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童貞男子高生の紡ぐ転生神話  作者: 大庭青葉
第2章 異世界探索・初級
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第10話 宿泊者のやすらぎ



 草太の買ってきた魚をロゼッタが見事に調理し、その日の夕食はいつも以上に賑やかで暖かい雰囲気だった。


 厨房で皿を洗いながら、ロゼッタは夕食の風景を思い出し自然と笑をこぼす。

「ご機嫌ですね、ロゼッタさん」

「ええ。あの子達と一緒にいると、まるで若い頃に戻ったみたいに楽しいわ」

 それを見たエリザが耳をぴこぴこさせながら、洗い終わった皿を拭いていく。



「……いい人達ですよね、冒険者にしては珍しく」

「それは他の冒険者に失礼よ?」

 エリザが容赦なく言うと、ロゼッタはくすくすと笑う。


「……だからこそ、彼らの安寧は守らなければいけない」

「……はい」

 ロゼッタとエリザは、そう言って不意に黙り込む。


 しばらくの間、二人は無言で皿を洗い続ける。水の流れる音と、食器のぶつかる音が厨房に響く。


 そして、ピクピクっとエリザが耳を震わせ、静かに呟いた。

「――ロゼッタさん」

「……ええ、お客様が来られたようね」

 ロゼッタもまた、静かに答える。


 二人の声は、先程までの談笑が嘘のように冷たく、鋭い。

 短く言葉を交わしただけで、二人は厨房を後にした。



 夜闇に紛れ、二人組の人物が『やすらぎの宿』の裏庭に降り立った。

 一人は短髪に切りそろえられた銀髪の男。もう一人は炭のように光沢のない黒髪の男だった。



「ここが、今回の獲物がいる場所か」

 銀髪の男が確認するように呟くと、黒髪の男が外観を眺めてにぃっと笑う。

「良い雰囲気の宿じゃねーか。私用で来たかったぜ。なあブレア」

「確かにな、コクヤ。……一先ず一階の窓まで行くぞ。事前の調べではそこが一番侵入経路に適していた」

「ほいほい」

 闇夜の中で、二人組の男は静かな声で言葉を交わした。



 『黒の巨人』の暗殺部隊に属するブレアとコクヤは、これまでに多くの要人を殺してきた生粋の殺し屋だ。

 しかし長い暗殺稼業の中で、彼らは初めてとも言える標的を今夜殺すことになっている。



「しっかしまあ、冒険者になりたてのガキに俺達を仕向けるなんてなぁ。いまいち乗れねぇな」

 コクヤがぼやくように呟くと、ブレアも面白くなさそうに答える。



「カブールの命令だからしょうがないだろ。俺だってこんな面白くねぇ仕事はやりたくない」

「……いっそのこと、反乱でも起こしちまうか。もう他に仲間もいないことだし」

「やめとけやめとけ。俺達じゃあ束になってもカブールとミレーラには勝てねーよ」



 コクヤの提案に、ブレアは馬鹿馬鹿しいと首を振る。それを見てコクヤも「だな」と自嘲気味に笑った。

「……それに、カブールの側にはあのメアリが居るしな」

「ああ、おっかねぇ……。あいつの側には近寄りたくないぜ……」

「俺もだ……っと、ここで止まれ」



 短めの会話を終えて、二人は一つの窓の前で立ち止まった。

「ここが宿主の部屋から一番遠い場所だ。入ってすぐ左に行けば、二階への階段がある」

「さすが下調べに定評のあるブレア! ほんじゃ、ちょいと失礼して……」

 コクヤがブレアの肩を叩き、懐から鋭利な刃物を取り出す。


 窓に刃物を押し当て、そのままくるりと回した。小さな甲高い音と共に窓にぽっかりと穴が開く。

 その穴から腕を入れ、中にある蝶番を外した。

「……っと、こんなもんだな」

「よし、行くか」

 窓が開くのを確認して、いよいよ二人は宿の中へ入ろうとして――。



「あらあら、入口はそっちじゃないわよ」


 落ち着いた、一人の女の声を聞いた。


「誰だ! ……って、はぁ?」

 コクヤが素早く声のした方を振り向く。だが声の主を確認すると同時に、信じられないと言った表情で声を出した。



 月明かりを背に立っていたのは、顔に皺のある老婆――この宿の主、ロゼッタだった。

