第20話 悪の火種
短めです。
王都グローアルから南に進んだ森にあった空き地で、調査隊の面々は野営の準備を進めていた。
騎士たちはみな、慣れた手つきで各々の仕事に従事している。
その騎士たちの指揮を執るクリストフは、満足そうにその様子を眺めていた。もちろん、彼も一生懸命に薪拾いをしている。
と、一人の騎士がクリストフに声をかけた。
「クリストフ隊長、見回りをしていた騎士たちが戻ってきました!」
「ああ、ご苦労。何か異変はあったか?」
クリストフは労いの言葉をかけ、その騎士に尋ねた。
「いえ、森は平穏そのものでした。魔物も近くには居ないようでしたので、安全だと思います」
「そうか、ありがとう。じゃあお前達は少し休んでから他の人達に加わってくれ」
「「「はい!」」」
支持を出した騎士達が去っていく。それを確認して、クリストフはほっと一息ついた。
(懸念事項だった魔物も問題が無いようで良かった。予定通りの距離を進めたし、明日にはスードに着けるだろう)
クリストフがそう考えて安心していたとき。
彼の視線の先で、一条の稲妻が閃いた。
次いで、ピシャア! という轟音。
「なんだ!?」
「雷か!?」
「まさか、こんなに晴れているのに!?」
作業をしていた騎士達が警戒態勢に入った。
辺りの空は雲一つない星空だ。自然現象の雷とは考えにくい。
ならば、何者かが雷系の魔法を使ったと考えるのが自然だろう。
「みんな、落ち着いてくれ。雷が落ちたのはかなり遠い場所みたいだ」
そんな彼らを、どこに雷が落ちたのか唯一見ていたクリストフが鎮める。
「雷を落とした本人がここに来る可能性は低いだろう。ただ、放っておくわけにはいかない。俺を含めた何人かで調べに行こう」
クリストフの提案に、騎士たちは頷いた。
「それじゃあ……ジャック、グレイ、デールは俺についてきてくれ」
「「「はっ!」」」
「残った者達は警戒態勢を解かないように。野営の準備も一旦やめていい」
『はい!』
全員に支持を出し、クリストフは馬に跨った。
そして、雷の落ちたほうに向かって走り出したのであった。
「………………!」
遠く向こうから、声が聞こえる。
うるさいなあとぎゅっと眉間にしわを寄せた。
今は疲れているのだ。大きな事件を終えて、起き上がるのも億劫なのだ。
そこまで考えて、花奈に一つの疑問が浮かんだ。
――あれ? 自分はいったい、何をしていたのだろうか?
「…………ナ……ナ! ……ハナ!」
「――りふぃ、あ……?」
目を開いた花奈は、彼女を覗き込むリフィアを見て呟いた。
「ハナ! 良かった、目をさましましたね!」
花奈が覚醒したことを確認して、リフィアは安心したようにほっと息を吐いた。
「あれ……私……」
寝起きでぼーっとする頭を必死に働かせる。
「……そうだっ! 私、カブールと戦って……っ! ごめん、リフィア。私、あの人たちの目的を防げなかった……」
「その話はまたあとで聞きます。それより、ソウタがまだ戻ってきていません。……何かがあったのかもしれません」
「っ! 急いで草太くんの所に行こう」
リフィアの言葉を聞いて、花奈はがばっと起き上がった。だが、すぐにふらふらとへたり込んでしまった。
「ハナ!? 大丈夫ですか!?」
「あ、あはは……ちょっと疲れちゃったみたい……リフィア、肩を貸してもらえる?」
「もちろんです。さあ、つかまってください」
リフィアの肩につかまり、花奈はなんとか立ち上がった。
「ありがとう……あれ? コニーさんとケニーさんは? リフィアの応援に行ってもらったはずなんだけど」
「そうなのですか? 私は会いませんでしたが……」
「すれ違っちゃったのかな……」
花奈が不安そうに表情を曇らせる。あの二人に何かあったのだろうか。
「二人のことも心配ですが、今はソウタを探しに行きましょう」
「……うん、そうだね」
リフィアの忠告に、花奈は不安を振り払って森の中に向かって歩き始めた。
落雷を確認してから十分ほどで、クリストフ達はその場所に到着した。
そこは既に火の手が広がり始めていた。
