第12話 出立と邂逅
切りどころが見つけられず、結構長めになっております。
早朝。総勢十名の騎士たちがフェリア王城の門の前に並んでいた。彼らの先頭に立つのは若い青年騎士、クリストフ・ツィマーマン。
彼らは、スードの街に向かう調査隊だ。
クリストフは彼らの前に立つと、深く息を吸って、大声で演説を始めた。
「フェリア王国宮廷騎士団の精鋭達よ。これから私達が向かうのは、南の交易都市スードだ! 目的はスード近辺で起きている異変についての調査である! 些末な仕事だと思うかもしれないが、これも私達の守る国の未来のためだ! 矜持と忠誠を忘れないように!」
『はっ!!』
クリストフの短い演説が終わると、並んでいる騎士達は美しく無駄のない一体化した動きで敬礼を返した。
自身の所属する騎士団の雄々しさにクリストフは満足そうに頷いてから。
(ああ……俺なんかに隊長務まるかな……)
内心で誰にも聞かせられない弱音を吐露した。
クリストフは弱冠二十八歳。十六の頃にスードの憲兵になり、二十歳の時に王都に来て市街地の警護兵になった後、実力を買われて二十三歳の時に宮廷騎士団に入団した。
二十代前半に宮廷騎士団に入れる者はそう多く無く、小さな仕事とはいえこの歳で隊の長を務めるのはかなりの実力と人望がなくては無理だ。
実際の所、騎士団員達からの彼の人望は厚い。年上からは好かれ、同輩からは一目置かれ、年下からは敬われている。
彼の実力も誰もが認めている。――ただ一人、本人を除いて。
彼は自分に自信が無い。今まで不断の努力を続けてきたし、それ相応の実力は付いていると自覚している。
なんなら宮廷騎士団に入る前までは「自分は天才なのではないか?」と自惚れたりした。
だが、彼は見てしまったのだ。
宮廷騎士団に入ったその日、騎士達の修練場の中。
研ぎ澄まされた筋肉を振るい、長い時の中で研鑽された剣技を披露する、一人の老騎士の姿を。
彼はその時、自分が逆立ちしても勝てない相手という者に出会った。そしてそれまでの自信を粉々に打ち砕かれた。
そして同時に、彼はその老騎士に憧れた。
自分が決して辿り着けない領域。そこに居ながらも尚も上を目指す彼の姿が、クリストフにとって何よりも眩しかった。
老騎士の名はヴィルフリート・レオンハルト。
クリストフの所属する宮廷騎士団の現団長であり、現国王である『冒険王』の元剣術指南役。
そんな輝かしい経歴を持つ彼の下で剣を握れることを、クリストフは心の底から喜んだ。
その日から、クリストフは自身を凡人だと思うようになった。
――そして、ヴィルフリートの背中を見つめるだけの騎士人生を始めたのである。
(俺はただの凡人なのに……隊長なら他にも適任者なんて沢山……)
そこまで考えて、クリストフはブルブルと首を振った。
(弱音を吐くな、クリストフ・ツィマーマン! 今の隊の責任者はお前なんだぞ!)
