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童貞男子高生の紡ぐ転生神話  作者: 大庭青葉
第2章 異世界探索・初級
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第11話 ペリオスの依頼

長めです。

 コロージョンワームの不定期の出現や街中での一連の騒動を受けて、スードの冒険者ギルドは王都へ遣いを送った。

 それは、王国騎士団によるこの街の本格的な調査の依頼。近頃街中や周辺近辺で起こっている怪現象の原因を解明し、根絶するためである。


 フェリア王国の中心、王都グローアルに建つフェリア王城内の一室で、一人の老騎士がスードからの依頼書を読んで「ふむ」と顎に手を当てた。

 ここは、フェリア王国宮廷騎士団の騎士団長を務める者の執務室。そこに座る人物はすなわち――。


「時期違いのコロージョンワームに、南の森でのレッドワイバーン出没。それに『青』の冒険者の突然死か……確かに、由々しき事態だな」

「今回の件、どうお捉えですか。ヴィルフリート・レオンハルト騎士団長」


 頑丈な執務机に座る老騎士――ヴィルフリートの呟きに、依頼書を持ってきた若年の騎士が気を付けしながら質問する。

「そう答えを急かすな……それとも、故郷での異変に焦っているのか、クリストフ?」

「は……いえ、若輩の私には故郷を案じる余裕などございません……」

「何を言うか。自分の生まれ育った地を心配するのは当然のことだ。お前は間違っていない」

「……ありがとうございます」


 ヴィルフリートが厳つい顔を微笑ませると、クリストフは恐縮しながら深く頭を下げた。

「……それに、スードからの依頼書を読む限り、そう看過できることではない。交易の中心であるスードを落とすのは我が国にとってもかなりの痛手だからな。加えて、あの街には王族……現国王陛下の甥君もいることだしな」

「それでは……?」

 クリストフが期待に満ちた目をヴィルフリートに向ける。


「ああ、調査団を送ることにしよう。指揮はクリストフ、お前が執れ。王には私が話を通しておこう」

「はっ! このクリストフ・ツィマーマン、確かに拝命致しました!」


 ビシッと敬礼を決めるクリストフに、ヴィルフリートも軽く敬礼を返して、クリストフを外に出させた。

 部下が出ていったのを確認すると、ヴィルフリートは深く息をついて、ギシッと椅子にもたれかかる。


「さて……王都からスードまでは最短で二日かかる。その間に、何も起きなければ良いが……」

 依頼書をもう一度眺めながら、ヴィルフリートは案じるように呟いたのであった。





「あ、ソウタさん。今日は直々にソウタさんに依頼がしたいと言う方がいらっしゃってますよ」

 ブレアとコクヤの騒動が終わり二日経った朝。


 いつもの喧騒に包まれる冒険者ギルドに着いた草太達は、中に入るなり職員にそう言われた。

「俺達に?」

 心当たりのない草太は首を傾げながらも、職員の案内でギルドの奥にある個室に通された。


 そこに居たのは――。

「おお、ソウタ! 待っていたよ!」

 以前大黒蜘蛛退治で知り合った、ペリオスであった。


「ペリオスさん、お久しぶりです……て言っても、三日ぶりくらいですけど」

「はは、そうだね。ハナとリフィアも元気そうで何よりだ」

 ペリオスが笑うと、花奈とリフィアもぺこりと頭を下げる。


「まあ立ちっぱなしなのもなんだ。とりあえず座ってくれ」

「「「失礼します」」」

 促されて、ペリオスの向かいのソファに三人並んで座る。


 この個室は特別な客を通すための客室の様だ。表の雑多な感じとは違い、よく整えられている。

「……それで、今日ここに来たのは、君達に直接依頼を頼みたかったからだ」

「職員の人にも聞きましたけど、それってどんな依頼ですか?」

「ちょっと王都に届け物をして欲しくてね。……これだ」


 そう言ってペリオスが置いたのは長方形の木箱だ。

「開けても?」

「構わんよ」

 ペリオスに促され、草太は木箱の蓋を開けた。

 そして、中に入っていたものを見て感嘆の息をつく。

「おお……」


 それは、一振りの短剣だった。柄に藍色の宝玉が埋め込まれ、同色の刀身が光を受けて光沢を放つ。

 素人目にも、その短剣が業物であるとわかった。

「これは……宝剣ってやつですか?」

「そんな生ぬるいものでは無いさ。――これは、神代武器と呼ばれるものだ」

「神代武器……!」

 ペリオスの言葉に草太達がざわつく。


 遥か古代の遺跡から発見される、凄まじい力を持つ武器。使いこなせれば破格の能力を得て、売れば瞬く間に億万長者になると言われる代物である。


「こんな貴重な物を、どうして……?」

「私達が君達と出会った時はね、この短剣――『ルージェン』を持ち帰っている最中だったんだ。西の港町付近にある古代遺跡からこの短剣を発掘して、この国の王に献上するためにね」