「これはやばいな……どんだけ強力な魔法を使ったんだ?」
パチパチと燃える木々を見て、銀髪を短く切りそろえたジャックが深刻な表情で呟いた。
「ひとまず火を消すのが最優先だな。グレイ、頼めるか?」
「あいよー」
クリストフの指示に、青髪のグレイが魔法を唱える。
「【レインフォール】」
辺りに雨雲が広がり、次第に火を消していった。
これで一安心だな、とクリストフは頷いた。
「んで、こっからどうするんだ、クリストフ隊長?」
「……今は隊長なんて呼ばないでくれ、デール。俺達の仲だろ?」
茶髪のデールが砕けた口調でからかってきた。クリストフは苦笑いでそれに返す。
実は、この四人は同じ時期に宮廷騎士団に入った、いわば同期なのだ。なので、普段から四人でつるむことが多い。今回三人が調査隊に入っているのは、クリストフが意図的に入れたからだ。
「お前は相変わらず小心者だなぁ。もう少し自信を持てよ」
ジャックが困った顔で言った。
クリストフは苦笑を返す。
「俺は隊長に向いてないんだよ……まあそれは置いておこう。今は人がいないか探さなきゃな」
「辺りに警戒しておかなきゃな。雷魔法を使った奴が近くにいるかもしれない」
デールの言葉に、四人が気を引き締めた。
しばらく辺りを歩き回った。焦げた枝葉の匂いが鼻をつく。
「……っ! おい、人が倒れているぞ!」
不意に、ジャックが声を上げた。
指差す方を見やると、確かに人影が倒れているように見える。
「……行ってみよう」
クリストフが言うと、他の三人も頷いた。
そこにいたのは一人の少年だった。歳は十六ぐらいで、この辺りでは珍しい真っ黒な髪色をしている。
少年は血だまりの中で気絶していた。
仰向けにすると、その腹には大きな切り傷が刻まれていた。それを見て、みな一様に顔をしかめる。
「出血がひどいな……かろうじて息はしているようだが」
「とりあえず血を止めよう。……【呼ぶは光・天上の癒し・エンジェルヒール】」
グレイが上級の回復魔法を使うと、少年の傷はみるみる塞がっていた。少年の顔色も少しだけよくなったようだ。
「ありがとう、グレイ」
グレイにお礼を言って、クリストフは少年を地面に下した。
「他には…………おい、あれは……なんだ……」
辺りを見渡したデールが、はっと息をのんだ。
他の三人も同じ方向を見る。
『っ!』
そして、同時に声を詰まらせた。
三つの死骸があった。あるものは腹を切り裂かれ、あるものは首を刎ねられ、あるものは両腕を切り落とされていた。
「惨いな……」
「誰がこんなことを……」
ジャックとグレイが苦い顔で呟いた。
クリストフがそっと遺体の近くにしゃがんで、冒険者の証を見つけた。
「ダニエル・ベルファスト、オディロン・リングステン、ユリアーネ・グレンジャー……全員、『赤』の冒険者だな。それなりの手練れだったのだろう」
「あっちの黒ずくめの彼は『緑』の冒険者だったな。……名前は、ソウタ……? 変な名前だな。しかも姓が無いとは……相当な訳ありみたいだな」
ジャックが付け加える。
「彼……ソウタがこの冒険者たちを殺したとは考えにくいな。『緑』の冒険者が『赤』の冒険者三人を相手にできるとは考えにくい」
「デールの意見に同意するぜ。まあなんにせよ、黒ずくめ君が起きないことには何があったかも聞けないけどな」
「そうだな……ひとまず、野営地に戻ろう。あまり待たせると皆が心配するだろうし」
クリストフの提案に三人が頷いた。そして、止めてある馬に向かおうとしたとき。
「そ、草太くん!」
不安に駆られた少女の声が聞こえた。
声をした方を向くと、二人の少女が立っていた。
一人は茶髪の大人しそうな少女。服装から見るに魔法使いだろう。もう一人は彼女より少し背が高い金髪の少女であった。背中には弓と矢筒を背負っている。
二人とも、どうしてか激しく汚れていた。
「ん? おお、可愛いな! 俺は背が高い方が好みだ」
「ジャック、そういうのは後にしろ……」
好色のジャックをたしなめて、クリストフは少女たちに一歩近づいた。
