第5話 ノルスタジアでの日々②
西門に着いてしばらく待っていると、草太達が通って来た道からメリナが藍色の髪をなびかせながら走って来た。
「悪い、結構待たせちゃったな」
「別にいいよ。なんの依頼を受けたんだ?」
「ああ、とりあえず三つだけな。毒ムカデとゴブリンと軍隊ガエルの討伐だよ」
「ゴブリン以外は聞いたことない魔物だな」
「お前それでも冒険者かぁ?」
草太が困った顔で頭を掻くと、メリナが呆れ顔を浮かべる。
「いいか、毒ムカデってのはその名の通り毒を持つでっかいムカデだ。牙から毒が出ていて、噛まれると結構やばい。軍隊ガエルはめちゃくちゃ数が多いから囲まれると面倒だな。あと打撃攻撃に強い」
「なるほど、わかった」
メリナの端的な説明を聞いて、草太達はなるほどと頷く。と言っても、初見の相手でも今の草太達であれば難なく倒すことは出来るだろう。
「よっしゃ、行くぞー!」
「「「「おー!」」」」
メリナの元気な掛け声に、草太達も拳を上げて答えた。
ノルスタジアを出て、街道に沿ってしばらく歩くと広大な草原に出た。日本ならばキャンプ地やピックニックスポットにでもなっていただろう。
だが悲しいかなここは魔物のはびこる異世界。目視できるだけでも巨大なカエルやら昆虫やらがうようよと蠢いている。
「あれが軍隊ガエルか。まずはあれから狩るか」
「うーん……でも、あの孤立しているカエルは多分囮だ。あのカエルを殺そうとしたら、周りで待ち伏せている他の軍隊ガエルに襲われると思う」
「随分知能の働くカエルだな……」
メリナの考察に、草太は驚き半分呆れ半分の表情を浮かべた。
「他のカエル達がどれくらいの近さにいるか分かる?」
「うーん、あいつら穴を掘るからなぁ。多分こっからじゃ見えない……そんなに遠くはないと思うけど」
花奈の問いに、メリナは腕を組んで悩ましげに唸った。
「地中にいるのなら、そんなに難しくはないね」
「え?」
一歩前に進んだ花奈を見て、メリナは目を丸くする。
「【呼ぶは土・其を揺らすは豪傑の腕・ランドプロジェクション】」
驚くメリナをよそに花奈が一つの魔法を唱えると、カエルが見えるあたりに振動が起こった。
揺れは次第に強くなり、轟音と共にカエルを中心にした半径三メートルほどの草原がボコッと盛り上がった。
「なーーー!?」
その光景にメリナが息を呑む。
盛り上がった土はさらに大きくなり、高さ五メートルほどの高さにまで登る。
「土魔法【ランドプロジェクション】。本当は地面を隆起させた衝撃で相手を攻撃する技なんだけど……カエル達が土の中にいるならこれが一番いいかなって」
花奈の説明通り、土の中に隠れていたカエル達は土山の中に囚われ、ゲコゲコと間抜けな鳴き声を上げていた。
「んじゃ、狩るか。何匹狩ればいいんだ?」
「あっ……えっと、十匹」
「了解」
呆けるメリナを残して、草太達は淡々と軍隊ガエル達を狩り始めた。
「メリナちゃん、大丈夫?」
「う、うん……お前ら、ほんとに何者なんだ? ハナの魔法もすごいし、こうして見てるだけでもソウタ達のとんでもない強さが分かるぞ……」
「そうでしょそうでしょ! みんなすごいんだよ。……でも、色んな悩みだって抱えてる。負けたことだってあった。……だから、今の私達があるんだ」
メリナの賞賛に、花奈は少し誇らしげに笑った。
軍隊ガエルを狩り終わった草太達が戻ってきて、一行は場所を移すことにした。
「ずんずん草原を突っ切ってるけど大丈夫なの?」
「ゴブリンも毒ムカデもこの辺りにはいないんだ。だからさっさと突っ切った方がいい」
アテナの問いにメリナは歩きながら答える。
「死角からの奇襲とかは大丈夫なのか?」
「お前らがいれば警戒する必要も無いと思うけど……」
メリナが呆れ顔で答える。先程の草太達の戦いっぷりをみて、規格外の力にまいってしまったようだ。
「正直あたしじゃあ足手まといにしかならないだろうけど……まあ、一応武器も持ってるしな」
「……へえ、いい物を持ってるじゃない」
メリナが少し自信なさげに腰の鞘から引き抜いた短剣を見て、アテナが関心を示す。
刀身が真っ黒なその短剣は、しかして文字のようなものが刻まれている。装飾のような黄金の文字は傍目から見ても美しく、神秘的な魅力を感じさせた。
「神代武器『マヴロスキア』。親父があたしに残した唯一のお宝だ」
