第3話 孤児院の夜
遅くなってしまいすみません!
教会の本堂を抜けて、奥にある小さな部屋に草太達は通された。メリナはいつの間にかいなくなっており、この部屋には草太達四人とフィオレしかいない。
「……とまあ、竜王ガリアムスは生きていますよ。あれは簡単には死にませんね」
ドラグ山での一連の出来事を、草太はできるだけ詳細に伝えた。
草太の説明を黙って聞いていたフィオレは、聞き終えてからしばらくして、ほぅ……と息を吐いた。
「良かった……。竜王様は生きていらっしゃるのですね」
安堵の表情でフィオレが呟く。
(この国の人達はそこまで竜王を崇めているのか)
フィオレの様子を見て、草太はそんなことを思った。
「あなた達は……ノルデーンの人達はそんなに竜王を偉大なものとして見ているの?」
草太と同じことを思ったのか、アテナがフィオレに問う。
フィオレは少しだけ笑った。
「いえ、自慢ではないですが、竜王様にここまで傾倒しているのは、私ぐらいだと思います」
「それは何故なのですか?」
「私の家族は、竜王様に救っていただいたのです」
リフィアの質問に、フィオレは遠い目をして答えた。
「十数年前の大陸戦争で、我が国は危機的状況にありました。侵略国であるディアリモス帝国に侵攻されていたのです」
「ディアリモス帝国……聞いたことがないな」
「その国はその戦争で敗北し、残る三国によって分割されてしまいましたからね」
なかなかえぐいことをするな、と草太は思った。普通であれば、敗戦国には多額の賠償金を払わせるぐらいで終わるはずだ。国一つを地図から消されるというのは、地球の歴史でもそうそう無かった。
そこまでされるということは、ディアリモス帝国はかなり厄介な国だったのだろうか。
草太の考え事をよそに、フィオレは話を続ける。
「ディアリモス帝国はドラグ山に進軍しようとしていました。ですが、その直前に旅人の一家を見つけたのです。それが私達エコラノヴァ家でした」
「そいつらに襲われたってこと?」
「……はい。従者や父は深手を負わされ、母や私は慰め者として連れさらわれそうになっていました。……けれどその時、竜王様が現れたのです」
当時のことを思い出したのか、フィオレは少し顔を赤らめながら話を続ける。
「恐らく、自分の縄張りが荒らされてお怒りになっただけだと思いますが、あの時の竜王様の勇ましさは今でもこの瞳に焼き付いております。ディアリモス帝国軍の者達を一人残らず焼き払い、静かに山頂に帰っていきました」
「なるほど……命の恩人ということですね」
「はい、おこがましいかも知れませんが。……それ以降、私は竜王様のことを敬っているのです」
フィオレの昔話が終わり、室内に静寂が訪れた。
「……そんなにガリアムスに心酔しているなら、一度あってみますか?」
「…………え?」
草太の提案に、フィオレが目を丸くした。
ところ変わってここはドラグ山の頂上付近。あの時の戦いの跡が少し残っているが、今はもう穏やかな物だ。
「そ、ソウタさん!? こ、ここは竜王様の住まいの近くではないですか!?」
「そうですよ」
「そんな……竜王様がお怒りになられたら……」
「あ、大丈夫ですよ。俺とガリアムスは友達なんで」
「と、友達……!?」
【ゲート】によって草太に連れてこられたフィオレは、辺りを見回しながら緊張で体を震わせる。
ちなみに花奈達は防犯のために教会に残してきている。出かける前に花奈とアテナが「二人きり……?」と不満そうにしていたが、草太がそれに気づくはずもなかった。
と、草太とフィオレに急に影がかかった。
「お、来たか」
「え? ……え、ええええええ!?」
見上げると、そこには巨大な紅い翼で羽ばたく竜王――ガリアムスがいた。
ガリアムスは草太達のそばにゆっくりと降りて、口角を上げながら話しかける。
「どうしたソウタ。随分早いお戻りではないか」
「いやー、お前に会いたいって人がいてさ。連れてきたんだ」
「ふむ……一応私もそれなりに権威のある存在ではあるので、竜王の叩き売りみたいなことはなるべく避けてほしいのだが……」
「あれ、そうなのか。次からは気をつけるよ」
あの竜王と気さくに話す草太を見て、フィオレは口をぱくぱくさせている。
「フィオレさん、ほら、竜王ですよ」
「なるほど、そちらの女が私に会いたいと言うものか……おや、その匂いには覚えがあるぞ」
