幕間 花奈の奮起
進捗ダメです。
繋ぎのために書き溜めていた幕間でお茶を濁します。
ここはフェリア王国王城の地下にある、魔法研究室の本部だ。ここでは王宮にいる優秀な魔法使いたちが日夜魔法について鍛練と研究を続けている。
そんな研究室の奥の奥。隅っこにある黒板の前で、二人の美少女が授業のようなものを開いていた。
片方は長い金髪、もう片方は緩くウェーブのかかった茶髪だ。
金髪の女性――エミリアによる、魔法講座の真っ最中である。
「魔法の相性というものは、世界の理とはまた少し違った体系で働いているわ。だから、その相性をしっかりと頭に叩き込まないといけないの」
「はい」
「そして、相手の魔法によって即座に自分の魔法を切り替えられる魔法使いが優秀な魔法使いなのよ」
「なるほど……」
エミリアの授業に、茶髪の少女――花奈は頷きながら粗い紙にメモをとった。
元から優等生の花奈にとって、この授業形式はかなりありがたい物だ。なんとなく、高校時代を思い出す。
「ハナが以前カブールの魔法に追い込まれたのは、魔法の相性をうまく利用されたからね。風魔法は氷魔法に弱いということを彼は熟知していたのよ」
「……はい、ようやく分かりました」
花奈は悔しそうに眉をひそめた。あの時このことを知っていれば、結果はもう少し違っていたかもしれない。
落ち込みかけている花奈を見て、エミリアは励ますように言った。
「まあ、後悔先に立たずと言うし、今そのことを気にしてはダメよ。今は、未来を見据えなきゃね」
「――はい! もっともっと教えてください、エミリアさん!」
「あぁ〜いいわぁ……向上心と好奇心がある将来有望株は見ていて気持ちがいいわぁ……」
意気込む花奈を見て、何故だがエミリアは恍惚とした表情を浮かべた。彼女もなかなか特殊な人物のようだ。
だが、魔法の知識については本当に豊富で、何も知らない花奈に懇切丁寧に教えてくれる、真面目な人間でもある。
要は、エミリアは重度の魔法オタクなのだ。
たまに勢いについていけない時もあるが、花奈にとってエミリアの存在はありがたい存在である。
「……話がそれちゃったわね……えっと、魔法の相性の話だったわよね……そうそう、魔法と使用者との間にも相性があるのよ」
「それは……具体的にはどういうものなんですか?」
「そうね、一番わかりやすいのは『魔法の威力が上がる』ってことね。得意な魔法と不得意な魔法だと、詠唱者が同じでも倍以上の差が出たりするのよ」
「そ、そんなに……」
エミリアの言葉に、花奈は目を丸くする。だが、思い当たる節があった。
「そういえば、私の【ファイアボール】の威力は、【ウィンドランス】の威力と同じぐらいでした……魔法の位としては【ウィンドランス】の方が高いのに……」
「そう、それが術者と魔法の相性よ。どうやら花奈は風魔法より炎魔法の方が相性がいいみたいね」
「そう……なんですか……」
不意に花奈が沈んだ表情になる。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです! ……そ、それよりどの魔法と相性がいいのかって、どうやったらわかるんですか?」
「うーんまあ……実戦で使っていくのが一番手っ取り早いんだけど……この研究室にはそういうのがすぐにわかる魔法道具もあるのよ!」
そう言うと、エミリアは顔を輝かせて魔法陣が描かれた紙を取り出した。
「これが、我が研究室が生み出した魔法道具! その名も『相性判別陣』よ!」
「お、おおー……」
ノリについていけず、花奈は戸惑いながら小さく拍手を送った。エミリアは花奈の微妙な反応は特に気にせず、得意げにその紙を広げた。
「……この魔法陣は八角形なんですね……あ、八つの魔法属性!」
「そう、その通り! で、この魔法陣に魔力を流し込むとね……」
エミリアは魔法陣の手に置いて、目をつむった。と、次第に魔法陣が輝きだし、中央から水のような物が流れ出す。
「おお……!」
「こうして魔力を流しこむことで、その術者がどの魔法が得意か自動で判別してくれるのよ。この液が八つの頂点に流れ、頂点に近いものほど術者との相性が良いということになるの」
「なるほど……」
ほほーと水のような液が流れる様子を見ながら、花奈は概要を理解した。
やがて、魔法陣の輝きが収まり、水が流れ出すのも止まった。
「……はい、こんな感じね。まず、水魔法の所を見てくれる?」
「はい……あ、水が頂点まで来てますね」
「そう。つまり私が一番得意な魔法は水魔法になるってことね。それで次は土魔法と闇魔法の所を見てくれる?」
「はい……あ、水魔法と違って頂点には達していないけど……どっちも同じぐらいですね」