「神代武器――!?」
唐突に出てきた少しだけなじみのある単語に、草太達は驚愕した。その短剣は少女が持つにはあまりにも強大すぎる力を持っている。
「メリナ、なんでそんな物を……」
「だから言ってんだろー? 親父があたしにこの短剣を残したんだよ。……まあ、あたしがこれを受け取ったのはまだ五歳の時とかで、なんかその時のことはあまり覚えてないんだけどな」
メリナはにししと笑う。その心の内に孕んだ苦味を隠すように。
深く踏み込むには、草太達はメリナのことをまだほとんど知らない。話を掘り下げるのは逸りすぎだといえる。
「そうか……大事にしないとな」
だから、月並みな言葉しか言えなかった。
「なんだなんだー? そんなにマヴロスキアが気に入らないのか?」
「あはは……ちょっと神代武器にはいい思い出がないからね……警戒しちゃった」
「ふぅーん……まあいいや、さっさと残りの魔物を倒しちゃおうぜ。お前らがいればすぐに終わるしな!」
メリナは特に花奈を詮索しないで前に進み始めた。
アテナが草太に小声で尋ねる。
「……神代武器って、神器みたいなもの?」
「二つの定義の違いがわからんが……神代武器ってのはこの世界において頂点に立つ武器種の総称だ。主に『迷宮』で発掘されるらしい。ごく稀に名匠が創り上げることもあるらしいけどな」
「なるほどね……たしかにあれはいい武器ね。私のパルテノスやあんたのリコシフォスには劣るけど」
「……メリナのお父さんがどんな人物か気になるところですね……」
「もしかしたら、元『金』の冒険者だったとか?」
アテナと草太の会話にリフィアと花奈が加わる。
「……今は尋ねるときじゃないだろうな。もう少し時間を置いてからにしよう」
草太は首を振り、メリナの背中を追って歩き始めた。
草地をしばらく進むと、岩山に囲まれた場所に出た。境界線のように足元の草がそこで途切れている。
「ゴブリンたちは洞穴に巣を作る。あの草原で見かけなかったってことは今は巣にこもっているんだろう」
メリナが岩陰に身を潜めながら自分の考えを述べた。
「手当たり次第に魔法をぶち込むか?」
「乱暴だなぁ……」
草太の提案にメリナはドン引きする。それに洞窟に魔法を撃って天井が崩落したら討伐した証拠も残らないので、草太の案は得策ではないだろう。
「なんか動物の肉とか残っていないか? その匂いでおびき出せるはずだ」
「ああ、まだ余ってるぞ」
草太は【ウェアハウス】から骨付きの肉を取り出す。王都に滞在していた時にリフィアが獲ってきた魔物の肉だ。
「おし、そら」
メリナはそれを受け取ったかと思うとすぐさま洞窟の前に放り投げた。
「獲物がでてくるまでしばらく待とう」
「……こんなに小さいのに、手慣れているな」
「だからあたしは十六だっての! ……まあ、十歳ぐらいのときからほとんど一人で魔物を討伐してきたからな……おかげで今は『赤』の冒険者だぜ」
「げ、俺たちより上なのかよ」
「ま、お前らに出会ってからこんなの飾りもんだって嫌でも気付かされたけどなー」
メリナの意外な実力に草太は驚いた。
『赤』というとスードに居たアーシェと同じ実力ということだ。この小さい体で一体どれほどの敵と戦ってきたというのだろう。
「ほんとにすごいね、メリナは」
花奈が素直に感心した様子でメリナの頭を撫でた。メリナはバツが悪そうにその手を払う。
「子供扱いすんなって!」
その反応がかわいらしく、花奈は相好を崩す。
「妹がいたらこんな感じだったのかな~」
「大して歳もかわんねーだろー!」
のほほんと笑う花奈に、メリナがうがーと苛立ちを露わにする。
「――二人とも、そこまでにしておけ。獲物が来たぞ」
様子を見ていた草太がじゃれあう二人を諌める。彼の視線の先には、肉につられた一匹のゴブリンが映っていた。おそらく偵察の役割を担っているのだろう。
「矢で射ぬきますか」
「あー待て待て、待ってくれ。ここはあたしに任せてくれ」
弓を構えるリフィアをメリナが止める。
「なにをする気なの?」
「あれじゃ数が足りないから、増やしに行くだけだよ」
そう言い残してメリナは岩陰から出てとことことゴブリンの方に歩いていく。
「なにやってんだあいつ、あれじゃすぐに見つかるぞ!」
