第8話 メリナ・スティルブ
メリナの過去編です。
その男はメイブル・スティルブと言う。
その名が人々に知られるようになったきっかけは、彼が迷宮で成果を上げた時だった。
初の迷宮探索で、少人数の仲間と共に下層まで攻略し、全員無事で帰ってきたのだ。アンスロコーラ史の中でもかなり珍しい偉業だ。
その探索でメイブルはとある神代武器を手に入れた。それが、『マヴロスキア』だ。
貴重な短剣と持ち前の技量で、メイブルはたちまち名を上げていった。最終的には『銀』の冒険者に上り詰めた。
しかしそれは、メイブルの表の顔に過ぎなかった。
「領主様! 税収によって得た金貨が根こそぎ…!」
「金庫にはこのような張り紙が!」
「おのれ……! この紋章は彼の盗賊団のものか……!」
王冠に突き刺さる黒色の短剣。
それが、メイブルが立ち上げた義賊――『黒閃盗賊団』のエンブレムだった。
貧民街で育ったメイブルは、貴族の悪政の被害者の一人だった。そんな彼は正義感に駆られ悪徳貴族や領民を苦しめる領主から金銀を奪い、平民に配り歩いていた。
「がっはっは! 今日も上手くいったなぁ!」
「頭が居ればどんな罠も金庫もちょちょいのちょいですぜ!」
酒をあおり高笑いをするメイブルを、周りの団員達が囃し立てる。
子供の頃から盗みをしてきたメイブルには、並々ならぬ鍵開け技術と危機察知能力が備わっており、迷宮探索でも本業でも役立っていた。
「しかし、そろそろ貴族達の警戒も強くなってきましたねぇ」
「そうだなぁ……そう言えば頭。隣のサラス大陸では最近何やら物騒なことが起こっているみたいですぜ」
「あぁん? どうせディアモリス帝国がまたやらかしてんだろ?」
「今回のやらかしは一味違いますぜ……奴ら、周辺諸国全てに戦争をふっかけたんですわ」
「――がっはっはっはっは! いいねぇ、漢じゃねえか!」
部下の話を聞いて、メイブルは豪快に笑った。あのディアモリス帝国だったら有り得なくもない……そういうことも笑わせる要素であった。
「で、今ディアモリスは混乱に陥ってるわけです……どうですか? 世紀の帝国相手に全てを盗みやしませんか?」
「なるほどなぁ……」
「急な戦争で国民達は苦しんでいるでしょうしね」
「かしら! いっちょやったりましょー!」
腕を組むメイブルの周りで、他の団員達がいきり立つ。
「――うし! そろそろ大陸を股にかける頃だと思っていたのさ! 野郎共! ディアモリス帝国に突っ込むぞ!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
こうして、『黒閃盗賊団』は海を渡り、サラス大陸に降り立った。
実は、サラス大陸にはメイブルの昔馴染みの友人が居た。
シャルル・エコラノヴァ。フィオレの父親である。二人ともクリシュ大陸にある同じ国、同じ街出身で、年の差こそあれど兄弟のように仲が良かった。
「メイブル、噂は聞いているぞ。若いのにすごい冒険者がいるとな」
「へっへっへ……俺の名前はこっちにも響いているのか。なんだか変な気分だな」
地下の静かな酒場で、シャルルとメイブルは昔のように語り、幼い頃と同じように笑う。
それでも、メイブルはシャルルに義賊のことを話さなかった。シャルルを巻き込みたくないという気持ちと、幼い頃から兄のように慕っていた彼に、後ろめたいことは話したくないという気持ちから来るものだった。
「そう言えば、お前は結婚はしないのか? 家族はいいぞ。妻はもちろん娘が可愛くってなぁ……」
唐突に惚気話を始めるシャルルに、メイブルはかーっ! と悪態をつく。
「なんだなんだ、随分丸くなったじゃねえか。……今度その娘とやらに会わせてくれよ」
「お前に会わせたら盗まれそうだな……」
幼い頃から何かとメイブルに物を盗られてきたシャルルは苦い顔をする。
「シャルルの娘を盗るなんて野暮なことはしねーよ」
互いに忌み言葉を言い合い、メイブルとシャルルは笑った。
「まあ、元より俺は誰かとくっつくつもりは無い――」
「随分とお楽しみですね」
メイブルが語り始めようとした時、二人の座るテーブルにおつまみが置かれる。
メイブルが見上げると、そこには長い藍色の髪をなびかせる若い女性が立っていた。
「ああ、ありがとうリアーネ。メイブル、この子はこの酒場の看板娘のリアーネだ。手を出すんじゃないぞ? 狙っている男は沢山いるからな」
「シャルルさんはおだてるのが上手なんですから」