クリストフは気付かれないように深呼吸して、キッと目の前の騎士達を見つめた。
そして、内心の弱い自分を隠すように、厳かに告げる。
「……それでは、これよりスードへと向かう。――行くぞッ! フェリア王国宮廷騎士団、前へ――!!」
『おおおおおおッ――!』
クリストフの号令に騎士達の咆哮が答え、各々が乗っている馬を歩かせ始める。
こうして、朝日の光を浴びながら、王都グローアルから十一名の騎士達がスードに向けて出発したのであった。
騎士達が出発した同時刻。
スードの北の大門に二つの馬車が止まっていた。
そこには、ペリオス商会の者達と、恰幅のいい男性。そして、護衛を任された冒険者達が集まっている。
「くぁああ……流石にここまで朝早いとちょっときついな」
「だねー。……ふあ……」
「お二人とも、もう少ししゃんとしましょう」
大きく欠伸をする草太とつられて小さな欠伸をする花奈を、リフィアが叱る。
「おはよう。ソウタ君とハナさんは眠そうだね」
そんな三人に、恰幅のいい男性――アインズが声をかけた。
「おふぁようございます、アインズさん」
「ソウタ!」
「はは、良いんだよリフィアさん。私も少し眠いからね」
「ですよね。馬車の中って眠れますか?」
「それは保証できないな。乗り心地には覚悟した方がいいよ」
「ですよねー……」
眠たげに半笑いする草太に、アインズは愉快そうに笑ってペリオス商会の人達の所に向かった。
「そう言えば、他の冒険者の人にも挨拶しないとね」
「お、ああ……そうだな……くぁ……」
「ソウタ……あなたという人は……ふぁ……」
「……」
「……」
「……リフィアだって眠いんじゃーん」
「今のはつられただけです!!」
草太のからかいに、リフィアが顔を赤くして怒った。
リフィアを宥めて他の冒険者の方に向かう。
草太達以外の冒険者は男二人と女一人の三人組と、男女のコンビだった。
先に、三人組の方に声をかける。
筋骨隆々のスキンヘッドの男と、背の高い真面目そうな男、快活そうな女の三人だった。
草太達が近付くと、それに気付いたスキンヘッドから声をかけてきた。
「よ。お前達が今回のお仲間さんか。俺の名前はダニエルだ。こっちのヒョロいのがオディロン、可愛げのねえ女がユリアーネだ。ちなみに三人とも『赤』の冒険者だぜ」
「ヒョロいとはなんだ。お前が肉をつけすぎなんだろ。……まあよろしく。オディロンだ」
「ダニエル後で馬車裏に来なさいね。……よろしく、ユリアーネよ」
三人はそんな風に、軽口を叩き合いながら自己紹介をして来た。
スキンヘッドがダニエル、真面目そうなのがオディロン、女性がユリアーネと言う様だ。
「よろしくお願いします。俺は草太。こっちは花奈、それとリフィアです。全員『緑』の冒険者です」
「「よろしくお願いします」」
一方草太達は簡潔に自己紹介を終わらせた。草太にはまだ、ダニエルの様に二人をからかう度胸はない。
「ソウタにハナにリフィアね……へー、『緑』なのか。なら一番後輩だな。ま、俺にバンバン頼ってくれていいんだぜ」
「は、はぁ……」
「間に受けちゃダメよ。こいつはすーぐ調子に乗るんだから」
「調子になんて乗ってねーよ! 俺は可愛い後輩の為を思って言ったんだぜ!」
「そういう所だぞ」
すぐに三人で口論を始めるダニエル達。そんな彼等に草太は苦笑いをしながら。
「すいません、俺達あの二人にも挨拶してくるので……」
そそくさと、花奈とリフィアを連れてその場から離脱した。
次に向かった男女ペアの冒険者は、どちらも顔の整ったお似合いのカップルの様だ。
「あの、今日はよろしくお願いします。俺は草太、こっちは花奈、そっちがリフィアです。『緑』の冒険者です」
草太が声をかけると、それまで何やら談笑していた二人が会話をやめてにこやかな顔を向けた。
「ああ、よろしく。僕はコニー、彼女がケニーだ。二人とも『黄』の冒険者だよ」
「ケニーです。よろしくお願いします」
コニーとケニーが礼儀正しく微笑む。正統派貴族のようだった。
「あ、あの、お二人はやっぱり付き合っているんですか?」
と、花奈がそんなことを尋ねる。
するとコニーとケニーが二人揃って苦笑した。
「あー……よく間違われるけど、僕達は双子の兄妹なんだよ」
「あっ、す、すいません!」
