第11話 サンデル兄妹
東の路地の奥。そこには使われなくなった倉庫がある。忘れ去られたように遺されたその場所で、四人が向き合っていた。
「なかなかしぶといね。あの時より強くなったということか」
「……それに、あの盾使いが厄介。兄さんと同じぐらいの技量」
コニーとケニーが囁き合い、相手への賞賛と警戒を言葉にする。
「あの二人、厄介ね……」
「ええ、敵ながら見事な連携です」
同時にアテナとリフィアもまた、二人の戦士に最大の警戒をしていた。
個人の力量であれば、アテナとリフィアの方が上。だが、コニーとケニーは個人の差を覆すほどの『連携』を見せていた。
前衛のコニーがアテナの槍を捌き、その間にケニーが魔法を撃つ。流れるようなチームワークは、彼らが共に教会の戦士として修羅の道を歩んできた証。
一方でアテナとリフィアの二人はちぐはぐだった。なにせ、仲間になってからまだ日も浅い。更にいえば二人一組になって敵と戦うことは殆どなかった。
なんとか個の力で対処しているものの、これではジリ貧だ。
向こうもそう思ったのか、コニーはアテナとリフィアを睨んだ。
「……これ以上長引かせるのも双方にとって利益はない。ここで終わらせよう」
そう言ってコニーが取り出したのはもう一枚の盾。それをコニーはなんと、虚空に放り投げた。
だが、盾は地面に落ちることなく空中に浮遊する。まるで意思があるかのようにコニーの周りをぐるっと回った。
「なにあれ」
得体の知れない物体に、アテナが顔を顰める。
「少なくとも、古代武器以上の一級品ですね」
「ご名答。これは古代武器『フラガシチート』。世にも珍しい『自立する武器』だ」
説明を終えると、コニーは剣を構えた。
「また厄介事が増えたわね」
「ですが、打ち砕かなければ道は開けません」
「それもそうね。さっさと終わらせましょう」
アテナとリフィアも再び戦闘態勢に入る。
数拍。
「はぁ!」
「ふっ!」
コニーとアテナの盾がぶつかりあった。
「【紫電弓】!!」
アテナの背後からリフィアが矢を放つ。だが、浮遊する『フラガシチート』によって全て落とされてしまう。
「あれをどうにかしなければ……!」
「【ルミナスレイ】!」
焦れるリフィアの元に一条の光線が飛来する。飛び退いて躱すと、リフィアが立っていた場所に黒点のような焦げ跡が出来た。
「……次は、当てる」
「相手にとって不足なし!」
ケニーとリフィアが目線で火花を散らした。
(この男、やっぱり上手い!)
コニーと技の応酬を繰り返す中、アテナは舌をまいた。
コニーの盾使いは、武芸を司るアテナも素直に賞賛する程に洗練されている。
(こんな奴がごろごろいるなんて……『ガイアの最後の遺産』は伊達じゃないわね!)
アテナは右手のパルテノスを、コニーの盾にぶつけた。
その一撃をいなしながら、コニーは険しい表情を浮かべる。
(なんだこの少女は!?)
目の前の露出度が高い鎧を着た少女は、ふざけた格好からは想像もつかない技術を持っている。
長く盾に触れてきたコニーだからこそわかる、正に神業。
(気を抜けば、あっという間に攻め切られる……!)
