第8話 ドラグ山の戦い②
なんかすごく短いです
――期待外れだ。
空を旋回しながら、竜王は思った。
出会うまでは黒い剣士の実力に胸を震わせていた竜は、実物の張り合いのなさに落胆した。数百年ぶりに心躍る戦いができると期待していただけに、現実との落差は大きかった。
今もここからは見えない岩陰で、何か策を練っているのだろう。
――そのどれもが無駄になることを知らずに、憐れなことだ。
竜王は一つの岩陰に目を向けた。
――!
気迫と共に、竜王はブレスを吐き出した。
熱光線が岩にあたり、弾ける光と共に爆発を起こした。
――出てこい、黒い剣士!
「ゴアアアアアアアアアアアアアア――!!」
竜王の雄叫びが、ドラグ山全体に響き渡った。
「……なんかあの竜王、怒ってないか?」
鼓膜をけたたましい叫び声に震わされて、草太は顔をしかめながら呟いた。
「そう? さっきと変わらないと思うけど……」
「暴れている理由もわかりませんし、竜の考えなんて人にはわかりませんよ」
花奈が首をかしげ、リフィアが達観した様子で答える。
草太と花奈は竜王の死角をついて岩陰を飛び石のように移り、岩の下に潜んでいたリフィアに合流した。そのまま岩下に隠れてどうするか作戦を練っているわけだが……。
「とにかく、魔法を使う前に察知されるのが厄介だな。花奈もリフィアも魔法主体なわけだし、そもそも魔法を使わないと上空にいる竜王には攻撃を当てられない」
「あの熱光線みたいな攻撃も対策しようがないよね……感付かれてからの攻撃が早すぎる」
「詠唱破棄の魔法はどうですか?」
「多分、相打ちになるな。危険が大きすぎる」
「そうだよね……」
魔法がなければ、空への攻撃手段が無くなってしまう。草太達にとって、この状況は初めてのことだ。
考えても、打つ手がない。そうして考えている間に、竜王による索敵が進む。――またひとつ、近くの岩が熱線によって消滅した。
「……このままじゃ駄目だ」
爆風を受けて、草太は覚悟を決めた表情で立ち上がった。草太がなにをしようとしているのか悟った花奈が、焦ってコートの裾を引く。
「ダメだよ草太くん! 無闇に出てもやられちゃうよ!?」
「ここに留まっていても、いずれやられるだろ。……俺が注意を引きつける、隙を見て花奈とリフィアの魔法をあいつに叩きつけてくれ」
「その作戦は、ソウタに負担がかかりすぎです」
「俺なら、竜王の攻撃を躱すことが出来る。俺がやるべきなんだ」
「それはそうかもしれませんが……」
リフィアはなおも言い下がろうとしたが、草太の言う通りだと思い口を噤んだ。
竜王の熱光線を避けられるのは、3人の中では草太しかいない。不甲斐ないが、自分には草太の代わりは務まらない。
草太は悔しそうにするリフィアを見て少し頬を緩め、彼女の肩にてをおいた。
「リフィア、俺はお前と花奈を信じているから前に出られるんだ。後方支援、頼むぞ」
「……っ、はい」
少し元気になったリフィアの返事を聞いて、草太はうんうんと頷いた。
「……草太くん、危なくなったらすぐに逃げてね」
「ああ、わかってる。こんな所で死ぬつもりはないからな」
草太はそう言って親指を立てて、岩陰から姿を現した。
「ォオオオオオオオオオオ!!」
草太の姿を確認した竜王が雄叫びをあげる。上空の嘶きが、地上に立つ草太の身体を震わせる。
「行くぞ――【ビルドアップ】!」
身体強化の白魔法をかけて、草太は空高く跳躍した。大きく開いていた空と地の距離が一瞬でゼロになり、草太は剣の間合いまで竜王に近付く。
「くらえ!」
跳躍のエネルギーをリコシフォスに全て乗せて、草太は竜王に渾身の突きを繰り出した。
だが、竜王は涼しげな顔で前足を振り上げ、羽虫をたたき落とすように草太ごと剣を払い落とした。
「っ!」