「そ。私は水魔法の次に土魔法と闇魔法が相性が良くて、この二つは同じぐらい得意ってことね」
「す、すごい……そんなことがわかるんですね……!」
「すごいでしょー! 計画段階から完成まですっごい苦労したんだから!」
花奈が素直に感心していると、エミリアが興奮した様子で頷く。なんとも可愛らしい仕草だった。
「本当に凄いと思いますよ! ……あ、あとは水が流れていないってことは、その魔法は使えないってことですか?」
「そうね。私は後は光魔法をほんの少し使えるくらいで、炎、風、雷……あと、白魔法は全く使えないのよ」
「なるほど……わ、私も試していいですか!?」
「うふふ、欲しがりさんね……いいのよ、ここに手を置いて……?」
「なんでちょっといやらしい言い方するんですか!?」
妙な茶番を挟み、花奈は魔法陣の上に手を置いた。
魔法を使うときの要領で、魔法陣に魔力を流す。
エミリアの時と同じように魔法陣が光りだす。やがて水が生まれ、八つある頂点へと流れていく。
しばらくして光が収まり、エミリアが興味深そうに魔法陣を持ち上げた。
「全部使えるって聞いていたけど、こうしてみるとやっぱり圧巻ね……」
「あ、でも白魔法の方は全然駄目みたいですね……」
魔法陣の八つある頂点のうち、七つの頂点に水が流れている。しかも、そのどれもが頂点に限りなく近いという結果だ。
故に、全く水が流れていない白魔法の頂点が際立って見える。
「ま、まあ使える人の方が珍しいし……気にすることは無いわよ!」
さすがのエミリアも慰めモードになった。話を変えようと他の項目に注目する。
「……あら?」
と、何かに気付いたのか声を漏らした。
「……ハナ。あなたが一番使っていたのは何魔法だったかしら?」
「えっと、風魔法です」
「そう……。うーん……ちょっと問題ありかしらね……」
「え、え? どういうことですか!?」
思案顔になるエミリアを見て、花奈は慌てて身を乗り出した。
「……うーん、些細なことなんだけど、これからのあなたには大きい問題になるかもしれないわ。ここを見てくれる?」
「はい……えっと、この頂点は……風魔法ですか?」
「そうね。で、水が流れているのはもちろんなんだけど……何か気付くことはない?」
「えっと……あれ? ……なんか、水の量が少ない……?」
「ええ。見た感じだと、風魔法が一番水の量が少ないわ」
「……それってつまり……」
「ええ。ハナは風魔法が一番苦手と言うことになるわね」
エミリアのその言葉は、花奈にとって寝耳に水であった。
これまでで一番使い、一番馴染んでいた魔法が、自分には一番合っていないという事実は、簡単に受け入れられるものではない。
「そん……な……」
花奈が呆然と呟いて、エミリアがまた慌てた様子で声をかける。
「ま、まあ花奈は元々がとんでもない性能だから、あまり気にする必要はないわ! 実際これで苦労することは殆どないでしょうし」
「……でも、強くなることを目指すんだったら、このまま風魔法を使い続けるべきではないんですよね……」
「うーん、そうね。上を目指すのなら、自分の得意な部分を伸ばすべきだと思うわ」
「そう……ですよね」
エミリアの言葉に、花奈が頷く。
「私と一番相性がいい魔法は……炎……魔法……?」
魔法陣を覗き込んだ花奈が、ぽつりと呟いた。
「そうね。頂点に達しているのは炎魔法だわ。……浮かない顔だけど、何かあったの?」
花奈は魔法陣を覗いたまま、難しい顔のままだ。
「……実は……炎魔法を使うの、少し怖いんです」
「……ふーん? それはどうして?」
「……なんというか、一番人を傷つけてしまいそうな気がして……これまでも全然使ったことは無いんです」
「ああー……確かに殺傷能力は一番高いかもしれないわね」
エミリアは否定しない。花奈の考えが間違っていないことは、魔法に精通しているエミリアが一番分かっているから。
「……でも、その理由で止まるの? ハナ、あなたはそれでいいのかしら?」
「……良くない……です」
頭でわかっていても、心が拒否しているのだろう。若いなぁとエミリアは微笑ましい気持ちになった。
「――よし、午前の授業はここまでにしましょう! 午後は実戦形式で魔法の練度を上げるわよ」
パンと手を叩いて、エミリアは立ち上がる。一度外の空気を吸って、気分を変えるのが良いと思ったからだ。
「……はい」
エミリアの指示に、花奈は戸惑いながらも返事をした。
花奈とエミリアは、石の階段を登って研究室がある地下から出た。昨夜は暗いこともあってこの階段を登るのにも一苦労だった。
(早く覚えないとなぁ……あれ?)