「気にしないでください。慣れてますから」
花奈の謝罪にも二人はにこやかに返した。
(人間ができている……)
感心しながら、草太は内心でそう呟いた。
挨拶回りを終えると、丁度出発予定時刻になった。
二台の馬車の前で、ペリオス商会の者が今回の任務についての概要をざらっと説明した後、それぞれの馬車に乗り込む。
片方にアインズら商人達が乗り、もう片方に草太達冒険者が乗り込んだ。
出発する直前に、ペリオスとフンドが見送りに来て、「頼んだよ」と草太達に声をかけてくれた。
「さあ、初めての護衛任務だ。気を抜かないで行こう」
「うん、頑張ろう」
「任せてください」
草太の言葉に二人が応えると同時に、彼等を乗せた馬車が静かに動き出した。
「帰りたい……」
三十分後、グロッキーになった草太がうんざりした様子で呟いた。
「あはは……結構痛いね……」
花奈も苦しそうにお尻をさすりながら返す。
リフィアは平然とした様子で流れゆく景色を見ている。
馬車の揺れは、想像以上に下半身に痛みを与えてくる。車や電車とは雲泥の差の乗り心地だ。
「何これ……こんなの聞いてない……馬車ってこんなにきっつい乗り物なの……」
「ソウタにも意外な弱点があるのですね」
「弱点っていうか慣れていないというか……なあ花奈?」
「あはは、そうだね……」
草太の振りに花奈は苦笑いを返す。現代日本で育った二人にはかなり辛いものがある。
「なんだなんだぁ? もうへばったのか?」
と、そんな草太達にダニエルがからかい口調で話しかけてくる。『赤』な冒険者だけあって流石に慣れた様子だ。
「馬車に乗るのが初めてなんですよ……何か衝撃を和らげるいい方法有りませんかね?」
「慣れろ!」
「……」
駄目だこの単細胞、と草太はダニエルに見切りをつけて、花奈に話しかける。
「花奈、ちょっと魔導書を貸してくれないか」
「え? ああ、うん、良いよ」
花奈はそう答えて自分の持つ道具袋から魔導書を取り出し、草太に渡した。
「ありがとう。えーっと白魔法白魔法……っと」
花奈から魔導書を受け取ると、草太はそのままページをめくり始めた。
しばらく馬車の揺れに顔を顰めながら魔導書を読んでいた草太は、数分後「これだ!」と笑顔で顔を上げた。
「何かいい魔法が見つかったの?」
「ああ。『衝撃を緩和する白魔法』だってさ。早速試してみるか」
草太の様子に気付いたダニエルやコニーが、「なんだなんだ」と注目する。
「ソウタは何をやろうとしているの?」
「詳しくは分かりませんが……きっと良いことでしょう」
ユリアーネの質問に、リフィアが自信ありげに答えた。
「うし、行くぞ……――【クッション】」
草太が魔法を唱えると、草太の座っている周りが淡く白く輝いた。
「……おお、よしよしよし! これで大分快適になったな!」
光が収まると、草太は今までの辛そうな表情から一転、一気に明るい笑顔になった。
衝撃を緩和する【クッション】。文字通り見えないクッションが現れた感覚だ。
衝撃がかなり激減し、低反発の柔らかい感覚が下半身を包む。
「おお、これ相当快適……」
安らぎの表情で草太は馬車の壁にもたれかかった。それを見た花奈がごくりと唾を飲み込む。
「あ、あの、草太くん……私にも……」
「いいぞー。【クッション】」
リラックスした表情で草太は花奈の座っているところに魔法を唱えた。
途端に花奈の表情が一変する。
「す、すごい! 全然痛くない! これ凄いよ草太くん!」
「だろー!? いい魔法が見つかったよ!」
はしゃぎ出す草太と花奈の二人。そんな彼等に、周りの冒険者達も期待の目で草太ににじり寄って来た。
「そ、ソウタ……その魔法って私達にも使ってくれるの……?」
「僕達も恩恵を受けたいなー……なんて……」
ユリアーネとコニーが期待に満ちた眼差しで草太に尋ねる。
「良いですよ。ただ、全員にやるとなると少し骨が折れるな……」
「あ、それならこの馬車全体に【クッション】の魔法をかけたら? ほら、【エンチャント】って言う魔法があったよね?」
困り顔の草太に、花奈がそんな提案をする。
「ああ、その手があったか。どれどれ……【エンチャント:クッション】」
壁に手を当て、今度は【エンチャント】を使用する。馬車全体が輝き、全員がその眩しさに目を細めた。