シャルルとリアーネがそんな談笑を交わすが、メイブルには何も聞こえていなかった。
がたっと立ち上がり、リアーネの手を握る。
「ど、どうされたんですか……?」
戸惑うリアーネの瞳を見つめ、メイブルはなんの躊躇いも無く言い放った。
「結婚してくれ」
それから、メイブルはその酒場に通い続け、その度にリアーネに求婚した。時にはライバルの男と殴り合いの喧嘩をし、時にはリアーネに大金をはたいて買った指輪を上げようとし、その都度シャルルに呆れ顔をされた。
それでもメイブルは諦めなかった。初めて出会った時に脳天に稲妻を撃たれたような衝撃に突き動かされ、何度も何度もリアーネに言いよった。
そして、彼の願いは一年後にようやく叶った。
花が咲き乱れる小さな丘で、メイブルはリアーネと不器用な口付けを交わした。
慎ましい結婚式を上げ、二人で金を出し合ってノルスタジアに小さな家を建てた。間もなく娘が生まれ、メリナと名付けた。
シャルルに話を聞いた時はくだらねぇと一笑に付していた『家族』という物は、メイブルにこれ以上ない幸福を与えた。
そして同時に、メイブルは家族に言えない稼業は辞めてしまおうと決意した。
――義賊から足を洗う。『黒閃盗賊団』も解散する。
最初メイブルがその事を団員に告げた時、反発は大きかった。
だが、メイブルはこれまで手に入れてきた財宝を山分けすることで手を打った。ディアモリス帝国が滅び、サラス大陸が平穏になったことも団員達を納得させる要因となった。
収入は格段に減ったが、メイブルにとっては苦ではなかった。
美しく自分を愛してくれる妻、そしてまだ言葉も喋れない愛しい娘。
誰にも得られない宝を手に入れ、メイブルは穏やかに幸福な日々を過ごすことが出来るのだから。
だが、幸せに満ちた日々に亀裂が入るのはそう遅くはなかった。
メリナが五歳になった年。母に似て美しい顔と藍色の髪の娘は、誰に似たのかすこぶる口が悪かった。だからといって愛情が薄れる訳では無いが。
メイブルはいつものように冒険者ギルドに赴き依頼を受けようとしていた。
その時、ギルド内にある掲示板に目が行った。
そこには、見慣れた紋章が描かれた指名手配書が貼られていた。
『黒閃盗賊団の頭がこの国にいることがわかった。捕獲、討伐した者には霊銀貨一枚』
ぶわっとメイブルは背中に嫌な汗をかいた。
なぜ? どうして? どうやって?
足を残したことは無い。誰かに顔を見られたこともない。――妻と娘にも話したことがない秘密が、今になって、何故。
世界が歪むのを感じた。二本の足で立っていることさえ苦痛になる。
だが、メイブルは首を振った。
――俺に辿り着くはずがない。
それは、慢心であり、油断であり、現実逃避であった。
この日のメイブルの判断は、後に彼を絶望のどん底に突き落とすこととなる。
メイブルが張り紙を見つけた数週間後。今にも雨が降り出しそうな曇天が覆う中。
ノルスタジアのギルドによる緊急依頼が出された。
内容は、「ノルスタジア内に潜む『黒閃盗賊団』の頭を討伐すること」。
メイブルは血の気が引く感覚を覚えた。いつまでもこの街には居られないと思い、ギルドを飛び出しリアーネとメリナのいる家に戻った。
「おかえりなさい、どうしたの?」
「すぐにこの街から……いや、この国から出るぞ!」
怪訝な顔をするリアーネに説明もせず、メリナと共に手を引いてメイブルは飛び出した。
「あ、あなた? どうしたの!?」
「ここにいちゃ駄目なんだ! 俺の……俺の宝が奪われちまう!」
それは、メイブルにとって耐え難い苦痛だった。
ようやく手にした真っ当で幸福な生活。それを、みすみす奪われるようなことはしたくない。
だが、世界は――否、人とは残酷だ。
「――っ!」
「メイブル・スティルブだな?」
走るスティルブ一家の前に、黒ずくめの人物達が現れた。黒いフードを目深に被り、顔は見えない。恐らく、メイブルに恨みを持つ貴族が雇った暗殺者集団だ。
「くそったれ……!」
「メイブル・スティルブ。お前は『黒閃盗賊団』の頭領で間違いないな?」
手を引くリアーネが息を呑む気配を感じる。
「……すまねぇ、リアーネ。後でちゃんと説明する」
ぽつりぽつりと雨粒が降り出す。引き裂かれるように、メイブルはリアーネから手を離した。
「メイブル……」
「こいつらを全員、ぶちのめしてからなぁ!!」
腰に刺していたマヴロスキアを抜き、暗殺者達に飛びかかる。
――誰にも、誰にも奪わせやしねぇ!
