幕間 その頃、ノルデーン王国では
短めです。
次の話は来週月曜日に投稿します。
暗い空き家に、黒い影が蠢く。
「あぁ……あぁ……いい匂いだ……」
影は恍惚とした声音で独り言を呟く。ただただ、己の行いに満足しているような……そんな声だ。
そんな影に、もう一人影が近づいた。
「随分とまあ、楽しそうだな。……楽しめるほどのものか?」
「おやおや、ウィルフレド殿。ワタシの快楽に何か不満でもおありですか?」
ウィルフレドと呼ばれたもう一人の影は、ため息をついて首を振った。
「いいや、ラモール様はお前のことをたいそうお気に入りになっておられる。そんな男の嗜好にどうこういうつもりは無い」
「おお……さすがはラモール様。私のこの高貴な行いにお気づきであられるとは……」
影は嬉しそうに身を震わせた。
その足元に転がっているのは影に殺された小さな命達の亡骸だ。空き家には子供たちの血の匂いが充満している。
(快楽殺人者め……)
その様子を見ながら、ウィルフレドは嫌悪感を露わにする。
もう一つの影の名はジョネス・キング。かつてクリシュ大陸で殺戮の限りを尽くした危険人物だ。
大陸中で指名手配されていた彼は、海を渡り、ここサラス大陸に潜んでいた。
その実力は、『青』の冒険者に匹敵すると言われている。
「ラモール様はお前の力を高く買っておいでだ。ふさわしい働きを私も期待しているぞ」
「お任せ下さい。殺すことなら大好物ですから」
当然のように答えるジョネスに、ウィルフレドは苦笑を返した。
「ウィルフレド様、ここにおられましたか」
不意に、背後から声がした。
ウィルフレドが振り向くと、彼と同じ組織に所属する男――コニーがいた。
「どうした。何かあったか?」
「はい、これをご覧下さい」
ウィルフレドの質問に、コニーは一枚の紙を渡した。
それは、つい先程ノルデーン王国政府から発行された指名手配書だ。大罪人の似顔絵と報酬額が書かれている。
罪状は『竜王殺し』。
「これは……」
「はい、この顔は間違いありません。ソウタです」
「……くくく、竜王殺しとはやはり我々が認めた男はやることの規模が違うな」
手配書を眺めながら、ウィルフレドは低い笑い声を漏らした。
「ジョネス。ようやくお前にも仕事が出来たぞ。これを見ろ」
そして、その手配書を傍で死体を愛でているジョネスに渡す。
「おやぁ……? 彼はどう言った人間ですか?」
「ラモール様が必要としている人間だ。お前にはこいつの捕獲を頼みたい」
「殺してはいけないのでしょうか?」
「ダメだ。必ず生け捕りにしろ」
「ふむ……殺してはいけないというのは、ワタシにとっては死よりも辛いのですが……あまり乗り気になれませんねぇ」
しぶるジョネスに、コニーが苛立って舌打ちをする。
ジョネスはかつてラモール教徒を何人も殺した人間だ。その中にはコニーの友人もいた。その男と手を組むのは吐き気がするほど不快なことだろう。
だが、今はこの男の力が必要なのだ。ウィルフレドはコニーを手振りで退かせ、ジョセフに笑いかける。
「そいつを殺すのは禁止だが、そいつの仲間である女二人は殺しても問題無い。我々の目的はその男のみだからな」
「なるほど、それならば構いませんとも。早速、準備を始めましょうかね」
ジョネスはそう言い残して空き家の奥に引っ込んでいった。
ジョネスの姿が完全に見えなくなって、コニーが吐き捨てるように呟く。
「やはりあの男は気に入りません。ラモール様はどうしてあのような輩を愛してしまうのでしょう」
「ラモール様の愛の深さは時に罪人でさえ包み込む。あの御方の慈悲に我々がとやかく言う資格はないぞ、コニー」
「……はっ。失礼いたしました」
「分かればいい。……ケニーはどうした?」
「王都で情報収集を続けています。ソウタの件以外には変わったことは無いようですが」
