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童貞男子高生の紡ぐ転生神話  作者: 大庭青葉
第1章 ビギナーズ
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第17話 戦いの終わり

「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ワイバーンと、草太の雄叫びが響く。次いで、爪とリコシフォスがぶつかり合い、火花が散った。

「ぐっ……」

 一撃の重さに、草太は思わず呻いた。全身に圧力がかかり、骨が折れそうになるほどの圧迫される。

「――【ビルドアップ】!」

 即座に身体強化の白魔法【ビルドアップ】を唱える。


「うおらぁっ!!」

「GUAA!?」

 ギィンとレッドワイバーの前足を跳ね上げた。大きな隙が生まれる。


「そこだ!」

 その一瞬で、草太はリコシフォスを鱗に覆われていない脇腹に叩きつけた。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 ワイバーンは悲鳴を上げ、数歩草太から離れる。それを見ながら、草太は苦い表情を浮かべた。


「決定打には程遠いか……」

 筋力を上げて、ダメージの入りやすそうな場所を狙ったというのに、大して効果が出ていない。

 そもそも、ワイバーンの腕だけで草太より大きいのだ。片手剣でちまちま傷を増やしても無意味に終わってしまう。


「弱点みたいなものは……よし、いっそのこと頭をぶち抜くか」

 草太は不穏なことを呟き、痛みが治まり自分を見てくるレッドワイバーンに向かって、呪文を唱えた。


「【呼ぶは光・視界覆う輝き・スタンフラッシュ】」

 カッ!

 草太の手が眩い光を放った。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 まともに目つぶしを食らったレッドワイバーンが大声で呻いた。


