第4話 暗躍
グロ描写有ります。
辺りがまだ薄暗い早朝。東の空から太陽が顔を出し、もうそろそろ人々が起き上がり活動を始めるであろう時刻。
肌寒い空気に包まれたそんな時間帯に、東の大通りに面する宿屋『やすらぎの宿』の裏庭で、一人の男が剣を振るっていた。
握られた黄金の剣は、ブンブンと心地いい音を早朝の街に響かせる。
剣を振るう青年――草太は、額に汗を浮かべながら一心不乱にリコシフォスを振るっている。
(こんなんで、いいのか、分からないけど……)
昨日アーシェに告げられた言葉は、今も草太の胸にしこりを残している。いけ好かない奴ではあるが、彼の忠告は聞き入れるべき物だった。
だから草太はがむしゃらに、けれど学ぶために、剣の素振りを始めた。
(とにかく今は、剣に馴染まないと。まだリコシフォスを握って数日しか経ってないんだからな)
大上段からの切りつけ、返しの逆袈裟切り。両手で持ったり片手で持ったりと、様々な型を試していく。
(もっと、もっとだ……!)
草太は心の中で自分を叱咤しながら、剣を振り続けた。
1時間程の素振りを終え、草太は額に浮かんだ汗を拭った。
太陽は完全に顔を出し、街には朝が訪れている。
「そろそろみんな起きる頃か……?」
「おはようございます、ソウタさん」
「うおっ!?」
なんとなしに呟いた独り言に言葉を返され、草太は思わず奇声を上げた。
声のした方を向くと、宿屋と庭を繋ぐ扉のそばに、タオルを持ったエリザが立っていた。
「エリザか……おはよう。朝早いんだな」
「朝食の準備や、室内の掃除がありますので。……あ、これどうぞ」
エリザはそう言って、手に持っていたタオルを草太に差し出した。
「お、あ、ああ、ありがとう」
思いがけない好意的な行動に、草太はぎこちなく笑いながらタオルを受け取った。
「朝早くから何をなされていたのですか?」
「んー? 剣の修行……みたいなものかな。まずは剣の重みとか質感に慣れようと思ったんだ」
「……修行、ですか」
「ああ、俺はまだまだひよっこだからな。強くなるために……今やれることをやらなきゃいけない」
「……なるほど」
エリザは眠たそうな瞳で、草太の言葉にうんうんと頷いく。
「……エリザは、剣に詳しかったりするのか?」
「……いえ、そのようなことは無いです」
「そっか、もし知ってたら教えてもらいたかったんだけどな。独学じゃ限界があるし……じゃあ、誰か剣に詳しい人を知っているか? 剣だけじゃなくても、戦いに精通している人とか」
「……二人、だけですが。剣に秀でている人と、戦いに詳しい人を知っています」
「本当か? 教えてくれないか?」
「はい、その人達は……」
エリザが口を開こうとしたその時。
「エリザー、そろそろ戻ってきなさーい」
宿屋の奥からロゼッタの声が響いた。
「おっと、呼ばれちゃったな……ってエリザ? どうしたんだ?」
草太は、目の前のエリザを見てわずかに目を見開いた。
エリザは両耳を萎れさせ、尻尾をぺたーんとお尻に張り付けてぷるぷると震えていた。
「ど、どうしたんだ? 寒いのか?」
「い、いえ、あの、何でもありません……すいません、ここで失礼いたします」
「あ、ああ……」
エリザはそう言って、そそくさとその場を後にした。
と、宿に入る直前で、草太に向き直り。
「申し訳ございません、さっきの人達の話は教えることができなくなりました。……本人からの、強い脅……希望がありましたので」
「へ?」
意味不明なエリザの最後の言葉に、草太は首を傾げるのであった。
所変わって、やすらぎの宿の台所。とんとんとんと聞き心地のいい野菜を切る音が響いてくる。
調理人であるロゼッタは、薄い笑みを浮かべながら朝食作りに励んでいた。
そんな彼女の背中を眺めながら、エリザはおずおずと台所の中に入った。
