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童貞男子高生の紡ぐ転生神話  作者: 大庭青葉
第2章 異世界探索・初級
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第6話 それぞれの戦い

 突如現れたコロージョンワーム達の甲高い叫びに、草太は一瞬耳を塞いだ。だがすぐに我に返り、この状況の危うさを理解する。


 密閉空間の中、周囲を魔物に囲まれ、しかも回りには他の冒険者もいない。

 自分達自身が動かなければ、無残に殺される。


「ここじゃあ地形的に不利だ! 花奈! 出口にいちばん近いやつをつぶしてくれ!」

「わかった!」

「リフィアは先頭でこの包囲を脱出して、早めに距離を取ってくれ!」

「はい!」

 素早く指示を出し、草太はリコシフォスを構えた。

殿(しんがり)は俺が務める! 花奈、やれ!」


「【ウィンドランス】!!」

 草太の号令のもと、花奈が五本の風槍を放った。

 五本の槍全てが一体のコロージョンワームに炸裂する。

「キュシャアアアア――」

 おぞましい断末魔を上げて、【ウィンドランス】をくらったコロージョンワームは地面に倒れた。


「今だ!」

 それを見て、草太達は一目散に駆け出した。

「キュシャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 走りだした草太達を見て、逃がすまいと巨大虫達が再び叫び声を上げる。


「シェアアアアアアア!!」

「っ!!」

 そして、虫達が一斉に最後尾にいる草太に向けて何かを吐き出した。

 身を投げて躱すと、地面に着弾したそれは白い煙と腐敗臭を上げて、当たった部分を溶かした。

「溶解液……!」

 顔を青ざめさせて、草太は忌々しそうに呟く。


 コロージョンワームの脅威、それは多くの武器や鎧を溶かす腐食液だ。コロージョンワームはそれを体内で生成し、獲物に向けて発射するのだ。

 武器を失い、多くの初心者達がパニックに陥る。そして、対応ができないままにコロージョンワームに捕食される。

 それが、この蟲達が『初心者殺し』と呼ばれる所以だ。


(これは、相性が悪いな……)

