第5話 関所襲撃
馬車が再び動き始めてからしばらく経った。窓から見える景色が、次第に林道から岩肌の多い道へと移り変わっていく。
「ところで、あなた達はどこに行く予定なの?」
花奈とリフィアが持ってきたお菓子を頬張りながら、アテナが尋ねた。
「フェリア王国とノルデーン王国の境にあるドラグ山って山だ。そこに住んでいる竜が数日前から原因不明で暴れているらしい。それを止めに行くんだよ」
「へぇー! 竜退治を任されるようになるなんて凄いじゃない。たった一ヶ月でよくもそこまで来れたわね」
「まあ、そんなに単純な理由でもないんだけどな」
事情を知らないアテナが素直に感心するのを見て、草太は自嘲の入った笑みを浮かべる。
「どういうこと?」
「前に、結構大きなお仕事を失敗しちゃって……今回はその罪滅ぼしの一環なんです」
「大雑把に言えばそういうことだな」
「ふーん。あなた達も大変ね」
アテナが他人事のように頷く。
「お前なあ……これから行く竜退治には、お前も着いてくるってことだぞ。よくもまあ武器もないのにそんな気楽そうにできるな」
「うっ……それはそうだけど……でもまあ、私はあなた達を信じてるから! 泥船に乗った気で行くわ!」
「それだと沈んじゃいますよ……」
アテナの自信満々なぽんこつ発言に、花奈が苦笑した。
「しかし、アテナ殿の武器はどうしましょうか。もしかしたらあの近くにあったかもしれないのに……」
「そうね……その前に、ハナとリフィアに言っておきたいことがあるの」
「「?」」
アテナの真剣な面持ちに、花奈とリフィアがそろって首を傾げる。
「私の事は呼び捨てで呼んでもらって構わないわ。これから一緒に旅をする仲間なんだから、遠慮なんていらないでしょう?」
「まあ確かに、お前に敬語を使う必要はないよな」
「あんたはもう少し敬いなさいよ!」
横槍を入れる草太に、アテナがすぐに噛みつく。だがすぐに咳払いをして、花奈とリフィアに向き直った。
「ね、二人とも。私の事を友達だと思ってほしいの」
花奈とリフィアは顔を見合わせ、笑顔でこくりと頷いた。
「うん、わかったよアテナちゃん」
「よろしくお願いします、アテナ」
「やったー! ありがとう二人とも!」
花奈とリフィアに名前を呼ばれて、アテナが子供の様に喜ぶ。その仕草は少女の外見に相応しい物だ。
「ところで、リフィアはずっとかしこまった喋り方なの?」
「ええ、幼い頃からこのように話していたので」
「なるほど、そういう属性もありよね」
「そのくだりはもうやったからやんなくていいぞ」
アテナが自分と同じボケをかましたことにうんざりした草太が、冷ややかな目でアテナを見た。
「あっそう。それで、なんの話だったかしら?」
「アテナちゃんの武器はどうしようって話だよ」
「ああそうだったわね。それに関しては考えていることがあるの」
「どんな?」
草太が尋ねると、アテナは得意げに説明し始めた。
「順を追って説明するわ。……まず、あなた達が私が埋まっている場所に来るまで、盗賊みたいな奴らとはすれ違ったかしら?」
「いや、すれ違ってないな。それがどうかしたのか?」
「埋まってるときに、盗賊っぽい奴らが私の武器を盗んでいくのが聞こえたのよ。……ということは、こちら側に来たことはほぼ確実。このまま行けばいずれ追いつくと思うわ」
「追いついたらどうするのですか?」
「もちろん、奪い返すのよ!」
意気揚々とアテナが答える。
「……誰が?」
「あなた達が!」
「却下」
「なんでよぉ!?」
草太がにべもなく断ると、アテナは信じられないと言った風に声を荒らげた。
「お前のためにそこまでしてやる義理はない。一人で頑張れ」
「あんたほんっとに……! 全然成長してないじゃない! めが……私のことをどれだけ侮辱すれば気が済むの!?」
「ま、まあまあ草太くん。アテナさんが武器を取り戻したら、きっとすっごく頼りになると思うよ」