「わかった。そのまま続けるように伝えてくれ。ソウタの身柄を確保したらこの異教徒共の街からもおさらばだ」
「はい。では、失礼します」
コニーは頭を下げて空き家から出ていった。
「ラモール様、必ずやあなたの元にソウタをお連れいたします……」
空き家から除く星空を見上げ、ウィルフレドは遠い大陸の向こうにいる神に向かって祈りを捧げるのであった。
同時刻。ノルデーン王国王都『ノルスタジア』内にある小汚い教会で、一人の修道女が竜の銅像に向けて祈りを捧げていた。美しい金髪を修道服の頭巾でまとめ、長いまつ毛を震わせている。
「竜王様、どうかお静まりください……」
彼女はノルデーン王国民らしく竜王を崇拝している者だ。名前をフィオレと言う。
そんな彼女の後ろでは、二十人ほどの子供たちが騒がしく夕食をたべている。
「フィオレー、早くご飯食べなよー。シチュー冷めちゃうよ」
「ええ、祈りもすんだことですし頂こうかしら」
声をかけてきた少年ににっこりと笑いかけ、フィオレは長いテーブル席に座った。
「……あら? メリナはどうしたの?」
「メリナならまた冒険者の仕事に行ってるよ」
「もう……危ないからやめてってあれほど言ってるのに……」
フィオレはそう言いながらも強く責めることは出来ない。メアリと言う少女が冒険者として稼いでくるお金が、この教会――という建前の孤児院の大事な収入源だからだ。
フィオレが思い悩んでいると、バァン! と教会の扉が開かれた。
そこに立っていたのは小柄な少女だ。長い藍色の髪の毛を靡かせ、盗賊のような身軽な装備で身を包んでいる。
「メリナ。こんな遅くまで冒険者稼業をしては危ないといつも言っているでしょう?」
その少女こそが、フィオレが悩みの種にしているメリナだ。
無事に帰ってきてくれたことにほっとしつつも、フィオレはメリナのことを諌める。
「悪かったって。そんなことよりもフィオレ! 大変だよ!」
当のメリナはフィオレの注意を聞き流して、そのまま彼女の前まで移動してきた。
「どうしたの? そんなに血相を変えて……」
「これを見て!」
メリナがフィオレに見せたのは、あの手配書だった。
「これは……!」
それを読んだフィオレは息を呑む。彼女の崇めている竜王が、手配書に描かれている男によって殺されたと書いてあったからだ。
「フィオレ、こいつを捕まえよう! 懸賞金は霊銀貨十枚だってよ! こんな大金があったら、五年は何もせずに暮らせるよ!」
驚愕するフィオレに、メリナは興奮した様子で話しかける。どうやらメリナはフィオレほど竜王を信仰していないようだ。
「竜王様を殺めた人に、あなたが勝てるはずがないでしょう! ……メリナ、私達のことを想ってくれるのは分かっているけど、これ以上危ないことはやめてちょうだい」
「だいじょーぶだって! 私の力を知ってるだろ?」
フィオレの心配をよそに、メリナは得意げに胸をはる。
「もう……でも、この人に真実を確かめたいわね……どうして竜王様を殺めたのか。そもそも、本当に殺めたのか……」
「だろ? こいつらがノルスタジアに入ってきたら、誰よりも早く連れてくるからさ! 期待してなよ!」
「…………危ないことは、絶対にしては駄目よ? いい?」
「分かってるって! お、今晩はシチューかぁ。私の分まだある!?」
「ええ、台所から好きに持っていきなさい」
「ひゃっほーぅ!」
意気揚々と台所に向かうメリナの背中を眺めながら、フィオレは小さくため息をついた。
「竜王様……どうか私達をお守りください」
もういないかもしれない存在に、フィオレは健気に祈りを捧げるのであった。
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