第15話 花奈VSカブール
短いので早めに投稿します。
「……さて、これでようやく二人きりなれたな」
「……」
数多の炎狼達の亡骸と、炎を上げてボロボロになった馬車に囲まれ、カブールは笑いながら言った。
カブールと対峙しながら花奈は鋭い眼光を向けた。
それを見てカブールは内心舌打ちをする。
(さっきまでのなよなよした奴とは思えないぐらいだな。これは俺も本気を出す必要がありそうだ)
「……あなたは」
「あん?」
と、ずっと黙っていた花奈が口を開いた。
「……あなたは、どうしてこんなことをするんですか?」
「……はぁ?」
その花奈の問いに、カブールは質問の意図が分からないと首を傾げる。
「沢山の人を傷つけて、色んな物を奪って……そんな酷いことをどうしてできるんですか?」
花奈は責め立てる様に質問を重ねた。
その瞳は真剣で、彼女が心の底から尋ねているのだというのが分かった。
だから。
「……ぷっ……くくくくく……ははははははははははははは!!」
カブールは腹を抱えて笑った。
花奈が呆然と目を見開く。状況を理解できていない様子が、カブールを更に笑わせる。
「どうして? どうしてだって? その理由が何か関係あるのか? 俺が何か大きな意思の下に行動していたら、お前は俺を許すのか!? お生憎様だ! 俺に大義名分などありゃしない! 俺は俺の利益のために動いているだけだ! その末に他人が何人死のうが、俺には関係ないことなんだよ! ……最後に俺が上に立っていればいい。そのために、俺はなんだってやる……それだけだ」
花奈を侮蔑するように笑いながら、カブールはそうまくし立てた。
その瞳は、遥か高みへの野心と、心の底にある復讐心で満たされていた。
「これで満足か? お前の期待した答えじゃなくて残念だったな」
カブールがいやらしく笑う。だが、花奈は小さく首を振った。
「……いえ、大丈夫です。期待なんてしていませんでしたから」
花奈の震える声に、カブールは訝しげに眉を顰めた。
「あぁ? なら、なんで俺にそんなことを尋ねたんだよ?」
「深い理由なんてありません。私はただ……」
震える声で――怒りに満ちた声で――花奈は言い放つ。
「――ただ、あなたの様な悪人が、この世に居ることを信じたくなかっただけです……!」
その言葉と同時に、無詠唱の【ウインドランス】を放った。
「っとぉ!」
カブールは難なく【ウインドランス】を避け、余裕に満ちた笑みを浮かべる。
「はっ、悪人ねぇ……欲望に忠実なだけだと思うぜ俺は! お前一人の倫理観だけで世界が回っているわけじゃあないんだ!」
「……それでも、あなたのしたことを見過ごすわけには行かない……!」
「……どこまでもどこまでもお人好しで、気持ち悪い奴だ! そこまで言うなら、お前の力で俺を止めてみな!」
「言われなくてもそのつもりです!! 【呼ぶは風・荒れ狂う風槍・サイクロンランス】!!」
花奈が呪文を唱えると、五つの暴風の槍が生み出された。
迷うことなく、全ての槍をカブールに発射する。
「【呼ぶは水・悠久の守護・輝ける氷壁・ダイヤモンドシールド】」
対するカブールは落ち着いた声で呪文を唱えた。
カブールの目の前に巨大な氷壁が展開される。夕闇の中で燦然と輝く氷壁は、花奈の【サイクロンランス】を全て受け止めた。
ガガガガガガガガガガっ!!