「おかえりなさい。もうすぐで出来上がるから、お皿を出しておいてくれるかしら?」
「はい……」
ロゼッタの指示に、エリザは小声で答えた。
「……別に、怒っていないわよ? ちょっと言わないでほしいなーと思っただけで」
「……いえ、私も軽率でした。……ごめんなさい」
「エリザはいい子ねぇ。たまにいい子すぎるけれど」
殊勝な態度で頭を下げるエリザに、ロゼッタは優しく微笑んだ。
「ですが、あの人たちになら教えてもいいのではないですか? 悪人ではないと、思います……」
「ええ、それは私もわかっているわ。あの子たちもあなたと同じくらいにいい子達だもの」
「じゃあ……」
反論しようとするエリザの言葉にロゼッタが言葉をかぶせる。
「でもね、あの子達には教える必要はないの。だって、あの子達はいずれ必ずわかってしまうもの。私のやってきたことも、私の異名も、その由来も全部。……だから、それまではただの優しい宿屋のおばあちゃんでいたいの。わかってくれるかしら?」
「……はい」
エリザが頷くと、ロゼッタはニコッと破顔した。
「うん、ありがとう」
「……でも、私はロゼッタさんの異名は素敵だと思います。世界中の誰もがその名を恐れても、私は誇り続けます」
エリザの言葉に、ロゼッタは目を丸くした。藍色の瞳には嘘偽りの光はなく、朝焼けの光を反射してきらきらと輝いていた。
ロゼッタは目尻に皺を寄せて、幸せそうに微笑む。
「……ありがとうね、エリザ。あなたと居られて良かったわ」
「そ、そんな……私こそ……」
エリザは顔を赤くしてうつむいた。だが尻尾がぶんぶんと揺れている。
喜びを隠しきれない従業員にロゼッタはくすっと微笑んだ。
「さ、朝ご飯にしましょう。あの子達が待っているわ」
「はい!」
少女の力強い返事が、台所に響いた。
今朝もロゼッタの手料理を堪能した草太達は、騒がしい冒険者ギルドへとやってきた。
「今日は何の依頼を受けようか?」
「緑の冒険者になったことですし、もう少し難易度が高めで報酬がより貰えるものを受けるのも良いかもしれませんね」
掲示板に乱雑に貼られた依頼書を眺めながら、花奈とリフィアが話し合う。
「お、新人共は依頼選びにお困りのようだな」
と、そんな二人に軽薄な声が届いた。
声のしたほうを向くと、緑のとんがり帽子をかぶったやせぎすの男が立っていた。ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべている。
「えと……なんでしょうか?」
「おおっと、警戒されるのも無理ないな。こんな怪しいおっさんじゃあよ」
花奈が身構えると、とんがり帽子は肩をすくめ大げさに嘆いた。
「まあそう構えなさんな。俺は情報屋のピッポっていうモンだ。冒険者達にお役立ち情報を教えているのよう」
ピッポと名乗ったその男はなおもニヤニヤと笑いながら、大仰に手を広げた。
そんな怪しげな男に、さすがの花奈とリフィアも冷や汗をかいてしまう。そして助けを求める瞳で草太へと振り返った。
そんな気がしていた草太はポリポリと頬を掻いて、花奈達とピッポの間に割って入った。
「えーと、ピッポって言ったか。俺達は自分で依頼を探すから、他をあたってくれないか?」
「いやいや~あんた達昨日冒険者になったばかりだろぅ? ここは先輩の俺に任せるってのが吉だぜ?」
大げさに体を動かしながら、ピッポは語る。だが草太は胡散臭そうに眉をひそめた。
「……いや、やっぱりいいわ。また今度にしてくれ」
「つれないねえ……まあいい。今は東の鉱山が狩り頃だぜ」
ピッポはそう言って、三人の元から去って行った。
「なんだったんだあいつ……」
「初心者狩りの一種ではないですか? 冒険者にはよくあることだと聞きます」