「そ、そうだったんですか……ん? 『王に献上するため』? ペリオスさんが使わないんですか?」

 花奈の問いに、ペリオスは愉快そうに笑って首を振った。


「はっはっは。私には戦う技能なんて殆どないからね。それに、歴史的な文献に書いてあったのだけれど、ルージェンは元々王族の物だったらしいんだ。だから、元の持ち主に返さなくちゃいけないって訳だよ」

「なるほど……で、その王様の居るところ……つまりは王都にこの短剣を届けるまで、俺達に護衛をしてほしいってことですか?」

「その通り! 話が早くて助かるよ。引き受けてくれるかな。報酬は弾ませてもらうよ」

「俺は構いませんけど……」


 喜ぶペリオスとは対照に、草太は思案顔で俯いた。

「ん? 何か問題でもあるのかい? ああ、もちろん君達の他にも護衛の者はいるから気負わなくても大丈夫だよ」

「うーんと……その、ペリオスさんは俺達をそんなに信用して大丈夫ですか? 俺達が悪人の可能性だってあるんですよ?」

 草太の言葉に、ペリオスは一瞬きょとんと目を見開き。


「アッハッハッハッハッ!」

 次の瞬間豪快に笑った。


 突然の行動に、草太達は唖然としてペリオスを凝視する。

「いやぁ失礼。そうか、君は不思議な人なんだな。うんうん、その心配も理解できるよ」

「えっと……」

「まあ率直に言って、君達が悪人かどうかは知らない。でも、私の勘が信用できるって言ってるからね。私は私の勘を信じているだけさ」

「勘……ですか?」

「そう馬鹿に出来たものでもないよ。こう見えて商人として色んな人間に出会ってきた。中には聖人のような人間もいれば、極悪非道の詐欺師だっていたものさ。そのたびに艱難辛苦(かんなんしんく)したよ。けれど、だからこそその経験で培われたものがある。それが、人を見る目だよ」


 懐かしそうに遠くを見るぺリオスの話に、草太達は黙って聞き入る。

「そんな私の目が、君達を信用の足る人物であると言っている。だから、君達にこの依頼を頼みたいんだ」

 そう語るぺリオスの瞳は、普段の柔和なものとは違い、灯火のように熱く輝く『商人の目』であった。


(この人は、本気なんだな。本気で俺達を信じている……。なら、俺達も答える義務がある。それに……)

 草太は自分達が敵の懐に居ることを思い出し、一度他の街に行って体勢を整えた方がいいなと打算を働かせる。


「……わかりました。その依頼を受けます。いいよな?」

 草太の確認に、花奈とリフィアも強く頷いた。

「おお、やってくれるか! ありがとう。それでは明後日の朝にこの街の北にある門の前に来てくれ。貴族区を抜けた先にある。そこに私の商会の人間と他の護衛も来る予定だ」

「わかりました。明後日の朝ですね」

「草太くん、まだ貴族区に行ったことがないけど大丈夫かな?」

 草太が頷くと、隣の花奈が心配そうに尋ねてきた。


「俺は花奈みたいに方向音痴じゃないから、安心しろよ」

「~~っ!」

 草太がからかうと、花奈が無言で肩パーンしてきた。

「いってぇ! ごめん、冗談だって」

「ですが、事前に調べておいた方が良いのでは?」

「まあそうだな。それじゃあこれから貴族区の方に行ってみるか」

「おお、それなら私が案内しよう。まだ先日のお礼もしていないことだしね」

 草太達の会話に、ぺリオスが割って入る。


「えっ、いやそれは悪いですよ。ぺリオスさんも忙しいでしょうし」

「ちょうど大きな仕事を終えたばかりだから、今は時間があるんだよ。遠慮はしなくていいさ」

「は、はあ……それじゃあお願いします」

 ぺリオスの熱意に押され、草太達はぺリオスに案内を受けることにした。


 スードの街北に広がる『貴族区』はその名の通り多くの貴族達が住まう区画だ。だが平民に開かれていないのかというとそういうわけでもなく、金を持っていれば誰だも住むことができ、貴族区限定で開かれている店で買い物をするのも自由である。

