第16話 花奈の焔
風邪ひいて遅れました。すいません。
アインズ・カブール・バルシュミーデは、商人の家の次男として生まれた。
商人にとって、金を得ることは何よりも重要なことだ。
誰よりも稼ぎ、誰よりも儲けなくてはいけない。
カブールは幼い頃から父にそう教わってきた。
カブールもその教えを信じて疑わなかった。
利益が全ての家で彼が学んだことは、「いかに自分が得をするか」という事だった。
だが、彼の父や兄弟たちにはあって、彼に欠如している物があった。
それが、「他人を蹴落とすことへの躊躇い」である。
父達が他人との交渉で十の利益を上げている間に、カブールは他人を貶めることで百の利益を得た。
稼ぎの少ない家族達を見て、カブールは完全に自分のやり方が正しいと思った。
だが、カブールの父はそんな彼を家から追い出した。
「悪人に商売をやらせはしない」
カブールが家から追い出された時に、彼の父親が言った言葉だ。
カブールはこれに憤慨した。自分の才能に嫉妬した者達を許してはいけないと考えた。
「俺が得をすれば良い。ならば……俺の邪魔をする奴らは、殺す」
復讐の炎を燃やすカブールは、まず自身の家族達を皆殺しにした。
自分を貶めた者達に相応しい罰だと、カブールは彼らの末路を嗤った。
次いで、彼は世界中を歩き回り、様々な街で商人として活動した。
無論、邪魔をする者は殺し、自身を疑うもの者も排除してきた。
その際に、商人達についている護衛を倒すための魔法を鍛え、足の残らない従順な手駒を手に入れるための魔物調教を覚えた。
そうやって金と血に溢れた日々を送り続け、ある日カブールは一人の男と出会った。
そこでカブールはその男から『願いを叶える黒の巨人』の話を聞いた。
男の話に、カブールの心は躍った。勿論最初は何を馬鹿なと鼻で笑っていたが、神秘的で退廃的な男の語りにカブールの心は揺り動かされたのだ。
「自分以外が間違っているこの世界を、壊してやりたいと……そう思いませんか?」
「――ああ、思うね」
こうして、カブールは『黒の巨人』の一員となった。
彼は数年間『黒の巨人』の本拠地で活動した。
その時に、何人かの部下を手に入れた。
自分と同じ魔物調教師、奴隷貴族の排斥者、貧民街に捨てられた兄妹、東から来た賞金稼ぎ。
皆がカブールの話に魅力を感じ、ついてきた者達だ。
彼らと共に、カブールは『黒の巨人』――引いては自分の野望のために動き、いくつかの功績を上げた。
だが、その後彼に与えられた任務は、本拠地から遥か遠い大陸での工作・破壊活動であった。
カブールは不本意に思いながらも、その任務を引き受けた。
その任務を成功させれば、『聖地』に行くことを確約されたからだ。
(選ばれた者しか足を踏み入れることができない『聖地』……ようやく俺も、認められる訳だ!)
そうして、カブールとその部下達はサラス大陸へと発った。
その後、いくつかの工作活動をして、彼らは大陸でも重要な都市『スード』に拠点を置いた。
スードは人々が集まりやすいため、彼らの目的を達成するのに都合がよく、加えて、サラス大陸にいる『意外な協力者』と連絡を取りやすかった。
カブール達は順調に活動を続け、いよいよ最後の大締めという段階にまで進んだ。
だが、その時になって、彼らの前に邪魔者が現れた。
それが、草太達である。
ドリの村やリフーリでの作戦を悉く阻まれ、自分達の懐にまで入ってきた謎の人物達は、カブールにとって障害でしかなかった。
故にカブールは初め、彼等をさっさと殺してしまおうと思った。
だが、部下達の報告を聞くにつれ、草太達に利用価値があると気付いた。
『黒の巨人』の現段階の目的は、巨人を目覚めさせるための莫大な量の動力を手に入れることだ。
そして、その動力は「人の血」から生み出される。そのため。『黒の巨人』の構成員達は幾つもの町や村を襲っていた。
また、屈強な人間からは良質な血が手に入る。カブール達がエルフ達を狙っていたのは、これが理由でもある。
カブールは、自分達の作戦を打ち破る草太達の話を聞いて、彼らの血を手に入れようと考えた。
丁度、『意外な協力者』から、血を吸う魔剣『ルージェン』の情報もあり、カブールには好都合であった。
(俺がハナを殺し、メアリがソウタを殺す! そうして手に入れた血を持って、俺は『聖地』に凱旋する!!)
