第6話 戦闘開始
1週間遅れた上に短いです。本当に申し訳ありません。
――また獲物が来た。
焼けた台地の中央に仁王立ちしながら、竜王は優れた嗅覚で何者かの接近を感じ取った。
複数の馬と、人の臭い……野盗の類だろう。あの女の言っていた男ではないと、竜王は察した。
謎の女に何かの薬を打たれてから二週間。竜王は当初と比べれば格段に冷静な思考能力を取り戻していた。
無闇に吠えることも、無駄に大地を薙ぎ払うこともしなくなった。
――だが、その瞳だけは未だに殺戮者の光を保っている。
悠久の時を経て深い知能を得ても、その根底にある物は残忍で暴力的だ。
今から来る人間達は、竜王の本来の獲物ではない。しかしそれは、竜王にとっては些末な問題だ。
――殺す。牙で喰らい、爪で薙ぎ、炎で焼き尽くす。殺す。殺す殺す殺す殺す――!!
「GOAAAAAAAAAA!!」
炎の海の中で、巨大な竜が天に向かって叫び声をあげた。
岩がむき出しになった山道を、四人が駆け上る。
「恐らく、この辺りはもう竜王の縄張りでしょう」
「ああ、向こうはもう俺達の接近に気づいていると思う」
背後からのリフィアの言葉に、先頭を走る草太が頷いた。
「二人とも、すぐに戦えるようにしていてくれ。……アテナ、この速度で走っていて大丈夫か?」
「当たり前じゃない」
草太が一応アテナの様子を確認すると、ツインテールの女神はけろりとした顔で答えた。
「(腐っても女神ってことか……)」
「ちょっと、今なんか言った!?」
「心の声が漏れただけだ。気にすんな」
眦を釣り上げるアテナから目を離し、草太は再び前を向く。
関所を通ってから十分ほど走り続けているが、未だに盗賊達の姿は見えない。馬の足と人の足なので当たり前だが、そろそろ盗賊達が竜王と交戦し始める頃なはずだ。
(もうすぐだと思うけど……)
草太がそう考えた時。
山の頂上付近から、轟音とともに煙が噴き出した。
「あれは!?」
「まさか――」
「っ……急ごう」
何が起きているのかを悟り、草太達は足を早めた。
それからも山を登り続け、七合目辺りまで辿り着いた。そこには今までの岩肌とは違った、火の海が広がっていた。
少し息を切らしながら、四人が辺りを見渡す。
「ここかな」
「近いと思う。……二人とも、警戒を怠るなよ。アテナはそこらの岩陰に隠れていてくれ」
「わかったわ! 今の私には何も出来なさそうだしね!」
目の前の焼けた大地を見て敵対する生物のやばさに気づいたのか、アテナが素直に後退する。
「【レインフォール】!」
花奈が辺りに雨雲を呼び出し、辺りの炎を消化した。
「ありがとう、花奈」
「これで見晴らしが良くなったと思うけど……」
「――ソウタ! あちらです!」
視力のいいリフィアが、北の方角を指した。
その方角で、また爆煙が上がる。その煙の中に、微かに飛竜のような影が見えた。
「……行こう」
草太が静かに駆け出し、花奈とリフィアが続いた。
「GOAAAAAAAAAA――!」
「うわぁぁぁああああ!!」
雷鳴のような竜の咆哮が轟き、それに呼応するように情けない悲鳴が響いた。
上空を雄々しく飛び回る竜王に追われ、盗賊達は地を這い回る虫のように逃げ回っていた。
「頭が……! 頭が焼かれた!」
「もう無理だ! 逃げろ!」
盗賊の一人が逃げながら振り向き、一つの火柱を沈痛な眼差しで見る。それは、アイギスとパルテノスを持っていた頭領が燃え上がる姿だ。
強力な盾と槍を持った盗賊達は、意気揚々と山道を進んでいた。だが、竜王による上空からの奇襲により真っ先に頭領が焼かれ、他の盗賊達の戦闘意思を一瞬で奪われたのである。
盗賊達は皆、恐怖と怒りでぐちゃぐちゃになった表情で逃げ回るしかない。陸で人を襲っていた彼らは、弓などの長射程武器を持っておらず、また誰一人として魔法を使えない。
故に、彼らは蟻のように逃げ惑うしかない。
そして、そんな盗賊達を嘲笑うかのように、竜王の咆哮が響き、命を狩るために竜王の太い爪が振り下ろされる。
「ぎゃああああああああああ!!」
竜の鉤爪によって勢いよく薙ぎ払われた盗賊の一人が、おぞましい断末魔を上げ息絶えた。
竜王が無造作に足を踏み下ろし、その下にいた二人の盗賊が音もなく踏み潰された。
「GOAAAAAAAAAA――ッッッッッッ!」
竜王が再び咆哮する。血が足りない、殺したりないと叫ぶように。
竜の顎が、赤く煌めく。次の瞬間、その巨大な口腔から極大のブレスが解き放たれた。