風と氷がぶつかり合い、物々しい音が響き渡る。
「うそ……」
ぶつかり合いが終わったとき、花奈は驚愕し呟いた。
カブールの【ダイヤモンドシールド】には一切の傷がついていなかった。
花奈の得意魔法である【サイクロンランス】を、五本も食らっておきながらだ。
氷の壁の向こうから、カブールの勝ち誇った声が届いた。
「……お前の魔法じゃあ、俺には勝てねぇよ。何度やってもな」
「……! 【サイクロンランス】【サイクロンランス】【サイクロンランス】!!」
自棄になり、花奈は何度も【サイクロンランス】を放った。荒れ狂う暴風の槍が、次々に頑強な氷の壁にぶつかっていく。
だが、結果は同じだった。
「どうして……!」
何度やっても傷がつかない【ダイヤモンドシールド】に、花奈は肩で息をしながら悔しそうに言う。
「……終わりか? なら、今度はこっちから行かせてもらうぜ!!」
【ダイヤモンドシールド】から出て来たカブールは、そう言って『ルージェン』を取り出し、花奈に向かって走り出した。
「くっ……!」
「おせぇおせぇおせぇおせぇ!!!」
躱そうとした花奈の脇腹に、カブールの強烈な蹴りが入れられる。
「あぁっ!」
蹴られた衝撃で地面を転がる。白いローブが、たちまち土で汚れていく。
「ぐぅ……げほっ、ごほっ……」
上手く息が出来ずに、花奈は何度もむせた。蹴られた脇腹を鈍い痛みが襲う。
「骨が何本かイッたんじゃねぇか? 柔い魔法使いだな。少しは近接戦方面も鍛えておいた方が良いぞ」
無様に地面に伏せる花奈を、カブールは愉快そうに見下ろしながら言う。
「……余計な、お世話……です!」
「そうか、なら次だ。――歯を食いしばれよ」
「っ!!」
カブールの重い一撃が、再び花奈を襲った。
「ああっ!!」
今度は反対側の脇腹を蹴られ、花奈はうめき声を上げた。
「あっ……ぐぅ……!」
「その生意気な目をいつまで保っていられんだろうな」
「私は……負けない……!」
睨みつけるように、花奈はカブールを見上げた。
彼の表情は弱者をいたぶることへの快楽に満ちていて、非道な悪に相応しい顔だった。
「くくっ……今にも負けそうな状況でよくもそんなことが言えたな」
「……【スタンフラッシュ】!」
完全に油断しきったカブールに、花奈は目つぶしの魔法を放った。
「ぐおっ!?」
あまりの眩さに、カブールは自身の目を覆った。だが、かなりまともにくらってしまった。
(ここ……!!)
カブールが怯んだことを確認し、花奈はありったけの魔力を込める。
「【呼ぶは風・大いなる旋風よ・荒れ狂い・敵を穿つ矛となれ・トルネードランス】!!」
花奈の呪文が終わると同時に、圧倒的な風量を誇る風槍が顕現する。
今まで花奈が使っていたものよりも、更なる威力を誇る上級風系攻撃魔法【トルネードランス】。この一撃で、勝負を終わらせる算段だ。
「――いけぇえええええええええええええええ!!」
咆哮と共に、魔法を発射する。カブールは、未だに呻いていてその攻撃に気付いていない。
(よし!)
