第22話 異変
その日の午後、草太達は何日かぶりのペリオス商会の建物に到着した。
前に来たときと違って、商会は静かだった。出入りする者の姿もなく、どことなく物悲しい。
「……行こう」
草太が歩き出すと、花奈とリフィアもそれに続いた。
中も外と同じく静かだった。人とはすれ違うが、皆何かを堪えているかのように黙って通り過ぎていく。
花奈が怯えるように草太の袖を掴んだ。
門の前に居た部下に聞いた部屋に、ペリオスは静かに座っていた。
その部屋には、五つの棺が並んでいた。
カブールによって殺された商会の人間達の棺だということは、即座に分かった。
「――ペリオス、さん……」
「――ああ、君達か」
草太がおそるおそる声をかけると、ペリオスは一拍おいて振り返った。
その顔は、酷くやつれていて、目の下には真っ黒なクマが出来ていた。
「っ……」
「ああ、こんな顔で悪いね……どうも、眠る気にはならなくてね」
「……いえ、気にしないでください」
「はは……応接間で待っていてくれないか? すぐに行くよ」
ペリオスは力のない声でそう言って、ぎこちない笑顔を作った。
以前通された応接間に入って、草太達は無言で椅子に座った。
誰も何も喋らず、時間が過ぎるのを待った。
いくらか時間が過ぎた時。
ガチャ。と、扉が開いてペリオスが入って来た。表情は相変わらず疲れたままだったが、先程とは違う服に着替えていた。
「いやあ、お待たせ。すまないね、おもてなしもできなくて」
「……いえ、大丈夫です。俺達がいきなり来たのですし……」
申し訳なさそうに言うぺリオスに、草太は胸が締め付けられた。
部下を失い、信じていた人物に裏切られ、大きな仕事を失った。
彼の心はどれほど傷ついているのだろう。
しばらくお互いに黙り込んだ。何を喋れば、何から喋ればいいか分からない。
やがて、ペリオスが先に口を開いた。
「……今回の件、すまなかったね。全て私の責任だ」
「……え?」
予想外の言葉に、草太は思わず声を漏らした。
ペリオスは被害者なのだ。悲しむことはあっても、責任にかられることはないはずだ。
「どうして、ペリオスさんが謝るんですか」
「……今回の事件は私が、アインズ――カブールの正体に気づけなかったことが大きな原因だ。のこのこと重要な仕事を敵に任せてしまった。懐のネズミを見過ごした私の責任だ」
「それは違います! 俺達だって、カブールの事を疑っていなかった。だから、みすみすあんなことに……」
思わず反論する。ペリオスにそんなことを考えて欲しくない。彼はそこまで背負う必要は無いのだから。
「……それでも、事件の起点は私にある。――本当に、すまなかった」
「ペリオスさん……」
ペリオスは、自分の意志を変えようとはしなかった。彼の人柄が、自分以外に責任を押し付けることを許さないのだろう。
「……でも、そのあと彼らを止められなかったのは俺達の責任です。……すみません」
「……ルージェンが、奪われたのだったね」
ペリオスが静かに問う。
「…………はい」
「そうか……」
それっきり、ペリオスは黙り込んだ。
再び沈黙が訪れる。窓の外で、馬車が通る音がした。
「……彼らは、私の大切な仲間だったんだ」
先に口を開いたのは、またしてもペリオスだった。
「商会を立ち上げた頃から居る者、つい最近入った者……時期は違えど、彼らは皆、この商会の仲間たちだったんだよ」
「……はい」
「私はね、そんな彼らを死に追いやったんだ。彼らの未来を奪ってしまったんだよ」
その言葉は、いつかの日にペリオスが話していたことと繋がっている気がした。
「……ソウタ。君達にお願いしたいことがあるんだ」
「――なんでも言ってください。俺達は、必ずその願いを叶えます」
「そうか……優しいんだな、君は」
ペリオスは疲れきった顔で笑った。
その瞳に、一筋の光が宿る。
「――『黒の巨人』を、倒してくれ。彼らをこの世から一人残さず殺し尽くしてくれ」
そしてその願いは、あまりにも残酷だった。
「私の仲間を殺した奴らが憎い。私の仲間の未来を奪ったあいつらが憎い……! でも、私には戦う力なんてない。それが、とても悔しいんだ。だから……頼む、ソウタ。『黒の巨人』を殺してくれ……!」
ペリオスは頭を抱え、呻くように語った。その姿は痛々しく、弱々しくて、草太達の心を締め付ける。。
「――っ……はい。もちろんです。俺達が、必ず……」
少しつっかえながら、草太は頷いた。
その返事が、自身を縛る枷になるとも知らずに。
「そうか……ありがとう」
