第2話 指名手配
ノルスタジアに入った草太達は、目の前の街並みに「おお……」と声を漏らした。
街路や家々の全てが赤い色調で統一されている。しかし所々に茶色や黒のレンガを合わせていて、目に痛いということはなく美しい統一感がこの街にはあった。
「へー、いい街じゃない」
「グロアールとは全然違うんだね」
「美しい街並みですね……」
その光景を見たアテナ、花奈、リフィアは各々の感想を口にした。
「観光しながら冒険者ギルドを目指すとするか……あ、場所を聞くのを忘れてたな」
「散策しながらこの街を観光するというのはどうでしょうか?」
「賛成! 急ぎの用でも無いしね!」
「私もそれでいいわよ」
「皆がそう言うならそうするか」
浮き足立つ少女達を見て、草太は顔を綻ばせた。
大門から続く大通りを進むと、やがて大きな噴水が目に入った。
「おお……!」
そこは住人達の憩いの場になっているようで、老若男女様々な人々がたむろっていた。
「おや、あれはなんですか?」
噴水の周りを眺めていたリフィアが、ある場所を指差した。
そこに居たのは、草太と花奈が地球でもよく見たピエロのような化粧をした人物だった。顔を真っ白に塗り、右目に赤玉、左目に黄色い星の模様が描かれている。帽子と服は赤と黄色のストライプ模様だ。
ピエロは集まった子供たちの前でジャグリングのようなことをしていた。大技が出る度に子供たちの完成が上がる。
「大道芸人って所かな。見ていくか?」
「子供達に混ざって見るのは少しはずかしいね……」
「そうですね……おや、アテナは?」
気付くと、そばにいたはずのアテナがいなくなっていた。辺りを見回すと、瞳をキラキラ輝かせピエロの芸に夢中になっているアテナの姿があった。
「子供かあいつ……」
草太は呆れながらも楽しそうなアテナを見咎めることは出来ず、噴水の縁に座った。
(……やっぱりこの街は妙だな)
座りながら自分の周りを見渡し、草太は目を眇める。
噴水の周りにいた人々は草太達を見た途端に少しずつ距離を置き、何やらひそひそと話し合っている。
それは異物を見るようで、どうにも気に入らない。
(フェリア王国で聞く限りは、旅人にも優しい街だって話だったんだけどな)
どうやらあまり長居はしない方がいいらしい。草太はそう結論付けてアテナが戻ってくるのを待った。
それから十五分ほどして、アテナは興奮した様子で戻ってきた。
「ちょっとちょっと凄かったわよ! あんなに素晴らしい芸をできるなんて、人間もまだまだ捨てたもんじゃないわね!」
「それは良かった。それじゃあさっさと冒険者ギルドに向かうぞ」
子供のようにはしゃぐアテナに適当に返事をして、草太は歩き始めた。
「ソウタ、どうしたのですか?」
「気づかないか? さっきから誰一人として俺たちに近づかないようにしている」
「……確かに。門番の人々の様子も変でしたし、何かあったのでしょうか」
「わからない。でも、なるべくこの街での用事を早めに済ませてさっさとおさらばしよう」
話しかけてきたリフィアに、草太は自分の考えを述べた。
「ちょっとちょっと、どうしたの?」
「ソウタ、今のことはアテナとハナにも説明した方が」
「んー、そうだな。とりあえずそこの路地裏にでも入ろう」
草太はそう言いながら、人気のない路地裏に入った。
「……とまあ、俺がこの街で感じた違和感だ。正直に言って、この街には長居しない方がいい。出来れば今日中にこの国のお偉いさんにガリアムスのことを話して、さっさと出ていった方がいいと思っている」
「……なるほど、事情はわかったわ」
「街の人達がよそよそしかったのは、気のせいじゃなかったんだね」
草太の説明を聞いて、アテナと花奈が神妙な面持ちで頷く。
「分かってくれたならいいさ。まずは予定通り、冒険者ギルドでアテナの冒険者登録をしよう。証は身分証明のためにも必要だからな。その後すぐに城に直行。竜王ガリアムスが鎮静したことを王様に報告。おうさまにあうのには、アベンテラー王の令状があるからそんなに難しくないはずだ。そんでさっさとこの街を出る。……これでいいか?」
「いいと思うよ」
「観光ができないのが少し残念ですが……」
「仕方ないわね、それで我慢してあげるわ」
草太の説明に、花奈達が頷いた。
路地を出て少し迷いながら、草太達はノルスタジアの冒険者ギルドにたどり着いた。設計デザインが統一されているのか、外壁の色以外はスードで見た物と同じだ。
草太が扉を押すと、これまた似たような騒がしさが草太達を出迎えた。
相も変わらず、冒険者という生き物は騒ぐことが好きらしい。
だが。
(……なんだ?)