花奈が考え事をしていると、どこからか剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「あら? 何かしら、この音?」
エミリアも気付いたようで、辺りをきょろきょろと見渡す。
「ここら辺には修練場は無いんだけど……あ、旧修練場の方かしら?」
「旧修練場ってなんですか?」
「昔使われていた、おんぼろの修練場よ。狭いし場所も分かりにくいしで、新しい修練場が出来てからはもう使われてないの。……ただ一人、例外を除いてね」
「例外?」
エミリアの言葉に、花奈が聞き返した。
「ええ、この城の中で唯一、あそこで剣を振り続ける人がいるの。……王宮騎士団団長、ヴィルフリート・レオンハルト氏よ」
「そ、そんな偉い人がですか!?」
「ええ。その理由は、誰にも明かしてくれないらしいけどね。……でもおかしいのよねー。ヴィルフリート騎士団長はいつも一人で稽古をしていて、こんなふうに剣がぶつかり合う様な音なんてしないはずなんだけど……」
エミリアはうーんと唸って、ぽんと手を打った。
「考えていても仕方ないわね! 見に行きましょう!」
「え、ええ!? いいんですか!?」
「遠目からちょろーっと見てみるだけならバレないわよ! さ、行きましょ!」
「う、う~~ん……いいのかなぁ……」
エミリアに強引に手を引かれながら、花奈は戸惑いの声を上げるのであった。
しばらくエミリアに手を引っ張られ進むと、暗い廊下の先に、光が見えた。剣戟の音もかなり大きく聞こえるようになった。
「もうすぐでその修練場よ」
「……」
エミリアの言葉に、花奈はごくりと唾を飲む。
そして、二人は開けた場所に飛び出した。
目の前には年季の入った石柱が何本も並んでいた。上を見上げると、青い空が見える。そして、それ以外には何も無い空間だった。
「ここが、その修練場……?」
「ええ……あ、あれを見て!」
花奈がきょろきょろと辺りを見渡していると、エミリアが声を上げた。
エミリアの指さす方を見て、花奈は目を見開いた。
甲高い音を立てて、二本の木剣がぶつかり合っている。それは、一方が叩きつけるように。一方がいなすように。
二振りの剣のぶつかり会いに呼応して、怒鳴り声が飛び交う。
「まだだ! 大事な場面で大振りになる癖が出ているぞ! 相手につけ入る隙を与えるな!」
「はい! うおおおお! ――ぐあ!」
「逆境で我武者羅に動くな! 窮地に陥った時にこそ冷静な判断をしろ!」
「は、はい!」
それは、雄叫びと言うよりは、叱咤と言った方が近いものだった。一人の老騎士が、もう一人の黒い剣士に厳しい顔で何かを教えているのだ。
老騎士が、彼のヴィルフリート騎士団長だろう。そして、もう一人は花奈がよく知る人物――草太であった。
旧い修練場では、草太がヴィルフリートに向かって何度も何度も剣を振るっていた。だが、その剣がヴィルフリートに届くことはなく、彼の持つ剣によってことごとく弾かれていた。
そして、弾かれるたびにヴィルフリートの叱咤が飛ぶ。端から聞くとかなり厳しい言葉も含まれている言葉の数々に、草太はそれでもめげずに何度も立ち向かっている。
その光景は、花奈が初めて見るものだった。
いつだって草太はどこか余裕を持っていて、すましている所があった。だから、目の前にいる必死になっている少年はまるで別人のようだった。
ここ数日で、花奈は草太の新たな側面をたくさん見た気がする。落ち込んでいる所、思い詰めている所、怖がっている所……。
昨夜のことが、その際たる例だろう。
草太があそこまで弱っているのを見て、花奈は心の底から驚いた。驚いたし、なんだか草太を近くに感じた気がした。
彼も同じ高校生なのだと。自分と同じように恐怖を抱えているのだと。
けれど、既に草太は前を見据えている。今の自分を変えようとしている。
草太の歩みは早い。もたもたしていたら、あっという間に引き離されてしまう。
(……私も、負けていられない)
花奈は草太の隣に立ちたい。互いに助け合って、支え合って、困難を乗り越えたい。
(迷っている場合じゃ無い。草太くんが何かを克服しようとしているなら、私も自分を超えなきゃ駄目だ!)
だから、花奈も前に進むのだ。草太に置いて行かれないように。自分が自分を認められるように。
「――エミリアさん、私達も行きましょう! こんな所で油を売っている場合じゃ無いですよ!」
「おおっとぉ! 凄いやる気ね、ハナ! ……よし、それじゃあ私達も修行を始めましょうか!」
「はい! よろしくお願いします! 炎魔法でもなんでも使いこなしてみせます!」
昨夜の語らいを、自身の言葉を偽りにしないために。
楽しそうに笑うエミリアの言葉に、花奈は勇ましく答えるのであった。
読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字報告があれば遠慮なく書いてください!
次はちゃんと三章を進めたいと思います!




