第10話 教徒達の策謀
魔石によってほのかに照らされる道を、六つの影が駆ける。
「キット、次はどっちだ」
「左の方から匂いがするにゃ!」
キットの嗅覚を頼りに、草太達はジョネス・キングの居場所を探す。
「つまり、噴水にいたあのピエロがジョネス・キングってこと?」
「ほぼ確実にそうだ。いつそそのかしたのかは分からないけど」
走りながら、草太はアテナ達に推理を自分の説明する。
「そんな簡単なことにも気付かなかったなんて……!」
メリナが悔しそうに呻く。
「後悔するのはまだ早いぞ。今はとにかく殺戮道化とヒュース達に追いつかないと」
メリナを宥めながらも、草太は自責の念にかられていた。
怪しいとは思っていたものの、まんまと出し抜かれたのだ。この中では一番非があると言える。
「……あんた、また余計なこと考えてるでしょ」
「……悪い、切り替える」
めざとく注意してきたアテナに、草太は苦笑を返した。
やがて、五人と一匹は二股に分かれた道に出た。
「キット、どっちだ?」
「ま、待ってほしいにゃ……何か他の匂いが……」
キットが戸惑うように呟いたその時。
「随分と早かったね」
夜闇に声が響いた。草太が聞いたことのあるような声だった。
「誰だ!」
誰何の声を上げると、分かれた道の片方から、三つの影が現れた。
「うそ……」
月明かりに照らされた影の正体に、花奈が口元を覆う。
「久しぶりだね、ソウタ、ハナ、リフィア」
驚愕する草太達に、現れた影は――いつしか共に依頼を務めたコニー・サンデルは柔らかく微笑みかけた。
「久しぶり……と言いたい所だけど、そんな仲睦まじく挨拶を交わせる状況じゃあないんだろうな」
「……あなた達には、ここで捕まってもらう」
コニーの妹のケニーが表情を変えずに呟く。
事態を飲み込めずにいるアテナとメリナが首を傾げる中、草太はコニーとケニーに怒鳴った。
「どけ! 何を企んでいるか知らねぇが、お前達に構ってる暇はない!」
「うん、分かってるよ。君達はあの子供を追ってここまで来たんだよね」
「まさか……」
訳知り顔で頷くコニーを見て、リフィアが息を呑む。
「そう、僕達と殺戮道化は仲間なんだ。全ては君達をおびき寄せるための策略だったんだ」
「ふざ、けんな……! なんのためにそんなことを!?」
草太は憤るが、コニーとケニーは平然としている。
「その質問には、私が答えよう」
と、兄妹の後ろにいたもう一人の男が進み出た。
魔法使いの法衣に身を包む長身の男。雰囲気か、コニーとケニーの上に立つ人物だと草太は推測する。
「初めまして、ソウタよ。我が名はウィルフレド。ラモール教会の七大司教の一人だ」
「ラモール教会……!?」
「メリナ、知っているのか?」
ウィルフレドの自己紹介を聞いたメリナが目を見開く。
「確か、クリシュ大陸の宗教組織だ。慈善事業や戦争孤児達の保護とかで有名な……」
「……それは、表の顔ってやつか」
メリナの説明を聞き、草太はウィルフレドを睨む。
「それは違うな。我が教会に表裏はない。ただラモール様の意志に従うまでよ」
「……で、そのラモール様とやらはお前達にどんなことを命令したんだ?」
草太の問いに、ウィルフレドは少し間を空け。
「ソウタ、お前をラモール教会の本拠地に招待する」
そんなことを言い放った。
「……なんだ、それ」
「喜べ、貴様は我らが主神に見初められたのだ。大人しく従えば歓待と共に迎え入れよう」
「まさか、俺達を……いや、俺を誘き出すためだけに、無関係の子供達を巻き込んだのか……!?」
草太の言葉に、ウィルフレドも、コニーとケニーも答えない。それが、何よりの証明だった。
「ふざけんなよ、クソ野郎ども……!!」
憤怒の感情が草太の体を駆け回る。
「……やれやれ、大人しくついてくれば被害は出ないと言うのに。ソウタ、俺の手を取れ」
ウィルフレドが草太に向けて手を伸ばす。草太はその手を睨みつけながら。
「……嫌だ、と言ったら?」
「神の意思に反すると言うなら――四肢を落としてでも連れていく」
ウィルフレドから強力な威圧が放たれる。草太達は武器を引き抜き、一触即発の空気が流れる。
