第23話 王都への道
こちらは2話投稿の2/2となっています。
22話をまだ読んでいない方はお気をつけください。
「それじゃあ……短い間でしたが、お世話になりました」
朝日に照らされたやすらぎの宿の玄関で、草太達はロゼッタ達に深く頭を下げた。
「帰ってきたくなったら、いつでも帰ってきていいのよ。……気を付けて行ってらっしゃい」
ロゼッタは少し寂しそうな表情になりながらも、笑顔で答えた。
話し合った結果、草太達はこの機会にスードを出ていくことにした。
理由としては、もっと色々な世界を見てみたいというのと、黒の巨人の手がかりをつかむには多くの場所に行く必要があると考えたからだ。
王都での用事を済ませたら、そのまま隣国のノルデーン王国に行く予定となった。
いざ出ていくとなると、ほんの数日しかいなかった筈なのに色々と名残惜しく感じる。それほど色々なことが有ったということだろう。
「またスードに寄ることがあったら、ここに泊まりに来るね」
「……その時には、また美味しい料理を作ります」
少し涙ぐんでいる花奈と微笑んでいるエリザが、手を取り合ってそんなことを言った。
「……ありがとうございました」
「おう、きをつけろよ」「ま、俺達が心配することじゃあないがな」
若干ぎこちなくお礼を言うリフィアに、コクヤとブレアもまたぎこちなく答えた。
それぞれがそれぞれの別れを済ませ、草太達はやすらぎの宿を後にした。
遠ざかって行った彼等の背中が遂に見えなくなった。
ロゼッタは手を下ろすと、ほぅと息をつく。
「これで、また静かになっちゃったわね」
「……いつもの事ですよ」
すこし勿体なさそうに呟くロゼッタに、エリザが答える。
「ていうかこの宿は客が少なすぎるんだよ。こんなんじゃ潰れちまうだろ」
その横から、コクヤが呆れたように言った。
「……まあ確かに、ソウタ達以外に他の宿泊客は居なかったしな。こんなんで大丈夫なのか?」
「あらあら、二人とも随分優しくなったのね」
二人に向けて、ロゼッタがからかう様に笑った。
負けじとコクヤも笑い返す。
「……は、こんな寂れた毎日じゃ張り合いがないと思っただけだ」
「そうだな。客が一人も来ないんじゃ体がなまってしまう」
ブレアも同調する。
そんな二人をエリザが呆れたように眺めながら呟く。
「……脳筋」
「うっせえ。んじゃ、まずは掃除でもするか」
「ああ、いつ客が来てもいい様に綺麗にしないとな」
照れたように返しながら、コクヤとブレアは宿の中に戻って行った。
「……なら、屋根裏のネズミ退治をして。夜うるさい」
二人についていくように、エリザも中に入っていた。
「……ふふ、頼もしい仲間が増えて大助かりね」
その背中を眺めながら、ロゼッタはおかしそうに――幸せそうに微笑んだのであった。
以前の様に、草太達は北の門の前に到着した。
門の前には既に騎士団の面々が並んでいて、彼等を待っていた。
周りには、ここらで見ることの珍しい宮廷騎士達を見ようと野次馬達が集まっている。
「すいません、遅れました」
「いえ、大丈夫ですよ。……こちらが、今回あなた方の護衛を務める騎士達です。時間が無いので個々の説明は省きますが、皆折り紙付きの実力を持っています」
頭を下げた草太に、クリストフが笑顔で答える。
その後ろには、銀色の甲冑に身を包んだ騎士達の姿があった。
その誰もが、相当の実力を感じさせる面もちをしている。
「……よろしくお願いします。俺が草太、こっちが花奈、こっちがリフィアです」
彼等に向けて、草太は自己紹介をした。
瞬間、吟味をするかのような視線が草太達に突き刺さった。
敵意は無い。けれどそれ故に隠されることのないその視線に、草太は後ずさりそうになるのをなんとか堪えた。
「――それじゃあ行きましょうか。用意した馬車に乗ってください」