呆れ顔になる草太に、リフィアが答えた。
「なるほどな……ってことはあいつの言っていた東の鉱山には行かない方が良いってことでいいのか?」
「私はそう思います。あからさまではありますが……」
「東の鉱山がおすすめかどうか、受付の人に聞いてみる?」
「そうだな、そうしよう」
花奈の提案に、草太は一つうなずいた。
「東の鉱山ですか? ええ、確かに今は依頼書も多くて人気の場所ではありますね。強い魔物もいませんし、冒険者になったばかりの人でも安心して依頼を受けられる場所だと思いますよ」
「あ、そうなんですか……ありがとうございます」
予想外の答えに、草太は呆けた顔で受付にお礼を言った。
「あ、それじゃあピッポっていう人は知ってますか? さっきそこで会ったんですけど」
「ピッポさんですか? あの人にはいつもお世話になっていますよ。魔物の生息情報をいち早く仕入れてきてくれますからね」
「…………あ、そう、ですか……ありがとうございました」
草太は呆気に取られながら小さくそう答えて、その場を後にした。
三人は揃って首を傾げながら、再び依頼書が貼ってある掲示板の前で話し合う。
「……どういうことなんでしょうか……」
「本当にピッポって人は親切心で私達に情報を教えてくれたのかな……?」
「……わからない……まあでも、ギルドのお墨付きなら鉱山でも問題無いと思うな」
草太の言葉に花奈とリフィアは頷いた。
「……そうですね。懸念材料もありますが、止まっていても仕方ありません」
「うん、それじゃあ鉱山の方に行こうか!」
「依頼は……『水晶石』の採取。これでいいな」
「よーし、行こうか!」
こうして三人は、スードの東に位置する鉱山、『エステル鉱山』へと向かうのであった。
スードの街は、大通りを主軸としてそこから様々な方向に道が延びている。中ぐらいの大きさのものから路地裏のように細い道まで。その種類は数えきれないほどだ。
そして、そのような道々が複雑に伸び合い、迷路のように絡み合っている。
故に、常人ではいかない・いけないような場所に、ひっそりと経営している店もちらほらと見受けられる。
冒険者ギルドから少し離れた裏路地に、さびれた看板を立てた古びた酒屋がある。
ここは普段誰も近付かないのだが、とある人物達の会合の場所となっている。
「待たせたな」
きしむ扉を開けて店内に入ってきた人物、ピッポは店内にいる唯一の客に声をかけた。
「いいえ、私も今来たところですから」
声をかけられた先客の女性は、艶やかな声で答えた。
ピッポが一つ席を挟んで隣に座ると、女性は単刀直入に話を切りだした。
「例の新人冒険者達は、エステル鉱山に向かいましたか?」
「ああ、流石に俺の言葉を信じはしなかったがな。だが、ギルドの連中に安全だと言われてなんにも警戒せずに出て行ったぜ」
「そうですか。それでは、こちらは予定通りに進めることにしましょう」
女性はフフッと微笑み、赤い唇を一舐めする。
「……こんなこと言うのは無粋だが、あんたが直接叩けばいいんじゃねえのか? あんた、ただもんじゃねえだろ」
「あら、ふふ……気付かれてしまいましたか……ええ、私も早く彼と戦いたいのですけれど、今はまだその時では無いのですよ」
「はーん? よくわからねえが、あんたの信念みたいなもんか」
「ええ……そのようなものです」
「そりゃ結構。信条信念ってもんは面倒くさいものだが、そいつの人となりを知るための情報を大量に含んでやがる。俺は好きだぜ、そういうの」
わかりやすくて。
……とは流石に口に出さないが。
「うふふ……あなたもあるのでしょう? 何にも代え難い、信念のようなものが」
女性は薄く笑ってすすけた袋を取り出した。その拍子にチャリンと何かがこすれる音がする。
「……へっ、そうさ。俺は金が大好きだからな」