「そうですよソウタ。あなたはアテナのことになると少し頑固になっていますよ」
「……二人がそう言うなら、まあいいけど……」
花奈とリフィアに責められ、草太はすごすごと引き下がった。
(まずいな。女子が三人で男が俺一人だけだと、必然的に俺の意見が通りにくくなる……このまま俺対三人の構図が出来上がるといろいろと不便だな……)
草太は苦い表情で現在の状況を省みる。今の状況は草太にとって面白い状況ではないと言える。
現に、草太の懸念通り、アテナは二人を味方にすべく満面の笑みで擦り寄っている。
(これは、もう一匹男を増やした方がいいな)
草太は思い立ち、【ウェアハウス】から魔法陣が描かれた一枚の紙を取り出した。
「【コールメイト】」
紙を目の前に置き、端的に呪文を唱える。すると、紙に描かれた魔法陣が光を放ち、馬車の中を明るく照らした。
「呼ばれて飛びててにゃにゃんにゃん! ご主人の使い魔キットだにゃ!」
光が収まると、魔法陣の上にはおしゃれな帽子をかぶった二足歩行の猫が――ケットシーのキットが立っていた。
「ご主人、どうされたのかにゃ?」
「ちょっと心細くてな。話し相手になってくれるか?」
「おやすい御用だにゃ!」
草太のお願いに、キットはヒゲをぴくぴく動かしながら嬉しそうに答えた。
「……ソウタ、その猫はどうしたの?」
キットの全身をまじまじと見つめながら、アテナが興味深そうに尋ねる。
「俺の召喚獣キットだ。色々と教えてもらってるんだよ。俺はこいつとゆっくりしているから、お前らはガールズトークに華を咲かせて――」
「かわいいいいいいいいいいい!!」
「にゃにゃーー!?」
草太がセリフを言い終わる前に、アテナがキットの体を抱きかかえた。突然の出来事にキットが甲高い声を上げる。
「おいこらこのばか女神。キットは俺の話し相手に召喚したんだよ。黄色い声上げてないで返せ」
「こんな可愛い子を召喚するなんて、あんたもたまには役に立つわね! あぁ〜可愛い〜」
草太の言うことを無視して、アテナは幸せそうにキットを抱きしめている。
「ね! キットって本当に可愛いよね!」
「……」
その横から花奈が加わり、リフィアも無言でキットの尻尾をなで始めた。
「おい……揃いも揃って嘘だろ……」
目の前で繰り広げられる桃色空間を見て、草太は疲れ切った声で呟いた。
(花奈は元々だったけど、最近はリフィアもキットと仲がいいよな……城にいる時に一緒にいる時間が長かったからかな)
なんにせよ、草太は完全に置き去りにされてしまった。今更あの中に「俺も入れてー!」と入ることはできない。
仕方が無いので、草太は車窓から見える景色に意識を落とし込むのであった。
「……ん? お客さんがた、少し止まりますね!」
そこから更に馬車は進み、20分ほど経った頃。突然、御者が馬車を停止させた。
「どうしたんですか?」
「いや、前の方に何か……」
御者の向いている方向に四人が視線を向けると、前方に煙があがっていた。
「あれは……?」
「あの方向には、国と国の境に建っている関所があるんです」
「……黒い煙が上がっているのは、嫌な予感がしますね」
「だな。御者さん、揺れは気にしなくていいので、馬車をとばしてください」
「わかりました! しっかりと掴まっていてください!」
御者の男が鞭をしならせ、馬の尻を叩いた。尻を叩かれた馬が甲高い鳴き声をあげ、直後猛スピードで走り出した。
「ちょ、ちょー! いったいなんだって言うのよー!?」
「緊急事態だ。あんまり喋ってると舌噛むぞ」
「さっきから散々な目にあってばかりな気がするんですけどー!」
約一名泣き言を言う女神をそのままに、馬車は細い道を駆け抜けていった。
関所と言うからには、かなり強固な物だろうと草太は思っていた。実際、草太が初めて見る関所はかなり大きく、そして頑丈そうであった。
しかし、その中央に位置する門はなにか大きなものでぶち破られたかのような大きな穴があき、その周辺には門番たちが呻きながら倒れていた。