「なんだ、婆さんじゃねえか。こんな夜に出歩いてちゃ、老いぼれの体に響くぜ」

 完全に気を緩めたコクヤが、小馬鹿にしたように言う。


 ロゼッタはくすくすと笑い、不敵に微笑んだ。

「ありがとう。それじゃあ早く終わらせましょうか。彼等が起きてしまってはいけないし」

「……あぁ?」

 その言葉に、コクヤは怪訝そうに首を捻った。

「――コクヤ!!」

 直後、ブレアが鋭い叫びを上げる。



 次の瞬間、コクヤの体は横に弾き飛ばされていた。

「っなぁ……!」

 とっさにガードした腕に感じる重い衝撃に、コクヤは思わず呻いた。

(なんて重い蹴り……! 一般人のそれじゃねぇ!)



 素直に驚くコクヤの目の前に、音も無く一人の少女が降り立つ。『やすらぎの宿』唯一の従業員であるエリザだ。

 その両手には無骨な出刃包丁を握り、冷徹な瞳でコクヤを見据えている。



「今の一撃は、てめえの仕業か?」

 コクヤの問に、エリザは無言で頷いた。

 その答えに、コクヤは好戦的に笑う。

「――やるじゃねぇか。……思っていたよりも、楽しめそうだ!」



 懐から彼の武器を抜く。それは、闇夜に紛れるほどに黒く、刺突するのに特化した尖った形状をしている。

 片手に一つずつ握れるほど小さく、投擲にも使えそうだ。



「極東の国でよく使われている暗器だ。見るのは初めてか?」

「……はい。ですがどうやら、あなたと私の戦い方は似ているようですね」

「そういうこった……。……それじゃあ、始めるとするか!!」

 

 コクヤのその声を合図に、獣人の少女と暗殺者の男が月明かりの下でぶつかり合った。



「コクヤ!! ――っ、なんだよ、これは!」

 コクヤに近寄ろうとしたブレアだったが、目の前に無数の蔦が生え始め、彼の行き先を阻む。そして、底冷えするかのような、声。


「貴方の相手は、私よ?」

「――ちぃっ!」

 この女はやばい、そう直感したブレアは大きく跳躍し、ロゼッタから距離を取る。

「せァ!」

 そうして、無詠唱で魔法を唱え、辺りに黒い霧を張る。



「闇魔法、【ダークミスト】ね。私の視界を封じて奇襲をかけるのかしら?」

 ロゼッタは周りに浮かぶ黒霧を眺めて、思案顔で呟いた。


「気配を完全に消して、自らの位置を悟らせない。……素晴らしいわ。あなた、かなり訓練された暗殺者なのね」

「そりゃどう……もっ!」

 呑気に考察するロゼッタの背後からブレアが飛び出す。

(もらった――!)



 確信の元に手に握る短刀を振りかざし、ロゼッタの細い首へと目掛けて振り下ろした。


ここ(・・)でなければ危なかったかもしれないわ」

 だが、彼の腕に何かが巻きついてそれをさせない。

「なん……だと……!」

 自分の腕に巻きついた木の枝を見て、ブレアは驚愕して呻いた。

 自分の膂力よりも強い木の枝が、腕を締め付ける。



「……お前、何者だ! ただの宿主じゃないだろう!?」

 焦燥と驚愕に苛まれ、ブレアは喚くようにロゼッタに問う。

 そんな彼とは反対に、ロゼッタは涼しげに微笑んだ。

「あら、私は正真正銘ただの宿屋の主人よ。それ以上でも以下でもないわ」



「このっ……! 【ウィンドランス】!」

 ロゼッタの答えにブレアは舌打ちし、自分に巻きついている木の枝に向けて魔法を放った。

 思惑通り木の枝に大きな穴が開き、ブレアは拘束から逃れることが出来た。



 次いで辺りを見渡し、強ばった笑顔で呟く。

「……おいおい、コクヤはどこいったんだよ……?」

 さっきまでそこに居た仲間は、跡形もなく消え去っていた。



「お連れ様なら、エリザがお相手をしているはずよ。安心してちょうだい」

 焦りの表情を浮かべるブレアに、ロゼッタが静かに言葉を伝える。

 月夜に照らされる彼女の顔は、どこまでも静かで、言い知れぬ恐怖があった。

「このクソババア……っ!」

 悪態をついて、ブレアはもう一度【ダークミスト】を使い、ロゼッタの視界を塞いだ。



 だが、今回の彼の狙いは奇襲ではなく、退避だ。

(冗談じゃねぇ! あんなやべえ婆さんと戦えるかよ! なんだあの植物は! 植物を操るなんて、あいつは『植人族』か何かなのか!?)