「……では、サンデル兄妹よ。ここは任せたぞ」
「「はい」」
だが、首魁であるはずのウィルフレドは草太達に背を向けた。
「逃がさない! 【ウィンドランス】!」
その背に向けて花奈が魔法を放つ。だが、コニーが素早い動きで割って入り、風の槍を防いだ。
「ああそうそう、言い忘れていたことがあった」
煙の向こう側で、ウィルフレドが口を開く。
「我々の目的はソウタただ一人……他の者達は残らず殺せ」
その言葉を残して、ウィルフレドは闇の中に消えていった。
「くそっ! どけ、コニー、ケニー!」
「そういう訳にはいかない。僕達は主の言葉に従って、君達を討つ」
「時間がないってのに……!」
別れ道を進まなければいけないのに、その分岐点にコニーとケニーが居座っている。後に引く暇もない。
「しょーがないわね。一瞬だけこじ開けるから、あんた達は先に行きなさい」
焦燥をつのらせる草太に、アテナが耳打ちした。
「ふッッッ!!」
次の瞬間、槍と共にコニー達に突撃する。
「なんだと!?」
重い一撃に、コニーの体がよろめいた。
「今よ!」
「っ!」
アテナの声に弾かれたように、草太、メリナ、花奈、そしてキットは走り出す。
「逃がさない!」
ケニーが魔法を放とうとしたが、彼女の顔を氷の矢が掠めた。
「くっ……不知の敵を侮ったか……」
忌々しげにコニーが毒づく。
「あんた達の相手は……」
「私達が引き受けます!」
サンデル兄妹の前に、アテナとリフィアが立ちはだかった。
コニー達から逃れた草太達は、路地裏を進み続ける。
「キット、まだ追えるか?」
「にゃ、さっきの会話の間に位置は掴んだにゃ!」
「よし、急ぐぞ!」
「二人は大丈夫だよね……」
「まあ負けることは無いだろ。心配するな」
不安げな花奈に草太は笑いかけた。
「メリナ、ついてこれてるか?」
「……ああ、平気だ」
草太の問いかけに、何か考え事をしていたメリナは少し遅れて返事をした。
(不安だよな……今も、ヒュース達の命が脅かされているんだから……)
心中を察して、草太は歯をくいしばる。
(恐らくあの日、噴水広場の前でヒュース達との繋がりが相手に気付かれたんだ)
なんの罪もない子供たちを、自分達の問題に巻き込んでしまった。
(ふざけやがって……!!)
草太は相貌を更に険しくし、夜道を急いだ。
♢
そこは古びた大講堂。街の発展と共に忘れ去られた旧世代の遺物。数百人を入れられるような巨大な講堂の壇上に、四人の子供が並べられている。
口には布をまかれ、足と上半身を頑丈な縄できつく縛られている。人質――という言葉がぴったりの有様だ。
そんな彼らのまえに鼻歌交じりに男が現れる。足音が響くたびに子供達は身を震わせ、ぎゅっと目を閉じる。
「……お目覚めですか? ワタシの可愛い芸術品達」
男は――殺戮道化ジョネス・キングは、恍惚とした表情で語りかけた。
顔にはまだピエロの化粧をしているが、その身に纏うのは黒い戦闘装束。昼間の面白い道化師はそこにはいない。
目に涙を浮かべるヒュース達は、怯えて震えるだけだ。
「――ああ! いいですよ、いいいいですよ! その表情! その涙! 美しい……なんと美しい!!」
突如大声を上げたジョネスに、子供達の体が跳ね上がった。
「怖いですか? 怖いでしょうねぇ。まだ年端もいかない幼い君達でも、『死の予感』だけは感じてしまうのです。ああ、ああ……なんと美しい……人類未踏の地にある稀少鉱石よりも美しい!」
ジョネスは語る。明朗に、冗長的に。
「ジョネス! まだ殺していなかったのか!」
喜びを全身で表現するジョネスの背後から、鋭い声が飛んだ。
「おやぁ、ウィルフレド様……お早いおつきで」
「コニーとケニーに任せて来た。……それよりも、用済みになったそこの童共をさっさと殺せ!」
「ンー……あなたは芸術と言うものを分かっていないようだ……」
チッチッチッとジョネスは指を振る。
「順序があるのですよ。下書き、清書、色付け、仕上げの調整……ワタシはまだ清書の段階なのですから、そこで待っていて下さいますか?」
「貴様……!」