鬼気迫る勢いで暗殺者達を仕留めていきながら、メイブルは叫ぶ。
「俺の宝は――誰にもわたさねぇえええええええええええええ!!」
雨音を突き破り、メイブルの雄叫びは街中に響き渡った。
衰えない『銀』の冒険者の腕を見せつけ、メイブルは暗殺者達を次々に殺していった。
最後の一人を斬り伏せ、メイブルは雨の中佇んだ。
早く逃げなければ。その思いと共に妻子の元へ向かおうとして――。
「へへ、酷いじゃねえですか、頭ぁ……」
聞き覚えのある声に、足を止めた。
メイブルが倒した暗殺者集団の中、黒いフードが外れた顔でこちらに引きつった笑みを向ける男。
かつて、『黒閃盗賊団』で苦楽を共にした団員の一人であった。
「――っっ!!」
メイブルは全てを悟った。
今まで誰にも正体が掴めなかった自分が何故急に見つけられたのか。なぜ、自分がノルスタジアに居ることが分かったのか。
――全て、身内からの告発があったことに他ならない。
「お前ぇ!」
メイブルは倒れている元団員に飛びかかった。
「へへ、頭が悪いんですよ……! あんたが盗賊団を解散するから、俺は路頭に迷うことになったんだ……! あんたが! あんたの仲間を傷つけたんだよォ!」
「おまえ、おまえ、おまえぇえええええええ!!」
うまく喋れず、メイブルはただ男の顔を殴打する。何度殴っても、メイブルの心に生まれたどす黒い霧が晴れることは無かった。
元団員は鼻血を出しながら、顔をでこぼこにしながら、尚醜悪な笑みを浮かべる。
「がふっ……へ、へへへへへへへへへへへへ……頭ぁ、俺なんかに構っていていいんですかい? あんたの『宝物』が奪われちまいますぜ」
その言葉と同時に。
「メリナ!」
リアーネの叫び声が聞こえた。
振り向くと、物陰に潜んでいたのか、はたまた討ち漏らしたのか、暗殺者の生き残りがメリナの前に立ちナイフを突き立てようとしていた。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
慟哭する。男から離れ、疾走する。
だが、遠い。どんな俊足をもってしても、メリナへの刃を止めることは出来ない。
(間に合わ――)
ザシュッ。
暗殺者の短刀が、小さな音と共に突き刺さった。
――メリナを庇った、リアーネの背中に。
「おかあ……さん……?」
小さな声を漏らし、メリナはそのまま気を失った。
「ぁあああああああああああああああ!!」
悲痛の叫びをあげ、メイブルは暗殺者の喉笛にマヴロスキアを刺して、そのまま蹴り飛ばす。
「リアーネ! おい、リアーネ!? しっかりしろ!」
背中から心臓を貫かれ、胸部から鮮血を溢れさせるリアーネを抱きかかえ、メイブルは涙を流しながら呼びかける。
「あな……た……」
リアーネが微かに口を開く。だが、その目は虚ろで、もう長くないことを否応なしに悟らせる。
「喋るな! 静かにしてろ、今回復を――」
そこまで言って、メイブルは自身が光魔法を使えないことを思い出し顔を歪ませた。
「いいの、ねえ、聞いて?」
「やめろ、やめろ!」
そんなことは聞きたくない。最後の言葉なんて聞きたくない。
「私ね、知っていたの……メイブルが昔何をしていたのか……それを私達に隠している理由も、全部知っていたの……」
「誰か……だれか回復魔法を使える奴はいないのか……!」
腕の中でぽつりぽつりと呟くリアーネの声を聞きながら、メイブルはいつの間にか集まっていた冒険者達に呼びかける。
だが、彼らの瞳に「助けよう」という意思は見られない。メイブル・スティルブは指名手配の犯罪者だからだ。
「私達を、守るために……色々な物を捨ててくれたのよね……」
「違う、捨てたんじゃねぇ! 選んだんだ! 俺は、お前達との人生を選んだんだよ!」
そんな幸せそうな笑顔を見せないでくれ。
「ほんの数年だったけど……あなたとメリナと一緒にいられて……私は、幸せでした」
「やめろ……やめてくれ……!」
別れのような言葉を言わないでくれ。
「……リアーネ・スティルブは、メイブル・スティルブを、愛して、います……」
メイブルが大切に守ってきた『宝物』は。
この世の何にも代えられない『幸福』は。
どんな宝石よりも美しく輝く『愛妻』は。
その言葉を最後に。
静かに――幸せそうに息を引き取った。
「――――――――――――――――ッッッッ!」
メイブルは叫ぶ。天に向かって、運命に向かって。
盗賊の慟哭は周りの冒険者を圧倒し、その足を竦ませる。
これが代償か。今まで奪ってきたツケに、世界は俺から何もかも奪うというのか。
憤怒、憎悪、悲嘆。
感情のうねりを隠すことなく吠える。
――けれど、メイブルには、まだもう一つ『宝』が残っている。
「っ!」
リアーネを抱きかかえたまま、倒れているメリナも拾い上げる。
動き出したメイブルを見て、冒険者達が武器を構える。
だが、誰よりも早くメイブルは跳躍した。屋根に飛び移り、走り出す。
――畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生――!!