 草太は、先ほど花奈が仕留めたコロージョンワームを一瞥して眉を顰めた。


 風の槍によって穿たれた体からは、先ほどと同じ腐食液が漏れ出ている。

 あの蟲達を剣で斬ることは簡単だろうが、それによってリコシフォスが腐食液の餌食になる可能性が無いとは言い切れない。


「草太くん、任せて」

 悩む草太に、花奈がそう言って前に出た。

「花奈……」

「適材適所だよ。ここは私の魔法が一番手っ取り早い」

「……ああ、頼む」

 草太の胸の内を読んだかのように、花奈が優しく微笑む。


 いや、実際に読まれているのだろう。

 草太は諦めて更にもう一歩引いた。花奈がうん、と頷く。


「キシェアアアアアアア!!」

 そうこうしている内に、コロージョンワーム達が再び叫び、腐食液を放った。

「【サイクロンウォール】」

 だが、放たれた腐食液は花奈の作り上げた暴風の壁によって弾かれ、辺りに飛散する。

 前線にいたコロージョンワームの何体かの体にも腐食液がかかり、呻き声を上げた。


「これで――おしまい! 【サイクロンランス】!!」

 花奈の渾身の気迫と共に、数十に及ぶ暴風の槍が放たれる。

 暴風の槍は唸りを上げて残った四体のコロージョンワームの元へと飛来し――一体も残さず、その体を貫いた。


「キュ…………シェ…………」

 コロージョンワームは、ついに叫びを上げる暇も無く地面に倒れた。

 地響きと、微かな揺れ。その後、完全な静寂。


 辺りにはコロージョンワームの放った腐食液の臭いが立ち込め、それに触れた地面が白い煙を上げる。

「……とりあえず、ここを離れよう」

 臭いに顔を顰めながら、草太が二人に声をかける。

 花奈とリフィアも、ほうっと息を吐いて頷いた。


 全てが終わったと、そう思っていた。


 だが、三人とも気付いていなかった。

 ――腐敗臭の陰に、まだあの甘ったるい臭いが隠れているということに。


「キュシャアアアアアアアアア!!!」

 刹那。再び地中から不快な奇声が響き渡る。

 そして次の瞬間、眼前に新たなコロージョンワームが出現した。


 『ヒーゲンの香』でコロージョンワームをおびき出すことの最も恐ろしい所は、この連続性である。

 『ヒーゲンの香』の臭いは長時間辺りに充満し、その臭いが続く限りコロージョンワームは際限なくその周辺に現れるのだ。


 そんなことを、花奈もリフィアも、そして草太も知っているはずがなく。

 戦いが終わったという安心が、予想外の脅威が、彼らの動きを鈍くする。

 コロージョンワームが、後退りもできない花奈に狙いを定め、その大きな口を向けた。


「あっ……」

「花奈!!」

 呆然と花奈が呟き、草太が叫ぶ。


「【剛岩弓】!!」

 コロージョンワームが花奈に接触する直前に、リフィアの放った矢がコロージョンワームに当たった。

 コロージョンワームの巨体が揺れ、一瞬の空白が生まれる。


「二人とも、今の内に! 相手をしていては疲弊するだけです!」

「あ、ああ……花奈、立てるか?」

「う、うん」

 草太が差し伸べた手を花奈が呆然としながら掴み、草太がよいしょと引き上げる。


 そうこうしているうちに、再び地面が揺れ始め、草太は顔を顰めた。

「くっそ、どんだけ湧いてくるんだよ……!」

「ソウタ、こっちです!」

 先行するリフィアが手を招く。草太と花奈はリフィアの居る方に全力で走った。


 ようやく追いつくと、そのまま三人は一目散に逃げ出した。

 逃走しながら、草太達は今回のことを推理する。


「これは……私達はなんらかの罠に嵌められたということでしょうか」

「ああ、多分そうだと思う。それと原因は、あの虫達が出てくる直前に感じられた甘ったるい臭いだと思う」

「でも、誰がそんなことを?」

「……完全に推測だけど、『黒の巨人』の奴らなんじゃないかと思う。俺達に恨みがあるやつなんて、そいつらしかいない」


「確かにそうですね……。私達の動向は向こうに筒抜けなのでしょうか」

「そうかもしれないな……。でも今は、あの蟲達をどうにかしないとな」

「逃げるという選択肢は……?」

「他の冒険者達が襲われるかも知れない。そんなこと、有っちゃいけないだろ?」

「……草太の言う通りですね」


 草太の真剣な瞳に、リフィアは小さく頷いた。

(問題は……)

 草太はチラリと後ろを見る。

 草太に手を引かれる花奈は、俯いたまま力無く走っている。無気力な人形の様に、足取りから力を感じられない。


(さっきのはトラウマになりかねない……今の花奈に頼るのは無理だな……)

 正直、花奈の魔法による殲滅が一番確実だったのだが、恐怖心を抱いた彼女に無理をさせるわけにはいかない。


「リフィア、お前の矢であいつらを撃ち抜くことは出来るか?」

「……恐らく、不可能です。あの硬い外殻によって、私の矢は防がれてしまうでしょう……」

「そうか……俺の剣なら斬ることは出来るけど、あの溶解液が厄介だな……せめて、あれを防げれば……」


 と、草太は先程の花奈の戦い方を思い出す。

(風の壁を作って、溶解液を弾き飛ばす。……それを、剣にも応用すれば……?)