ウィルフレドは苛立ちを隠さずに壇上に近づく。
だが。
喉笛をジョネスの太い掌が掴んだ。
「ワタシの作品に手を出すことは、何人たりとも許さない」
闇に染まった低い声で、ジョネスはウィルフレドを制す。
「……っ。すぐに終わらせろ」
「…………かしこまりましたぁ」
ジョネスはぱっと手を離しパッと笑った。ウィルフレドはもう一度舌打ちをして講堂内の長椅子に腰を下ろす。
「さあさあ可愛い可愛い子供達! 今宵の演目の主役はあなた達です! どんな大道芸も霞む芸術をあなた達自身が体現するのです! その! 命を! もって!」
壇上に戻ったジョネスは踊る。歓喜と感謝の踊りを踊る。
「さあ、目を開いて。ワタシを見るのです。……お名前は?」
ジョネスは一番右にいた少年――ヒュースの口から布を取り、微笑みかける。
「あっ……あぅ……」
怯えきったヒュースは、カチカチと歯を鳴らすだけで答えることが出来ない。
「お名前は?」
ジョネスは静かに、質問を繰り返した。
「………ひゅ……ひゅーす……」
「ヒュース!」
「ひぃっ!」
ヒュースがかろうじて名前を言うと、ジョネスは大声と共に立ち上がる。
「ヒュース、ヒュース! あああああああ、なんていい名前でしょう! 勇敢さと実直さを併せ持つ素晴らしい名前です! 君は将来素晴らしい武人となることでしょう!」
占い師の様にジョネスは語る。
そして次の瞬間、ヒュースの顔面を巨大な掌で掴んだ。
「んー! んんんー!」
ヒュースは涙を零しながら暴れる。幼くて無力な少年の、小さな足掻き。それを眺めながら、ジョネスは顔を更に陶酔した笑みで歪めた。
「素晴らしい……! 本能に従った生への執着! 運命への抵抗! 死への反抗! あなたのその行動が、ワタシの芸術を美しく彩るのです!!」
ジョネスの手に、少しずつ力が入っていく。
「んー! んー! んん、んんー!」
力が入るにつれ、ヒュースの抵抗も激しくなる。だが、恐ろしい程の握力の前に、少年が逃げ出す術はない。
頭が軋む。目が霞む。息が詰まる。
ガット達は怯え、それでもその処刑から目を離すことが出来ない。
悲鳴、軋轢、哄笑。
そして、決定的で致命的な音が講堂を満たそうとしたその時。
轟音と共に大講堂の扉が蹴破られた。
「ちぃ、役立たずどもめ……!」
そこに立つ人物を見て、ウィルフレドは顔を顰めた。
「……乱入者……ということですかね」
ヒュースから手を離して、ジョネスは扉に向き直る。
土煙の中、草太は憤怒の感情を顕にした。
「ようクズども。……覚悟は出来ているんだろうなぁ!!」
草太の怒声が、講堂内に響き渡る。
ジョネスは壇上から降り、拳を握る。
「この演目に、観客は必要ない……」
そして、目を見開いた。
「ワタシの! ワタシによる! ワタシのためだけの大道芸!! そこにぃ! あなたはお呼びではない!!」
重音と共にジョネスが床を蹴る。
次の瞬間、リコシフォスとジョネスの拳が激しい音を上げてぶつかりあった。
「っ……!」
「あなたのその罪は、死をもって償うことと知りなさい!!」
「うるせぇえええええええ!!」
雄叫びと共に草太はリコシフォスを跳ねあげた。
互いに距離を取り、草太とジョネスは睨み合った。
「ソウタ……貴様はここで捕えるぞ……ちいっ!」
魔法を使おうとしたウィルフレドの前に、花奈が立ち塞がる。
「魔法使い同士、もっと広い場所で暴れませんか?」
「青二才めが……!」
花奈が慎ましく不穏な発言をすると、ウィルフレドは顔を歪ませた。
草太は壇上の子供たちに【サイクロンウォール】をかけてその身を守り、メリナに「行け」と促す。
花奈とウィルフレドも壁に空いた穴から出ていき、邪魔者はいなくなった。
草太とジョネスが、無言で睨み合う。
「あいつらを殺す前に、まずは俺を殺して見せろ――『殺戮道化』!」
「あなたを殺しても、駄作にしかなりませんよぉ――『黒い剣士』!」
そうして、二人はもう一度剣と拳をぶつけ合った。
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