第5話 鉱山にて
エステル鉱山はスードの街の東に広がる鉱山だ。サラス大陸一の大きさを誇るこの鉱山は、長い時間をかけて人々によって採掘され続けている
魔法の媒体となる魔石や、武器防具に使える金属をもつこの鉱山は、スードの工業生産の要と言ってもいい。
地上から浅い場所では一般の鉱山夫や奴隷が鉄や石灰石を採り、深層の魔物が出る場所では冒険者たちが様々な希少な石を集めている。
「思ったより広いんだね」
ランタンに照らされた道を歩きながら、花奈はそう呟いた。
「確かに、天井は高いし道の幅も広いな。なんというか、整備がちゃんとされてる感じだ」
「長年採掘され続けてきたからでしょうね。この道は、人々の歩みの歴史とも言えるのでしょう」
草太とリフィアも同調する。
想像していたのは暗くて狭い洞窟だったのだが、これだと周りも見えやすいし安心して鉱石探しが出来そうだ。
しばらく舗装された道を進むと、開けた場所に出た。
半径三十メートルの空間には、ところどころに他の冒険者達が点在していた。
どうやらここは、地上と鉱山深層の中継地点の様だ。
「誰かー『光輝石』を持ってないかー? 『爆裂石』と交換してくれー」
「『風運石』と『深塩』交換してくれー」
「『金剛石』欲しい!!!!!」
広場では、一部の冒険者達が口々にそんなことを喋っている。
「あれは……何をやってるんだ?」
「さあ……」
「あ、多分物々交換じゃない? ギルドの人が、冒険者はああやって収穫物を交換したりするって言うし」
草太が首を傾げると、花奈が思い出したように言った。
「ああ、なるほどね。そういうやり方もあるんだな」
「私達も目当てのものが見つけられなかったら、ああいうものにお世話になりますか?」
「いや、相場とかがわからない内はぼったくられるに決まってるから、最初の方はやめておこう」
「それもそうだね」
そんなことを話しながら、草太達は広場を通過した。
広場の先にある穴をくぐると、そこは先ほどより小さめの道だった。
「こっからが魔物も出てくる地帯だな。俺が先頭、リフィアが真ん中、花奈が最後の縦一列でいこう。いいか?」
「うん」「はい」
三人は一列に並び、坑道内を歩き始めた。
「水晶石が採れるのは、比較的浅い層だよな?」
「うん、一番簡単で採りやすい石なんだって。初心者冒険者にうってつけらしいよ」
「毎度毎度、花奈の情報収集能力は凄いな……」
「えへへ、そうかな?」
草太に褒められたことで、花奈が嬉しそうにはにかむ。
「ところで、鉱山内で魔物はどのように現れるのでしょうか?」
「足元から這い出てきたりするのかな!?」
「いや、どうだろう。蝙蝠みたいに天井からばささーって……」
草太の言葉に、花奈が身を竦ませた。
「や、やめてよ草太くん……」
「冗談だよ、冗談」
「――いえ、あながちソウタは間違っていないようです」
「「え?」」
リフィアの鋭い声に、二人は思わず顔を上げた。
そこには、無数に煌めく赤黒い瞳。普通の生き物のような双眼ではなく、一つの大きな瞳だ。
天井に張り付いたそれらは、大きく翼を広げ――
『キシャ―――――!!』
威嚇するように甲高い叫び声を上げた。
「っっ! 二人とも、弓と魔法の準備! 確かあれは『一つ目蝙蝠』だ! 弱点の目を狙え!」
「はい!」「わかった!」
草太の指示のもと、二人が構える。
草太もリコシフォスを引き抜き、こちらに飛来する一つ目蝙蝠の群れを見据えた。
「キシャアアア!!」
蝙蝠の一匹が、草太へと牙を向く。
「ふっ!」
が、蝙蝠が噛みつく前に草太が剣を巨大な目玉に突き刺した。
「キッ……」
小さな断末魔を上げて、蝙蝠が地に落ちる。仲間を殺したことに怒ったのか、他の蝙蝠達がさらに大きな声を上げて次々と突進してきた。
「せああ!!」
黄金の剣を振るい、次々と蝙蝠達を切り落としていく。後方からはリフィアの矢と花奈の魔法が飛び、その度に蝙蝠達が辞世の叫びを上げる。
(まだだ……もっと、もっと速く……!)