「あ、あの……わ、私、十年ほど前に竜王様に命を救っていただいた者です。あの時は……あ、ありがとうございました!」
フィオレはカチンコチンになりながらも深々と頭を下げた。竜王はそれをみて「おお」と合点がいったように頷いた。
「山の麓でディアリモスの者達に襲われていた少女だったか。あの時の小娘がここまで成長するとは、時が経つのは早いものだな」
「り、竜王様が救ってくださったからこそ、今の私があります……!」
「フ……不埒者共を追い返しただけに過ぎんさ。礼を言われることではない」
「で、ですが……!」
(あ、これ埒があかない奴だ)
しばらくガリアムスとフィオレの様子を眺めていた草太だったが、面倒なことになる前に会話に割って入った。
「まあまあ、そこら辺にしておこうぜ。フィオレさん、満足してくれましたか?」
「は、はい! まさか人生で二度も竜王様を見ることができるとは思ってもいなかったので……」
「それはよかった。……じゃあガリアムス、俺達は戻るよ」
「なんだ、私と手合わせはしていかないのか?」
ガリアムスが少し不満そうにする。
「それはまた今度な。……もしかしたら明日、またお前の手を借りるかもしれない。その後に戦おう」
「なるほど、それで構わん。送るか?」
「いや、いいよ。魔法で帰れるから」
「そうか、ではさらばだ」
ガリアムスは翼をはためかせ、あっという間に自分のねぐらに帰っていった。
「…………」
フィオレはしばらく、ガリアムスが戻っていた方角を無言で見続けていた。
「さ、フィオレさん。そろそろ帰りましょう」
「え、あ、はい!」
草太が声をかけると、顔を少し赤らめながら草太のそばに寄った。
「【ゲート】」
転移の白魔法を使い、再び教会に戻った草太達の目に入ったのは――!
「そ、草太くん……! 助けてー!」
子供たちに囲まれて右往左往している花奈達の姿だった。
「え、何この状況は」
「いやーごめんな。こいつらがお客さんと遊びたいって聞かなくて」
草太が呆れてそれを眺めていると、子供たちの中からメリナが苦笑いしながら出てきた。
「あーそう言えばここは孤児院だったな」
「すみません……皆さんが落ち着くまでは奥にいるように言っておいたのですが……」
「ああ、どうりで入った時静かだと思いましたよ」
申し訳なさそうに俯くフィオレに、草太が呑気に笑う。
「そ、草太くん……そろそろ限界が……疲れてきちゃったよ……」
「おっぱい!」
「ひゃっ!?」
疲弊しきった表情で草太に近づこうとした花奈が、後ろから少年に胸を揉まれて甲高い声を上げた。
「おっきいおっぱい!」
「や、ちょっと……!」
「フィオレよりおっきいおっぱい!」
「草太くん〜!」
「……本当に、すみません」
「……まあ子供のやることですし」
顔を真っ赤にして胸元を手で隠しながら謝るフィオレをに、草太は苦笑いを返した。
そしてらつかつかと花奈に抱きついている子供に歩いていき、ズビシッ! と容赦のないチョップを食らわせた。
「いぎゃあああああ!! 痛いよぉぉぉぉぉ!」
お灸をすえられた子供が頭を抑えながら泣き叫ぶ。
花奈が慌てて草太の腕を引っ張った。
「そ、草太くん、助けてくれたのは嬉しいんだけど、流石にこれはやりすぎなんじゃ……?」
「悪いことはダメって小さい時に教えないと、ろくな大人にならないんだよ。俺はじいさんにそう教わった。……おいお前、これに懲りたらもう女の人の胸を勝手に揉んじゃだめだぞ」
「うっせーばーか!」
草太が子供に近づくと、子供はその頭で草太の腹に頭突きを食らわせた。
油断していて、草太はもろにその頭突きのダメージを受けた。
「ぐふっ……」
腹を抑えてその場に崩れ落ちる。
「やーいやーい、お前なんか全然怖くないやーい!」
会心の一撃を与えた子供は、舌を出しながら草太から逃げていった。
「そ、草太くん……?」
うずくまる草太に、花奈が心配そうに近付く。
すると、草太がくっくっくっと笑っていることに花奈は気づいた。
草太はばっと顔を上げて、怒りを滲ませた笑みを浮かべて叫ぶ。
「いい度胸だクソガキ……! 二度と生意気な口が聞けないようにボコボコにしてやる!!」
「草太くんストップ、ストーップ!! 相手は子供だからね!?」
あっという間に花奈に羽交い締めにされて、草太が孤児院で暴れる事態はなんとか防がれた。