 そんな実態から、『富裕区』などと揶揄されたりもしている。


「あそこが高級宝飾店『ユヴェーレン』、その隣が有名服飾店『クラーラ』、それと向かいにあるのが王都でも随一の人気を誇る料理屋『クロワーゼ』だ」

 貴族区を通る大通りを歩きながら、ぺリオスが色々な店を指さして説明していく。と言っても、どの店も今の草太達には足を踏み入れることもできない高級店なので、あまりありがたみのない情報だ。

「それであそこは――」

「あ、あのっ! ぺリオスさん、俺達は今どこに向かっているんですか?」

 親切心に申し訳なくなって、草太が話を遮った。


「ん? おお、そう言えば言ってなかったね。今向かっているのは私の商会の本拠地だよ。そこなら美味い茶も出せるからね」

「ええ、そんなの悪いですよ! わざわざお邪魔しても……」

「先日のお礼のこともある。そこでやった方が効率がいいんだよ」

「そ、そうなんですか……」

「ああ。だがまあ、少しだけ有用な店を教えてあげようと思ってね。きっと、これからの君たちに役立つだろう」


 そう言いながら、ぺリオスはずんずんと先に進んでいく。

 花奈は不安そうにあたりをきょろきょろと見回して、心配そうに呟いた。

「そ、草太くん……私達怪しい壺とか売りつけられないかな……」

「大丈夫だろ…………多分……」

 草太も同様に、か細い声で返した。

 ちなみにリフィアはと言えば、興味津々な様子で色々な店を眺めていた。


 少し歩いた所で、ぺリオスが不意に立ち止まった。

「おお、ここだここだ」

 ぺリオスにつられて、三人も立ち止まる。そして目の前の建物を見上げて、驚愕した。

「でっけえ……」


 それは、高さが優に十五メートルはある巨大な建造物であった。建物自体の大きさもそこらの建物と比べ物にならないぐらいに大きい。

 乳色の石で組み込まれた外観に、赤レンガの屋根が良く映えている。屋根の下には、大きな看板にこれまた大きな文字で『ペリオス商会』と書かれている。


 これまで見たどの建物よりも巨大なその建物に戦慄しながら、草太はわなわなと口を開いた。

「ま、まさかここが……」

「そう! この建物こそが我が『ペリオス商会』本部さ!」

 草太達の表情はいざ知らず。ペリオスは得意げに、高らかに言い放ったのであった。


「大変なことになった……」

「ど、どうしよう……」

「私達がこのような場所に居てもいいのでしょうか……」

 豪奢な応接室に通された草太達は、出された紅茶を震える手で持ちながらひそひそと話し合う。


 当のペリオスはと言えば、部下に「客人が来ています」と言われて別の部屋に行ってしまった。

 なので今ここには草太達の他に、殆ど面識の無いペリオスの部下達が居る状況だ。


(かんっぜんにアウェーじゃん……)

 紅茶を啜りながら、草太は肩を縮こまらせた。

(あっ、美味(うめ)ぇ)

 かなりの高級茶なのだろう。甘い香りが鼻腔をくすぐり、癖がなく飲みやすい。


 心無しか、少し落ち着いてきた気もする。高級茶恐るべしだ。

「一息つけましたか?」

 丁度そこに、ようやく草太達が知る人物が現れた。

 ペリオスの部下、フンドだ。


 フンドはその厳つい顔を申し訳なさそうに歪めながら、草太達の向かいに座った。

「すみません、招いた客人に何もおもてなしらしいことも出来ずに」

「いえ、気にしないでください。それで、ペリオスさんはどうしたんですか?」

 花奈が尋ねると、フンドは苦笑いのまま答えた。


「会長は取引先の人と話をしています。その相手が、明後日あなた達と共に行動する護衛隊の長です」

「え、それじゃあ挨拶しないと……」

「ああ、大丈夫ですよ。後で二人一緒に来ると言ってましたから。それまでゆっくりしていて下さい」

「ゆっくりしろと言われても…」

 花奈は困ったように周りを見渡した。自分達を囲むように部屋に配置されたペリオス商会の人間達。その様子はまるで、自分達を見張っている……いや、見定めているかのようであった。