 得体の知れないロゼッタの力に、ブレアは一度本拠地に戻って戦力を整えなければならないと考えた。



「コクヤ、コクヤ! 戦うのをやめて、さっさと逃げろ! 俺達じゃ勝てそうにない!」

 手に持つ小型の通信魔道具に向かって、ブレアは焦燥のまま喚いた。

「……そんなの、出来るもんなら……とうにやっている……!」

 返ってきたのは、剣戟の合間に聞こえるコクヤの苦しそうな声。



 彼が戦っている少女もまた、とんでもない使い手であることをブレアは悟った。



 『やすらぎの宿』一階の廊下では、コクヤとエリザがお互いの武器をぶつけ合っていた。

 コクヤの暗器とエリザの包丁がぶつかり、甲高い金属音が響く。

「くっそ……! 中に誘い込んだのはそういうことかよ!」

 コクヤは自身の周りを飛び跳ねる狼の獣人を見ながら、忌々しそうに呟いた。



 エリザの戦闘方法は、壁や天井を縦横無尽に駆け抜けて相手を撹乱し、強襲することだ。

 そのためには屋外よりも室内の方が効率がいい。

(まんまとはめられた……)

 本来、コクヤの戦い方も室内で本領を発揮するものだ。そのためエリザが宿の中へ逃げ込んだ時はこの勝負に勝ったと思った。



 だが、現実は逆。エリザは彼の想像以上に素早く巧く、そして強く攻撃を浴びせてくる。

(なんなんだこいつは……どっかの傭兵上がりか!?)