一匹、また一匹と蝙蝠を屠っていきながら、草太は歯を食いしばる。
草太は自分の戦いに一つも満足などしていない。
剣速が遅い、反応が遅い、筋力が足りない、技術が足りない、経験が足りない。
自分は圧倒的なまでに、弱い。
昨日の今日で強くなるはずもないことは分かっている。だが、そんなことは草太には関係ない。
今すぐに強くなりたい。弱いままではいけない。
だって自分の後ろには、大事な仲間が二人もいるのだから。
「うおらあ!!」
気合一閃。一息に薙いだ剣が、群がった蝙蝠達を横に切り裂いた。
「キ……キキキー!!」
残った一つ目蝙蝠達が一目算で逃げ出し、鉱山内での初戦は幕を閉じた。
「……ふう、お疲れさん。二人とも、怪我はないか?」
周りに敵がいないことを確認して、草太は一息ついて花奈とリフィアに声をかけた。
「……ん? どうしたんだ?」
と、二人が目を丸くして草太を見ていることに気がついた。
怪訝そうに草太が尋ねると、花奈がツカツカと近寄って――
「痛っ」
ぐいっと草太の腕を引っ張った。
予想外の鋭い痛みに、思わず声をあげる。
見ると、二の腕の辺りに噛まれた痕があった。気付かないうちに攻撃を喰らっていたらしい。
「……か」
「え?」
花奈が小声で何か呟くが、よく聞き取れず聞き返す。
「バカー!!!!」
そして、大声の罵倒を浴びせられた。
「な、え、な、なんだよ……」
草太は目を白黒させて、花奈から後ずさる。だが、腕をがっちりと掴まれ離れることはできない。
リフィアに助けを求める視線を送るが、リフィアは当然だといった様子で無視を決め込んでいる。
「あの、花奈さん……?」
「どうして……」
「え?」
「どうしていつも一人でなんとかしようとしちゃうの!?」
「っ……それは……」
花奈の弾劾に、草太は言葉を詰まらせた。
「今の戦い、草太くんが何回攻撃されそうになったかわかる? 十回以上だよ! この傷にも気付いてないし、もっと自分を大切にしてよ!」
「その……」
「『いのちだいじに』なんでしょ? でも草太くんは、自分をそこに含めてないよね!」
「っ……」
「いつも私とリフィアのことばっかりで……それは、ありがとうなんだけど……草太くんは自分のことをもっと大切にしなきゃ。……私達だって、草太くんのこと考えてるんだよ」
「……うん、ごめん。ちょっと、焦ってた。本当に、ごめんな」
「……わかってくれれば、いいよ」
ソウタが謝ると、花奈は腕を放して、回復の魔法を唱えた。
傷が癒えて、痛みも引いていく。
「ありがとう」
「いーえ」
草太がお礼を言うと、花奈は珍しく澄ました表情でそっぽを向いた。
「それと、リフィアも何か言っちゃってよ!」
「うええ……」
花奈がリフィアの方を向いて、草太への糾弾を促す。草太は思わず苦虫を噛み潰した顔をしたが、身から出た錆なので仕方がない。
「私の言いたいことは、花奈が言ってくれましたので……ですが、一つだけ」
「……」
ごくり、と草太は唾を飲み込む。
「あの様な戦い方は、『後衛なんて必要ない』と言われている気がして……少し、寂しいです」
「……そうか。うん、ごめん。次からは気をつける」
切なく微笑むリフィアに、草太は素直に頭を下げた。
(……でも、だったら……俺はどうやったら一人でも戦えるくらい強くなれるんだ……?)