熱光線のような炎のブレスを真に受け、盗賊達の体が跡形もなく消え去り、黒い灰へと化した。
「AAAAAAAAAA!!」
勝利の余韻に浸ることなく、竜王は天に向かって吠える。その姿は、まさに竜の王。全生命体の頂点に立つ存在であった。
竜王が残りの獲物を探し、辺りを見回していると、背後から土を踏みしめる音が聞こえた。
ぐるりと後ろを向くと、そこには気弱そうな盗賊が腰を抜かして座り込んでいた。彼の手には、大きな盾と槍が握られている。
その盾と槍は、竜王が本能的に危機感を覚えた物だった。故に持ち主ごと燃やし尽くしたはずだったのだが……。
未だに現存する盾と槍に疑問を抱きながらも、竜王はもう一度燃やしてくれようと気の弱そうな男に近付く。
「ひぃぃぃっ! 来るな! 来るな! 来るなよぅ……許してくれよ……」
自身に近付く竜王を見て、男が見苦しく命乞いをする。かつて何度も見た光景だ。竜王の前では、殆どの人間が何も出来ずに死んでいく。彼等に許された行為は、虚しく抗うか、惨めに救いを求めるかしかない。
そしてその許された行為でさえ、竜王によってあっけなく踏みにじられてしまうのだ。
なんの感慨もなく、竜王は目の前の矮小な命を踏みつぶそうと前足を振り上げた。
「――!」
だが、振り下ろす直前。竜王は感知した。――山の麓から近付く、とある人間の臭いを。
近付いてくる臭いが、自分が待ち続けている人間であるということに、竜王は気づいた。
接近する人物は呼吸も、足取りも、全てが強者であると語っている。
「――」
竜王は振りかざしていた足を下ろし、先程盗賊達が来た方を向いた。
「ひっ……ひぃいいいいい!」
男が盾と槍を持って逃げていくのを感じたが、今の竜王には取るに足らないことだ。
――奴を殺す。
口角を釣り上げ、竜王は大空に飛び立った。
竜王が草太達に気付く時。草太達もまた竜王がすぐ近くにいることを悟っていた。
「――草太くん」
「……ああ、向こうからお出ましみたいだな」
三人は進むのをやめ、臨戦態勢に入る。
頭上を見上げると、蒼天の中に巨大な紅い影が見えた。全身が硬い鱗で覆われ、足の先には凶悪な鉤爪を持っている。
「あれが――」
「竜王……!」
こちらに近付く影を見すえ、リフィアと花奈が重々しく呟いたのを、草太は背中で感じた。
「――GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
竜王が雄叫びを上げ、辺りの空気がビリビリと震えた。
「――さあ、開戦だ!」
草太はリコシフォスを握りしめ、目の前に向かって走り出す。竜王もそれを見て、草太の元に急降下する。
竜王の腕と草太の剣がぶつかり合い、凄まじいエネルギーを発した。
それが、開戦の合図。リフィアが弓を構え、花奈が魔法の詠唱を始める。
生物の頂点に立つ存在との戦いが、今始まった。
――一方、アテナはそのまま岩陰に隠れて己の無力さを嘆いていた。
「下界やばすぎでしょ……竜王だかなんだか知らないけど、こんな環境も変えちゃいそうな奴に生身でたちむかえるわけないじゃない……」
膝を抱えながら、アテナは自分を納得させるための言い訳をする。
女神と言えど、アテナの腕力は人間の少女と同じだ。武器や魔法がなければまともに戦うことも出来ない。
「アイギスとパルテノスが取られていなければ、こんな情けない真似しないで済んだのに……」
盗賊達が武器を盗もうとしていた時に、もっと抵抗していれば良かった。そんな、今更考えても仕方がないことばかり考えてしまう。
「……役に、立ちたかったのに……」
そしてなにより、アテナは自分が草太の足手まといになっていることがたまらなく悔しかった。
一体自分はなんのために下界にまで来たのかと、自分で自分が情けなくなる。
(いやまあ、無理やり下界に落とされたとも言えるけど……それでもあいつに会えるなら、力になりたかった)
アテナは自分の意思を再認識する。
自分のやりたいことをやらないなんて、女神アテナでは無い。今すぐに行動に移さなければならない。
「ここで塞ぎ込んでいる場合じゃない……! あいつの所に行かなきゃ」
アテナは静かに立ち上がった。視線を遠くに合わせ、炎が上がっている場所を見つける。
「待っていなさい、この私が力になってあげるわ!」
胸の中にある不安を振り払うように、アテナは強気の笑みを浮かべ地面を強く蹴った。
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