第5話 異世界チュートリアルその2
【白魔法】。簡単に言えば便利魔法である。
例えば望遠の魔法、行ったことのある場所にすぐに行ける魔法、知覚能力を引き上げる魔法、指定したものを捜す魔法などなど……。
その呪文の数は数百から千に登ると言われているが、全容は明らかになっていない。
というのも、【白魔法】は誰にでも使えるわけではない。基本的に一人につき一つ、またはそもそも一つも使えないのが殆どだ。
稀に複数の【白魔法】を扱える者もいるが、本当に稀である。
また、白魔法は多くの場合子孫に遺伝するので、先祖代々続く家宝的な認識を持っている人も多い。
そんなわけで、【白魔法】はそれを使える者にとってはプチ【唯一魔法】なのだ。それ故に【白魔法】を使える者は死ぬまでそれを隠匿する者が多い。
「【アナライズ】! ……うーんやっぱりだめかぁ……」
呪文を唱えた花奈が、何も起きなかったことを見てがくりと肩を落とした。
「これで三つの【白魔法】に失敗したことになるな。……よし、森園さん一回代わろう。もし森園さんが【白魔法】を使えたとしても、それを探すには今は時間が足りないからな」
それを見た草太が慰めるように優しく声をかけた。
「うん……う〜使えたら色々便利そうだったのになぁ……」
花奈はまだ少し名残惜しそうに、グリモワールを草太に渡した。ページをめくりながら草太が苦笑する。
「まあまた今度な。……よし、試してみるか」
草太の提案で、現在二人は【白魔法】を練習している。しかし、花奈の結果は芳しくなかった。幾つかの【白魔法】を試したのだが、どれもが不発に終わってしまったのだ。
「私、『大魔導師』なのに……魔法のエキスパートなのに……」
未だに悔しがる花奈。どうやらかなりの負けず嫌いらしい。
「森園さんは魔法のぶっ飛び威力があるからいいだろ。……【アナライズ】……うおっ!?」
「草壁くん!?」
呪文を唱えた草太が突然仰け反った。それを見た花奈が慌てて駆け寄る。
「あー、大丈夫、平気。ちょっといきなりでびっくりしただけだから。……でも、多分成功した、かな。なんか目の前にゲームのステータスウィンドウ見たいのが出てる……」
すぐに体勢を立て直した草太は、訝しげに目の前の何も無い空間を見つめた。
「本当に!? どんな感じなの?」
「まあ、予想の通りだ。【アナライズ】は鑑定スキル系……自分や相手の力量がわかる魔法みたいだな」
草太は目の前に現れたウィンドウを見て、そう言った。
ウィンドウには体力や魔力量、魔法を使える属性などが載っている。なぜか現在の身長や体重も書いてあった。
「そっかー、草壁くんすごいね!」
「まあ、一応『天使』なんで」
笑顔で褒めてくる花奈に、草太も冗談混じりで返す。
と、花奈が思いついた様に手をポンと叩いた。
「ねえ、それで私のことも調べてみて?」
「うん? ああ、いいけど……【アナライズ】」
草太は軽い調子でもう一度呪文を唱えた。ちなみに【白魔法】は魔法の名前を唱えるだけで発動できる。
「おお、今回も成功だな。どれどれ…………おっ? も、森園さん、【唯一魔法】を一つ持ってるぞ!?」
「ええ!? 【唯一魔法】って普通亜人族のものなんじゃ……」
驚き目を見開いた草太の言葉に、花奈も驚愕の声を上げた。
「例外もあるってことなんだろうな……えーと名前は、【魔力即時回復】……魔法なのか、これ? それで効果は……『唱えると、消費した魔力を一瞬で回復する』」
「「………………」」
一瞬時が止まり、
「「はああああああああああああ!?!?!?」」
二人の叫び声で再び動き出した。
「ちょっと待てこれって魔法使い放題ってことか!? これ唱えたら魔力切れとは永遠にさよならってことだよな!?」