そうして、更に頭を悩ませるのであった。
一悶着した後もしばらく鉱山内を歩き、ようやく目的の鉱石を見つける事ができた。
「これが『水晶石』……」
「綺麗……」
岩肌から露出した、青白い輝きを灯した石を眺め、草太と花奈は感嘆の声を上げた。
『水晶石』はこの世界で最もメジャーな鉱石だ。手に入りやすいため市場価値はあまり高くないのだが、高価な宝石並みに綺麗な輝きを放つため、庶民にはアクセサリーや室内の飾りとして人気が高い。
「傷も無い、良い状態ですね。これを取って帰りましょうか」
リフィアが水晶石を眺めて、うんうんと頷いた。
「取るっていっても、どうやって取るの?」
「ああ、それは俺の白魔法でなんとかなるよ」
首を傾げた花奈に、草太が自信ありげにニッと笑った。
「【マイニング】」
水晶石に右手をかざして、草太は呪文を唱えた。
すると右手が仄かに輝き、水晶石の周りにある余分な岩がみるみると削られていく。
「わ、わ、すごい!」
「これは……こういう依頼ではとても便利ですね。どういう仕組みなのでしょうか」
「魔道書に書いてあった説明だと、任意の石の周りにある他の岩を削っていくみたいだな。うん、これはいいな。調べておいて良かった」
草太の説明にほー、と花奈とリフィアが感心した。
「この魔法を見つけたのは偶然だったのですか?」
「ああ、最近使えそうな魔法を調べていたら、たまたま目に入ったから覚えておいたんだ。時と場合は選ぶだろうけど、良い魔法を覚えたよ」
「うん、これからこういう依頼の時はどんどん草太くんに頑張ってもらおう!」
「笑顔で人をこき使いますね!?」
天使の笑顔で悪魔の発言をする花奈に、草太が悲鳴を上げた。
【マイニング】での採掘も終わり、三人は帰りの道を歩き出していた。
「いやあ、特に何も無くてよかったな」
「はい、この時期におすすめだというのも納得ですね。このまま何も起きなければ良いのですが」
「おっとリフィアさんそれはやばい」
「え?」
唐突な草太のその言葉に、リフィアが首を傾げた。
「その言葉は、フラグって言う最悪の呪いを発動させる言葉の一つなんだ。このままだとやばい事になる」
「え? え? え?」
真面目な顔で話す草太に、リフィアが顔を青ざめさせる。
「草太くん、リフィアを怖がらせる様な事は言わないでよ」
見かねた花奈がため息をついて助け舟を出した。
「いやあ、ごめんごめん。でもまあ、気を引き締めて行こうな。街に着くまでが依頼だからな」
「は、はい……」
「リフィア、今のは草太くんの病気みたいな物だから気にしないほうが良いよ」
「辛辣すぎません?」
花奈の慰めに、草太が傷ついたように言った。
そんな彼らの様子を、ずっと見ている人物達が居る。
「あいつらが今回の標的か……まだ子供のようだが」
「緊張感がまるで無え。あんなガキ共のためにこんな回りくどいことをする必要があんのか?」
物陰から呟く男に、隣にいる女が舌打ち混じりに返す。
男はため息をついて、今日何度目かわからない説得を始めた。
「カブール様からの命令だ。従うほかなかろう」
「よくもまあお前はあの臆病野郎のことを信用できるな。気がしれねえぜ」
「慎重すぎるところを除けば、悪くない上司だとは思うがね。お前は確かに合いそうに無いが」
「ああ、オレの中じゃダントツで嫌いな人間だな」
「……個人の嗜好を任務に巻き込むな。とにかく、今はやるべきことをやるぞ。『ヒーゲンの香』を準備しろ」
「へいへい」
男がうんざりした様子で言うと、女は適当に返事をして、手に持っていた小さな袋から小型の器を取り出した。
「そんじゃ開けるぞー」
「ああ、やれ」
女がパカッと器の蓋を開ける。すると中から不可解な甘さを纏った匂いが漏れ、うへえと女は自身の鼻を抑えた。
「くっせー! なんだってあのゲテモノどもはこんな臭いが好きなんだ!?」
「知るか。そのまま手に持っていろ……【呼ぶは風・天の示す道・エアカレント】」
男が呪文を唱えると器の周りに風が巻き起こり、そのまま一つの方向に向けて風の道が出来上がった。
器から立ち込める臭いが風の流れに運ばれ、風の道に沿うように運ばれていく。
その先には、彼等が標的としている草太達の姿があった。
臭いが届いたことを確認して、男は女に視線を投げる。
「……よし。これでいいだろう。後は奴らに任せておけばいい。一旦ここを離れるぞ」
「ああ……」
臭いを放つ器を地面に置いた女は、男の言葉に頷き、立ち上がった。
そして、振り向いた先に見つけたものに、目を細めた。
「……と、そうはいかねえみたいだな」
「なに? ……ああ、これは不覚を取ったな」
男もそれを確認して、今日一番のため息をついた。
そこに立っていたのは、一人の青年。
暗い洞窟内で目立つ白い髪が靡き、炎のような緋色の瞳が二人を睨む。
「……『赤』の冒険者、『炎者』のアーシェか」
男が忌々しそうに目の前の青年の名を口にした。
「誰だあいつ?」
「『炎者』のアーシェ。スードに住む冒険者達の中でも、警戒すべき人間の一人だ」
「へえ……」
男の説明に、女が面白そうに呟いた。
一方名前を呼ばれたアーシェは、ふぅと息をつき口を開く。
「適当な依頼を受けていただけなのに、厄介な場面に出くわしてしまったみたいだね」
「……」
「この鼻が曲がるような甘い臭いは『ヒーゲンの香』だね。人が嗜むにはいささか高度すぎるが、とある魔物の大好きな臭いだ」
「……そうだ。『コロージョンワーム』……初心者殺しと呼ばれる魔物を呼ぶのに最適な道具だ」
「それを、【エアカレント】によって目的の人物のもとにまで運ぶ、か……なるほどねえ」
得心したようにアーシェがうんうんと頷き、そして鋭い視線を向けた。
「――魔物を特定の人物に誘導するのは明確な犯罪だ。……君たちはこのまま大人しくお縄につく気はあるかい?」
「ある訳ねえだろ、バァーカ!」
突如、女がアーシェに飛び掛かった。いつの間にか装備したのか、腕には無骨な鉄球を携えている。
「吹っ飛べ! いけ好かない顔の冒険者!!」
咆哮を上げ、女が鉄球を振り下ろした。
ドォォォン!