「考え事ですか? 余裕ですね」

「うるせぇっての!」

 感情のない瞳で襲ってくるエリザに、コクヤは悪態をつきながら自らの暗器を突き立てた。



「質問するぜ。……お前、一体ナニモンだ?」

 鍔迫り合いを起こしながらコクヤがエリザに問うと、エリザはあいも変わらず無表情で答える。

「私は、ただの獣人です。かつて命を救われた、ただの獣です」

「……そうかよ」

 その言葉に嘘偽りは無いと感じた。だから、コクヤは思ったことを口にする。



「お前、喋るの苦手だろ」

「……?」

「お前の言葉からは、なんもわかんねぇってことだよ!」

「っ!」

 コクヤが自身の体重を乗せて、エリザを押し切る。



 急激な体勢の変化に、エリザは思わず体のバランスを崩した。

 一瞬の好機を、コクヤは見逃さない。

「もらったァ!」

 勝利の笑みを浮かべ、エリザの白い首に向けてコクヤは暗器を振り下ろした。




「ここは……?」

 一方、外でロゼッタから逃げていたブレアは、裏庭の真ん中で呆然と辺りを見渡していた。



 否。そこはブレアが先程見た裏庭では無かった。草木が鬱蒼と生い茂り、地面には不気味な色の花々が咲き乱れ、街中とは思えない異質な光景を作り出していた。

「なん、だ……これは……」

 放心して、ブレアは呟いた。



 どこにでもある街の、どこにでもある宿が、たった数分で魔境へと成り果てているのだから、そう呟くのも無理はない。

「――私の唯一魔法、【静櫃(せいひつ)の庭園】。色々と制限や条件はあるけれど、こういう場合には便利なのよねぇ」



 立ち尽くすブレアの背後から、ロゼッタの声が聞こえる。

「ああ……そうか。そういう事だったのか」

 そこまで聞いて、ブレアは自身がどんな人物を敵に回していたのかを知った。



「予め決めた陣地内でのみあらゆる植物を操れる、【静櫃の庭園】という唯一無二の魔法……そして、ロゼッタと言う名前……」

 わななく口から、ブレアは誰に伝えるともなく声を零す。



「淑やかな口調と激しい戦闘から、裏稼業の人間や魔物、果てには竜種からも恐れられたと言われ……その能力から『庭園』の異名を持つ元・『金』の冒険者――!」



「――ロゼッタ・ロートガルテ……! 『庭園』のお前が、何故こんな場所で宿を営んでいる……!?」

「その異名で呼ばれるのは久しぶりね。……何故って、それはあなたには関係の無いことよ? ここに私が居るのは、私の意思ですもの」

「……そうかよ。それは、何よりだな」



 ブレアは全てを投げ出した表情で、虚しく笑う。

 元・『金』の冒険者だ。自分では敵うはずが無い。

 現に、周りに生えている木々が自分へ少しずつ枝を伸ばしてきている。その気になれば、自分は一瞬で捕まり、嬲り殺されるだろう。



 自身の最後を確信して、ブレアは観念してへたり込んだ。

「……一つ、聞いていいか?」

「何かしら?」

「この宿に止まっている冒険者の三人は……偶然にここに泊まっていたのか?」

「いいえ。信用のある人から紹介されて来たのよ」

「……なるほどな。と言うことは、どんな運命でも俺達はあいつらに手を出せなかったってわけか」

「あらあら。こんなおばあちゃんなのに随分と買ってくれているのね」

「ほざけよ……」



 とぼけるロゼッタに、ブレアは思わず苦笑いを返した。

「……で、どうするんだ? 俺を殺すか? やるなら楽に殺してくれ。痛いのは嫌だからな」

「まあ、思い切りがいいのね。……では、その意気に免じて、少しだけ本気でやらせてもらおうかしら」



 ロゼッタがそう言うと、何本もの枝がブレアの腕と足に巻き付き完全に自由を奪った。

 そして目の前に鋼の硬さの葉を持つ【鋼葉花(こうようか)】が咲き乱れ、次第に絡み合っていく。

「は……実際に見ると、ばかげた能力だぜ」

 眼前で不気味に変化していく花々に、ブレアは呟いた。



 やがて鋼葉花は絡み合うのを終え、螺旋状の鋼鉄の針へと変貌した。

「……それじゃあ、目を瞑りなさい。すぐに終わらせるわ」

 鋼葉花に手を添えて、ロゼッタは静かに言葉を落とす。



「ああ……」

 ブレアは覚悟を決め、そっと自身の瞳を閉じた。



「もらったァ!」

 勝利を確信した笑みを浮かべたコクヤは、迷うことなく暗器をエリザの首元に振り下ろした。


 だがその数瞬後、彼の瞳は驚き見開かれることになる。


「――【限界突破】」



 小さく一言呟き、目の前の獣人の少女はコクヤの前から跡形も無く消えた。

(しまった……! 獣人の持つ唯一魔法……!)

