第2話 暇を持て余した神々の会議2
……(燃え尽きた)
オリュンポスの会議室で、会議が始まろうとしている。議長であり進行役であり、なおかつ最も会議を停滞させる神、ゼウスが椅子について口を開いた。
「それじゃあまずは――今季の覇権についてなんだけど」
「あなた、今日はアニメ談義をしに来たんじゃないですよ」
さっそくアホなことを言い出したゼウスを、隣に座るヘラが諌めた。
「えー……俺これ以外話すことないんだけど……」
「ゼウス、お前が呼び出したんだろ。……大事な話があるとか言って」
ポセイドンがゼウスにツッコミを入れながら、ちらりとアテナを見た。
「おお、そうだったそうだった」
ゼウスも思い出したかのように頷く。
(……これはやっぱり、私がソウタとハナを勝手に異世界に転生させたことがバレているわね……)
ポセイドンをじろりと睨み返し、アテナは頭を抱えた。
(どうやって言い訳をしよう……懇願されたから? うん、それがいいわね。なんだかんだ私は徳のある女神だし、二人の人間を救ったってことでみんな信じるでしょ)
そんな打算と策謀をアテナが巡らせていると、「よし、じゃあこれを見てくれ!」とゼウスが背後に巨大な立体ホログラムを出現させた。
そこに映っているのは、一人の少年。アテナにとってとても馴染みのある少年の姿だった。
黒髪黒瞳の、少し壁を感じる無愛想な表情。そして、体にはセンスのかけらもない黒一色の服。
間違いない。間違えるはずがない。
そこに映っている少年は――
「彼はクサカベソウタ。日本の高校に通っている十六歳の少年だ」
アテナの思考とゼウスの言葉が被った。
「…………」
予想していたとはいえ、アテナは目の前の光景に押し黙った。ゼウスはちらりと娘の様子を見て、話を続ける。
「この少年はつい先日まで日本で普通の高校生として生活していた。だが……」
パッと映像が切り替わる。次に映し出されたのは崩れた積み木の様に積み重なる鉄骨の数々であった。
「彼は不幸にもこの鉄骨によって圧死してしまった。……だが、俺は彼がこの天界に来たことを認知していない」
淡々と語るゼウスに、アテナは遂に顔面を真っ青になった。完全にばれている。これは完全にばれている。
「気になったから少し調べてみたら、つい一か月前、クサカベソウタと彼と共に命を落としたモリゾノハナは、神の権限……神権によって異世界に転生していることが分かった」
「――」
決定的な言葉に、アテナは完全に言葉を失い、拳をぎゅっと握った。
「……転生した彼らは、どこに行ったのですか?」
ヘルメスが問うと、ゼウスはため息をついて呟いた。
「……転生した世界は『スペルクフ』。この中に知らない奴はいないだろう」
ゼウスの言葉に、ほかの神々がざわついた。
「一級監視対象の……!」
「ガイアの最後の遺産か……」
「とんでもないところに送り込んだな……」
「静かに。各々言いたいことはあるだろうが、まずはこんなことをしでかした神の名前を教えよう」
ああ、来た。とアテナは覚悟を決める。ゼウスの鋭い視線が、アテナを見据える。
「――オリュンポス十二神が一柱、女神アテナ。……自分が何をやったのか、わかっているな?」
「……………………はい」
皆の視線が、一斉にアテナに向けられるのを感じた。だが、アテナは顔を上げることはできなかった。
「……まず、どうしてこんなことをしたのか聞かせてもらおうか」
「……私の過失で二人の人間を殺してしまったことが、お父様たちにばれてほしくなかったからです」
「お前、そんな子供みたいな……」
ポセイドンが呆れ顔で天を仰ぐ。だが、さすがのアテナもこれに何かを言い返すことはできない。
「……次に、『スペルクフ』を選んだ理由だ。お前も、あの世界がどれだけ危険か知っていただろう」
「……そのときは気が動転していたことと、ソウタとハナが……二人がファンタジー世界に行きたいって言ったから……」
「なるほどなぁ……だからってスペルクフは……」
「それにも理由があります。近年干渉した世界のリストで、スペルクフが一番上にあったからです」
「なんだってぇ? ってことはアテナ以外にもスペルクフに何かした奴がいるってことか?」
アテナの説明に、アレスが懐疑的な声を上げた。
「実際あったんだからしょうがないでしょ。……もしかしたら、あんたが犯人なんじゃないの?」
「はあ? ふざけんな、俺がそんなことやるかよ!」
グルルルルル……とアテナとアレスがにらみ合う。
「アテナ、アレス。その話は後にしなさい。……今はアテナ、あなたのやったことについて聞いているのよ」
そんな二柱をヘラが諌める。破天荒な神々が多いので、会議を潤滑に進めるためのまとめ役を最高神の妻であるヘラが務めている。
「……すみません」
注意されて、アテナは肩を落とす。落ち込むアテナを見て、アレスが勝ち誇ったように笑った。
「……アテナのやったことは見過ごせることじゃないですね……ですがお父様。私たちがここに呼ばれた理由は、違う話をするためだったと思いますが?」
そんな中、アポロンがゼウスに尋ねた。
その言葉に、アテナは首を傾げる。今日の会議は、正にアテナの悪事を裁くための物だと思っていたからだ。
見てみると、他の神々も「そういえばそうだった」と思い当たった風に頷いている。
ゼウスはそんな神々を見て、面白そうに口元を歪めた。
「ああそうさ……今のはほんの前座にすぎない。異世界転生なんていうちっぽけな話より、もっと大きな事件が起きたんだからな!」
うおおおおおおおおおおおおおおお!! とポセイドン達が沸き上がった。彼等の様子を見るに、これからの話題は良い方向の話題の様だ。
恐らく自分にはこれ以上害がないと判断し、アテナはほっと息を付いた。
その安堵のため息が、絶望の叫びに変わることも知らずに。
「それじゃあ、お前らにはもう一枚の写真を見てもらおう! 括目しろ、これがその画像だああああああああああああああ!!」
興奮の渦の中、目の前の大型パネルに新たな画像が映し出された――!