自身の足元で呻く花奈を見下ろして、カブールは『ルージェン』を握り直す。
「じゃあな、弱き魔法使い。『黒の巨人』の礎となれ!」
そして、彼女の白い首に目がけて、ルージェンを振り下ろした。
刹那。
ピシャァッ!!
勝利を確信したカブールの後ろに、轟音と共に一条の雷が落ちた。
「なんだ!?」
思わず手を止め、カブールは空を見上げた。
辺りには一面の星々。雷雲の影など一つも見えず、空は平穏に満ちていた。
「そんなバカな……」
呆然としながら、カブールは雷の鳴った方角を見た。
稲妻が落ちたと見られる場所は黒い煙が立ち昇っていた。
そこで、カブールはあちらは草太とメアリが向かった方向であったことを思い出す。
(メアリに限って失敗は無いと思うが……これを済ませたら様子を見に行くか)
カブールはそう考え、再び花奈に向き合った。
次の瞬間。
「【インフェルノランス】!!」
紅蓮に燃える炎槍が、カブールの眼前で閃いた。
「なにっ!? ――ぐおおおおおおおおおおおお!!!」
回避など出来るはずもなく、カブールの体に上級炎系攻撃魔法【インフェルノランス】が直撃した。
轟音と共に、炎と煙が上がる。
それでも、【インフェルノランス】の攻撃は――花奈の詠唱は止まらない。
「【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】【インフェルノランス】――!」
次々と灼熱の槍を放つ。火花が散り、熱が空気を焼く。
自分の体に火の粉が降りかかるのもいとわず、花奈は魔法を放ち続ける。
(今しか――この瞬間しか、この人を倒せない!)
間一髪で死を免れ、千載一遇のチャンスが回って来た今、花奈の心はその意志で満ちていた。
普通に戦っていては、花奈は絶対にカブールに勝てない。それほどにカブールは強く、花奈は弱い。
だから、花奈は魔法を止めない。
――ここで、確実に倒すために!
「ぐっ…………うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッッ!!!!!」
花奈の猛攻に、カブールは断末魔の様な叫びを上げた。
(まだ、足りない!)
叫べるということは、生きている証拠。倒しきれていない証拠だ。
ならば、今よりも、今までのどの魔法よりも強い魔法を使うしかない。
「【魔力即時回復】」
後退して距離を取り、唯一魔法で花奈は自分の魔力を回復させる。
そして、流れるように次の魔法の詠唱へと移る。
「【呼ぶは炎・審判の時来たれり・断罪の焔・罪人を焼き尽くさん】!」
花奈の呪文を聞いて、カブールは表情を引きつらせた。
(そんなものを隠し持っているなんて聞いていない!!)
慌てて逃げようとするが、【インフェルノランス】のダメージで体が上手く動かない。
「くそっ! 動け! 動けよ!!」
苛立ちながらカブールは怒鳴る。
――だが、彼がもたついている間に、花奈の魔法は完成する。
それは、花奈が今まで使うのを躊躇っていた魔法。使えばきっと、確実に人を殺してしまう魔法。
その力は、花奈にとってあまりにも強大であった。
けれど、今。
明確な殺意を持って。
花奈はその魔法を――最上級炎系攻撃魔法を開放する。
「――【ジャッジメントフレア】!!」
詠唱が終わると同時に、カブールの頭上に巨大な炎球が現れた。
赤々と燃えるそれは、宙にありながら既に地上を焼き尽くしてしまいそうな程の熱を孕んでいた。
あまりにも強大なそれを、花奈は真っ直ぐに見据え――そして叫んだ。
「終わりです!!」
「くっ、【呼ぶは土――」
花奈が手を振りかざし、巨大な炎球がカブールへ落とされた。
真っ直ぐに落とされたそれは、やがて地面に激突し――
ドッッという轟音と共に、凄まじい爆発を引き起こした。
爆風が木々を揺らし、粉塵が舞う。
大魔法を使った反動で荒い息を吐きながら、花奈は無言でその様子を見つめた。
「……」
手応えはあった。だが、カブールという男の底知れなさなら、花奈の全力でも倒し切れるか怪しい。