草太達が入ってくるまでバカ騒ぎをしていた冒険者達が、一斉に草太達の方を向いた。
その瞳は、獲物を狙う狩人のように鋭いものだった。
「草太くん……」
「花奈、リフィア、アテナ、俺の後ろに下がってろ」
せめて三人を瞳の餌食にはさせまいと草太は手振りで花奈達を下がらせた。
「冒険者登録をお願いするわ!!」
……ただ一人を除いて。
冒険者達の視線を意に介していないのか、アテナは颯爽と受付に行って登録を申し出ていた。
「あのバカ……」
草太はアテナの無鉄砲さに頭を抱えながらも、その後を追った。
「はい、アテナ様ですね。こちらに冒険者の証が出来ております」
ギルド職員はアテナの様子に若干たじろぎながらも、すぐにアテナ専用の冒険者の証を差し出した。
(なんだ、今の会話……?)
草太は二人のやり取りを見ながら顔を顰めた。だが、アテナは気にした様子もなく自分の冒険者の証を嬉しそうに眺めている。
「早いわね! いい仕事ぶりだわ……あら? どうして私の冒険者の証はソウタ達のと違って黒い印になってるの!?」
何やら不満点があるらしく、アテナは口を尖らせる。
「それはその、アテナ様はまだ冒険者としての実績を残していないので……」
「この私に実績なんて必要あると思う!? 最強の私にかかれば緑以上になんてすぐ……いたっ!」
職員に掴みかかろうとしたアテナの頭を草太がはたいた。
「そういう決まりなんだからそれに従えこの馬鹿! ……すみませんでした」
「い、いえ……ところでソウタ様達はこれから何か依頼を受けたりはしないのですか?」
「…………やっぱ俺達の名前を知ってるんだな」
「はい?」
職員の言葉に草太は小さく呟いたが、聞き返してきた職員に笑顔を返した。
「はい。この後は城に向かおうと思っています」
ざわっ! と周りの冒険者達が色めきだった。
「…………その、それはどういう目的でですか?」
「いえ、少し挨拶をと。アベンテラー国王の令状もあることですし」
ざわわっ。とさらに冒険者達の空気が震えた。
「そ、それは本当ですか……?」
「ええ、見てみますか?」
「は、拝見させていただきます……」
ギルド職員が恐る恐る草太から令状を受け取る。ざっと読んでから顔を青ざめさせた。
「ああああありがとうございました……あの、あの……アベンテラー国王は我が国に侵攻をしようと……?」
「……え?」
声を震わせるギルド職員に、草太は首を傾げた。花奈達もはてなマークを浮かべている。
「おい、もういいだろ。いつまでもこんな演技している必要はねえ」
固まる草太達の背後から、イラついた男の声が聞こえた。
振り返ると、ギルドにいた冒険者達が全員草太達に向けて武器を向けている。
「……最初に聞いておくが、これはなんの真似だ?」
「しらばっくれるなよ大罪人! お前達には多額の賞金がかけられてんだよ!」
冒険者の一人がそう言って紙を一枚投げつけた。足元に落ちたそれを草太は警戒しながら拾い上げる。
「これは……!」
そこに描かれていたのは、紛うことなき草太の顔だった。心なしか、若干悪顔になっている気もするが、草太の顔だった。
その下には、「竜王殺しのソウタ」と「懸賞額:霊銀貨百枚」と書かれている。
「なるほどな。街の人達がよそよそしかったのは、これが理由か……」
「なに冷静に分析してんのよ!! あんた何やらかしたの!?」
「うるせえな……ここに竜王殺しって書いてあるってことは、多分あの戦いを途中まで見てた奴がいたんだろ。それで勘違いされたままお尋ね者になったってわけだ」
「なるほどね……いやそういうのはいいから! この状況どうするって言うのよ!!」
気が動転したアテナが、がくんがくんと草太を揺さぶる。
「落ち着けアホ! ガリアムスは生きてるんだ。ならその事を説明すれば丸く収まるだろうが!」
「なるほど、ちゃんと説明すれば……」
アテナはほっと息を吐き後ろに構える冒険者達を見た。
殺気立った彼らに、話が通じるとは思えない。
「ねえ、ほんとにそんなこと出来るの?」
「…………無理くさいな。でも冒険者を全員相手にするのも厳しい。かくなる上は……」
「「「かくなる上は……?」」」
花奈、リフィア、アテナが息を呑む。
その顔を見ながら、草太はすぅっ、と息を吸った。
ノルスタジアの冒険者ギルドの前には、いつの間にか大勢の騎士達が取り囲んでいた。
その中には銀の冒険者もおり、この国の最高戦力と言っても過言ではない。