草太の答えに、ペリオスは笑った。
今日見た中で、一番生気に満ちた笑顔だった。
ペリオスとの話を終えて、草太達は商会を後にした。
「……草太くん……あんなこと言って、大丈夫なの?」
ずっと押し黙っていた花奈が、伺うように草太を覗いた。
「……ああ言うしか、無かっただろ」
「……でも」
「ルージェンを奪われたのは、俺達の責任だ。本来なら、もっと罰を受けなきゃいけないはずなんだ。……それなのに、ペリオスさんは自分が悪いなんて言って、俺たちを許した。……だったら、あの人の願いを叶えるのは、俺達の義務だろ」
反論しようとした花奈を遮って、草太はまくし立てた。
「……ソウタ、その心意気は正しいのかもしれません。ですが……あなたに、人が殺せるのですか?」
「――殺すさ。殺してみせる。それが、俺達のやるべき事なんだから」
リフィアの問いに、草太は冷たい声で答えた。
「……草太くん、怖いよ」
「……それでも、もう俺達は逃げられない」
「ううん、私が言っているのは、草太くんのことだよ。……今の草太くんは、少し、怖い」
花奈が、震える声で言った。
「……二人は先に帰っていてくれ。少し一人になりたい」
「……わかった」
「では、先に戻っています」
二人を見送って、草太は冒険者ギルドに向かった。
冒険者が死んだ場合、共同墓地に埋葬される。
これは、身元がわかっている冒険者が少なく、冒険者が個人の墓を持っていないことが理由だ。
冒険者ギルドからその話を聞いて、草太はすぐにその共同墓地に向かった。
南区の外れにある共同墓地は、不気味で侘しい雰囲気を漂わせていた。
塀には死肉を狙うカラスがとまっており、静かに鳴いていた。
その共同墓地の端、一番新しい区画に草太は向かった。
とある名前を探して、辺りを歩き回る。
と、新品の立て札に、その名前はあった。
今回の事件で命を落とした人物は八名。その内五人がペリオス商会の者だ。
そして、残り三人は――。
「ダニエル、オディロン、ユリアーネ……」
草太はその場に跪いてその名前を口にした。
「ごめん……俺が……俺が弱かったばっかりに……!」
そして懺悔する。己の弱さを。己の無力さを。
それなのに生き延びている自分を。
「俺が……俺が絶対にあいつを殺す……殺してみせる……!」
『黒の巨人』は生かしておいてはいけない。放っておけば、また何人もの人々が犠牲になる。
――今の草太くんは、少し、怖い。
――あなたに、人が殺せるのですか?
花奈とリフィアの言葉が脳裏を過ぎる。
「殺すしかないんだ……! あいつらは、殺さないと駄目な奴らなんだ……」
草太は、自分に言い聞かせるように呟いた。
だが、そう思うたびに、メアリと対峙した時の恐怖が呼び起こされる。
彼女の強さは異次元の物だった。異世界で得た力をもってしても、彼女に勝てなかった。
そんな彼女に、草太は勝てるのだろうか。きっと、生半可な努力では追いつけないだろう。
いや、もしかしたら一生――。
「……いや、悪いほうに考えるのはやめよう」
草太は首を振って思考を中止した。
「なにがあっても、メアリを――黒の巨人を倒す」
草太は立ち上がり、ダニエル達の墓に背を向けた。
「勇ましいことだね」
その草太に、落ち着いた声音で語りかける者がいた。
「……アーシェ」
草太は振り向いた先にいた人物を見て苦い顔を浮かべる。
こんな気分の時に、あまり好きではないアーシェには会いたくなかった。尋ねる声も、つい冷たいものになってしまう。
「なんか用か?」
「いや、僕も墓参りに来たんだ。ちょうどダニエル達の墓の隣に埋まっている人たちのね」
アーシェはそう言いながら、草太のそばを通り過ぎた。
墓の前に座り込んだアーシェは、静かに言葉を零した。
「――この墓に眠っているのは、『黒の巨人』の関係者だ」
「なっ!?」
アーシェの言葉に、草太は振り向いた。
「なんで、お前が黒の巨人を……? いや、そもそもなんでそいつらの墓にお前が来るんだ……?」
いくつもの疑問が生まれ、どれから聞けばいいかわからない。
「先に言っておくけど、僕は黒の巨人とは関係ない。けれど、君たちがエステル鉱山でコロージョンワームに襲われたとき、僕はコロージョンワームをけしかけた彼らと戦ったんだ。その時に、この組織の存在に気付いた」
「お前、あの時俺たちの近くにいたのか!?」
「たまたまだけどね。……そのとき僕は、二人の男女を殺した。それが、今この墓の下に眠っていると言うわけさ」