メリナの行動に草太は戸惑った。メリナは身を隠すこともなく、ただ無防備にゴブリンに近づいていく。あれでは、自分を攻撃してくれと言っているようなものだ。
「まずい、加勢に行きましょう」
「……待って」
おもむろに立ち上がる草太たちの中で、ただ一人アテナが動こうとしなかった。
「アテナちゃん、どうしたの?」
「なんだか……あの子の姿がぼやけているような……」
メリナの姿を凝視しながら、アテナは戸惑いの表情を浮かべる。
何を言っているんだと呆れながら草太はもう一度メリナを見て――目を見張った。
そこにいるはずのメリナの姿が、消えていた。否、すぐにその姿は草太の瞳に捉えられた。だが、彼女の体の輪郭はひどくぼやけていて、本当に実在するのか信じれなくなるほどだ。瞬きをするたびに、一瞬メリナの姿を見失いそうになる。
「なに、あれ……」
未知の能力に花奈は小さく震える。
視認しているはずの草太達にさえおぼろげにしか見えない。そんなメリナに、肉に注目しているゴブリンが気づくはずもなく……。
ヒュッ。とその背中がマヴロスキアによって斬りつけられた。
静かな不意打ちに、ゴブリンはゆっくりと倒れこんだ。だが、傷は浅いようでぴくぴくと動いている。
「倒しきれてない……!」
今度こそ飛び出そうとした草太達だったが、ゴブリンの傍に立つメリナが手振りで「待った」をかけ、草太達の動きが止まる。
その一瞬の隙に。
「ギエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
けたたましい悲鳴がゴブリンの口から放たれた。
それは、敵が来たことを伝えるための警戒音。それは、助けを求める救命信号。死にかけのゴブリンの悲鳴に答えるように、奥の洞窟から甲高い雄叫びが聞こえてくる。
メリナはそれを確認すると、もう用済みだと言うようにゴブリンの首にマヴロスキアを突き立てた。悲鳴を上げ続けていたゴブリンはその攻撃によってあっさりと絶命する。
草太達が一連の出来事に無言で驚いていると、メリナが素早い動きで戻ってきた。
「これでゴブリン達をおびき出すことができた。こっからは任せるぜ」
「お、おいメリナ……今、何をやったんだ?」
何事もなかったかのように今までと同じ笑顔を見せるメリナに、草太は戸惑いながら尋ねる。
「説明はまた今度な……今は、大量に出てくるゴブリンを倒さなきゃな」
メリナの言葉と同時に――洞窟から約五十体のゴブリン達が姿を現した。
仲間を殺されたゴブリン達は、黄色い双眸に怒りの光を宿しながら草太達に向かって吠えた。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!』
「ったく、無茶苦茶な作戦だ! 行くぞ!」
緑色の小鬼達の叫びの中、草太が疾駆する。
「グゲア!?」
目にも止まらない速度で先頭にいたゴブリンを斬り伏せる。次いで、戸惑って固まる近くのゴブリンの首をリコシフォスで貫く。
「ギャラァ!」
抵抗しようとして一匹のゴブリンが石鎚を振り上げるが、その側頭に炎を纏った矢が突き刺さる。
目の前で絶命するゴブリンを気にも留めず、草太はゴブリン達の間を縫うように駆け抜けた。草太の走った軌跡の上にいたゴブリン達が、血しぶきを上げて次々に死に絶える。
「ギヤアアアアアアアアアアアア!!」
後方にいたゴブリンの投擲部隊が拳大の石を投げるが、それらは追いついたアテナの槍によって余さずっはじき落とされた。
戸惑う投擲部隊達の眉間にストトトト、とリフィアの矢が突き刺さりゴブリン達はその場に崩れ落ちる。
その合間に、草太とアテナによって更にゴブリン達の命が刈り取られていく。
それは戦闘と呼ぶには余りにも一方的な殺戮だった。半数以上の仲間を虐殺されて、強大な敵に慄いたゴブリン達は遂に逃げ出した。
だが、哀れで矮小な小鬼達は逃げることさえ許されない。
「【ストーンフォール】」
短く詠われた花奈の呪文によって、逃げ出す魔物の頭上に巨大な岩が出現する。
巨大な岩はゆっくりとゴブリン達の元に落ちていき――
プチ。
という子気味のいい音とともに生き残った魔物たちの命を押しつぶした。
ほんの数分にも満たない虐殺は、その攻撃であっさりと幕を閉じたのであった。
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