第9話 道化の計略
メリナの過去を聞いた次の日、草太は噴水広場が見える物陰に隠れてある人物を観察していた。それは、噴水の前で大勢の子供を魅了する正体不明のピエロだ。まだ犯人だとは断定できないが、目をつけておくに越したことは無い。
今日もピエロは奇抜な衣装に身を包み、奇天烈な動きで大道芸を披露している。
「……あ、ヒュース達、また抜け出して見に来てるのか……」
その中に孤児院の子供達を見つけて、草太は呆れ顔を浮かべた。
説教はメリナとフィオレに任せよう……そう考えていると、足元から声が聞こえた。
「ご主人、ご主人! 終わったにゃ!」
「ああ、ご苦労さん。【リリースインビジブル】」
草太が魔法を解くと、何も無い場所にケットシーのキットが現れた。
「あいつの匂いを覚えたか?」
「バッチリだにゃ! 入念に嗅ぎ回って、この鼻が完璧に覚えたにゃ!」
キットが胸を張って答える。
【インビジブル】で姿を隠したキットに、草太はあの道化師の匂いを覚えさせた。万が一の事態に、きな臭い人物にすぐに辿り着けるように。
「よし、ありがとう。……何か、変わった匂いは無かったか?」
「特には……気になったのは火薬の匂いくらいかにゃ」
「……そうか」
大道芸に使う火薬の匂いだろう。ここで血の匂いやらそれを打ち消すほど強烈な匂いを発していたら楽だったのだが、事態はそう簡単に行かない。
「ご苦労さん、休んでいてくれ」
「にゃ! それじゃあ失礼するにゃ!」
キットの姿が光となって霧散する。それを確認して、草太は壁に寄りかかった。
(冒険者ギルドが大々的に動き出したことはジョネスにも伝わっているはずだ……それを受けてもうひと暴れするか、尻尾を巻いて逃げるか……)
恐らく、ギルドや王国としてはとっとと出ていってもらった方が楽だろう。それ故にわざとここまで話を大きくしたのだ。
(でも、話を聞く限りかなりの極悪人を、みすみす逃す訳にはいかないな)
黒の巨人と同じだ。罪もない人々――しかも今回は無垢な子供達を殺し回っている人間を野放しには出来ない。
考え事をしていると、拍手の音が響いた。どうやら、大道芸が終わったようだ。
「さーて、悪ガキ達を捕まえないとな」
草太は【インビジブル】によって身を隠し、教会への唯一の帰り道である路地の隅に立った。
「すげー! やっぱおもしれー!」
「ヒュ、ヒュース……またフィオレとメリナに怒られちゃうよ……」
「大丈夫だよ! フィオレはギルドに行ってるし、メリナは他の奴らの世話に忙しいからな! こっそり戻ればバレないって!」
そんなことを言い合いながら、ヒュース達が草太の前を通り過ぎた時。
「あの二人が見逃しても俺が見逃さないぜ」
草太は【インビジブル】を解いて、四人の背中を優しく叩いた。
「そ、ソウタ兄ちゃん……」
ガットが怯えた様に草太を見上げる。ヒュース以外の残りの子供達も同じような反応だ。
「二人に言いつけるのかよ」
「まあ約束を破る子供にはお仕置きが必要だからな」
「なんだよ! 外の人間が口出しするんじゃねぇよ!」
からかう草太に、ヒュースが苛立ち叫ぶ。
大分孤児院の子供達と仲良くなってきたのだが、このヒュースという少年はずっと草太を敵視している。
(なんかやっちゃったっけなぁ…)
草太は今にも噛みつきそうなヒュースを見ながら困り顔になった。
「へん! お前ら行くぞ! こいつに捕まったら何されるかわかんねーからな!」
「ま、待ってよヒュース!」
と、ヒュースがいきなり走り出し、他の子供達も慌てながらそれについていく。
「【ゲート】」
ため息をついて、草太は白魔法を唱えた。
「なんだ!?」