「……っと、これでいいかな。皆さん、座ってみてください」
草太が促し、冒険者達がその場に座る。
すると、たちまち驚きの表情になった。
「す、すごい……なんだこれは……! 全く負担がかからない……」
「乗り心地が良くなりましたねー」
「凄いじゃない、ソウタ!」
「いやーそれほどでも……」
皆から褒められ、草太は照れ顔で頭をかいた。
と、一際やかましい声が聞こえる。
「うおおおおおお!! なんだこれは! まるで高級馬車じゃねーか!」
ダニエルは感動と驚愕の表情で、自分の周りの床を叩いた。
「高級馬車だと、もう少し乗り心地はいいんですか?」
「雲泥の差だな。今回はペリオス商会の仕事だし馬車には期待していたんだが……」
「あーそれは……なんででしょうね」
恐らく神代武器『ルージェン』を運んでいることを、盗賊などに悟られないようにするためだろう。
だが、他の冒険者は『ルージェン』の事を知らないようなので言わない方がいいだろう。と草太は黙っていることにした。
と、オディロンが横から割って入ってきた。
「ソウタ、君は白魔法が使えるのか?」
「はい。一応……」
「そりゃすげぇ。俺はそれなりに冒険者をやっているが、白魔法を使える奴にはそう出会ったことは無いな」
ダニエルも興味津々で話に混ざる。
「それに、二つの白魔法を使っていたな。しかも【クッション】という方はさっき覚えていた様に見えた。……どういう事だ? 普通なら白魔法は使えても一つじゃないのか?」
「あーえーっと……それはその……」
真面目な顔で尋ねてくるオディロンを見て、草太は自分がしくじったことを悟った。
(こんなに人がいるところで堂々と白魔法使うなんて、俺は馬鹿か……! あんまり俺とか花奈の力については教えたくないし……やらかしたな……)
自分の失態を草太は内心で悔やみながら、オディロンに苦笑を返す。
「すいません、あんまり詮索しないでくれると助かります……」
「そうだよオディロン。冒険者は自分の能力には敏感なんだから。あんただってそうだろ?」
ナターリアの助けも入り、オディロンは「それもそうか」と引き下がった。
「問い質すような真似をして悪かったな」
「いえ、こっちこそすみません」
「おいおい! しんみりとすんなよな!」
オディロンと草太が互いに頭を下げると、ダニエルが笑いながら二人の肩を叩く。
「そうだなー、ソウタはそんな丁寧な喋り方じゃなくていいぞ。冒険者なんて荒くれ者の集まりなんだ。もっと普通に話せ」
「あー、はい……じゃなくて、わかった。よろしくな」
「よしよし、それでいい」
草太がフランクな口調に戻すと、ダニエルは満足そうに頷いた。
そんなことをしていると、馬車が動きを止めた。
「休憩の時間みたいだね。降りて体を伸ばそうか」
コニーがそう言って外に出ると、他の冒険者達もそれに続いた。
「私達も行きましょうか」
「うん」
「そうだな」
外に出ると、そこは木々の間に生まれた小さな空き地だった。木漏れ日の温もりが心地良い。
「ん~~っ! いい所だね」
「はい。精霊の加護も働いていて、良い森ですね」
体を伸ばしながら、花奈とリフィアが和やかに会話する。
草太も軽くストレッチをしていると、ぽんと背中を叩かれた。
「? ああ、アインズさん。どうかしたんですか?」
「少し聞きたいことがあるんだ。……君、白魔法が使えるんだって?」
「っ……どうしてそれを?」
「いやいや、さっき他の冒険者から聞いたんだよ。なんでも、衝撃を和らげる白魔法だとか。……その、良かったら私達の馬車にもその白魔法を使ってくれないかな?」
草太が身構えると、アインズは慌てて首を振って、少し恥ずかしそうに尋ねた。
「ああ、そういう事ですか。良いですよ、すぐに出来ますんで」
「本当かい? 助かるよ……目をつけられないように安物の馬車にしたはいいけど、流石に無理があったね」
アインズがやれやれと頭をかく。彼は普段高級馬車を使っている側なのだろう。
「まああれは慣れたくても慣れないですよね。……それじゃあ、馬車の方に行きますね」
「ああ、それが終わったらゆっくり休んでくれ」
アインズに一礼して、草太はもう一台の馬車へと向かった。
以下は、【クッション】を【エンチャント】された馬車に乗ったアインズやペリオス商会の者達の会話である。