「花奈、ここら一帯に回復魔法を頼む。リフィアは周囲を警戒していてくれ」
「うん」
「わかりました」
草太の支持に従い、花奈とリフィアが迅速に動き出す。
「私は? 私は?」
「お前は……とりあえず、御者のおじさんの近くにいてくれ。素手で戦えるか?」
「馬鹿にしないでくれる? そりゃ本来の十分の一くらいしか力を発揮できないだろうけど、そんじょそこらの一般人よりは戦えるわよ」
「よし、じゃあ頼んだ」
ドヤ顔で胸を張るアテナを馬車に残して、草太は破壊された門に向かった。
門の周辺にいた兵士たちには、既に花奈が魔法をかけ始めていた。草太は、治癒魔法をかけられ柱に寄りかかって座っている兵士に声をかけた。
「俺達はフェリア王国から竜王を止めるために送られた冒険者です。何があったか聞きたいのですが……喋れますか?」
「ああ……話は聞いている。……少し前に、盗賊風情の集団がこの関所に来た。見た目は有象無象の野盗と変わらなかったが、そのうちの一人――頭と見られる男が不思議な武器を持っていた」
「不思議な武器、ですか?」
「ああ。……荒々しくも美しい一振の槍。この門を破壊したのは、その槍の一突きだった。……そして、女の顔が埋め込まれた白銀の盾。……こちらの攻撃は全てその盾によって防がれてしまった」
「……」
にわかには信じられない話に、草太はごくりと唾を飲み込む。一突きで門をこじ開ける槍と、全ての攻撃を防ぐ盾。
どちらも、神代武器クラスの性能だ。
「この先には竜王様がいる……奴らに竜王様を傷つけさせるわけにはいかない……! 頼む、奴らを止めてくれ……」
竜王「様」と呼ぶということは、この兵士はノルデーン王国側の人間なのだろう。
草太は震える兵士の右手を握り、真っ直ぐに言い放った。
「ええ。言われずともそのつもりです。後は俺たちに任せてください」
関所の人々の応急処置を済ませ、草太達は馬車に再び集まった。
「間違いないわ。その槍と盾は元々私のものよ。その盗賊達は私の武器を使ってこの関所を襲ったのね」
草太から話を聞いたアテナは、納得がいったように頷いた。
そんなとんでもない武器を簡単に盗賊に盗られるなよ、と突っ込みたい気持ちを抑える。
「そういうわけで、アテナの武器を盗んだ盗賊と関所を襲った盗賊は同一犯みたいだ。奴らはそのままドラグ山に向かったらしいから、このまま向かうことにしよう」
草太の意見に三人とも異論はないようで、各々頷いた。
「御者のおじさんはここに残っていてください。盗賊に加え、竜王がこの先にはいますから」
「すみません、そうさせてもらいます」
草太は先程から怯える表情を見せていた御者に優しく微笑んだ。御者は安心したように胸をなでおろす。
「よし、準備はいいな? 想定よりも大きな戦いになるかもしれない。――みんな、油断はせずにいこう」
「「「了解!」」」
草太の掛け声に、三人がはっきりと答えた。
馬にまたがり、十数名の盗賊達が高笑いしながら山道を進む。
「頭、やりましたね! 関所の連中手も足も出てませんでしたよ!」
「がっはっは! 思わぬ拾い物をしたもんだ!」
盗賊達の頭領は、右手に持つ槍と左手に持つ盾をかかげ、大きな声で笑った。
高笑いする頭領の横から、気の弱そうな男が恐る恐る口を挟む。
「か、かしらぁ……おたのしみのところ水を差すようですが……ここらでは最近竜王が暴れているって噂ですぜ……」
「あぁん、それがどうした! 今の俺にはこの武器があるからな!」
「そうですぜ! 今の頭なら竜どころか巨人だって倒せますぜ!」
「竜殺しを名乗るのも悪くねぇなぁ! がっはっはっはっ!」
盗賊達は汚い笑い声を上げ、少しずつ山道を駆け上っていく。
彼らのその声が、やがて炎に焼かれる苦痛の叫び声になることも知らずに。
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