「あいつら、無事に出てこれんのか?」
「腐っても竜王を倒したっていう奴らだ。中にいる冒険者だけじゃ歯が立たんかもな」
獲物を待ちながら、熟練の冒険者達は談笑を交わす。
冒険者達がそんな会話をしていると、彼らの視線の先にある冒険者ギルドから眩い光が放たれた。
「なんだ!?」
気の抜けていた冒険者達はその光を見て咄嗟に各々の武器を構える。
と、冒険者ギルドから四人の人影が飛び出してきた。
「どけどけどけぇー!」
それは、指名手配されている草太達だった。四人とも武器は構えず一心不乱に全力でこちらに向かってきている。
「指名手配犯のソウタ達だ! 捕まえろ!」
竜王殺しの大罪人達を前に、冒険者の面々は気合を入れる。
それを見ながら、草太は不敵に笑った。
「お前ら、もう一度目をつぶってろ」
後ろから着いてくる花奈達にだけ聞こえる小さな声で草太が呟く。
「【スタンフラッシュ】!」
そして、その手から魔法の光を放った。
「うぎゃああああああ!! 目が、目がぁあぁぁぁぁ!?」
「落ち着け! 光魔法の【スタンフラッシュ】だ!」
草太の奇襲に、冒険者達は混乱に陥った。
だが、ギルドでの光を見た時に察しがついていた冒険者の一部には効かなかったようだ。
「緑の冒険者が小癪な真似を……!」
苛立ちを隠さずに上級の冒険者や騎士達が草太を睨む。
――だが、追撃を仕掛けてくると思われた草太達は、脱兎のごとく逃げ出していた。
「……お、追えーー!!」
騎士長の言葉で冒険者達が我に返り、雄叫びを上げながら草太達を追いかけ始めた。
「うお、結構な数が追ってきたな。さすがだ」
「なに悠長なこと言ってんのよ! これからどうするつもり!?」
「逃げる。多分ノルデーン王国全土に俺達の指名手配書は出回っているだろうし、まずはフェリア王国まで逃げる。そんでアベンテラー国王に何とかしてもらおう」
「あの王が我々に親切に対応してくれるでしょうか……」
「駄目だったら師匠に頼むさ!」
自分達を追ってくる冒険者や騎士達の声を背中で聞きながら、草太はリフィアに笑いかけた。
「そこで止まれ! 大罪人ソウタとその仲間達よ!」
草太達が逃げる方向――門の方からこれまた大量の騎士達が走ってきた。その中には大門で話をした兵士もいる。
「げ、挟まれた!」
「どうすんのよー!」
「草太くん、【ゲート】を!」
「その手があったか! さすが花奈だ!」
【ゲート】を使えば、即座にフェリア王国まで帰ることが出来る。追われることに夢中ですっかり忘れていた。
「よし、【ゲー――!」
「お前達、こっちだ!」
「!?」
【ゲート】を開く直前、細い路地から声が聞こえた。
その声に招かれるように、草太達は暗い路地裏に飛び込んだ。
「あいつらどこに行きやがった!」
「この路地に入ったのは確認出来ている! 探せ探せ!」
冒険者達は細い路地をぞろぞろと歩きながら、草太達を探して辺りを見回す。
しかし、浮浪者や野良猫ばかりで犯罪者の姿形は見えない。
「くそ、どこに……うん?」
そんな彼らの前に、一人の少女が立っていた。
長い藍色の髪を靡かせた、小柄な子供だ。
「メリナじゃねーか。おい、ここに指名手配犯が来なかったか?」
顔みしの冒険者が、少女――メリナに声をかける。
メリナは幼い顔で南の方角を指した。
「あいつらなら、あっちに行ったよ。あたし一人じゃ敵いそうになかったから手は出さなかったけど」
「あいつら、この街から逃げるつもりか! そうはさせねえぞ!」
冒険者達は険しい表情を更に強くして、メリナが指差した方に向けて走り出した。
メリナは「いってらー」と手を振って冒険者達を見送り、そして路地裏の隅――ゴミ置き場に目を向けた。
「もう出てきてもいいぜ」
メリナのその声にゴミ置き場がもぞもぞと動き出し、やがて中から草太達が姿を現した。
「うへー、臭かったぁ……」
ゴミ置き場から出てきた草太は、うんざりとした様子でコートについた埃等を払った。
「草太くん、【クリーン】かけて……」
その後から出てきた花奈達も、だいぶ嫌そうな顔をしている。
「ん。【クリーン】」
草太もこの状態は嫌だったのでさっさと全員に【クリーン】をかけた。
たちまち体や服の汚れが落ち、臭いも綺麗に消えた。
「これでよしっと……ありがとな、助けてくれて」
さっぱりした草太は、自分達を匿ってくれた少女にお礼を言った。