「おお!」
短く叫び、コニーは剣でアテナに斬りかかった。
だが、追い詰められているのはアテナ達の方だった。リフィアと違い、ケニーには多種多様な魔法があるからだ。
「【パワーダウン】【スピードダウン】【マインドダウン】」
リフィアの矢を掻い潜り、ケニーが詠唱破棄した闇魔法により様々な弱体効果をアテナに与える。その都度アテナの体が重くなり、脳に僅かながらも雑念を与える。
何度も繰り返される妨害に、アテナが暴発するのは必然のことだった。
「ああもう、じれったいわね!!」
苛立ちと共にパルテノスを大きく引く。あまりにもわかりやすい「大技の前触れ」。
「だめ、アテナ!」
リフィアの制止の声も間に合わず、アテナは懇親の力を込めたパルテノスを突き出した。
そのアテナの目が、不敵に笑うコニーを捉える。
「隙を見せたな?」
コニーは達人の域に達した盾術で、その槍撃を受け流した。
「しまっ――」
勢いを殺し切れず、アテナの体勢が崩れる。
飛び退くコニーの陰から現れるのは、砲台と化したケニーの姿。
止めようとリフィアが矢を放つが、必定、『フラガシチート』によって防がれる。
「【フル・ルミナス】!!」
魔法使いの手から極太の光線が放たれる。絶死の威力を誇る光系最上級攻撃魔法は、狙いたがわずアテナの体に直撃した。
光線は倉庫の壁を突き破り、そのまま古い民家をも倒壊させた。
「……そん、な……」
呆然とリフィアが佇む。絶対の防御を誇るアテナが敗北する。それは短い付き合いの中で夢にも思わなかった光景だった。
崩れた瓦礫には、パルテノスとアイギスしか見当たらず、アテナの姿は見当たらない。
「……アテナ、アテナ!?」
リフィアの呼びかけに答える声も無い。
「彼女も立派な戦士だったが……終わりは呆気ないものだ」
「あぐっ!?」
その背後からコニーがリフィアを抑えた。
「大人しくするんだ。そうすれば楽に彼女の後を追える」
もがくリフィアに、コニーが冷たい声で言い放つ。
「…………だ」
「……なに?」
ぼそりとリフィアが呟いた。コニーは眉をひそめ聞き返す。
瞬間。コニーの――否、リフィアの周りに風が吹き荒れる。
「エルフが弓術だけだと思わないことだ――【烈風脚】!!」
風に押し上げられる形でリフィアはコニーを蹴りあげた。
「なにっ!?」
驚愕しながら、コニーはリフィアから距離を取る。
長い金髪をたなびかせる弓使いの足には、荒れ狂う烈風が纏われていた。
「そうか、確信したよ……君はエルフだったのか」
「……下等種族め」
草太の白魔法【ミラージュ】は今も使われており、他人からはリフィアが普通の人間の少女にしか見えていない。
だから、その正体に気付いたコニーとケニーは素直に驚き――そして、隠しきれない侮蔑の目線を向けた。
もう慣れ切った弱者へ向けられる瞳。リフィアはそれに不敵に笑い返すと。
「その下等種族に敗北する屈辱を、とくと味あわせて上げます!」
獰猛な狩人となって兄妹に飛びかかった。
風に導かれるまま回し蹴りを放つ。コニーは咄嗟にそれを盾で防ぎ、衝撃音が響き渡った。
「ぐぅっ……!?」
想像以上の衝撃に思わずうめき声が漏れる。
その間にも、リフィアの攻撃は止まらない。
「はあああああああああ!!」
目にも止まらぬ連撃。一蹴り一蹴りが荒れ狂う嵐のような威力を持つ。
「兄さんから離れて! 【ヘヴィロウ】!」
「っ!」
ケニーの魔法から逃れるため、リフィアは大きく跳躍した。重圧をかける闇魔法の範囲外に逃れ、その瞬間弓から精霊の力を纏った矢を放つ。
「【白刃弓】!」
「ちぃいいいいい!」
襲い来る無数の矢の雨を、コニーが手に持つ盾と『フラガシチート』で防ぐ。
【烈風脚】とお得意の弓術を組み合わせた、リフィア独自の『戦闘スタイル』。
以前死闘を繰り広げた獣人のミレーラの戦いから学び、新しい形に昇華した物だ。
防戦一方になる二人に、リフィアは再び肉薄する。
「なっ!?」
目を見開くコニーの腹に、リフィアの鋭い一撃が叩き込まれた。
烈風を纏った脚技はコニーが纏っていた鎧を粉々に砕き、コニーの体に重い衝撃を与える。
「がっ……」
血を吐き出して、コニーは後方へ吹き飛んだ。二回、三回と地面を跳ねてその場に横たわる。
「兄さん!」
「ケニー、お前は奴を倒せ……!」
「っ……!」
ケニーが駆け寄ろうとするが、コニーの掠れた声がその足を止めた。
ケニーはコニーからリフィアへと視線を移す。荒れ狂う風を纏った、忌み嫌われる奴隷種族。
「お前なんかに……私達は負けない!」
怒りを顔に滲ませ、ケニーは一つの魔法を展開する。
それは、リフィアが見たこともない魔法。七属性のどれにも含まれない例外中の例外。
草太も花奈も――リフィアも知らない【白魔法】。
「【マルチクラフト】」
ケニーの周りに数多の魔法陣が錬成される。
(まずい!)