「――は?」
その写真を見て、アテナはあんぐりと口を開けた。
そこに映し出されたのは、先程と同じ、草太の写真だった。といっても、先程見た物とは違い、心なしかかっこよく映っている。切れ長の瞳が真っ直ぐと向けられていて、黒い髪が風になびいている。
「……、う、ぅうん……」
思わぬスナップショットに、アテナの心臓がどくんと跳ねた。どういうわけか顔が火照ってしまう。
そうして、ゼウスは口を大きく開き、世界中に響くような大声で……爆弾発言を投下した。
「聞け、オリュンポスの神々よ! このたび、長い神界の歴史に残る大事件が起きた! それはそう! この少年クサカベソウタに、女神アテナが――恋をしたのだ!!!!」
…………………………。
「…………は?」
しんと静まり返った会議室の中で、アテナの小さな――放心したような声が漏れた。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
直後、地鳴りのような歓声が沸き上がった。
口笛が鳴り響き、祝福の言葉が上がり、ディオニュソスがシャンパンファイトを始めた。
ここにいるすべての神々が、「アテナの初恋」を祝っている。
「ちょ……ちょっとまったー!?」
だが唯一、アテナだけはこの流れに待ったをかけた。
「お父様、一体何を言っているんですか!? 私がこ、このくそ童貞野郎にこここここ、恋だとか……そ、そんなわけないじゃないですか!」
「それがありえるかも」
顔を真っ赤にして反論するアテナに対して、ゼウスは鼻歌交じりに答えた。
「お前が一番分かっているだろう、アテナ。ちょくちょく個人の事を監視したり、一個人のために無断で『神雷』を落としたりするなんて……そんなの恋に決まってるじゃん?」
「な、なんでそれを知って……」
「まあ俺はゼウスだし? お父さんだし? 娘の行動なんてお見通しよ」
得意げに語るゼウスは、正に娘にうざがられる父親の様だった。
「素直になったらどうだアテナ。お前はこの人間のことが好きなんだろう?」
「そうだそうだ! 嘘ついてもいみねーぞ!」
先ほどの意趣返しとばかりに、ポセイドンとアレスがやんややんやと騒ぎ立てる。
こいつらがさっきあんなに強気だったのは、このことを知っていたからか……アテナは歯ぎしりしながら
心の中で呻いた。
そして、ある不安要素が頭をよぎった。それは到底信じられない、馬鹿げた不安だが、この馬鹿共ならやりかねないという確信がある不安。
「お、お父様……。ここにいる全員が、そのことを知っていたようですが……ま、まさか……」
声を震わせながら尋ねるアテナを見て、ゼウスは最高のエンターテインメントを見たかのような笑みを浮かべた。
「ああそうさ! このことは全神界に知れ渡っている!! つまり――すべての神々がお前の初恋を知っているということだ!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!?????」
ゼウスが言い放ったおぞましい事実に、アテナは頭を抱えて絶叫した。
オリュンポスに存在するすべてが、アテナの恋を知っている? そもそもそんな事実は無いというのに!?
そして、この馬鹿共は、それをからかうためだけにこの会議を開いたというのか!!