 理由に思い当たり、コクヤは顔を顰めた。



 普通の人間より動物の特性を強く持つ獣人は、身体能力のリミッターを外しやすくなっている。

 それが彼等のみが持つ【限界突破】という唯一魔法だ。

 この魔法を使えば、一時的に全身体能力が飛躍的に上がり、正に獣の如き能力を得ることが出来る。

 乱発は出来ないが、それだけで戦いの大勢を大きく変える必殺の一手。



「くっ……!」

 コクヤは慌てて振り向こうとしたが、その直前に彼の首元に無骨な出刃包丁が当てられた。

 ひんやりとした金属の冷たさが、コクヤの首元に手を伸ばす。

 両手は背中で組まれ、抵抗も不可能。

 打つ手が、無くなった。


「てっめぇ……」

「ここまでのようですね。如何ですか? 最後に何か言いたいことはありますか?」

「はっ……敗者に語る権利はねぇ……と言いたいところだが、一つだけ良いか?」

「聞きましょう」

「……仲間は、ブレアは見逃してやってくれ」

「……分かりました。では、目をつぶってお待ちください」


 まさか聞き入れられるとは思っていなかったが、仲間が助かるのならそれでいいとコクヤは思った。

 安心して、そっと瞳を閉じる。もうすぐ来る終わりの時を迎える準備をする。


 ――ああ、それなりに楽しい人生だった……。


 シュルシュルシュルシュルシュルシュル……。

「……って、は?」

 予想とは違った音が聞こえてきて、コクヤは思わず後ろを振り向いた。


 そこでは、エリザがそれは見事な手際でコクヤの体に縄を巻き付けていた。

「…………おい、おいおいおいおいおい! お前は一体何をしているんだ!?」

「え……縄を巻いているのですが?」

「だから、なんで縄を巻いているんだよ! 普通殺すだろ!?」

「いえ、私とロゼッタさんは人を無闇に殺すのを良しとしません。なので貴方にするのは身柄の拘束だけです」


 淡々と喋るエリザに、コクヤはますます混乱した。その間に、腕と一緒に体が巻かれ、足首でも縄が縛られていた。

「おいちょ待て……ぶぁっ!?」

 コクヤは抗議をしようとしたが、エリザに背中を押されて抵抗できずに倒れ込む。


「いってぇ……おいお前! これからどうするつもりなんだよ!?」

「とりあえず、ロゼッタさんの方に連れていきます。それでどうするか相談します」

「なっ……」

 なんと悠長なことだ! コクヤは内心で呆れとも驚きともつかない叫びを上げる。


 と、そこでコクヤはブレアのことを思い出した。

「お、おい待て。ブレアは? ブレアはどうなったんだ!?」

 コクヤの問いに、エリザは「ああ」と頷いて、一言。

「大丈夫だと思いますよ」



「………………?」

 死を覚悟して目を瞑ったブレアだったが、いつまで経っても体に衝撃を感じないことを不思議に思い目を開けた。

 眼前には、螺旋状に絡み合った【鋼葉花】が自身の心臓の直前で止まっていた。


「なん……で……?」

「はい、これで私の勝ちよ。大人しく言いなりになりなさいな」

 放心するブレアの耳に、ロゼッタの意味不明な声が届く。


「勝ち……?」

「ええ。私と貴方の生死を賭けた勝負は、私の勝ちよ」

「……どうして、殺さないんだよ……」

「殺すのは好きじゃないの。意味もなく人の血を見るのはもう沢山」

 ロゼッタは心底憂鬱な表情でやれやれと首を振る。


「俺を生かして、どうするつもりだ……?」

「それはもう考えているのよ。でも、エリザ達が戻ってきてからにしましょうか……あっ、噂をすれば。こっちよー!」

 後ろを向いたロゼッタがにこやかに手を振る。その先には……。なんともまあ、みっともない仲間の姿があった。


「おい……降ろせ! なんで俺がこんな……おい、降ろせよ!」

「駄目です。あなたは一人で歩けないでしょう。だからこれが一番手っ取り早いです」


 コクヤは縄でぐるぐる巻きに縛られ、細い獣人の少女の肩に担がれてこちらにやって来た。

 仲間の不名誉な姿に、ブレアはこんな時だというのに笑いが込み上げそうになった。


「……あっ、ちょ、おろ、おろせ! おろせよこの馬鹿力!」

 ブレアに気付いたコクヤが恥ずかしそうにじたばたと暴れ回る。エリザはため息をついて、足元にコクヤを投げ下ろした。


「おぶっ」

 地面に背中から落とされたコクヤが奇妙な呻き声を上げる。いっそ哀れだった。


 そんなこんなで、暗殺を試みた二人の男はがっちりと身柄を拘束され、二人の宿の従業員の元に座らされていた。

「さて……あなた達の目的は、この宿に泊まっている子達の暗殺ということで間違いないわね?」

「「(こくり)」」

 完全に意気消沈した二人は無言でロゼッタの確認に頷く。


「あなた達をけしかけたのは誰なのかしら?」

「それは……言えない。俺達もそこまで腑抜けでは無い」

「そう……【リーディングマインド】」

「しまっ……【マインドプロテクト】!」

 ブレアの答えを聞いたロゼッタが、心を読む魔法を使用する。咄嗟のことで意識が追いつかず、ブレアの対抗魔法の発動が遅れてしまう。


 案の定、ロゼッタは完璧にブレアの心を読んでしまった。

「はい、もういいわよ。あなた達が属しているのは『黒の巨人』という組織で、あなた達に命令を下したのはカブールという男なのね」

「ぐっ……」


 ブレアは悔し顔で歯を食いしばった。

 あれほどの短時間で重要な情報を的確に読み取るのは並大抵の技術では実行できない。

(こいつ、やはり元『金』の冒険者なだけはある……)