 その考えに辿り着いた草太は、即座にリフィアへある質問をした。


「リフィア、お前の精霊魔法を俺の剣に与えることは出来るか?」

「は、はい。それは出来ます。……ですが、この洞窟内で力を借りられるのは風の精霊と土の精霊のみになりますが……」

「それでいい、風の精霊の力を貸してくれ」

 草太の言葉に、リフィアは一瞬目を丸くし、次いで強く頷いた。



「【呼ぶは土・妨げる壁・アースウォール】」

 草太の呪文と共に、3枚の岩壁が顕現する。

 コロージョンワーム達を倒すためには前準備が必要だ。この壁はそのための時間稼ぎである。


「だからと言って、時間はあまり無い。リフィア、頼む」

「はい! 風の精霊よ、汝の加護を与えたまえ――【纏風(てんふう)】」

 リフィアが瞳を閉じて、リコシフォスに手を差し伸べる。魔法の詠唱とはまた違った言葉を並べ、魔力を込める。


 すると、黄金の刀身に風の渦が巻き起こった。

 ヒュォォォ……と静かな音が坑道内に響き渡る。


「……よしっ、これで大丈夫な筈だ。【呼ぶは風・風の宮殿・エアパレス】」

 風を纏ったリコシフォスを手に取った草太は、次いでもう一つ呪文を唱えた。


 風の魔法に守られたリフィアが、戸惑いの表情で草太を見た。

「ソウタ、これは……」

「リフィアは花奈を頼む。……大丈夫だ、必ず勝ってくるから」

「……はい、信じています……」

 リフィアは切なそうに微笑んで、そう言った。


 草太はリフィアと、リフィアに抱きかかえられた花奈に背を向けて、岩の壁を見据えた。

「キシェアアアアアアアア」

 いよいよ近付いてきたコロージョンワーム達の叫び声が聞こえる。


「草太くん、ごめんなさい……」

 その不快な叫びの中に、草太は掠れた懺悔を聞いた。

「……花奈のおかげで、第一波を防げたんだ。だから謝らなくていい。今は休んでろ」

 草太は大胆に、不敵に笑う。後ろにいる二人が安心できるようにと。


 そうして、最後の岩壁が突破された。

 現れたコロージョンワームの数は、先ほどの倍以上。

 洞窟内が巨大な蟲達で埋め尽くされる。


 だが、草太にとってそれは関係の無いことだ。

 後ろにいる仲間のために、全て殺せばいいだけのこと。


「――行くぞ、虫ケラ共」

 剣を構え、草太は呟いた。

『キシェアアアアアアアア!!!!』

 コロージョンワームの群れが一際高い叫声を上げ、坑道内最後の戦いが幕を開けた。




「どうやら、あちらも佳境の様だね」

 洞窟内に響き渡る絶叫に、アーシェは静かに呟いた。

「スカした野郎だな……その余裕がいつまでもつだろうな」

「……焦って先行するなよ」

「わぁってるよ!」

 アーシェと二人組の戦闘は膠着状態が続いていた。


 女の鉄球は躱され、アーシェの炎剣は男の魔法によって防がれる。

 故にお互いに決定打に至れない現状だ。


(だが、二対一でこちらが有利。それなのにここまで凌がれるのは予想外だった……! この男、本当に『赤』の冒険者か……!?)

 魔力回復の魔法水を飲み干し、男は眉をひそめた。


 と、アーシェが再び小さく呟く。

「……この戦いにも、そろそろ決着をつけるべきだね。……行こうか」

 その直後。


 剣の纏う炎がより一層強く、紅く燃え上がる。

 白髪の青年の手に握られた正義の炎が、二人の顔を照らした。


「今まで手加減してやがったのか……!!」

 女が忌々しそうに歯を食いしばり、鈍色の鉄球に繋がる鎖をきつく握りしめた。




「おらぁ!!」

 最前にいたコロージョンワームの体を切りつける。しかし傷こそ入るものの、それは致命傷にはならない。

「くっそ、体がデカすぎる……!」


「キシェアアアアアアアア!!」

「っ!」

 切りつけたコロージョンワームが叫び、腐食液を吐き出した。

 咄嗟に剣を掲げ、風の渦によって腐食液を弾き飛ばす。

(……よしっ、これなら腐食液に心配することは無いな…!)


 後は、どうしたら決定打を与えられるかだ。

(剣の大きさが、もっと大きければ……待てよ、大きければ(・・・・・)?)

 何かに気付いたように、草太は目を見開いた。


(……あるじゃないか、丁度いい魔法が!)