クリストフに促され、草太達は指示された馬車に乗り込んだ。
先日乗ったものより少しだけ上等そうな馬車だった。中は清潔で、座布団の様なものが敷かれている。
「何か問題があったら、遠慮なく御者に言ってください。では……」
クリストフはそう言い残して馬車から離れた。
花奈がそわそわした様子で草太に話しかける。
「……いよいよだね」
「……ああ」
「王都って、どんなところなんだろうね?」
「……さあ。多分、大きいんじゃないか?」
「そ、そうだよね! 王都だもんね!」
草太の無気力な返答に、花奈は苦笑いを浮かべる。
草太はまだこんな状態だ。ずっと何かを考えているように上の空である。
花奈が困ってリフィアの方を向くと、リフィアもまた困った表情で首を振った。
(今はそっとしておくしかないか……)
抱きしめるようにリコシフォスを抱える草太を見て、花奈は小さくため息をついた。
と、馬車の外から歓声が上がった。
それと同時に三人が乗っている馬車が動き出す。
騎士団が王都に向けて出発し、それを見た民衆の歓声なのだろう。
馬車の中を重い空気に満たされながら、草太達はスードの街を後にしたのであった。
この前の事件が嘘のように馬車は順調に進み続けた。
魔物の姿も野盗の姿もなく、その道行は平穏そのものだった。
そうして、何事もなく一日目を終え、何事もなく就寝し、何事もなく起床し、何事もなく騎士達は再び王都に向けて動き出した。
騎士達の顔には穏やかな笑顔が浮かぶ。
「……」
「……」
「……」
そんな平穏な彼等とは対照的に、馬車の中は沈黙で満たされていた。
理由はやはり草太だ。今は馬車の窓から流れる景色を眺めている。
普段なら冗談の一つや二つは言う彼が何も喋らなければ、自然と会話が少なくなってしまう。
「……リフィア、そろそろなんとかした方が良いかな」
「……難しいところですね。なんと声をかけたらいいかわかりません」
「だよねぇ……」
花奈とリフィアが声をひそめながら相談する。昨日も似た様な会話を何度も繰り返した。だが、結局何も出来ずに今の状況が続いている。
二人が悩んでいると、不意に馬車が止まった。
次いで、一人の騎士の鋭い声が響いた。
「敵襲、敵襲――!」
花奈とリフィアは息をのんだ。
「敵は複数のゴブリンだ! 隊列を組んで武器を構えろ!」
外で騎士達が動き出した。
と、三人が乗っている馬車の御者をしていた騎士が中を覗いた。
「君達はここに残っていてくれ。私達が対処する」
そう言って彼は馬車から離れていった。
三人が馬車に取り残され、外ではゴブリンの雄叫びと騎士達の咆哮が響き始める。
だが、花奈達が黙っているはずもない。
「――私達も行かなきゃ!」
「はい!」
花奈とリフィアが立ち上がり、馬車から出ようとする。
だが、草太は動かないままだった。意識が抜け落ちてしまったかのように、そのばに座り込み続けている。
「草太くん!」
「ソウタ!」
気付いた二人が草太に声をかける。
「……あ、ああ」
その声に、草太はようやく思い出したように立ち上がった。
外に出ると、騎士達とゴブリン達の乱戦が視界に入って来た。
ファンタジーの的存在として鉄板であるゴブリンは、この世界でも同じだ。
緑の顔を醜悪に歪ませ、「ギギー!」と不協和音のような声を上げる。
「ちっ! 数が多い! 集中を切らすな!」
前線に立つクリストフが、一匹のゴブリンを切り捨てて指示を飛ばした。
「……俺は騎士達に混ざってゴブリンを倒す」
「私とリフィアが後方から援護するね」
「頼んだ!」
草太はそう言い残して飛び出した。
たちまち前線へと躍り出る。
だが、草太は自分の体に違和感を感じていた。
(体が重い……まるで、泥の中を歩いているみたいだ……呼吸も、なんだか苦しい……これは一体なんだ……?)