ピッポもいやらしい笑みを浮かべ、袋を受け取った。中身を確認し、更にその笑みを深める。
「毎度あり、金貨十枚な。ったく、こんな割のいい仕事をもらえるなんてな。あんた……いや、あんた達がここまであいつらに執心する理由ってなんなんだ?」
「知りたいのですか?」
「まあな。情報集めが好きなもんでね」
と、ピッポが肩を竦める。
「……全ては大いなる野望のため、です。彼らは私達の願望のために必要なのですよ」
「……へぇ。よくわからんが、まああんた達には喉から手が出るほど欲しい人材ってことか」
「そう思っていただいて結構です」
やれやれとピッポは首を振った。
この女性と取引きし始めたのはつい二日前のことだ。
日頃のお得意様の元から派遣されてきたと言うが、その行動は謎に満ちている。
大体、駆け出し冒険者の三人を誘導するだけで金貨を十枚ももらえるなんて、破格もいいところだ。発言もそうだが、この女は何かとんでもないものを抱えている気がする。
――ま、その情報を集めるのは得策じゃあないな
今も横で赤い何かを飲んでいる女性を見て、ピッポは苦笑を浮かべた。
この女には敵わない。
冒険者としてもそれなりに修羅場を潜り抜けてきたピッポは、培われた勘でそれを悟っていた。
一見無防備のようで、決して解かれない警戒態勢。ピッポの一挙手一投足に気配を張り巡らせ、何か怪しい行動を起こしたら即座に息の根を止めることができるだろう。
そして、新人冒険者の話を振った時の、隠しきれない悦びと殺気。
この女は、確実にやばい。
ピッポはぬるい水を飲みながら、何か大きななことが起こりそうだと、漠然ながら思った。
「んじゃあ、俺はそろそろ出るぜ。また何か仕事があれば言ってくれ」
ピッポは立ち上がり、持ち前の銅貨を五枚置いて、店の入り口に向かった。
「ええ、それでは」
「っ!!」
背後から、短刀が振り下ろされる。
「死んでもらいましょう」
咄嗟に横に転がり、ピッポはなんとか短刀を躱した。
「おいおい、用済みになったらさっさと殺すってのかよ」
「もうあなたは用済みですから。安心してください……楽に殺して差し上げます」
女性は、にぃっと笑ってピッポに肉薄する。
「さっきから店主が出てこないのも?」
「ええ、逃げられては面倒ですから」
言外に、殺したと言っている。
「くそが、これでも『青』の冒険者だ! 簡単にやられて……!」
悪態をついて、ピッポは相棒である短剣を引き抜いた。
が。
「こふっ……」
直後に、左胸に重い痛み。熱く、熱く、熱く、自分の中から血が溢れていくのを感じる。
懐には、黒髪を靡かせる女性。
その手に握られた粗末な短剣は、ただ一点を正確に刺していた。
刺された。いつの間にか、心臓を。
血を吐き出し、ピッポはその場に倒れた。
目の前には、何の感慨もなく、瀕死の自分を眺める女性。
女は音もなく短刀を振り上げた。
――ああ。
朦朧とする意識の中、ピッポは思った。
――もっと、情報を集めるべきだった。
短刀が振り下ろされ、彼の命はあっけなく刈り取られた。
刎ねた首から溢れる血を見て、女性ははあ、とため息をついた。
(足りない、足りない、足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない)
こんな相手では、自分の望みは満たされない。
こんな闘争では、一つも意味がない。
もっと、もっと、もっと。
誇り、信念、経験、知識、才能、そして――命をかけた死闘が、欲しい。
自分を殺せる人間が、欲しい。
だから、彼女は彼を欲する。
その可能性を。自分の希望の光を。それを内包する人間を。
「待っていてくださいね……ソウタ」
血の匂いが立ち込める酒場で、メアリは艶やかに笑った。