突然開いた門にヒュースは慌てて立ち止まったが、急停止したため後ろから来たアイナ達に追突される。
それでもなんとか踏ん張っていた所に、とん、と草太が後ろから背中を押した。
『わぁあああああ――!?』
そのままヒュース達は【ゲート】に吸い込まれるように転び――
「こらーーーーっ! お前達、また勝手に抜け出したなーーー!」
【ゲート】の繋がった先、教会の聖堂内で子供たちの相手をしていたメリナに見つかり、こっぴどい雷を落とされたのだった。
そんなどたばた騒ぎを終え、昼食を食べた後。
草太は近くにある広間でアテナと対峙していた。
「言っとくけど、容赦はしないわよ」
「こっちのセリフだ。泣くんじゃねーぞ」
「やれやれーソウタおにいちゃーん!」
「アテナおねえちゃん負けないでー!」
武器を構える二人の周りには大勢の子供達が囲んでいる。
草太達は時折、こうやって子供達の前で模擬試合を行っている。変わり映えのしない孤児院での暮らしに飽きている子供達にとって、これは格好の娯楽だ。
ちなみに模擬試合と言ってもこの二人――ガチである。
「試合――はじめ!」
メリナの合図とともに両者が同時に地を蹴る。アテナのアイギスと草太のリコシフォスがぶつかり、火花を散らす。攻めて、攻められて、防いで、防がれて……緊迫した試合に子供達から大歓声が上がる。
「ふっ!」
パルテノスが草太の顔面に迫る。
「っとぉ!」
首を傾け、間一髪でそれを避けた草太は飛び退いて距離を取る。
「こんのクソ女神! 今完全に殺しに来てただろ!」
「手加減はしないって言ったじゃない?」
「限度があるだろ限度が!」
時折そんな言い合いを交わしつつ……。
草太とアテナの試合(という名の日頃の鬱憤晴らし)は、夕方まで続いた。
『ただいまー!』
子供達の元気な声と共に教会の扉が開かれる。
「おかえりなさい、もうすぐご飯ができるわよ」
留守番をしていた子供達、それを見守っていた花奈とリフィア、そしてフィオレがそれを出迎えた。
「おかえりなさい、草太くん、アテナちゃん……二人とも、また倒れるまでやったの……?」
「いや、一応そうなる前に止めておいた」
駆け寄ってきた花奈はすぐにその顔に呆れ笑いを浮かべる。メリナは冷めた目で花奈の肩を叩いた。
その後ろでは、草太とアテナがヘトヘトになりながらも性懲りも無く睨み合っている。
「最後の試合、私の勝ちでいいわね?」
「は? メリナが引き分けって言ってただろ」
「でもあんたの方が疲れてるじゃない」
「その有様でよくそんなことが言えるな、息切れしているじゃないか」
「あんたもそうでしょ。そんなもやしみたいなひょろひょろの体だから体力もつかないのよ。もっと肉を食べなさい」
「ほー、食べても食べても頭と胸に栄養が一切行かない女神様の言葉を頂けるとはありがたい。せいぜい過食でぶっ倒れないようにな」
ぐるるるるると睨み合う二人を見て、花奈とメリナはため息をついた。
「二人とも、元気があるようでしたら手伝ってください。もうすぐ夕飯ですから、食器の準備を」
「「………………はーい」」
慌ただしく給仕に務めるリフィアに咎められ、草太とアテナは渋々返事をした。
これが、孤児院での草太達の生活だ。時には冒険に出かけ、時には子供達の相手をする。ここ数日ですっかり身についた生活習慣。
――そんないつもの日常は、夜になって砕かれることになる。
最初に異変に気付いたのはフィオレだった。
「ヒュース? アイナ? ……ガット! リオン!?」
子供達の名前を呼びながら、焦りの表情を浮かべてフィオレが教会内を歩き回る。
「フィオレさん、どうかしましたか?」
それを見て、メリナと草太達が近寄る。