「こ、これは凄いな……」
「画期的すぎる……」
「俺、ソウタ君と同じ任務でよかった……」
「そ、それは良かった……」
草太はむずがゆそうに、惜しみない賞賛の声を浴びることとなった。
二十分ほど休憩して、一行は再び王都へと向かい始めた。
草太達のいる馬車の中は、男女に分かれてそれぞれ会話に花を咲かていた。
女性陣はオススメのカフェやスイーツの店について盛り上がっている。
「そこの焼き菓子が絶品なのよー」
「大通りの喫茶店の紅茶が美味かったですね〜」
「王都にも有名なお店があるらしいですね。楽しみです〜」
ガールズトークはとどまることなく続きそうだ。
一方男達はと言えば……。
「やっぱり鉄鎚だよ! 敵を潰す快感があるだろ! 人類皆鉄槌! ソウタもそう思うだろ!」
「いやそれは無い! 剣でスパッと斬るのがかっこいいんだろ!」
「なんだとぅ!」
「なんだよ!」
『一番かっこいい武器談義』で白熱した討論(という名の言葉の殴り合い)を交わしていた。
「お前ら……別にどっちでもいいだろうに」
「「良くない!」」
「そ、そうか……」
魔法使いであるオディロンの仲裁を突っぱね、やれ鉄槌がやれ剣がとダニエルと草太が喚き合う。
「はあ、ソウタもなかなか好戦的なのだな……冒険者の性という奴か」
「まあ臆病でいられても困りますしね。あれで良いのでは無いでしょうか」
ため息をつくオディロンに、コニーが自身の手盾を磨きながらフォローを入れる。
「それもそうだが……コニーの武器はその盾と斧だったか」
「ええ、はい。僕が前衛でケニーを守り、ケニーが後方から敵を一蹴するという戦法でいつも魔物と戦っています」
「理に適っているな。二人だけだと何かと不便ではないか?」
「確かに危ない局面は何度かありましたね。……それでも、今更第三者を迎えても逆に意思疎通が上手くいかないのではと思います」
「それもそうだな」
草太とダニエルが喚く隣で、オディロンとコニーは朗らかに笑った。
何度かの休憩をはさみ、いつの間にか辺りがだんだんと暗くなってきた。
「もうそろそろ野営の準備をしなければいけないな。ここらで良い場所はあっただろうか」
「洞窟なんかがあれば一番いいな!」
オディロンとダニエルがこの後の予定について話していると。
ドンっ!
前方で、爆発音がした。
「なんだ!?」
「まさか……前の馬車が……!?」
冒険者達が慌てて外に出ていく。
「俺達も行こう」
二人に声をかけ、草太も外に出る。
そしてすぐに、目の前の光景に驚愕の表情を浮かべることになる。
「馬車が……燃えている……!」
赤い炎と熱を放ち、アインズ達が乗っていた馬車が激しく燃え上がる。
他の冒険者達も燃え盛る馬車を見て、呆然と立ち尽くしている。
「っ……馬車に乗っていた人達を探そう」
「あ、ああそうだな」
最初に我に返ったユリアーネが声をかけ、冒険者たちが馬車へ向かう。
「ひどい……」
「盗賊の仕業でしょうか?」
「その可能性も高いが……真っ先に考えられるのはやっぱり『黒の巨人』……」
草太が険しい表情を浮かべる。
しかし、彼らが自分達を追いにここまで来るだろうかと疑問も浮かぶ。
スードの街から出れば追われることも無いと思っていたが……。
「みんな! 人がいたよ!」
そんなことを考えていると、ケニーの鋭い声が響いた。
ケニーの元に向かうと、そこには三人の男が倒れていた。全員ペリオス商会の人間達だ。
「おい、何があった!? 誰にやられた!」
「ダニエル、あまり揺するな。……喋れるか? 積み荷や他の人達は無事か?」
はやるダニエルを抑え、オディロンが倒れている一人に問う。
「あ……あ……」
「落ち着いて喋ってくれ。慌てなくていい」
「あ……あい……」
オディロンが介抱しながら、尋ねているのを横目に、草太は周りを見渡した。
崩れ落ちた馬車の部品と、燃え上がる炎。それ以外何も無い光景。
だが、一瞬だけ炎が移っていない残骸――花奈の右後ろ辺りにある――が動いた気がした。
否。それは気のせいではなく。
その陰から、黒い影が飛び出した。
「っ――! 避けろ、花奈!!」
「え? わっ――?」
花奈はとっさに動くことができなかったが、隣にいたリフィアがバッとリフィアの手を引いた。
ザッ!