 気を紛らわすために、草太はフンドに話題を振ることにした。

「……そう言えば、フンドさんは護衛につくんですか?」

「いえ、私は会長と一緒にこの街に残ります。抱えている商談もいくつかある事ですしね」

「それじゃあ、ペリオス商会からは誰を出す予定なんですか?」

「まあそれなりに腕の立つ人間を五人ほど…と言ったところですね。充分な戦力になると思いますよ」

「なるほど。護衛の人数は全体で何人くらいになりそうですかね?」

「あまり大人数ですと、賊に目をつけられる可能性もありますので、比較的少ない人員になるかと。ソウタさん達も含めて二十名程ですかね」

「確かに、その通りですね」



 それからしばらくの間、草太達は明後日の護衛任務についてフンドと話し合った。

 十五分ほど経った頃。ようやくペリオスが客室に入ってきた。隣には恰幅のいい橙色の髪をした中年男性を引き連れている。



「いやぁお待たせお待たせ! ついついアインズとの会話が弾んでしまった」

「会長……余り客人を待たせるようなことはしないでください」

「いやぁすまなかった。みんなで一体どんな話をしていたんだ?」

「明後日の護衛任務についてですよ。情報の摺り合わせは重要ですからね」

「ああ! うんうん、それは大変いい事だ。明後日の護衛と言えば、こちらのアインズもその護衛に参加するんだよ」


 ペリオスが隣にいる男性を見遣る。アインズと呼ばれたその男性は、礼儀正しく草太達にお辞儀をした。



「アインズです。君達がペリオスさんの言っていた冒険者達だね。護衛の際には色々手を借りると思うけど、よろしく頼む」

「こ、こちらこそよろしくお願いします。俺はソウタと言います。こっちが仲間の花奈、それとリフィアです」



 ラノベなどの影響で、金持ちで太めの中年男性は悪いヤツと言う先入観を持っていた草太は、予想外の礼儀正しさに若干どぎまぎしてしまった。


「私は人材派遣を主にした商会の主でね。君達も仕事が見つからない時は来るといい」

「ご、ご丁寧にどうも……」

「……なるほど、ペリオスさんの言う通り内気な性格なんだね」

「すいません……」

「いや、良いよ。そこは人それぞれだからね」



 アインズは優しく微笑む。

(この世界の金持ちは善人しかいないのか……逆に落ち着かない……)

 そんなアインズに、草太は苦笑いしながらそんなことを思ってしまった。



 と、ペリオスが執り成すようにパンと手を叩いた。

「そうそう、今日は三人に先日のお礼がしたいというのもあったんだった。まだ時間は大丈夫かい?」

「大丈夫ですけど……でも本当に気にしなくていいですよ。この紅茶とお菓子だけで充分ですし……」

「商売人は、対等な立場じゃないと気が済まないんだよ。だから私は君達に報酬を与えないと気持ちの整理が付けられない。職業病ってやつだね」



 遠慮する草太に、ペリオスが頭を掻きながら話す。どこまでも誠実な善人だ。

「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」

「うん! それじゃあ私についてきてくれ」

「あ、それでは私はこれで。ソウタ君、明後日はよろしく頼むよ」

「あ、はい! こちらこそ!」

 アインズはそう言って、客室から出て行った。


 ペリオスはそれを見送ると。

「よし、こっちだ」

 そう言って歩き出した。



「前言撤回させて下さい。やっぱり報酬はいりません」

 しばらく商会の建物内を歩いて辿り着いた一つの部屋の入口で、草太はそう呟いた。

「何を言うんだ! 貰ってくれなければ困るよ!」

「いや無理ですって! こんな豪華な物貰えるわけないでしょう!?」


 草太はそう叫んで、自分の目の前にある武器防具の山々――頑丈そうなプレートメイルからかなりの業物であると一目でわかる大剣まで幅広く取り揃えている――を見て、悲痛の面持ちでツッコミを入れた。