と、彼女たちは一斉に警戒態勢に入った。
なるほど、どうやら自分たちを敵だと思っているらしい。
クリストフは両手を上げて敵対意識がないことを示して、優しい口調で少女たちに語りかけた。
「初めまして。私たちはフェリア王国宮廷騎士団の騎士です。私の名前はクリストフ。……敵対するつもりはありません。……あなた達は、こちらの冒険者――ソウタの知り合いですか?」
クリストフの質問に、少女たちは恐る恐るといった風に頷いた。
その反応に、クリストフは柔和な笑みを作り。
「そうですか、ちょうどよかった……あなた達に聞きたいことがあります。この森で何があったのか――教えていただけませんか?」
優しく二人に尋ねた。
深く暗い森の中。そこに、三人の男女が立っていた。
そのうち二人は、コニーとケニーだ。もう一人の人物は真っ黒なフードを目深に被っていた。
「では……そのソウタという人物は、二つの白魔法を使ったのだな」
「はい、この目でしっかりと見ました」
フードを被った人物の声は、男とも女ともとれない無機質なものだった。
「そうか……それでは彼が……」
「ウィルフレド様、彼をお迎えいたしますか?」
ケニーがフードの人物に尋ねる。
ウィルフレドと呼ばれた彼は、その問いに首を振った。
「今はまだいい。『黒の巨人』の連中を相手にする時期ではないからな」
「わかりました。では、僕達は引き続きフェリア王国で布教活動を続けるべきでしょうか?」
「ああ、それももう十分だ。お前たちのおかげで、この国にいる多くの迷える人々が我が教会に辿り着いた。よくやったな、サンデル兄妹」
「「ありがとうございます!」」
ウィルフレドの言葉に、コニーとケニーが頭を下げた。
「我々はこれから、この国を出て隣のノルデーン王国に向かう。そこに、早急に救うべき人物がいると分かったからだ」
「その人物とは誰なのですか?」
コニーの問いに、ウィルフレドはフードから覗く口元を歪ませた。
「『殺戮道化』――ジョネス・キングだ」
「なっ……殺戮道化……!? クリシュ大陸中で指名手配されている猟奇殺人者ですか!? いつの間にサラス大陸に!?」
その名前を聞いて、ケニーが顔を驚愕の表情で歪めた。
「ああ、その男だ。罪なき我々の同胞も何人か彼に殺されたな」
「そんな男をどうして……!」
コニーが声を荒げる。自分たちの仲間に、そんな下劣な悪党を迎え入れる必要はない。そう訴えるかのように。
だが、ウィルフレドは芯の通った声で告げた。
「――ラモール様は、彼を赦すと仰られた」
「「っ!!」」
「慈悲深い我らの主は、極悪非道を尽くした彼にも慈悲を与えるという神託を下したのだ。故に我々は、ジョネス・キングをラモール教に迎え入れる!」
ウィルフレドは高らかに宣言した。黒く染まった森に、彼の声が響く。
その言葉を聞いて……コニーとケニーもまた、感動に声を震わせた。
「おお……! さすがは私たちのラモール様……! 罪人でさえも、その慈悲深き心でで包み込んでしまうというのですね……」
「……ラモール様が赦すのならば、僕たちも赦しましょう。……きっと、ジョネス・キングも救いを求めている哀れな一人なのです。ええ、救いましょう。それが主の意思であるというのならば!」
二人がその場に跪いて天に向けて祈った。
感動の涙を流しながら自らの主を讃えるその姿は、傍から見れば狂気そのものだった。
だが、それが彼らの――『ラモール教』の信者の日常なのだ。
「さあ、行こうか……『白銀の女神』に選ばれた戦士たちよ。主の意思の元に!」
「「主の意思の元に!!」」
歓喜に満ちた笑みを浮かべながら、三人は森の中を進み始めたのであった。
スードに蔓延っていた『黒の巨人』は壊滅した。
強大な悪が居なくなったスードには、再び平穏が訪れるであろう。
しかし、同時に。
――スードで燻っていた悪の火種が、大陸に燃え広がり始めていたのである。
読んでいただき、ありがとうございます!
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