 不敵に笑い、大きく距離を取る。

 そして、一つの呪文を唱えた。


「【ジャイアントキリング】」

 草太の魔法が、リコシフォスにかかる。

 すると、まるで打ち出の小槌を振られたように、黄金の剣がどんどん大きくなっていく。


 白魔法――【ジャイアントキリング】。任意の物を一時的に巨大化させる。流す魔力によってサイズは自由に変えられ、効果の持続時間も伸ばすことが出来る。但し生き物にはかけることが出来ない。

 神代時に、人々が巨人と戦うために神々が授けたという魔法。



 レッドワイバーンとの戦いで、草太は自分の武器の剣だけでは巨大な敵に苦戦すると気づいた。

 そうして探し当てたのがこの魔法だ。

 今の今まで忘れてたのが悔やまれるが、後悔していても意味が無い。


「これで、対等だな。――【ビルドアップ】」

 質量も増した剣を振るため、身体強化を施す。

 リフィアにかけてもらった精霊魔法は剣が大きくなっても、その刀身に合わせて風を生み出してくれている。草太には原理は分からないが。


 だが、勝利への道は見えた。

「キュアシャアアアアアアア――――!!!」

 得体の知れない剣に、コロージョンワーム達が警戒するかのように叫んだ。


「すぐに黙らせてやる」

 ぽつりと呟く。


 次の瞬間。草太はコロージョンワームの一体に肉薄していた。

 ブンッ、と振られたリコシフォスが、巨大な蟲の体を真っ二つに切り裂いた。


「キ……」

 あたりに飛び散る腐食液。コロージョンワームの小さな呻き。

 地に倒れるコロージョンワームを尻目に、草太は剣を一振りして。


「さあ、次はどいつだ?」


「キシェアアアアアアアア!!!!」

 コロージョンワーム達がその巨体を震わせ、体当たりを敢行する。


 だが、それは悪手だった。

「らああ!」

 巨大化した剣が体当たりをしてきたコロージョンワーム達を次々と斬り伏せる。


 その度に腐食液が飛び散るが、風の精霊魔法が草太を腐食液から守る。

 花奈の魔法の使い方と、リフィアの精霊魔法と、草太の剣。

 三人のそれぞれの力が合わさった戦い方だ。


(負けるはずが――無い!)

「おあああああああああああああああ!!!」

 咆哮と共に、草太は再びコロージョンワームの群れへと駆け出した。




「凄いね、草太くんは……」

「はい。凄まじい力です」

 その後ろで、花奈とリフィアが静かに戦闘を見守る。


「……ううん。それもそうだけど、私が凄いなって思うのは、あの勇気だと思う」

「勇気、ですか……?」

「うん。あんなに大きな敵にも、草太くんは絶対に臆したりしないんだよね。……私、自分が情けないよ。さっきはあんなこと言ったけど、今は後ろで見ていることしか出来ないなんて」

「ハナ……」


 悔しさに体を震わせる花奈を見て、リフィアは言葉を詰まらせた。

「……ハナだって、強い人だと思いますよ。あの蟲達に立ち向かえるのは、強い心を持った人でなくては出来ません」

「…………うん、ありがとう。」

 リフィアの言葉に、花奈は薄く微笑んだ。


(……でも、簡単に折れてしまう)

 その心は、決して笑ってはいなかったけれど。


 そして、幾つもの断末魔の末。

 遂に坑道内は静寂に包まれた。


 黒衣に包まれた剣士の体に一切の腐食液の付着はなく、有るのは数多の巨大な蟲達の骸だけ。


 足元に散らばるコロージョンワームの残骸を見て、草太は一つ息をついた。

 そして、先程までの戦場に背を向けて、仲間である二人の元へと向かう。


 【エアパレス】を解除して、草太は二人に手を差し伸べた。

「お待たせ、終わったよ」

 草太の優しい声は、いつもより深く重く、花奈の心に響いた。


 ぽろぽろと、瞳から雫が零れ落ちていく。

「ごめん、なさい……」

「謝るなよ、花奈。お前の魔法のおかげで、俺達は今も生きている」

「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私、なにも……!」

「……そんなことは無い。俺とリフィアがそれを分かってる」

「ごめん、なさい……!」


 草太の言葉が届いているのかいないのか、花奈は泣きじゃくりながら懺悔する。


 動けなかった自分を、守られてばかりの自分を、守ることの出来ない自分を、他の誰よりも自分で非難する。


(このままじゃ駄目だ。いつまでも草太くんに守られてばかりだ)