「安心してくれ。これは探索の際に見つけたものを個人的に残しておいたものだ。商売品では無いから安心してくれ」

「安心できませんねぇ! それってペリオスさんの宝物ってことじゃないですか!?」

「はっはっは。ただの趣味でとっおいたものだ。才のある若者に使ってもらった方が、こいつらも幸せだろうよ」

「そ、そんな事言われても……」

「ソウタ、そろそろ腹を括りましょう。ペリオス殿の厚意は受け取るべきです」

 草太が尚も断ろうとしていると、横のリフィアが肩を叩いた。



 予想外の言葉に、リフィアを見て抗議する。

「そうは言ってもなリフィア……っておい、その手に持っているものは一体なんだ」

 そこで、リフィアの手がしっかりと一本の弓であった。


 弓に詳しくないのでよく分からないが、恐らくかなりの逸品なのだろう。リフィアのきらきらと輝く瞳を見れば自然と察せられる。

「おまえ……」

「貰える物は貰える時に貰っておくべきだと思います」

 などと訳の分からない事を供述するエルフの美少女。どうやら、想像以上に世俗的のようだ。



(こいつマジで金銭面で見張っておいた方がいいな)

 ため息をついて、草太は改めて決意した。


「おお、リフィアはお目が高いな! それはとある有名なエルフの弓職人が作った名弓『フィラーテ』だ!」

「やはりエルフが作った物でしたか……。さぞや高名な方なのでしょうね……」

「それは勿論。私も会ったことは無いがね。何せ彼はエルフの聖地『エヴァーガーデン』に住んでいるのだから」

「え、『エヴァーガーデン』ですか!?」

「そうそう。私はちょっとしたツテでエルフの商人と仲が良くてね……」



 会話に花を咲かせる二人は放っておくことにして、草太は花奈の方を向いて、味方であることを祈りながら、草太は声をかけた。

「花奈はどうする? 流石にこれは気が引け……」

「…………綺麗……」

「ブルータスお前もか」

 だが、時すでに遅し。花奈は紅玉の埋め込まれた指輪を見ながらうっとりと呟いていた。



「草太くん、私は自分を抑えきれない……」

「なんでお前らはそんなに欲望に忠実なんだ……」

 駄々っ子のように草太に訴える花奈を見て、草太は呆れ呻いて頭を押さえた。


 実際草太だってこの魅力的なアイテムの山々を前にすれば心が躍る。だが、ペリオスへの申し訳なさというか、日本人的な謙虚さが辛うじて欲望を押さえている状態だ。

 だが、リフィアはともかく花奈もこんな状態なら、自分も欲望に忠実に生きても良いのかもしれない。と、そんな考えが頭をよぎった。



「………………」

「草太くん……」

「ソウタ……」

 誘惑するように自分達が選んだ物を見せつけてくる花奈とリフィア。天使の施しと悪魔の囁きが右脳と左脳を刺激する。



「くっ……俺は負けない……こんなところで、負けるわけにはいかない……!」

 歯を食いしばって目を瞑る。だが、彼の右手は段々と近くにあるプレートメイルへと伸びていく。

「あっ……ああ…………」

 草太は呻く。それでも手は止まらない。少しずつ、されど確実に、近付いていく。



 そして――。


 ピトッと。その手が銀色のプレートメイルに触れた。ひんやりとした触感が、草太の手に伝わる。

 その冷たさを感じた瞬間、プレートメイルを抱えて床に座り込んだ。


「うっ……ああ……あああ……」

「……草太くん。草太くんの選択は間違いなんかじゃないよ」

「ええ……それは、私たちが保証します」

「俺は、俺はなんてことを……」

「草太くん。泣かないで。私達がついているから……」

「そうです。あなたは安心して、そのプレートメイルを使えばいい」

「ふ、二人とも……」



 草太が二人の顔を見上げて、震える声で声を漏らすと。


「はい、茶番はそろそろ終わりでいいんじゃないかな」


 横でずっと成り行きを見守っていたペリオスが、さすがに呆れた様子で止めに入った。



「「「あ、はい」」」

「……君たちも存外変わっているな」

 三人が一斉に真顔でペリオスを向く。ペリオスは苦笑しながら草太が手に取ったプレートメイルを指差した。

「それは冒険者の聖地『アンスロコーラ』で作られたものだ。材料はお手軽な『銀鉄』を使っている。見た目に反して軽いだろう?」

「あ、はい。確かにかなり軽いですね」