「――ソウタ! 馬車の中に待っているように言われたはずですよ!」
考え込む草太の耳に、クリストフの声が届いた。
「ただ守らているだけじゃ落ち着かない性分なんですよ!」
草太はそう返して、一匹のゴブリンに剣を突き刺した。
「グギャァ!」
奇声を上げて、ゴブリンが絶命する。
――その姿に、ダニエル達の姿が重なって見えた。
「っ!」
思わず吐きそうになるのをこらえる。
「ふざけんな……!」
苛立ちに顔を歪ませ、草太はゴブリンの群れの中へと突進した。
「らああああああああああああああああああ!!!」
叫び声を上げながら、次々にゴブリンを屠っていく。
草太が剣を振るうたびに血飛沫があがる。命が消え去っていく。
草太の視界に、二つの死が重なる。重なってしまう。振り払いたくても、ゴブリンを殺すたびに脳にこびりついて離れてくれない。
これは、罰なのだろうか。たった数人の命も救えなかった自分に、彼らの亡霊が見せている幻覚なのだろうか。
だったら、どうすれば償えるのか。どうすれば、許されるのだろうか。
「あああああああああああああああああああああ!!!!」
草太は泣き叫ぶように絶叫を上げる。その咆哮は、彼の後ろに居る花奈とリフィアの耳にも届いた。
あきらかにおかしな様子の彼に、二人は息をのんだ。
「草太くん……!」
「ソウタ……」
彼が戦う姿は、何かから逃げている様だった。けれど、花奈とリフィアにはそれが何かわからない。
ふと周りを見れば、騎士の人達も皆呆然と草太を見ていた。
少年の鬼気迫る形相に、誰もが目を奪われてしまう。
血まみれの演武は、ゴブリンが一匹残らず死に絶えるまで続いた。
草太による蹂躙が終わったとき、彼の足もとにはいくつもの小鬼の死骸が転がっていた。流れ出る血が、地面に赤黒いしみを作っている。
返り血を浴びて黒い外套を赤く染めた彼は、何も言わずに亡骸の中心に立っていた。
凄惨な光景に、誰一人動けずにいた。
だが、クリストフがついに動き、草太に歩み寄った。
「……協力感謝します。……けれど、あまり自分勝手な行動はとらないでください。こちらにも護衛としての立場があります」
声をかけるが、草太は答えない。
クリストフは更に近寄って、草太の肩を掴んだ。
「ソウタ、聞いていますか!?」
そこでようやく草太が振り向いた。
振り向いた彼の瞳は洞のように真っ暗で、どこも見えていないようだった。
「なっ……」
得体のしれない彼の様相に、クリストフは思わず一歩後ずさった。一瞬感じたものは、恐怖だった。
クリストフは一瞬武器を抜こうか迷ったほどだ。
だが、草太も同時に怯えていた。
「…………ごめん、なさい」
幼い子供の用にか細い声で、草太は頭を下げた。
そのままふらふらとおぼつかない足取りで馬車へと戻っていく。
途中に居た騎士たちがぞろぞろと道を開けた。
その間を抜けるように、草太は進む。その先に居るのは、花奈とリフィアだ。
二人もまた、怯えるように草太を待っていた。
(……なんて言って声をかければいいんだろう)
花奈は固まりながら、そんなことを考えた。
血がついてるよ? お疲れ様? 無茶しないでね? どこか痛いところはない?
どの言葉も、今の草太に届かない気がする。けれど、今彼に声をかけなければ、草太が今とは別人になってしまうように思った。
そんなことを考えているうちに、草太がすぐ近くにまで迫ってきた。
何でもいいから話しかけようと、花奈は草太に一歩近づいた。
「……あ」
草太がそばを通り過ぎる。纏わりつくような血の匂いが、花奈の鼻腔をついた。
草太の顔はひどく疲れていて、心がここに無いようだった。
「草太……くん……」
自分の言葉が届かない遠い場所に、草太が行ってしまったように感じた。
誰もいない馬車に乗り込み、草太は座り込んだ。
リコシフォスを無造作に置いて、うずくまって目を閉じる。
けれど、瞼の裏に見たくもないものが映し出される。
こびりつく。纏わりつく。絡みつく。
血の匂いが。死の光景が。傷つけられた痛みが。
いつまでたっても、草太から離れずにそこにある。
「【クリーン】」
血だけは落としてしまおうと、草太は白魔法を使った。コートについていた血がみるみる消えていき、元の黒地に戻った。
けれど、どうしても匂いが残っているように感じる。
こんなことが、これからずっと続くのか。
これからも、色々な生き物を殺し、色々な死を見るのか。
異世界に来たその日に、そうすることを草太が決めたのだ。
この道を選んだのは、まぎれもなく草太本人なのだ。
ゲームのようで面白そうだから。そんな、今考えればありえないぐらいに馬鹿げた考えをしていた。
なんと愚かで、考えなしな行動だったのだろう。
自分にはそんな覚悟など、どこにもないというのに。
「いやだ……」
小さな声が、口から漏れた。
戦うのが嫌だ。殺すのが嫌だ。誰かが死ぬのが嫌だ。自分が死ぬのが嫌だ。
「怖いよ、じいちゃん……」
どこにもいない祖父を思い出して、草太は涙が出そうになるのを必死に堪えた。




