第9話 ドラグ山の戦い③
凄まじい音とともに、竜王は地面に墜落した。草太の時とは比にならない程の土埃が舞う。少し遅れて、竜王のそばに草太が着地した。
動かなくなった竜王を見て、草太はほっと息をつく。
「……案外あっけなかったな」
気が抜けて、草太はそんなことを呟いた。あれだけ遠くに竜王がいると思っていたのだが、終わってしまえば十分に満たない短い戦いだった。
倒れ込んだ竜王は――それでも草太より大きいが――動く様子もなくまるで深い眠りに落ちているようだ。リコシフォスによって斬られた首からは、赤い血がドクドクと溢れ出ている。
「……とりあえず、花奈とリフィアを呼ぶか」
草太は竜王に背を向け、花奈とリフィアがいる岩陰に足を向けた。
ずるり、と音がした。
「――!」
まさかと思いつつ、草太は音のした方を振り向き――驚愕の光景に目を丸くした。
さっきまで静かに横たわっていた竜王が、その大きな頭を持ち上げて草太を睨みつけていた。
「なん、で……」
声を漏らしながら、草太は首の傷に目を向けた。リコシフォスによって確かに斬られた傷は、いつの間にか塞がり始めていた。
(再生能力まであんのよ……!)
悟った草太は即座に後退して竜王から距離をとる。
「……ォォォオオオオオオオオオオアアアアアアアアア!!」
首の切り跡が完全に癒え、竜王は憤怒の絶叫を上げた。
地団駄をふむように前足を何度も地面に叩きつける。
「化物かよ……!」
まだまだ元気な竜王を見て、草太は思わず呟いた。
「「化け物……」」
同じ瞬間に、花奈とリフィアも岩陰で驚愕に打ち震えていた。
「……ですが、やることは先程と変わりません。私の矢で竜王の気を引き、ソウタ(攻撃をしてもらう。それが一番効果的です」
「そ、そうだよね。草太くんには負担をかけ続けることになっちゃうけど……」
リフィアの言葉に、花奈は不安げに頷く。
「その前に、ここを移動しましょう。さっきの攻撃で私達の居場所に気づかれたかも知れません」
「わかった。あそこの岩の陰に隠れよう」
花奈が指したのは、今いる岩より少し下の位置にある大きな岩だ。
その辺はまだ竜王の攻撃の被害にあっておらず、近くに他の岩が多くある。身を隠しながら移動するのに最適だ。
「確かに、あそこはいい場所ですね。すぐに移動しま……しょ……う」
立ち上がったリフィアは、自身に突き刺さる威圧を感じて、息を呑んだ。
――先程まで暴れていた竜王が、花奈とリフィアのいる岩陰に目を向けていた。
「――ハナ!」
花奈に危機を知らせようとするが、遅い。
竜王がゆっくりと口腔を開く。
竜王が何をしようとしているのか悟った草太が青ざめた顔で竜王に向かう。
だが、それも間に合わない。
静かに、厳かに。
絶死の光線が竜王の口から放たれた。
次の瞬間、花奈とリフィアが居た岩が轟音とともに爆発する。
「花奈! リフィア!」
草太は悲鳴のような叫び声を上げた。
「てめえええええええ!!」
憤怒の感情を隠そうともせず、竜王に飛びかかる。
しかし、単調な攻撃は竜王の尻尾により呆気なく払われた。
「ぐぁっ……!」
草太は地面に叩きつけられ、鈍い音が響く。
「ゴアアアアアアアア!!」
竜王の叫びは、殺戮への快感から来るものだろうか。それとも、既に勝利を確信した栄光の咆哮だろうか。
「くそが……! こんなところで……!」
草太はよろよろと立ち上がり、竜王を睨む。竜王も、余裕の態度で草太を睨み返した。
(負けられねぇ……こんな簡単に、俺の……俺達の一ヶ月が無駄になっていいわけがねぇ……!)