「別にいいって。それより、兄ちゃん達はなんで追われてたんだ?」
少女は八重歯をのぞかせながら首を傾げる。
「なんだか勘違いされちゃって……誤解を解こうにも話を聞いてくれなさそうだったしね……」
「まー冒険者ってのは血の気が多い奴が多いからなー」
「あなたは……失礼、名前を伺ってもよろしいですか?」
にひひと笑う少女に、リフィアが問いかける。
「おっと、そう言えば自己紹介がまだだったな。あたしはメリナ。メリナ・スティルブって言うんだ。気楽にメリナって呼んでくれよ」
少女は――メリナはそう言って、にぱっと笑った。
「メリナですね。……メリナはあの冒険者達と知り合いだったようですが」
「んあ? そうだよ、だってあたしも冒険者だもん」
メリナのその言葉に、草太達は身構えた。
「――もしかして、俺達を捕まえて手柄を独り占めにしようって思ってるのか?」
草太が睨むと、メリナは慌てて手を振った。
「ちがうちがう! あたしはあんた達を匿うために来たんだよ。それに、竜王についての詳しい話を聞きたがっているやつがいるんでね」
「……草太くん、一度この子の言うことを信じてみない?」
「まあ一度は助けてくれたんだしね」
「……そうだな。メリナ、まだ完全に信じているわけじゃないけど、ひとまずはよろしく頼むよ」
「おう、まかせな!」
草太の言葉に、メリナは得意げに笑い返した。
その後、メリナの案内で草太達はゴミ捨て場から移動することになった。
「この先に、あたしが世話になってる教会があるんだ。そこにソウタ達に話を聞きたがっている奴がいる」
「教会か。竜王を信仰している宗教のものか?」
「そうだよ。でも、古くなっちゃったんで元々使っていた人達はみんな別の場所に移ったんだ。一人残った修道女が、そこで孤児達を集めて世話をしているんだ」
メリナは少し自慢げに話す。恐らく、その修道女がメリナが世話になっているという人物なのだろう。
「メリナは、そんなに小さいのにもう冒険者をやっているのですね」
「まあな。孤児院の中じゃあたしが一番年長だがら、あたしがしっかりしなきゃいけないんだ。……あと、小さいって言うけどあたしは十六歳だからな! 子供扱いすんなよ!」
「「「「え!?」」」」
メリナの衝撃告白に草太達は驚きの声をあげた。
「なんだよー! たしかにあたしは同い年の他の奴らより背は少し小さいかもしれないけど、もう結婚だってできるんだからな!」
「少しどころの話じゃないと思うけど……」
「草太くん、しーっ!」
余計なことを言う草太の口を、花奈が慌てて塞ぐ。
メリナは不服そうにしながらも、何かに気づいたようで表情を変えた。
「お、見えてきた! あそこがあたしの住んでる教会だ!」
メリナの言葉に、草太達が目を向ける。
そこには、確かに古びた教会があった。ところどころ手入れはされているが、廃墟と言われても違和感はない。しかし、元々の聖なる場所らしき雰囲気は損なわれておらず、未だに神聖な雰囲気に包まれている。
「あら、いい場所じゃない」
教会を見上げながら、アテナが感心したように呟いた。
女神独自の審美眼に引っかかったようだ。
「お世辞はいーよ。……あ、フィオレ! ソウタ達を連れてきたよー!」
アテナの褒め言葉を聞き流したメリナが、急に教会に向かって駆けていった。
教会の玄関口には修道服に身を包んだ一人の女性が立っている。暗い路地裏には不相応な美人だ。
「おかえりなさい、メリナ。無事でよかったわ」
フィオレと呼ばれた修道女は、メリナを軽く抱きしめてから草太達に頭を下げた。
「初めまして、ソウタさん達。このような場所で出迎えて申し訳ございません。……私はフィオレ・エコラノヴァと申します」
「ご丁寧にありがとうございます……こちらの自己紹介は必要ないですかね?」
「ふふ、そうですね。あなたがたは今やこの国では知る人ぞ知る有名人ですから」
花奈が応じると、フィオレは上品に笑った。
「立ち話もなんですし、教会にお入りください。そこでお話を聞かせていただきたいのです」
「話と言うと……」
花奈が確認するように呟くと、フィオレは「ええ」と頷き――
「竜王殺し――その真実についてお話を聞きたいのです」
真剣な眼差しを、草太達に向けた。
読んでいただき、ありがとうございます!
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