「そ、そうなの!? さすがにそれは無いかなーって思ってたけど、やっぱりそうなの!?」
興奮が最高潮に達し、大声で喚く二人。ここに誰もいなかったことが幸いだろう。
ひとしきりうおーとか、わーとか叫んだ後、草太がその場に座り込んで、片手で顔を覆った。
「は、ははは……すげー、森園さん、アンタすげぇよ……」
「く、草壁くん? なんか落ち込んで無い?」
「べ、別にぃ!? 『なんだこのチート羨ましい!』なんて思ってませんよ!?」
「……思ってたんだね」
「……はい」
どうやら興奮のあまり、草太のキャラが少し崩壊しているようだ。
「ふう……落ち着け俺。まずは深呼吸をしよう。スーハースーハー」
「く、草壁くん?」
草太の動揺っぷりに、やばいこれ病院に行かないと……って病院なんて無いじゃん! と花奈が一人悩んでいる間に、ようやく草太は落ち着きを取り戻した。
「ふう……、しかしすごいなぁ。やっぱりちょっと羨ましい」
もう一度【魔力即時回復】の効果を読んだ草太は、小さくため息をついた。それを見た花奈が話題を変える。
「ま、まあまあ。【アナライズ】では他にどんなことがわかるの?」
「え、ああ。後はステータスみたいなものと身長たい……ぶふぉ!?」
話しながら草太は視線を右下――先ほど草太の身長体重が載っていた箇所――に向けて、そこに書いてあるものに吹き出した。その草太に花奈が慌てて声をかける。
「草壁くん!?」
「だ、大丈夫大丈夫! ギリギリ大丈夫!」
「な、何が!?」
草太は慌てて【アナライズ】のウィンドウを閉じた。
被術者の体格の項目には、まあお約束のように花奈のスリーサイズが書いてあった。ギリギリ見ていないが正直罪悪感は消えない。
ごまかすように草太は話を再開した。
「……まあ、結果として【白魔法】の一つを使えたわけだな」
「…………うん」
疑わしそうに見てくる花奈から、草太は視線をそらす。
というか、花奈はもう草太が吹き出した理由に勘付いているのかもしれない。冷や汗をかきながら、草太は花奈のきを逸らそうとする。
「じ、じゃあ次はこの【ウェアハウス】っていうのを試してみよう! これはかなり便利な魔法みたいだぞ」
「……どんな効果があるの?」
心なしか冷たくなった声音で花奈が問う。
「えーと、いくらでもものを入れられるらしい。あれだよ、ド○えもんのポケットだよ」
「へえ……それは確かに便利そうだね?」
「だろ?」
花奈の機嫌が少し良くなる。それを見た草太は早速魔法を使うことにした。
「【ウェアハウス】」
すると、草太の前に、黒紫色の空間が出現した。試しに石を一つ入れ、しばらくしてから取り出してみる。
「うん、成功だな。森園さんのグリモワールもここに入れておくか? 重そうだし」
「……そうだね。それだと楽そうかな」
花奈が微笑みながら頷いた。
「さて、とりあえず二つの白魔法を使えたことだし、次は召喚魔法を試してみるか」
草太はぱらぱらと魔導書のページをめくり、召喚魔法のページを開いた。
そこには、ご丁寧に召喚用の魔法陣が描かれている。本当に便利な魔導書だ。
「えーと、この魔法陣を地面とかに描いて、自分の魔力を流せばいいのか。……この魔法陣描くのめんどくさいなぁ……森園さん手伝っ」
「私は召喚魔法使えないから、ちゃんと自分でやらないと駄目だよ、草壁君?」
「は、はい……」
どうやら少し機嫌は良くなったものの、花奈はまだ完全に草太を許したわけでは無いらしい。草太は背中に汗をかきながら、魔法陣を描き始めた。
魔導書の指示に従い、数分かけて完成した魔法陣の決められた位置に立つ。そして、右手をかざし、魔法陣に魔力を注いだ。
すると、魔法陣が青白く輝き始めた。
「おお……」
「成功したの?」