微かな音共に、紫紺の刃が花奈のローブの裾を掠めた。
リフィアのおかげで花奈の致命傷は免れた。
――しかし、草太の心中は穏やかでは無い。
「どうして……どうしてあんたがそれを握っている……!」
視線を影の正体と、その手に握る物の二つに注ぎながら、草太は険しい顔で言葉を絞り出す。
夕闇の中で妖しく輝く短刀は、依頼の護衛対象である神代武器『ルージェン』。
そして、それを握るのは草太がよく知っている人物だった。
冒険者達の驚愕の視線を受けながら、その人物は静かに笑った。
「どうして……? そんな愚問をお前は投げかけるのか。……くっくっく……愚かだ、あまりにも愚かだソウタ! 今この状況で、俺がここにいる理由など、すぐにわかるだろう?」
「……神代武器を奪取して、俺達の命を狙う……そういうことか、アインズ!!」
目の前の男……今までの柔和な笑みを消したアインズに、草太は厳しい視線を向けた。
アインズはなおも邪悪に笑いながら、草太の言葉を否定した。
「アインズ……? 違うな。俺はアインズであってアインズではない。俺の名前はカブール・アインズ・バルシュミーデ! 『黒の巨人』の幹部、カブールとは俺のことだ!」
紫紺の短刀を振りかざしたアインズ――カブールの声が、静寂に包まれた森の中に響いた。
「『黒の巨人』……! ずっと、今まで騙していたのか! 俺達を……いや、ペリオスさんまで!」
「はっ……そんなことに憤るか。聞いていた通り反吐が出るほどの善人なんだな。……だがな少年。――お前にそんなことを気にする余裕があるのか?」
「っ!!?」
突如、カブールの後ろから巨大な戦斧が飛び出す。
斧は迷いなく草太に振り下ろされ――
ギィンっ!
「ぐぅっ……!」
すんでのところで草太がリコシフォスで受け止めた。
大斧を握る少女は頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべる。
「ああ――お久しぶりですね……! ソウタ! ソウタ! あなたともう一度……戦いたかった!!」
「メアリ……!」
恍惚した表情で悦びの声を上げる少女――メアリとつば競り合いながら、草太は苦渋に満ちた表情を浮かべた。
「そっちはお前の好きにしろ。俺は女の方をやる」
「言われなくとも。私の望むままにさせていただきますわ」
メアリにそう言い残して、カブールは花奈とリフィアの方に近付いていく。
「おい、なんなんだお前らは! ソウタ、説明しろ! こいつらはなんなんだ!?」
「ダニエル……」
自分たちの戦いに、他の冒険者を巻き込むわけにはいかない。
「――おらぁっ!!」
草太は力を込めてメアリの斧を弾いた。
「――花奈、リフィア! 皆を連れて先に逃げろ!! 俺がここで食い止める!」
「草太くん……でも、でも……!」
「ハナ、行きましょう! 皆さんも逃げてください!」
花奈が戸惑いの表情を浮かべたが、リフィアがその腕をぐいっと引っ張った。
だが、『黒の巨人』の罠はまだ終わっていなかった。
「ぐっ……!?」
リフィアの懐に、更にもう一つの影が潜り込む。
影の伸ばした腕がリフィアの鳩尾に食い込んだ。
「リフィア!?」
「こほっ! だ、大丈夫です……」
だが間一髪のところで体をそらしたおかげで、致命傷は免れた。
リフィアに攻撃した影はカブールの元にジャンプし、その華奢な体を露わにした。
夕日に照らされる頭には、兎の長い耳。その首には『奴隷化の首輪』をつけている。
「一撃で仕留めろ、ミレーラ」
「申し訳ございません、カブール様」
ミレーラと呼ばれた獣人の少女は、感情のない声で謝った。
(敵が三人……! こいつら、確実に俺達を仕留めに来ている! この場所に留まっているのは危険だ、撹乱しないと!)
「……メアリ、場所を移すぞ」
「あら、ソウタの行くところでしたらどこでも良いですよ」
薄気味悪く笑うメアリに顔をしかめながら、草太は二人に言葉を投げた。
「そうかよ……花奈、リフィア、こっちは任せろ! 必ず勝て!」
「うん!」
「はい!」
二人の返事に背中を押され、草太は森の中へと向かった。
リフーリから続いた『黒の巨人』との戦いの大一番が――今、始まった。