叩き落とされた草太はそのまま地面に激突する。衝撃とともに土埃が上がった。
「草太くん!」
花奈が悲痛の声を上げ岩陰から飛び出ようとしたが、リフィアが花奈の肩を抑えた。
「ハナ、大丈夫です! ソウタは無事です」
リフィアの声に花奈が煙の中心を見ると、草太らしき影が立ち上がっているのが見えた。
「でも、無茶だよ……近付いても簡単に止められちゃう」
「それは確かに問題ですね……竜王は待ち構えているだけでいいのですし」
少女二人が話している間に、草太が再び飛び上がった。
空中で金の剣が閃き、それを竜王が払い落とす。
払い落とされた草太は再び地面に墜落した。
いくら受け身を取れているとはいえ、こう何度も同じことを繰り返していてはいずれ草太の方に限界が来てしまう。
「私が、魔法で引き付けられれば……」
「それはダメです、ハナ。あの竜王の魔力感知能力は恐ろしい精度と速度です。貴女が魔法の準備をした途端に……」
花奈を引き止めたリフィアが、何かを思いついたように言葉を止めた。
「リフィア、どうしたの?」
「あの竜王の魔力への警戒は凄まじいものですが、その代わりにそれ以外の攻撃に関してはもしかしたら警戒心が薄れているのではないかと」
「確かに! しかも草太くんが迫ってきていたらそっちに注意が割かれるしね!」
「はい。精霊魔法を使っていない私の矢なら……」
背中の矢筒から矢を1本取り出し、リフィアは弓を構えた。
――足りん、足りん、足りん! こんなものか、黒い剣士よ!
殺意のこもった剣を弾きながら、竜王は吠えた。
人の身で遥か上空まで登ってきたこと、そして必ず竜王を打ち倒そうという気迫と殺意は落胆していた竜王の目を覚まさせるほど強烈なものだった。
――だが、それでは他の猛者と変わらない。
竜王があの時感じたのは、可能性だった。これまで戦った者達とは違う、唯一無二の強者になりうる可能性。
それにはまだ、足りない。
「オオオオオオオオオオオオオ――!!」
竜王は咆哮する。目の前の人間に眠る可能性を呼び覚ますために。
竜王は渇望する。未だかつて無い血湧き肉躍る闘いを。
声に答えるように、草太は再び竜王に向かって跳躍する。
「らあああああああああああああ!!!」
一際凄まじい雄叫びをあげて、草太が金の剣を繰り出した。
それをこれまでと同じように叩き落とそうとした時――。
竜王は、自身に迫る攻撃を察知した。
スローモーションになる視界の中で竜王が捉えたのは、一本の矢だった。
魔法的な強化をされた訳でもない、なんの変哲もない普通の矢。
だがそれは恐ろしい精度で竜王の急所――眼に迫ってきていた。
目の前の草太に気を取られていて、竜王は今の今までその攻撃に気付かなかった。魔法が使われていれば、即座にブレスで迎撃できたのだ。
――小賢しい。
竜王は顔の位置を少し上げて、矢をかわした。
それは、弓矢を放ったエルフ――リフィアと竜王のほんの数瞬の攻防。
だがその一瞬の間、竜王の意識は確実にもう一人の敵から外れていた。
「ああああああああああ!!!」
業火の如し気迫と共に黒い剣士が黄金の剣を構える。
――!
竜王は防御を取ろうと腕を振り上げる。
だが、間に合わない。
それは、紫電のように一瞬で、巨人の拳のように重い一撃。
草太の剣が、致命的なまでに正確に、竜王の喉笛を斬りつけた――。
「あいつ、あの竜王を倒したの!?」
山を駆け上がりながら、アテナはその事態に目を見開いた。
いつの間にか、草太はあそこまで勇敢な戦士になっていたのか。
「……なんでちょっと嬉しがってるのよ、私」
意味不明な胸の高鳴りに首を捻りながら、アテナは速度をさらに上げた。
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