「いや、最後までやってみないとわかんないな……【名も無き友よ・我が魔力を糧に・ここに顕現せよ・コールメイト】」
草太が召喚魔法の詠唱を完成させると同時に、魔法陣の光がカッと弾けた。その眩しさに、二人は思わず目を瞑った。
光はさらに輝きを増し、瞼の裏に白が充満する。
やがて、次第に光が収まっていき、遂には完全に消えた。
二人が恐る恐る目を開けると、そこにいたのは――
「「!?」」
「初めましてだにゃ! オイラは猫の頂点にして最も賢く、最も旅好きの魔物、ケットシーだにゃ!!」
薄黄色の体毛を何かの服で包み、二足で直立している、しゃべる猫だった。
「……えーっと、お前はケットシーっていう魔物なのか?」
草太がおずおずと尋ねると、可愛らしい声でケットシーは元気良く答えた。
「そうにゃ! オイラは誇り高きケットシー。幸運をもたらす超いい猫にゃ!」
「お、おう。喋る猫ってなんか落ち着かないな……」
「オイラを喚んだのはあなたかにゃ?」
「ああ、そうだ。召喚魔法を使ってみたんだよ」
「なるほどにゃ……」
するとケットシーはなぜか少し表情を翳らせた。
「ん? どうした?」
「……オイラは、知恵も回って、主人に幸運をもたらす、それはそれは高スペックな魔物にゃ」
「自分で高スペックって言うか……」
呆れ顔で草太が呟く。
「でもオイラは非力にゃ。召喚獣に真っ先に求められるのは、戦う力の無い召喚術師を守ることにゃ。けど、オイラにはそれが無いんだにゃ……」
「……お前、もしかして召喚されるたびに、そんな感じのこと言われて、いらない子扱いされてきたのか?」
草太の問いに、ケットシーは無言で頷いた。
「戦えない奴なんていらない、非力なお前は不要だ……いつも、そんなことを言われてきたにゃ」
「……」
「だから、あなたもオイラと契約を結ぶのはやめといた方がいいにゃ。絶対に損をするにゃ」
ケットシーは寂しそうに、そして悔しそうに目を伏せた。
「……いや、俺はお前と契約する」
草太の言葉に、ケットシーはその大きな瞳を丸くした。
「にゃ!? 何を言っているにゃ!? 話を聞いてたかにゃ!?」
「ああ、全部ちゃんと聞いてたぞ。それを踏まえてだ」
「あ、ありえないにゃ! オイラみたいな非力な魔物をどうして……」
「まず、誤解しているみたいだから言っておくけど、俺は正直戦力には困っていない」
「にゃ!?」
ケットシーはわけがわからん! と言った表情になる。
おそらく、戦力を必要としない召喚術師など、前代未聞なのだろう。
「それに俺は召喚術師じゃなくて、天使っていう職業なんだ」
「て、天使……!? 神々の恩恵を受け、戦いに秀で、あらゆるものを凌駕するというあの……!?」
「ちょっとオーバーな気もするがその天使だ。だから、俺一人でもぶっちゃけ戦えるし、隣にいるこの人も超チートだ。だから、お前は戦わなくていい」
「ふにゃあ!?」
ケットシーが戸惑いのあまり、変な声を出した。
「でも、俺たちはこの世界の常識には疎いんだ。わけあってな。だから、話すことができて賢いお前が居てくれると助かると思う。それに旅好きなら、俺たちが初めて行く場所の情報を教えてくれるだけでも十分だ」
「……」
「お前の知能は、立派な武器だよ。その武器で、俺たちを助けてくれないか?」
「にゃ……」
「戦いは俺たちで、情報はお前が。どうだ?」
ケットシーは、少し考えるように瞑目し、ぱちっと目を開いた。
「わかったにゃ。まさかそんなことを言う召喚者がいるとは思わなかったにゃ」
「契約するか?」
「もちろんだにゃ!」
ケットシーはそう言って、草太のことをじっと見据えた。
「契約の証たる名を、オイラにくださいにゃ。それで、契約は完了にゃ」
「名前か……」