なんでもないようにアーシェは語る。この青年が何を考えているのか、草太にはわからなかった。
「少し調べてわかったことだけど……君たちが敵対している『黒の巨人』という組織は、明白な悪だ。僕は彼らを見過ごさない」
「……俺だって、俺たちだってそうだ。あいつらがやっていることは許されることじゃない」
「でも、君は戦えるのかい?」
「……は?」
アーシェの言葉に、草太は眉をひそめた。
「君は戦えるのかと聞いたんだ。どうやら、傷は深いようだけど」
「……傷なら、もうすぐで治る。治ったら、黒の巨人を潰すためにこの街を出ていくさ」
「なるほど……なら、試してみるかい? ――君の『傷』が治りかけているのかどうかを!」
その言葉と同時に、アーシェは腰に構えていた細剣を抜いた。
シュッ。という鋭い音とともに、草太の首筋に剣の切っ先が当てられる。
「――っ!」
草太は何一つ抵抗できずに、硬直した。
アーシェから発せられる鋭い敵意に、草太は怯えてしまったように動けない。
「剣の一本も持ってきていないとは……君は考えなしか?」
アーシェの挑発にも、返す気力は湧かない。
あるのはただ、絶大な恐怖心と死にたくないという願いだけ。
「僕が怖いか? それとも剣が怖いか? 戦うことが怖いか? ――ならば、さっさと逃げればいい。自分を誤魔化して戦い続けても、君は何かに勝つことはできない」
アーシェは語る。刃のように尖った言葉を草太にぶつける。
「心の折れてしまった君に、守れるものなど何もない」
「あっ……」
ここでようやく、草太は自分の現状に気付いた。
――怖い。どうしようも無く怖い。
敵意が、殺意が、悪意が。
剣が、槍が、弓が、鎌が、斧が。
争うことが、戦うことが、殺し合うことが。
心の底から、怖いと感じている。
メアリになずずべもなく殺されかけ、目の前で親しい人を殺され、草太はトラウマを植え付けられてしまっていた。
人々のほんの微かな敵意が、威圧が、今の草太には深い傷を与えてしまうほどに。
とめどなく汗が流れる。呼吸が苦しくなり、視界がぼやける。
「いや、だ……」
草太は声を絞り出す。
「やめてくれ……死にたく、ない……」
それは、あまりにも情けなく弱々しい懇願であった。
無様な自分を気にする余裕も、今の草太には無い。
「……そうか」
アーシェはそう呟いて剣を収めた。
「――はぁっ、はぁ……」
ドサッと、草太がその場に崩れ落ちる。何もされていないししていないのに、荒い呼吸で地面に跪く。
そんな惨めな草太を見ながら、アーシェは冷たく言い放った。
「――君は、もう戦えないよ」
アーシェが去って、草太は墓場に取り残された。夕日が沈み始め、カラスの数がいつの間にか増えている。。
「俺は……俺はどうすれば……」
力のない呟きが、草太の口から零れた。
翌日、花奈とリフィアは視線を合わせながら、無言で朝食を食べる草太を窺った。
昨夜帰ってきてから、草太はずっとこんな感じだった。何かを考えているかのように無言を貫いている。
花奈達が話しかけても空返事をするだけだ。
「……私たちと別れたあと、何かあったのかな?」
「……そう考えるのが妥当でしょうね。……今はそっとしておくべきでしょう」
「……それもそうだね」
二人が草太の身をあんじていると、ドンドンドンとやすらぎの宿の戸が叩かれた。
「あら? お客さんかしら?」
ロゼッタが立ち上がり、玄関へと向かう。
するとすぐにロゼッタの明るい声が聞こえてきた。
「あらいらっしゃい。またソウタ君達にごよう?」
その言葉に、花奈とリフィアは顔を見合わせた。
「突然ですが、あなた達には王都に来ていただきたい」
食堂に入ってきたクリストフは、単刀直入にそう言った。
「王都……ですか?」
「はい。王家の遺産である『ルージェン』が奪われてしまったことを受けて、国王が直々に話を聞きたいということです。我々の護衛の元、王都まで来ていただけませんか?」
クリストフの言葉に、リフィアは眉を顰める。
「国王が直々に……? つまり、本拠地で尋問をしようということですか?」
クリストフはいつも通りの柔和な笑みを浮かべ、穏やかに答えた。
「いえ、そんなつもりはありません。あなたがたの身柄を拘束などせず、食客として扱わせていただきます。警戒することはありませんよ」
「……それにしても、王が直々に下民に会うなど不自然では?」
「お前さん達が思っている以上に、今回の事件は大きな影響を持っているんだ」
リフィアの指摘に、ジャックが口を割った。