轟音が響き、振り下ろされた鉄球が地面を粉砕する。砂煙が立ち込め、一瞬視界が遮られる。
(ちっ、やりすぎたか。これじゃ何も見えない……)
女が内心で舌打ちをしたその瞬間。
ヒュッ。
砂煙から細身の剣が伸び、女の首元を狙った。
「っ!!」
女は咄嗟に躱し、大きく後ろに跳んで距離を取る。
(あの視界の悪さで正確にオレの首元を狙ってきやがった……)
垣間見えたアーシェの実力に、女は一筋の汗を垂らした。
「おい、先走るな! 『炎者』とまともにやりあうのは愚策だ!」
「ああ、今のでよーくわかったぜ。……援護しろ、あいつはここで殺す!」
そう女が叫ぶと同時に。
轟ッ!!
火柱が燃え上がった。
砂煙がたちまち払われ、再びアーシェの姿が露わになる。
「なんだよ、それは……?」
現れたアーシェの姿に、女は呆然と呟いた。
剣を体の前で縦にまっすぐ構えるその様は、まさに貴族のそれであった。だが、そこに疑問は抱かない。
異端なのは、その剣から炎が巻き上がっていること。
常識では有り得ない、炎を吐く剣。
魔導具か、神代武器か、はたまた何かの魔法か。
「……チッ、面倒な……」
得体のしれない剣に、男が小さく舌打ちをした。
アーシェは剣を構え、二人を見据えた。
炎に照らされた緋色の瞳が、二人の姿を写す。
「逆らうか……それも良いだろう。……だが僕は、悪党の奸計を見過ごすことはしない。貴族の名に懸けて――お前達を討ち倒す!」
アーシェの烈火のごとき気迫が、鉱山内に響き渡った。
「そう言えば、魔導書には他にどんな白魔法があったのですか?」
帰路を進む最中、リフィアがそう尋ねた。
「そうだなぁ、例えば物を巨大化させる魔法とか、暗い所でも目が見えるようになる魔法とか……ん?」
思い出すように答えていた草太だったが、不意に眉をひそめて立ち止まった。
「どうしたの、草太くん?」
「何かありましたか?」
急に立ち止った草太に、花奈とリフィアが首を傾げる。
「……いや、風を感じて……まだ出口までは遠い筈なのに」
「……確かに、微かに風が吹いている気が……それに、なんだか甘い臭いが……?」
草太と花奈が揃って首を傾げる。
と、不意に彼らの周りの地面が揺れ始めた。
「うわ、なんだ!?」
「地震!?」
「……地面の中に、何かいます!」
「なんだって!? 二人とも、早くここから離れるぞ!」
だが、草太の指示は少し遅かった。
いや、彼等が速すぎたのだ。
草太達の周りの地面が盛り上がり、直後その中から轟音と共に何かが地上へと現れる。
それも一つや二つではなく、いくつもの穴から。
「なんだ、こいつら……」
草太は、いきなり自分の前に現れた生物を見て、呆然と呟いた。
体長が四メートルほどのそれの顔には、目がなかった。というより、鼻や耳などの顔に必要な物が何一つついていなかった。
代わりに、その顔には巨大な口が一つだけついていた。大きな円形の穴には無数の歯が生え、腐敗臭のする涎を垂らしている。
体は巨大なミミズのようであるが、固い外殻に覆われている。金属光沢のような輝きが、洞窟内で鋭く光った。
気が付けば、草太達は五体のそれらに囲まれていた。
口だけの顔が、ぬうっと草太達を見下ろす。
そして。
それは、いや、それらは。
獲物を見つけた喜びからか、はたまた別の感情からか。
草太達を見て、不快な金切声を上げた。
『キュシェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!』
草太達が相対する魔物の名は『コロージョンワーム』。
またの名を――『初心者殺し』。