「そうだろ、草壁草太!!」
痛みを振り切り、草太は地面を蹴る。それを見て、竜王は再び大きな口を開く。
「……!」
紅く光り輝く口内が、草太の視界いっぱいに広がる。
自分の無力さを嘆きながら、草太はぎゅっと目をつぶった。
「ソウタ!!!」
暗くなった視界で、草太は横から何かに突き飛ばされた。
(この声……)
うっすらと開いた瞼から、草太は黒くたなびく髪を見た。
「――アテナ!?」
熱光線の斜線上には、銀のビキニアーマーに身を包む小柄な女神――アテナがいた。
アテナは草太に得意げに微笑みかけて――
竜王の熱光線が彼女を焼き払った。
「ばっ――」
目の前で自分を庇った女神が焼かれ、草太はついに言葉を失った。
(俺は……何をやってるんだ……)
地面に横たわりながら、草太は頭が真っ白になった。
大切な物を守れず、挙句の果てには無関係の少女を巻き込んだ。
「俺は……まだ、こんなにも弱いのか……」
「なーに情けない声出してんのよ」
「は!?」
予想外のアテナの声に、草太は驚きの声を上げた。
煙が晴れ、熱光線によって抉られた地面の中央には、傷一つついていないアテナの姿があった。
左手には蛇髪の女の顔が埋め込まれた銀の大盾。そして右手にはこれも白銀の装飾が施された大槍が握られていた。
「あんたまさか、今ので私がやられたとでも思ってたの?」
小馬鹿にするように、アテナが笑う。
「なん……だっておま……」
混乱して、憎まれ口の一つもたたけない。
「ま、詳しいことはこいつを倒してからにしましょう。立てる?」
「っ……当たり前だ」
草太はゆっくりと立ち上がり、アテナに不敵に笑いかけた。
「ならいいわ。こんな所でくたばられちゃ私の面目が丸つぶれよ」
「とっくに消滅してるもんだと思ってたけどな」
「そんだけ生意気な口がきけるならまだまだ元気そうね。ちゃっちゃとこの竜を倒しちゃいましょう」
アテナが竜王に向き直り、槍と盾を構える。そこに草太が待ったをかけた。
「いや、アテナ。お前はあの岩場まで行ってくれ。花奈とリフィアがあの熱光線を食らった」
「ちょっ!? それを早く言いなさいよ!」
「だからお前はあいつらの救助に行ってくれ」
「わかったわ。……一人で大丈夫なの?」
「ああ。さっきは動揺して無理に突っ込み過ぎた。落ち着いた今は大丈夫だ」
「そ。負けたら承知しないわよ」
「わかってるよ」
アテナに笑いかけて、草太は竜王に一歩近付いた。それまで固まっていた竜王は、草太の接近に気づき再び雄叫びをあげる。
(こいつも流石にアテナのアレには驚いたんだろうな)
妙な親近感を覚えながら、草太はリコシフォスを握り直した。
アテナが離れる気配を感じて、草太は一つの呪文を唱えた。
「【アクセラレーション】」
――あの女は何者だ……?
どんなものでも焼き払ってきた自分の息を、完璧に防いだ。しかも、傷一つ負うことなくだ。
――それに、あの女からは奇妙なものをかんじる……まるでこの世の物ではないかのような……。
竜王の思考はそこで一旦中止された。目の前にいる黒い剣士から、並々ならぬ重圧を感じたからだ。
――ついに本領発揮か?
竜王が見た可能性。今の黒い剣士なら、それを見せてくれるかもしれない。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
竜王の雄叫びに答えるように、黒い剣士が何かを呟いた。
そして――黒い剣士は目の前から姿を消した。
「!?」
次の瞬間、竜王の右前脚が斬られていた。
なぜ、と思うまもなく、次は左前脚に切れ込みが入る。
「ゴアアアアアアアアアア!!」
右脚で払ったが、既にそこには何もいなかった。
黒い影が竜王の目の前を横切る。かと思えば、喉仏に傷が入った。
――馬鹿な、馬鹿な! 有り得ない!! 見ることさえ出来ないなど!
長い年月を経てもなお老いることのない竜王の目を持ってしても、人の剣士を捉えることが出来ない。
――そんなことは有り得るはずがないのだ!