「王家の宝刀『ルージェン』が、賊によって奪われた。この事実が明るみになれば、王家の信頼は失墜する。実は今現在、王都には反乱因子が潜んでいてな……そいつらに気力を与えるような事態は避けたいわけだ」
「政治的な判断ということですか?」
「そういうことになりますね」
花奈の確認に、クリストフが頷く。
「……草太くん、どうしよう?」
花奈は草太の方を振り向いた。
「……ん? あ、ああ。いいんじゃないか? 別に牢屋に入れられるとかでは無いんだろう?」
「はい。それはこの国王からの手紙が保証します」
クリストフが一枚の紙を取り出して草太に手渡した。
「そちらが、王家からの手紙となります。証明として、現国王の署名が入っています」
草太がその手紙を読んでみると、達筆な字で「ルージェンのことについて聞きたいから、王都まで来てほしい。歓迎する」という旨の文章が書かれていた。
末尾には「フェリア王国現国王 アベンテラー・ケーニヒ」と記されていた。
「……わかりました。王都に行きましょう」
(どうせ、拒否権なんて無いのだろうし)
心の中でそう呟きながら、草太は頷いた。
「二人も、問題ないか?」
「うん、大丈夫」
「……そうですね。ここは言うことを聞いておくべきでしょう」
花奈とリフィアも頷く。リフィアはまだ少し警戒している様だが。
「よかった。それでは出発はいつ頃がいいでしょうか? こちらとしてはなるべく早く連れて来いと言われているのですが」
「うーん……俺はいつでもいいけど……」
「二日後辺りがいいのでは無いでしょうか?」
「私もリフィアに賛成。準備とかあるし」
「ん。じゃあ二日後にします」
女性陣の意見を汲んで、草太はそう言った。
クリストフ達も特に異論はないようで、「わかりました」と言って立ち上がった。
「伝えたかったのはこのことだけでしたので、我々はここで失礼します」
「それじゃあ、また二日後に」
クリストフ達はぺこりとお辞儀して、やすらぎの宿から出て行った。
「――当然のことだが、警戒していたな」
宿から出てしばらく歩いたところで、ジャックが呟いた。
「まあ当然だろうな。王族が直々に話を聞きたいなど異例すぎる」
デールが頷く。
「あの『ルージェン』にそこまで王族が固執しているとは思わなかった。そこまで大事なものなのかな」
グレイは懐疑的な表情を浮かべた。
「――それでも、それが王のご意向なら、俺達は従わなければいけない。……だろ?」
「お前はまじめすぎるんだよ」
真剣な顔のクリストフを見て、ジャックがからかった。
♢
王都を一望できる王城の高台に、一人の男が立っていた。
まっすぐに立っているその姿は、傍から見ても気高く凛々しかった。
男は南の方角――スードのある方角を見ながら呟いた。
「――そろそろ、私の手紙が届けられた頃か」
フェリア王国の王城の高台に立っていた男――国王アベンテラーは、彼の後ろに控える老騎士ヴィルフリートに話しかけた。
ヴィルフリートは静かに頷く。
「そのはずでしょうな。何日かすれば、クリストフ達が例の冒険者達を連れて王都まで戻ってくるでしょう」
「宰相達が急かすからできるだけ早めにとは言ったが……やれやれ、老人共はせっかちだ」
アベンテラーは吐き捨てるように呟いた。そこには、自分の家臣に対する軽蔑が含まれていた。
「おや、それはこの老いぼれを見ても同じことが言えますかな?」
そんなアベンテラーに、ヴィルフリートがにやりと笑って見せる。
「……くっ、はっはっはっはっは! これは一本取られたな! 一括りにまとめてしまう私のほうが早計であったか!」
アベンテラーは高く笑い、城壁越しに街を見下ろした。
「その冒険者とはどういう人物なのだろうな。ぺリオスが信頼を置いているのだから、生半可な人間ではあるまい」
「それはもうじきわかりますとも。……それより、時間です。城の中へお入りください」
これから会う冒険者に興味を示すアベンテラーに、ヴィルフリートが声をかけた。
アベンテラーはつまらなそうに溜息をついて、「ああ」と頷く。
「全く、近頃は厄介事が多くて困るな」
「少しの辛抱ですとも。直に再び穏やかな日々が訪れるでしょう」
「ふふ、それもそうか。ならば、今、王に出来ることは事態の悪化を防ぐことだけだな」
アベンテラーは夕焼けに染まった天を仰いで、小さな声で呟いた。
「――全く、王というものはしがらみばかりだな」
誰にも聞かれることのないその呟きは、風に乗って儚く消えて行った。
今日は2話投稿です。
こっちは1/2です。