アテナは悟る。これから様々な神々にネタにされることを。
「こ、こんなところで生きていけない……」
呆然と、アテナはそんなことを呟いた。
と、待ってましたとばかりにゼウスが目を光らせる。
「ん? 今、こんなところで生きていけないって言ったよね?」
「……は?」
ゼウスの顔は、また更にワクワクした様子で、再びアテナの中で嫌な予感が積もる。
「じゃあ望み通り、別の世界に送り込んでやろう。それも大好きな彼が居るあの世界に――そう、スペルクフに!!」
「…………うん?」
アテナの思考回路は、ここで完全にショートした。
周りの神達は、未だに大騒ぎをしている。自分だけ別世界にいる様だ。
「い、今なんて……」
「お前を、クサカベソウタの元に送ってやるって言ってんだよ!」
「そんなの嫌に決まってるでしょー!!??」
ついにアテナはぶちぎれて、ゼウスにつかみかかった。
「神回避」
だが、ゼウスは稲妻のごとき素早さで避けて、アテナから距離を取る。
「お前に拒否権はない! これは無断で人間を転生させるという神々の法に触れたお前への罰だ! 拒否権は無い!」
「ぐ、ぐぅ……それを言われると……」
非はアテナにあるので、そこを突かれると反論が出来なくなってしまう。
タルタロスに送られるぐらいなら……とアテナは文句を言いたい気持ちを抑えて頷いた。
「わ、わかりました……罰としてスペルクフに落とされましょう。……でも、神の権能は使えるんですよね! だ、だって私は女神なんだし!」
「は? なぁーに寝ぼけたこと言ってんだお前。そんな甘えが許されるわけないだろ」
「う、うそでしょ……」
にべもなく断るゼウスに、アテナはがくっと膝を折った。
「まあ安心しろ。不死性は残しておいてやるし、アイギスとパルテノスは持たせてやろう」
「そ、それならまあ……」
絶対防御の盾と愛用している槍があれば、下界でもやっていくことはできるだろう。
「ただし、スペルクフの人間に血肉を与えることは絶対にするな。それをした場合、お前の肉体は直ちにタルタロスに転送される」
「わかっています。私も、高貴な私の血肉を人間に与えるつもりなんてありません」
ゼウスの忠告に、アテナは薄い胸を張って答えた。
「……そうか。それじゃ、お前をスペルクフに送り届ける準備をしよう」
ゼウスがそういうと、アテナの周りに光が現れ始めた。草太と花奈を送り届けた時と一緒だ。
周りの神々が、楽しそうにアテナを眺めていることに気付いた。
(こいつら……見てなさいよ、戻ってきた暁に全員シめてやるんだから……あ、そういえば)
ここでアテナは、大事なことを聞き忘れていたことに気付いた。
「お父様、ここに戻ってくる条件ってなんですか?」
「ん? あー、言い忘れてた。お前がオリュンポスに戻ってくるための条件とは……クサカベソウタをお前に惚れさせることだ」
もう何度目かわからないフリーズ状態に、アテナは陥った。
惚れさせる? 誰を? 草太を? 誰が?
(――私が!?)
「ちょ――そんなの聞いてない! ま、待って!」
反論しようとするアテナの体を、聖なる光が包み込んだ。
降臨準備完了。もう、逃げられない。
慌てるアテナを見て、ゼウスは口角を釣り上げて言い放った。
「もう遅い! ――頑張れよ、恋する乙女(笑)」
瞬間、アテナの足元に大きな穴が開いた。青い空が足元に広がり、風が激しく吹きすさぶ。
そして、アテナは引力に導かれるまま、空に落ちていった。
「う、うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!???」
絶叫は風にかき消され、華奢な少女の体はまっすぐまっすぐに人の世に落ちていく。いつの間にか、自身の両手にはアイギスとパルテノスが握られていた。
あっというまに頭上の彼方になった天界から、神々の意地悪な笑い声が聞こえた気がした。
「お……」
ぎゅっと槍を握りしめ、アテナは遠い神界に向かって力いっぱい叫んだ。
「覚えてなさいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
騒がしい女神が雲の隙間に消えていくのを見届けて、オリュンポスの神々はその場を離れた。
「いやー良い物を見れたな。あの小娘のあんな情けない顔を見れて、胸がすいたわい」
ポセイドンが腹を抱えて爆笑した後、目に浮かぶ涙をぬぐって言った。
「ちょとやりすぎではないですか? せめてちゃんとした手続きで下界に送ってあげた方が良かったんじゃ……」
罪悪感が湧いたのか、デメテルが心配そうに呟いた。だが、アレスが首を振る。
「あいつがこんなんでどうにかなるタマかよ。今頃落ちながら俺達への悪態をついてるだろうさ」
「アテナのしたことは重大な違反行為です。アレスの言う通り、これぐらいで丁度いいでしょう」
ずっと黙っていたヘラが同調する。
「……では、アテナのせめてもの無事を祈って、我々で宴を開くとしようか。美味い酒をふるまおう」
ディオニュソスの発言に、神々が湧きたった。酒神のディオニュソスが作った酒は、この世で一番尊い宝の一つだ。
オリュンポス十二神達は、宴の準備をするためにぞろぞろと会議室を出て行った。
残ったのは、ヘラとゼウスだけ。
ヘラは隣に立つゼウスに向けて語り始める。
「……彼女の発言の中で、一つ気になる者がありました」
「……なんだ?」
「『近年干渉した世界のリストで、スペルクフが一番上にあった』……アテナはそう言っていました。……これは、どういうことだと思いますか?」
ヘラの瞳が、ゼウスの瞳を真っ直ぐと見つめた。
主神の妻らしい、尊厳と気迫が満ちた美しい問いかけだ。有象無象であれば、ありとあらゆる秘密を吐いてしまうだろう。
(……だが、浮気がばれた時の方が、こいつはもっと怖い)
ゼウスは不敵に微笑む。
「――さあ? 何があったんだろうな?」
真実を語る気など、微塵もないと言うかのように。
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