「……なるほど。あなた達の大きな目的はよく分からなかったけれど、その目的のために彼等が必要だと……うん、よーくわかったわ」

「……おい、いい加減俺達をどうするのか言えよ。いつまでも縛られていちゃあ居心地が良くない」

「あらあら。口先だけは一丁前なのねぇ。でも確かに一理あるわね……良いでしょう。あなた達の処分を教えてあげます」


 二人がごくりと唾を飲む。視線が、ロゼッタの唇へと注視される。


「――二人には、これからここで働いてもらいます」


 瞬間、時が止まる。


「…………二人には、これからここで働いてもらいます」


「二回言わなくても聞こえてるわ! いや待ておかしい! どうして俺達がここで働かなきゃ……!」

 得意げに二回宣言するロゼッタに、ブレアがいきり立って喚く。コクヤはと言うと、ポカンと口を開けて頭にはてなマークを浮かべている始末だ。


「どうしてって、弁償よ。あなた達が暴れ回ったせいで宿屋のあちこちに傷がついているの。弁償額は大体金貨百枚くらいね。それを返し終えるまではここで働いてもらうわ」

「完全にぼったくりじゃねーか! ふざけんな、俺はこんな所で働かねーぞ!」


 ロゼッタの説明にコクヤが憤慨し、縄を解こうと立ち上がった。

 だが次の瞬間。

「あびゃあ!?」

 コクヤは突然ビクンと体を跳ねさせて、地面に倒れ込んだ。


「こ、コクヤ!?」

 ブレアが慌てて名前を呼ぶと、コクヤは「うーん」と呻く。

 死んでいないことにほっと息を吐き、その時コクヤの腕にいつの間にか金の腕輪が付けられていることに気づいた。


「……それは……?」

「『従業員化の腕輪』。私の友達が作ってくれたものよ。『奴隷化の首輪』と違って殺傷能力は無いけれど、こんな風に私達に逆らったりお客様に手を出そうとしたら鋭い痺れに襲われるわ」

「な、なんだよそれ……」

 ロゼッタの説明に目を見開くブレアの耳元で、「カシャン」と小さな音が響いた。


「は……?」

 見ると、エリザが自分の腕にコクヤと同じ物を付け終えていた。


 それは、つまり。


「あなた達は、もう逃げられないわよ♪」

「「嘘だろおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」


 にこやかに笑うロゼッタに、ブレアとコクヤは夜天に絶叫を轟かせた。




「あら、おはよう。ソウタ君、ハナちゃん、リフィアちゃん」

 翌日の朝。そこにはいつもと同じ笑顔で働くロゼッタとエリザの姿があった。

 だが、いつもと違うところもある。


「……あの、その二人はどちら様ですか……?」

 厨房から慣れない手つきで皿を運ぶ見知らぬ従業員――ブレアとコクヤを見て、草太が戸惑いながら尋ねる。


「この二人はね、昨日の夜にここで働きたいって言ってきた人達なの。丁度人手も足りなかったし雇っちゃった」

「は、はあそうなんですか……」

「そうなのー」

 ロゼッタの説明に、三人は疑問ありげにしながらも納得した。


 そんな彼等を見て、コクヤは不満顔でぼやく。

「ちっ……なーにが『雇っちゃった』だ……タダ働きじゃねーか……」

「隙を見て逃げ出してやる……絶対に逃げ出してやる……!」

 ブレアもわなわなと皿を震わせ、脱出の算段を立て始めている。

 そんな二人にエリザが冷たく声をかけた。


「二人とも、手が止まっています。急がないと今日の分の給料は無しですよ」

「「はい、急いで働きます!!」」


 ――こうして、『やすらぎの宿』に泊まる宿泊者達の安寧は、見事に守られたのであった。

読んでくださりありがとうございます!

感想、誤字脱字報告お待ちしております!


体調不良で更新が遅れてしまい、すいませんでした。皆さんも季節の変わり目の体調管理にお気をつけください。

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