいなくなって、ついに花奈は力尽きて倒れこんだ。
体中が痛い。頭が正常に働かない。けれど、一つだけわかることがあった。
残酷なまでにはっきりと、逃れることのない厳然たる事実。
「……私は、負けたんだ」
恐怖で動けなくなった時もあった。あと一歩のところで敵を取り逃がすこともあった。
けれど、正々堂々と戦って負けたのは、これが初めてのことだった。
「ふっ……うぁ……」
涙がこぼれる。悔しさが喉をせり上がり、抑えきれない嗚咽を漏らす。
花奈は負けた。叩きのめされた。そしてあろうことか、見逃された。
悔しい。自分の魔法が通じなかったことも、全力を押し返されたことも、情けをかけられたことも、全部、全部悔しい。
涙は止まらない。ついに花奈は掠れた声を上げて泣き出した。
「ぁ、ぁああああああああああああああ……」
目を覆う。とめどなく溢れる涙があっという間に小さな手を濡らした。
夜天に響く泣き声を聞くものはいない。敗者は一人、孤独の中で自分の弱さを嘆く。
生き残ったことを喜べるような器用さは、もう花奈にはなかった。
花奈は、すでにもう立派な魔法使いなっていたから。
――勝ちたい。
そうして敗者は、一つの願いに行き着いた。
――あの人に、勝ちたい。
誰のためでもなく、自分のために。
情けなくて惨めで矮小な自分へ、世界の広さを叩き付けてきた|ウィルフレド≪あの男≫に。
次は絶対に勝ちたい。
自分を呑み込んだ雷も、倒れた時の土の味も、自分を見下ろす月の輝きも忘れない。
全部吐き出して、もう一度始まりの場所に立とう。
そうして――最強の座を目指すのだ。
世界に多くいる魔法の天才達を押しのけて、自分がその頂点に立つのだ。
――だから、今は泣きじゃくろう。
声が嗄れるまで、涙が涸れるまで。
みっともなく泣き叫ぼう。
――ここに、草太達がいなくてよかったと、花奈は感じた。
――こんなに情けない姿は、誰にも見られたくなかったから。