草太は数秒思案顔でうつむき、得意げに考えた名前を宣言した。
「よし、じゃあねこたろーとかどうだ!?」
「…………にゃ?」
草太の出した名前にケットシーが目を白くする。
「も、もう少しカッコいい名前がいいにゃ……」
「なるほど、かっこいい名前か……じゃあ、ねこすけは?」
「却下にゃ! ネーミングセンスなさすぎにゃ! もっと、もっといい名前は無いのかにゃ!?」
どうやら草太のネーミングセンスはかなりひどいらしい。ケットシーはすでにちょっと涙目だ。
「えー、失礼だな……じゃあきいろは?」
「ストレートすぎるにゃ!」
「にゃんたろう」
「ねこたろうと大して変わんないにゃ!」
「文句多いな! あ、じゃあ、たけしは?」
「誰にゃ!? な、なんでそんなのしか出てこないんだにゃ……」
「そんなのとは失礼な……じゃあ、やまぶきは? 体毛から連想したんだけど、きいろよりはマシだろう?」
「やまぶき……うーん、もう一声欲しいにゃ」
「なんて注文の多いケットシー!」
呆れたように叫ぶ草太にケットシーが猛抗議する。
「名前は大事にゃ! これからその名で呼ばれるんだから、おかしいのは嫌だにゃ!」
「うええ……それじゃあ」
「キットとかどうかな?」
草太が次なる案を出そうとした時、ずっと黙っていた花奈が声を出した。
「ええー、なんか微妙じゃ無いか? そんなんじゃこいつは喜ば」
「それにゃ! オイラはそれがいいにゃ!」
「あれ!?」
予想外の展開に、草太が驚きの声を上げた。そんな草太を無視して、ケットシーは高らかに宣言した。
「オイラは今日からキットにゃ! それ以外は認めないにゃ!」
「なんだそれ!? ……あーもうわかったよ、キットな、キット。それじゃあ契約を結ぶぞ」
草太は不本意な決定に渋々頷いてから、魔導書の『召喚契約』の部分を開いた。
「えー、魔法陣の中にいる魔物の額に手を置いて……【汝の名はキット・我が魔力に誓い・汝の力を行使せよ】」
ケットシーの額が青白く輝く。光が収まると、ケットシーの額には、三つのひし形のような紋様が浮かんでいた。
「よし、契約完了。俺は草太。草壁草太だ」
「ソウタ……」
「私は花奈だよ、森園花奈。よろしくね、キット」
「ハナ……」
ケットシー改めキットは噛み締めるように二人の名前を復唱し、
「……オイラは幸運をもたらすケットシーのキットにゃ! ご主人とその仲間よ、よろしくにゃ!」
嬉しそうに、満面の笑みを浮かべ――
たところで、横からがっと抱きしめられた。
「ふにゃ!?」
「も、森園さん?」
キットを抱きしめたのは花奈だった。
「…………いい」
「え?」
「か、か、か」
「か?」
「かわいい〜〜〜〜〜〜!!! なにこれ! なにこのもふもふ! すごい! 私、猫をもふもふするのに憧れてたのー!!」
「ふにゃあーーーー!?」
花奈はまるで、タガが外れたように、キットを抱きしめ撫で始めた。わけがわからずキットが悲鳴を上げるが、それでも止めない。
キットは涙目で懇願するように草太に助けを求めた。
「ご、ご主人! 助けて欲しいにゃ!」
「……まあ、別に減るもんじゃ無いしいいんじゃね?」
「ご主人〜〜〜〜!!」
草太は二、三歩後ずさりながら、苦笑いでキットに手を振る。
今キットを取り上げたら花奈がまた不機嫌になるかもしれない。
逆にこのままキットをもふらせておけば、先ほどの草太のやらかしを許してくれる可能性もある。
(許せ、キット!)
生贄にしたことを心の中で謝りつつ、草太は苦笑いで幸せそうな花奈と、花奈にもふられてすでにぐったりしているキットを眺めていた。
花奈のもふもふは、その後十五分ほど続いた。
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