 草太がひょいひょいと胸当てを弄ぶ。想像していたのはもっと鉄の塊のような重量だった。



「それが『銀鉄』の利点なんだよ。耐久性はやや劣るが普通の鉄より軽いから、動きやすいんだ」

「そうなんですか。……あの、本当に良いんですか? 俺達、ここまでしてもらっても何も返せないですよ」

 草太が困り顔で言うと、ペリオスは再び呆れ顔になった。



「まだそんなことを言っているのか、君は。それに、これは私からの恩返しだ。それのお返しなんていらないよ」

「でも……」


 尚も煮え切らない草太に、ペリオスは一度ため息をついて真面目な顔になる。

「……はあ、仕方がない。あまり話したくはなかったが……あの日、君達が救ったものはなんだと思う?」

「えっと……紹介の人達の命とか……ですか?」

「勿論それもある。だけど、一番重要なのが他にもあるんだ」

「……? それは一体……」

「それはね、『商会の未来』だよ」

「商会の……未来」

「神代武器『ルージェン』の探索にはかなり大きな期待がかかっていた。投資された金額も大きい。それ故に、失敗したときの責任は想像できないほどに大きいんだ」



 重い表情で語るペリオスに、草太達は黙って聞き入った。

「もし、あのまま『大黒蜘蛛』にやられて、『ルージェン』の行方が永遠に失われていたら、この商会は全ての責任を負って、重さに耐えきれずに潰れていただろう。百人の部下達は路頭に迷い、その家族達も同じだ。『大黒蜘蛛』に追われている間、私はそれが一番恐ろしかった。彼らの未来を、商会の未来は何としてでも守り切りたかった。……わかるかい。君達が守ったのは『そういうもの』なんだよ」



 言い終えて、ペリオスはにこりと微笑んだ。暖かく、優しさに満ちた笑みだった。

「……だから、遠慮なんてしないで欲しい」

「ペリオスさん……」

 草太の胸の中に、ぬくもりが溢れ出す。自分達の行動がここまで大きなものだになるなんて、思わなかった。


 けれど、嬉しい。


 自分達をここまで認めてくれる人に出会えて、本当に嬉しい。


「……わかりました。ペリオスさんの気持ち、確かに受け取りました」

 草太がまっすぐな瞳で見つめると。


「ああ、よかった」

 ペリオスはいつもの快活な笑顔で、そう言った。



 ペリオス商会会館を出ると、外はすっかり赤く染まっていた。

「そろそろ夕飯の時間だね」

「急ぎましょうか」

 花奈とリフィアがそんなことを話す。

「んじゃ行こうか」

 そして草太がそう言って歩き出し、二人がついてくる。



 先ほどのおふざけもそうだが、三人の関係も少しずつ良くなっている気がする。少なくとも草太は二人を信頼しているし、二人もきっと草太を信頼してくれているだろう。

「……二人とも、これからもよろしくな」

「ふぇ?」

「ど、どうしたんですか急に……?」

「いやなんでもないけど……え、そんなに驚くこと?」

 草太が若干傷ついたように口をとがらせる。そしてその後、三人同時に吹き出した。



 しばらく笑った後、草太が思い出したように口を開く。

「そう言えば、花奈がもらった指輪ってどんな能力があるんだ?」

「ああ、そういえば草太くんは聞いてなかったね。これは『緋眼の指輪』っていうらしくて、炎系統の攻撃に耐性がつくんだって」

「かすかに精霊の力を感じるので、加護の類でしょうね」

「へー、それはまた良いものをもらったな」

「うん! ……ペリオスさんに感謝しなくちゃね」

 花奈が指輪をなぞるように呟く



「……ああ」

 草太も深く頷く。


 そしてふと、立ち止まって彼の拳を前に出した。

 二人が怪訝な顔で立ち止まる。

「ちょっと今の気持ちが燻っている間にやっておきたくて。……を、……するんだけど」

 草太が若干照れながら説明すると、二人共笑って自らの拳を前に出した。



 三人の拳が真ん中に集まる。

 それを見て、草太はすぅっと息を吸い――彼の決意を口にした


「ペリオスさんのためにも、明後日の依頼は必ず達成しよう」

「うん!」

「はい!」


 三人は強い意志の元、互いに拳をぶつけ合った。


読んでいただき、ありがとうございます!

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