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
屋根を渡り、路地を駆け、人目を忍びながら。
メイブルは雨の中叫んだ。
「メイブル!? いきなりどうしたんだ!? おい、それはまさか……リアーネなのか……!?」
メイブルが行き着いたのは、シャルルの家だった。出てきたシャルルはずぶ濡れになって妻子を抱えるメイブルを見て驚愕を顕にする。
「シャルル……頼む、この子を……メリナを匿ってくれ……! 俺みたいなクソ野郎のせいでこいつまで死なせる訳には行かねぇんだ!」
メイブルは呆然とするシャルルに無理矢理メリナを押し付ける。
「メイブル、まさかお前……」
「俺は、俺は真っ当な人生なんか歩んじゃいけなかった! 幸せなんて大層な夢を見ずに、いつまでも貧民街で燻っていれば良かったんだ!!」
「メイブル……」
雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、メイブルは叫ぶ。
「シャルル、後生だ……メリナを……俺の最後の宝を守ってくれ……! 頼む……!」
「…………お前は、どうするつもりだ」
シャルルのその問いかけを、了承と受け取ったのか。
メイブルは答えることなく軋んだ笑みを浮かべ、リアーネを抱きしめたまま雨の街の中を駆けて行った。
シャルルが抱えるメリナの手には、メイブルの愛刀である『マヴロスキア』が握られていた――。
「――その後、メイブルがどうなったかは父も分からないと言っていました。死んだかもしれないし、しぶとくどこかで生きているかもしれないと……」
語り終えて、フィオレは残っていたお茶をぐっと飲み干した。ふぅと息をついて草太に体を向ける。
「……メリナは、この話を聞いてなんて言っていたんですか?」
「……分からない、と。よく覚えていないし、今更言われても……と笑っていました」
フィオレが悲しそうに目を伏せる。
「けれど……それからあの子は時折『いつか親父に会いにいく』と言うようになりました。……興味が無いようなふりをしていても、結局、他人事ではなかったんです」
「……」
草太も残っていたお茶を飲み干し、「ご馳走様でした」とフィオレに返す。
「……俺は、その話を聞いて無理矢理メリナを連れていこうとは思いません」
「ですがっ……!」
フィオレが立ち上がる。
「結局は、あいつの気持ち次第です。……フィオレさんなら、分かるでしょう? メリナにとっては、この孤児院での生活も大切な物なんですよ」
「……」
草太の言葉に、フィオレは押し黙った。
それを見て、草太は優しく笑う。
「まあでも、メリナがどうしても着いてきたいって言うなら、俺達はいつでも受け入れますけどね」
「ソウタさん……」
その言葉に、フィオレは嬉しさと悲しみが混同したような笑顔を浮かべた。
そんな風に、草太とフィオレが語り合う部屋の外。扉のそばに身を潜めていたメリナは、足音も立てずに教会から駆け出した。
走って、走って、走って、走って、走って――。
子供たちがよく遊ぶ広場に出た。
教会にも、ここにも、この辺りの路地裏のどこにだって、みんなとの思い出がある。
戦争で親を亡くした子、魔物に親を殺された子、親に捨てられた子、フィオレがいつの間にか拾ってきた子。
全ての孤児があの教会では家族なのだ。もちろん、メリナやフィオレも含めて。
けれど、フィオレに父親の話を聞いたあの時から、自分の心の中で激しく燃える物がある。
――父親に会ってみたい。
理由もわからない、けれど消えることのない『願い』。
「――あたしは、どうすれば良いんだろうな」
淡く輝く月を見上げ、メリナは小さく呟いた。
読んでいただき、ありがとうございます!
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四章が完結するまで毎日投稿しようと思います。
お楽しみに!