直感的に危険を悟ったリフィアは地面を強く蹴った。二歩、三歩と一瞬の内に距離を詰める。
「はぁああ!」
迷いなく脚を振り抜く。
だが、せりあがった土壁によってリフィアの攻撃は防がれた。
「なっ!?」
魔法の詠唱の素振りもなく突如現れた壁にリフィアは驚きの声を上げた。
それと同時に、彼女はもうケニーの魔法からは逃れられない。
「――喰らえ!」
「【精霊鎧】――!」
ケニーの短い言葉と共に、リフィアの体を膨大な数の魔法が襲った。
「ッ~~~~~~~~ぁ!」
体を叩きつける衝撃に、リフィアは悲鳴すら上げることもできず打ちのめされる。
白魔法【マルチクラフト】。本来ならば熟練の魔法使いにのみ許された『魔法の多重行使』を、この魔法は強制的に発動させる。それも、全て同時に一斉砲撃というおぞましい物だ。
ケニーが使える属性は風、土、闇、光の四属性。つまり、リフィアの体は四属性の魔法を浴びせられていることになる。
サンデル兄妹の最終手段にして絶対不変の必殺技。この攻撃を受けて立っていられる者は居ない。
――それは、リフィアも同じだ。
魔法が終わり、静寂が倉庫内を包む。中央には魔法の焦げ跡が残り、瀕死のエルフが横たわっていた。
「手こずらせてくれたな……」
ケニーに回復されたコニーが共にリフィアの前に立つ。
「ぐっ……あっ……」
尚も闘志をその瞳から消さないリフィアに、コニーは寒気を覚えた。容赦は出来ない。ここで殺しておくべき存在だと脳が警鐘を鳴らす。
「……あの少女と同じように、大人しく死ね!」
コニーが剣を振り上げ、リフィアが目をぎゅっと瞑った時。
「だぁれが死んだってぇ?」
倉庫内に、声が響いた。
「なん……だと……」
「うそ……」
「――あて……な……?」
聞こえるはずのない声に、サンデル兄妹だけでなくリフィアも驚き目を見開く。
彼らが瓦礫を注視する中、ガラガラガラ……と破片の山からアテナが立ち上がった。
「「なぁっ!?」」
立ち上がったアテナの姿を見て、コニーとケニーはかつてない驚嘆を上げた。
ところどころ火傷の跡や打撲痕などはあるが、裏を返せばそれだけだ。五体満足、大きな傷もない。あれだけの魔法を受けてその状態は――無傷に等しい。
「な、何故だ!? お前は確かに【フル・ルミナス】で消滅したはずじゃ……!」
「ええそうよ。あの攻撃はさすがにこたえたわ」
平然と答えるアテナに、コニーは口元をわななかせた。
「おかげで復活まで随分と時間がかかっちゃったわ……リフィア、ごめんね。迷惑かけちゃったわ」
「アテナ……あなたは……一体……」
いつもの様に軽く謝ってくるアテナに、リフィアはまともに言い返せない。
「何千年ぶりに私に致命傷を負わせたあなた達に敬意を表して……少しだけ本気を出すわ」
足元に転がっていたアイギスとパルテノスを拾い上げ、アテナは不敵に笑った。
「ふざけるな! もう一度倒すまでだ!」
コニーが盾を構えるよりも速く。
神速。
アテナはコニーの前に立っていた。
「え……?」
そのままコニーをアイギスの横腹で吹き飛ばし、呆然とするケニーの後ろに回って首元に手刀を入れた。
「あっ……」
短い呻きをあげて、ケニーがその場に倒れ伏せる。
長く続いた死闘にはあまりにも不釣り合いな、呆気ない幕引きだった。空気が凍ってしまったかの様に倉庫内が静謐で満たされる。
「ふぅ……ほんと、一筋縄じゃいかないのね……リフィア、生きてる?」
「なん……とか……」
「ちょ、ほんとに死にかけじゃない! ほら、あのバカが押し付けてきた回復薬よ」
心配して駆け寄り、優しく笑う彼女は、いつもと同じアテナで。
たった今、人の域を外れた動きをした者とは到底思えなかった。
回復薬を流し込み、少しだけ回復したリフィアの頭に浮かんだのは、一つだけだった。
「アテナ……あなたは一体、何者なんですか……?」
リフィアの言葉に、アテナはふわりと笑う。
「きっと、もうすぐで分かるわよ。だから、今は寝ていなさい……そばに居るから」
慈愛と優美に満ち溢れた、母親の様な笑顔。
その笑顔に誘われるように。
リフィアの意識はゆっくりと、ゆっくりと暗転していった。
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