草太と花奈が子供の無邪気さに四苦八苦している一方で、リフィアは女の子達のおままごとの相手(何故か意地悪な姑役)を刺せられていて、アテナに至ってはビキニアーマーを脱がされないように必死に抵抗していた。
その後も孤児達の相手をすることに手を焼いていると、いつの間にか夕食の時間になっていた。日が傾き始めていることを窓から覗いた草太は、朝飯以降何も食べてないことを思い出した。
思い出した途端に腹の虫が鳴る。それを見たフィオレがぽんと手を叩いた。
「ソウタさん達、良かったら一緒に夕飯を食べていきませんか? 子供たちの相手もしてくださったことですし」
「いや、悪いですよ。どこか店でも見つけ……て……」
断ろうとして、草太は自分達が現在指名手配中だということを思い出した。
「今のこの街で、ソウタさん達が落ち着ける場所はここしかないと思います。遠慮なくいてください」
(別の意味で落ち着けてないけどな……)
草太は後ろで騒いでいる子供たちをチラ見して、ため息をつきたいのをぐっと堪えた。
(――まあ、追われるよりはマシか)
「それじゃあお言葉に甘えさせてもらいますね。……ただ、子供たちの食べるものが少なくなってしまうのは俺達も不本意なので、足りない分の食材はこっちが持っているものを使ってください。それなりに良い物があると思うので」
「はい! 腕によりをかけて作らせていただきますね!」
草太が提案を受け入れると、フィオレは嬉しそうに笑った。
その後は料理ができる草太とリフィアが台所でフィオレの手伝いをし、日がすっかり沈んだ頃には教会の長机の上に豪勢な料理が並んだ。
初めて見る料理の数々に、孤児達が瞳を輝かせながら沸き立つ。
「こんなに食材を提供していただいて、本当にありがとうございます」
「美味しく調理されるなら食材も本望ですよ」
食事をしながらフィオレが食材の調達主であるリフィアにお礼を言うと、リフィアも笑って返す。
「明日、用事を済ませたらまた近くの森で狩ってきますよ」
「そんな……ここまで与えていただいてるのに……」
「遠慮しないでください。匿ってもらってるお礼ですから」
花奈が笑いかけると、フィオレもぎこちなく笑い返す。と、フィオレが何かを思いついたように手を合わせた。
「それなら、うちのメリナを一緒に連れて行ってくれませんか? 皆さんと一緒なら、あの子も色々と学べることがあると思います」
「なんだー? あたしが悪さをしないように監視役を頼んでんのかー?」
少し離れた場所に座っているメリナがちゃかす。
「違うわよ。そもそも、私はあなたがいつも一人で冒険に出ているのが不安でしょうがないんだから……」
フィオレは頭に手をやりながらため息をつく。この若さで孤児院を経営しているとなると、気苦労も多そうだ。
「俺達は構いませんよ。な?」
「うん、いいよ」
「近くの森ならばあまり危険はないでしょうし」
「ま、私がいざとなれば守ってあげるから安心しなさいな」
四人が受け入れると、フィオレは安心したように微笑んだ。
「なあなあ兄ちゃんたち、どうやって竜王に勝ったんだー?」
一人の少年が、興味津々で草太達に尋ねる。
「んー? 魔法と弓と盾と剣で頑張ったんだよ」
「そんな適当な……」
草太がパンを口に運びながら答えると、横に座るリフィアが呆れ声を出す。
「すげー! 兄ちゃんの剣、後で見してくれよ!」
「お、いいぞ。扱いには気をつけるんだぞ」
「魔法を使えるのは誰なの?」
横から、今度は女の子が問う。
「私と草太くんだよ。草太くんは魔法も剣も使えるすごい人なんだよ」
「すごーい! 魔法使い様に、魔法剣士様なのね!」
「こっちの姉ちゃんの弓さばきもすごいぞ。暇な時に見せてもらうといい」
「ねえねえ、私は? 私は?」
「騒がしいことが取り柄なだけの馬鹿」
「張り倒すわよ」
草太とアテナがいがみ合い、花奈とリフィアがそれを宥める。
いつもと同じ光景だが、今は、今夜は、それを子供たちの笑い声が包んでいた。
それは、夕食の最中も、食事が終わってからも。
孤児院の夜は穏やかに――そして賑やかに過ぎていくのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
良ければ感想や誤字脱字報告をお待ちしております!