薙ぎ払うように熱光線を放つ。目の前が扇状にえぐれ、盛大な爆発を引き起こした。
その爆煙の上に、黒い影が飛び出す。
この時初めて、竜王は黒い剣士に見下される立場になった。
闇夜のように黒いマントから、黄金の流星が煌めく。流星は竜王の体に次々に傷を入れ、確実にダメージを蓄積させていく。
止める術はない。瞳で捉えようとしても、ただの黒い線にしか見えない。魔力を感知しても、そこには既に黒い剣士はいない。
――これが、この男の力……!
常人を逸した驚異的な疾さ。他のどの猛者達も持たない黒い剣士の「唯一無二の力」。
「ゴアアアアアアアアアア――!!」
だが、黒い剣士が持っていなくて、竜王が持っているものがある。
絶叫と共に竜王は飛翔する。距離を取れば、幾分か対策が立てやすくなる。
竜王は地面に残る草太を睥睨してほくそ笑み――
「【アイスハンマー】!!」
「【紫電弓】!!」
その耳に、予想外の声を聞いた。
ガツン! と竜王の頭に重い一撃がぶつかる。頭部への衝撃で歪んだ視界には、氷でできた巨大な槌が見えた。
そして、怯んだ竜王の片翼を、雷を纏った一条の矢が撃ち抜いた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
翼を失ってバランスを崩した竜王は、そのまま慣性に従い落ち始める。
――先程から邪魔ばかりしおって!!
竜王は鬱陶しい者達のいる岩陰に向けて熱光線をくりだした。
「それは効かないわよ!」
だが、決死の攻撃は再びあの銀盾により完璧に防がれる。
――またあの女か!!
竜王は盾を構えて不敵に笑う少女を見て、憤怒の絶叫を上げる。
――そして。
「こっちだ、竜王」
竜王のそばには、既に黒い剣士が待ち構えていた。
「【ジャイアントキリング」
黒い剣士の言葉と共に、彼の握る黄金の剣が数倍もの大きさに変化する。
「ゴアアアアアアアアアアアアアア――!!」
迎撃すべく、竜王はその太い腕を振り下ろす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
黒い剣士が咆哮し、巨大な黄金の剣を切り上げた。
斬撃音と共に、竜王の硬い鱗に守られていた前脚が吹き飛ぶ。斬られた所から赤い血が勢いよく吹き出す。
「ガアアアアアアアアアアアア――!!」
何百年も感じていなかった鋭い痛みに竜王は絶叫する。
「これで……終わりだぁああああああああ!!!!」
黒い剣士は振り上げた剣を素早く握り直し、痛みにもがく竜王の脳天に振り下ろした。
黄金の剣が竜王の頭を両断する。
「ガ…………」
黒い剣士のその攻撃で、竜王の動きは完全に停止した。そのまま、竜王は下に向かって落ちていく。
やがて、重い音ともに竜王は地面に墜落した。
「はぁ、はぁ……」
元の大きさに戻ったリコシフォスを鞘にしまい、草太は竜王のそばに降り立った。
緊迫感に満ちた戦いの後で、さすがに草太も息切れする。
「…………さすがにもう動かないよな?」
草太はつんつんと竜王に触る。竜王からは何も反応が返ってこない。
「今度こそ死んだみたいだな……やれやれ、とんでもないバケモンだったぜ……あ」
ほっと息をついた草太は、ある重大なことを思い出して気の抜けた声を漏らした。
「…………竜王殺したらダメって言われてたんだった……」
そんな途方に暮れる草太からかなり離れた場所に、鎧に身を包んだ集団がいた。
彼らはノルデーン王国の騎士達だ。ご乱心になった竜王を止めるべく王国から派遣されたのだが……。
「た、隊長……あの男、竜王様を殺しましたよ……!」
「こ、これは由々しき事態だ。すぐに国王様に報告するぞ! あの男とその仲間たちを許すわけにはいかん!」
少し前から彼らが見ていたのは、自分達が崇めている竜王が人間の剣士にたたっ斬られている光景だった。
それはノルデーン王国では王族を殺すにも等しい大罪だ。殺した者は王国中に指名手配され、見つかり次第有無を言わさず殺されるだろう。
故に――
「どんなに莫大な懸賞金をかけたとしても、竜王様を殺した大罪人を必ず捕らえ…………処刑するのだ!!!」
こうなることは、必然であった。
草太達の受難は、ノルデーン王国でも続きそうだ。
読んでいただき、ありがとうございます!
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