勝利を確信し、花奈は心の中で喝采を叫んだ。
凄まじい音と共に、カブールに【トルネードランス】が直撃した。
土と落ち葉が舞い上がり、花奈の視界には何も見えなくなった。
だが、確かに手ごたえはあった。花奈の目には、カブールに直撃した【トルネードランス】が見えた。
ならば、この勝負は勝ったも同然なのだ。
――そう思っていたのに。
「へっへっへ……なかなか良い魔法だったな。正直かなり焦ったぞ」
「そんな……」
煙が晴れた先。
そこには、服がぼろぼろになりながらも悠然と立っているカブールの姿があった。
上に着ていた服の下には、黒光りするいかついボディアーマーのようなものが仕込まれていた。
「それは……?」
「とある国で開発された『対魔法装備』さ。まあ、試作品だから耐久力はそこまで高くないがな」
「うそ……」
カブールの言葉に、花奈は信じられないと言った風に首を振った。
カブールの言葉は、つまり――
「はっ、ようやく気付いたか。――お前の魔法は弱い。言い方を変えれば、お前は『魔法』を何もわかっていない」
「っ!」
予想通りの言葉が、カブールから発せられる。
カブールのその言葉は、花奈のそれまでの魔法への自負を粉々に打ち砕いた。
レッドワイバーンのブレスを止められたのに。数多のゴーレムを止められたのに。
今、自分は『弱い』と言われた。
「どういう……ことですか……?」
「言葉の通りだ。お前の魔法は弱い。圧倒的な魔力、才能……お前がそれらを使いこなせていない」
「……!」
「こんなにちぐはぐな魔法使いは初めて見たぜ。まあだからこそ、俺に勝機が訪れた訳だけどな」
ニヤリと、カブールは笑ってコキコキと首を鳴らした。
「勝ち誇るには、まだ早いと思いますよ」
「いや、勝ったさ。お前の天井は分かった。お前程度の実力だったら、たとえ最上級魔法を唱えても俺を殺せねぇよ」
カブールは自信ありげに薄く笑い。
次の瞬間、地面を蹴った。
「っ! 【サイクロン――】」
花奈は咄嗟に防御態勢を取ろうとした。
だが。
「遅せぇ」
「あっ――」
先程と同じく、カブールの蹴りが脇腹に叩き込まれた。
地面を転がり、近くにあった木に激突する。
「うっ……あ……」
身体中が痛い。今まで感じたことのない痛みが、花奈の精神を揺さぶる。
「立ち回りが遅いんだよ。だから何度も同じような攻撃を食らう。……圧倒的に、戦闘経験が足りていないんだな」
カブールは、呆れてため息をついた。
「私は……負け、ない……」
カブールの言葉を聞きながら、花奈は地面に手を付き体を上げた。
「……まだ立ち上がろうとする気概はなかなかのモンだと思うぜ。でも、諦めな。」
カブールはゆっくりと花奈に近付き、無造作に髪を掴んだ。そして、そのまま引っ張り上げる。
「ああっ!」
花奈の短い悲鳴が上がる。
カブールは冷ややかな目で花奈を見下ろしながら、冷たい声で呟いた。
「――お前の死は、もう決まってんだからよ」
そうして、カブールの拳が、花奈の腹に打ち込まれた。
「――ぐっ……げぇ……」
思わず体を曲げ、込み上げてくる胃液を吐いた。
カブールがぱっと手を離し、そのまま地面に倒れ込む。びちゃりと、自分の吐いた胃液の沼に顔を落とした。
体を丸めて、過呼吸のようにひゅう……ひゅう……と荒い呼吸を繰り返す。
顔は吐瀉物で塗れ、服は泥だらけ。
未熟な魔法使いの哀れな末路が、そこにあった。
「ここまでだな……【スタンフラッシュ】からの迷いのない【トルネードランス】は素直に良かったぜ」
感情のない瞳でそれを見下ろしながら、カブールは戯れにそんなことを言った。
それが、花奈にはたまらなく嫌だった。
この勝利を確信している敵が、余裕の姿勢を崩さない敵が――そして、そんな敵に何も出来ない自分が、心底嫌だった。
(弱い……私は弱い……!! なんで……なんで……なんで勝てないの……! 草太くんみたいに強くなるって、決めたばかりなのに……!)
今も森の中で戦っているはずの草太を思い、歯を食いしばる。
彼はきっと負けない。ならば、自分も勝たなければ。
――なのに、立ち上がることが出来ない。
「うっ……うう……!」
悔しさと情けなさで、涙が零れる。矮小で浅はかな自分に、泣く資格など無いと言うのに。
自分の足元で涙を流す花奈を見下しながら、カブールは静かに呟いた。
「……後は『ルージェン』をお前に刺せば終いだな。心配するな、楽に殺してやる」
カブールは『ルージェン』を握り、花奈の白く細い首を見据えた。
「じゃあな、弱き魔法使い。『黒の巨人』の礎となれ!」
そうして、迷いのない瞳で、紫紺の短刀を振り下ろした。