もし倒しきれていなかったら、直ぐに新しい魔法を使おう。
そう思いながら、花奈は身を構えた。
やがて煙が晴れ、視界が開けていく。
明瞭になった視線の先に、花奈が捉えたものは――。
「……ははっ。そうかよ。そういう事だったのかよ……!」
「――っ!」
片腕を失いながらも、不敵に笑うカブールの姿であった。
体のあちこちに火傷や傷を負っているが、カブールはさして気にもしていない様だ。
むしろ、先程よりも猟奇的な雰囲気が強くなっている様に見える。
「最悪の気分だぜ……今まで手加減をされていたなんてなぁ……つくづくふざけた魔法使いだ……!」
髪をかきあげ、カブールは意味のわからないことをぶつぶつと喋る。
花奈を気にしていないようだ。
「(今がチャンス……!)【ファイヤー――」
「だが、俺の勝ちだ」
不意打ちで魔法を放とうとした花奈に、カブールが邪気に満ちた瞳を向けた。
直後、花奈の背中に激痛が走った。
「ああっ!!」
前のめりに倒れ、花奈は再び地面に突っ伏した。
顔を上げると、カブールの側には一匹の炎狼が立っていた。先程の戦闘で仕留めきれなかった個体だ。
その炎狼の爪には、赤黒い鮮血が付いていた。
考えるまでもなく、花奈の血だ。
あの炎狼に、背後から襲われたのだ。
「俺にはお前を殺せない。だがな……俺の目的は果たした!」
カブールは手に握っていた『ルージェン』を炎狼に向けた。
炎狼はそれに応え、爪をあげ、ルージェンの上に来るような位置になった。
滴る血が、ぽたり、ぽたり、とルージェンに落ちていく。
「……っ!」
次に起きた光景に、花奈は息を飲んだ。
花奈の血を受けた美しき紫紺の刀身は、次第に赤く染まっていった。
「ふふふ……はっはっはっはっはっ! これだ! これがルージェンの力だ!」
カブールが高らかに笑い声を上げる。
月を背に笑う彼の姿は、紛うことなき悪魔の姿であった。
そして、ルージェンは禍々しい紅色へと変貌した。
「この武器は、血を吸う度に強くなる。かつてこの国の王家が栄えたのは、この剣を使って人を殺しまくったからだ。……そして次は、黒の巨人のためにこの剣が振るわれる。――最高じゃないか」
月明かりにルージェンを照らし、カブールは恍惚とした表情で語る。
その眼に宿る物は、言葉で言い表せないほどの狂気。
自分と同じ人間とは思えない者に、花奈は背筋に悪寒が走るのを感じた。
「――さて、俺の目的はこれで終いだ。お前をこの手で殺せないのは心残りだが……まあ良いだろう」
ひとしきり笑ったカブールは、そう言ってくるりと背を向けた。
「まっ、待って! 【ファイヤーボール】!」
咄嗟に魔法を放ったが、炎狼がカブールを庇ってしまった。
「じゃあな、チンケな魔法使い。せいぜいそこで野垂れ死ね」
哄笑と共に、カブールは森の奥深くへと消えていった。
「……そんな……」
花奈は慌てて立ち上がろうとしたが、べしゃりとその場に崩れ落ちた。
今までのダメージがここに来て襲ってきたのだ。
「くっ……【呼ぶは光・大いなる慈愛・リカバリー】」
ひとまず回復の呪文を唱え、傷を塞いだ。そして尚も立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。
その時、花奈は自分の周りの地面に大量の赤いシミが付いていることに気付いた。
(うわ……これ、全部私の……)
炎狼に背中を攻撃された時に出た血であった。あまりの多さに目眩がしたが、なんとか踏ん張る。
(カブールを追わなきゃ……あの人を止めないと、また沢山の人が苦しむことになる……!)
だが、心とは裏腹に、花奈の体は動かない。
出血が多すぎて、貧血に陥っているのだ。
次第に視界がぼやけ、意識も朦朧としてくる。
(だめ……まだ……やることが……)
意志に反して、花奈の意識はそこで途切れた。
読んでいただき、ありがとうございます。
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