 泣きながら、花奈は心の中で語る。

「……私、強くなる、から……草太くんを、リフィアを守れるように、強くなるから……!」

「……ああ。俺も、二人を守れるように強くなるよ」

 目を腫らしながらも強く言い切る花奈に、草太は笑って返す。


(大好きなこの人が、二度と一人で無茶をしないように。大好きなこの人が、知らない間に消えてしまわないように。――私は、強くなろう。彼よりも、もっと強く)


 ここが、森園花奈の転換点。転生した後の異世界で、彼女がどう生きるのかを、彼女自身が決めた瞬間であった。




 そして、坑道の陰でまた一つの戦いが終わりを迎えようとしていた。


 岩壁に広がる火の海。熱を持った岩が赤く煌々と輝く。

 その中心に立つのは、白髪の青年、アーシェ。手に握る炎の剣は、未だ衰えることは無い。


 そして、彼の足元と少し離れた場所には、二人の人物が横たわっていた。

「……きさ、ま……」

 アーシェから離れた場所に倒れている男は、忌々しそうにアーシェを睨んだ。


「この力があって、何故その地位に甘んじている……! お前の本来の力なら、更に上の――」

「僕にとって冒険者としての階級など無価値だ。そこにこだわるつもりは無い」

 男の呻きに、アーシェは鋭く返す。

 彼の瞳に映るものを、男は計りきれなかった。


 それほどに、このアーシェという男は未知数であり、強大であった。


「……コロージョンワーム達も全滅したようだし、僕もこれで去ることにしよう。君達は――ここで死ぬが良い」

 悪人への侮蔑を込めた瞳で、アーシェは男に言い放つ。

 そうして身を翻し、それ以上何も言わずに炎の海から去っていった。


 アーシェがいなくなるのを待っていたかのように、残った炎が激しく燃え上がった。

 もはや地獄の底と化した坑道の一画に、取り残されたのは死にかけの男女。


(ここが、俺達の、死に場所か……)

 男は朦朧とする意識の中で、そんなことを思った。

(だが、せめて、最後だけ……)

 そして歯を食いしばり、ずる、ずる、と体を這わせ始める。


 目指すのは、意識を失ったパートナーの女だ。

 目を覚ます気配は無い。もしかしたら既に死んでいるのかもしれない。

(それでも、それでも――!)


「ヒュリ、テ……」

 男は女の名前を呼ぶ。何年も呼んでいなかった、それでも大切な名前だ。


「ヒュリテ……ヒュリテ……!」

 少しずつ近付く女に、ヒュリテに、男は必死に声を投げ続ける。


 そうして、ピクリと女の指が動いた。

「ヒュリテ……!」

 一層強く、その名前を呼ぶ。


 もう少しで、互いの指が触れ合える距離。女は微かに目を開き、自分に這い寄る男の姿を捉えた。


(ああ、その顔を見るのは久しぶりだな)

 組織に拾われ、戦闘員として鍛えられ、その内に互いを仕事の間柄でしか見なくなった。


 だから、身内(・・)としてのその顔を見るのは、とても懐かしかった。


(あに)ぃ……」


 幼い頃に使っていた呼び方を、目の前の男に投げかける。

 男はぼろぼろの顔をくしゃくしゃに歪ませて、「ああ……俺だ」と答えた。


 女はそれを見て、微かに笑う。昔見ていた、大好きな彼の笑顔だ。


 男の指が女の指に触れる。炎の熱に包まれながらも、その指は暖かかった。

 そうして、ぎゅっとお互いの手を握りしめる。


 かつての幼く小さな手では無く、お互いに成長仕切った掌。

 だがそれは、間違いなくかつて握った物だった。


 女と男は互いに笑う。静かに穏やかに。かつてそうしていたように。

 二人の想いは、同じだった。


(ああ……ロクな死に方をしないと思っていたが、なかなかどうして――)


(――とても、幸せじゃないか)


 そして、炎が二人の兄妹の身を包んだ。

 燃え盛る炎の中、二人の手はいつまでも強く握られていた。

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