「ああ、ああ……どうしましょう……ヒュース達の姿が見つからないんです……」
フィオレのか細い呟きに、全員の顔色が変わる。
「……確か、夕飯が終わるときまではいたわよね」
「ああくそ、油断した! もう外には出ないと思い込んでいた!」
これまでヒュース達が抜け出すのは昼間に限られていて、夜の時間帯は注意が薄くなっていた。
「まさか……」
リフィアが何かを言いかけて、口を噤む。だが、何を言いたいかは全員に伝わった。
――殺戮道化。
現在ノルスタジアの民達を恐怖で震えさせているその存在に、どうしても結びついてしまう。
「騎士団やギルドに報告しないと……!」
「それで間に合うか? ジョネスがどんなやり方をするか知らないけど、悠長に待ってくれるほど優しくはないだろ」
花奈の呟きに、草太は自然ときつく返してしまった。
「そ、そうだよね……ごめん」
「いや、こっちこそ強く言いすぎた、ごめん」
「ああ、ヒュース……ガット、リオン、アイナ……いや、そんなの嫌よ……!」
「フィオレ、諦めるのはまだ早いです。とにかく私達だけでも捜索に……」
顔を覆ってうずくまるフィオレをリフィアが宥めようとした時。
「おにーちゃんたち、どうしたの?」
廊下から、幼い声が聞こえた。そこに立っていたのは、この孤児院の中でも最年少の童女、イリアだった。
「イリア……! ヒュース達が……」
「ヒュースおにーちゃんたちなら、どうけしさんをみにいったよ?」
イリアのその言葉を聞いて草太達は息を飲んだ。
♢
暗い路地を一人の巨漢と四人の子供が進む。
「なーなー道化師さん、見せてくれるもっとすごいものってなんだよー」
「ぼくたち、あんまり遅くなっちゃうとフィオレ達にまた怒られちゃうよぅ……」
ヒュースが焦れた様子で尋ね、リオンが不安そうに呟いた。
「……ねえ、もう帰ろ? そろそろフィオレ達にバレちゃってるよ」
「そ、そうだよねガット。ヒュース、帰ろう?」
「えー、でもなぁ……」
子供達が好奇心と不安の間で揺れ動いている時、道化師が振り向いた。
低い声で、ゆっくりと。
真っ白な化粧を施した道化師は口を開く。
「良い子の皆さん、お待たせしました。これより私の本当の演目をお見せしましょう。芸術的で前衛的な一夜限りの大盤振る舞いでございます」
道化師の口上に、それまで不安そうにしていた子供達の瞳がぱっと輝いた。
「――まずは、夢の国へとご招待致します」
「【フォールスリープ】」
道化師の後ろから他の男の声が聞こえ――。
ヒュース達の意識は微睡みの底へと落ちていった。
♢
「くそっ! やられた!」
草太は舌打ちをしながら召喚陣が描かれた紙を取り出した。
「【コールメイト】!」
呪文と共に光が放たれ、キットが現れる。
「にゃにゃ? どうしたんだにゃ?」
「キット、昼間に匂いを覚えた道化師が、今どこにいるか追えるか?」
「にゃにゃ、急だにゃあ……」
キットは帽子を取って頭を掻きながらすんすんと鼻を揺らす。
「――捉えたにゃ。街の東の方にいるにゃ」
「よし、みんな行くぞ」
「え、え? どうしてジョネス・キングの居場所が分かるの?」
「走りながら説明する! フィオレさん、フィオレさんは念の為この場所に残っていてください」
「は、はい!」
「メリナは……」
草太が迷う素振りを見せると、メリナがとん、と草太の胸を小突いた。
「家族が危ない目に遭ってるんだ。あたしが行かないわけないだろ」
「……そうか。――よし、行こう!」
ヒュース達を救い出すために、草太達は夜のノルスタジアに飛び出した。
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