「目つぶしって、本当に有用だよな」

 草太はそう言いながら、赤竜に向かって走った。

 ある程度近付き、大きく跳躍する。【ビルドアップ】によって身体能力が上がっているため、常人離れした跳躍が可能になっている。


 レッドワイバーンの右腕に着地し、するすると太い腕を伝って背中に回る。


「GUA!?」

 ワイバーンががむしゃらに草太を振り落とそうとする。

「おっと、暴れるなよ。……頭ぶち抜けば、さすがに落ちるだろ!」


 草太はワイバーンの後頭部に狙いを定め、剣を思い切り後ろに引いた。

「くら……うぇ!?」

 しかし突きを放つ直前に、数多の群猿(むれざる)たちが草太を襲った。


「こいつらは、ラクセンとかいう奴の……っ!」

 慌てて斬り殺すが、数が多く次から次へと湧いてくる。

「ちっ……おわっ!」

 さらに、レッドワイバーンが先ほどよりも激しくその巨体を揺さぶり始めた。


「くそっ!」

 たまらず草太はワイバーンの背中から飛び降りて、大きく距離を取った。

 と、暗闇からパチパチと音が響いた。


「凄まじい力だな。竜種相手にここまでやるとは。やはり見に来て正解だったか」

 暗がりから現れたラクセンが、草太に拍手を送る。

「……なんでこっちに来た」

 草太は睨みながら尋ねた。


「なに、ただの勘だよ。お前を野放しにしていてはまずいと思ってね」

「森園さんはどうした?」

「さあな、ヨセフに任せてきたから俺には分からん……だが、あの男に限って遅れを取ることは無いだろうな」

 草太の問いに、確信に満ちた顔でラクセンは淡々と答える。


「なるほどな……けど、森園さんに限って負けることはないと思うぜ」

「……口の減らない男だな」

 草太の返しに、ラクセンがその顔を歪める。



「……ていうか、あんたそんなにレッドワイバーンの近くにいて大丈夫なのか? 殺されるんじゃねぇの」

「敵の心配か? 余裕だな……だが、問題はない。気配を遮断する魔道具を身につけているからな。触りさえしなければ、レッドワイバーンには気付かれない」

「汚ねぇ」

「なんとでも言え。任務が達成されればそれで良い」



 草太が目を眇めると、ラクセンは自嘲的に笑った。

「……そう言えば、お前らの任務って何なんだ? エルフを奴隷にするために捕まえることか?」

 ふと、草太は疑問を口にした。

「そうだな……主な目的は動かせる駒と資金源の調達のためのエルフの生け捕りだ。そして……まあ、これは言う必要はないな」

「……最後のが一番重要みたいだな」

「そう思いたければそう思えばいいさ。どちらにせよもう関係のないことだ」

「どういうことだ」

 草太は質問を重ねる。



「もうどの目的も達成出来ないということだよ。お前達が邪魔をしてくれたおかげでね」

「……だから、証拠を無くすために皆殺しってことか?」

「その通りだ。捕らえられないなら殺すしかない」

 こともなげにラクセンは語る。何もかも諦めきった目に、草太は軽い寒気を覚えた。



「全部終わったら、お前たちはどうするんだ?」

「殺されるだろうな。我々もただの駒に過ぎない」

「逃げないのか?」

「逃げても無駄だからな」



 ラクセンは尚も淡々と答える。光のない瞳は、言いようのない不気味さを放っていた。

「……だが、最後にやることが有る」

 しかし、微かにだけ、その瞳に火が灯る。



「……」

「お前と、あの魔法使いを必ず殺す。お前達はこのまま放っておいてはいけない存在だ。我らの野心のためにも、ここで引導を渡してやろう」

「言いなりになるつもりはない。俺は、俺達はまだまだ生きていたいからな」

「すぐにそんなことも言えなくなるさ……」

 剣を構える草太と対峙し、ラクセンも傍に群猿達を置いて、戦闘態勢に入る。



「これだけの数だ。お前一人で倒せるかな?」

「やってやるさ。生き抜くためにな」

「いい心構えだ……では死ね!!」

 ラクセンが叫ぶと同時に、それまで動かなかったレッドワイバーンが口腔に火を貯め始めた。



 その熱は、煌めきは、先ほどのものよりも強くなっている。

「あれが全力じゃなかったのかよ……」

 呆れたように呟いて、草太は詠唱を始める。



「【呼ぶは土】」

 あの熱量では、全力のアースウォールでも防ぐことは出来ないだろう。

 ――だったら、壁の数を増やせばいい



「【妨げる壁】」

 草太はイメージする。

 連なる三枚の壁を。堅牢不落の城壁を。

 そして、生き残る自分の姿を。



「――【アースウォール】」

 最後の一節を唱え、呪文を完成させた。


「GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!」

 レッドワイバーンが、最大火力のブレスを吐き出した。炎はあらゆる命を燃やし尽くさんと、凄まじい勢いで草太に迫る。



 だが、炎と草太の間に三つの土壁が出来上がる。

 そして数舜後。


 轟音と共に炎が壁にぶつかった。



 一つ目が、しばらく耐えて、やがてあっけなく砕ける。だが、炎の勢いも落ちる。



 二つ目とぶつかり、同じようにせめぎ合い、炎は衰えながらも二枚目の壁を破る。



 そして三つ目。熱に包まれながらも、草太は足を踏ん張り最後の砦に力を込める。

 壁はひび割れ、ミシミシと不吉な音を鳴らしていく。


 ――耐えろ、耐えろ、耐えろ! ここで終わるわけにはいかない!!



「ぅううううおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああ!!!!」



 目を見開き、咆哮する。

 体にまとわりつく灼熱を堪え、引きそうになる足を抑える。

 その瞳は苦渋に満ちていても、一片の諦めも無かった。

「GUOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッッ!!!!」

 相対するレッドワイバーンも、森を震わす雄叫びを上げる。



 ――永遠にも感じられる拮抗の後、竜と人の攻防が終わった。




「…………馬鹿、な」


 その光景を見て、ラクセンは目を見開き驚愕の声を漏らした。


 彼の瞳には、亜竜のブレスを真正面から受けて尚そこに立つ草太の姿が映っていた。


 外套や服の所々が焦げているが、本人に目立った外傷はない。

 それは、つまり。


「防ぎきったと言うのか……! ただの初級魔法の重ね掛けで、レッドワイバーンの必殺の一撃を……!」

 目の前の光景を受け入れられない。このような結果があってはならない。

 だが、それはどうしようもない現実であった。



 驚愕するラクセンを置いて、草太は静かに呟いた。

「……終わりか。……なら、行くぞ。【呼ぶは(いかずち)・弾けし雷火・ライトニングスパーク】」

 静かな詠唱の後、辺りに電流が走る。

 中級雷系魔法【ライトニングスパーク】。殺傷能力は皆無だが、広範囲にいる敵を麻痺させられる。



「なっ、にぃ!?」

 ラクセンがまともにくらい、その場に倒れた。周りの群猿達も同じ様に倒れているが、レッドワイバーンは平然としている。

「だよなぁ。まあ、邪魔者を除けたかっただけだから別に良いんだけど」



 草太はそう呟き。

「【アクセラレーション】【ビルドアップ】」

 次々と白魔法を唱えた。

 そして小さく、ただ一言だけ呟く。


「――行くぞ」

 レッドワイバーンの視界から、草太が消えた。



 次の瞬間、

「GURAAAA!!」

 左足が、いつの間にか斬りつけられていた。



 草太の攻撃は止まない。足、腕、尻尾、腹、喉と目にも止まらぬ速さで巨大な竜に傷を付けていく。

「G――GURUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 ワイバーンは必死に草太をとらえようとするが、その腕を振り下ろした先に、黒衣の剣士は既にいない。



「ば、馬鹿な……ワイバーンが、こんな、簡単にっ……!」

 その光景を見ながら、ラクセンは呆然と呟いた。

 ワイバーンはこの世の最強生物、竜種の亜種だ。当然、倒すには相当な力と人員、もしくはそれに匹敵するような個人の力が必要だ。

 ――それを、この男は、この若さで、あんな戦い方で成そうとしているのか!



 世界に目を向ければ、個人が竜を倒した実例は少なくはない。しかし、そのどれもが長年の研鑽と熟練の果てに成しえた快挙。武を極めた者のみが辿り着ける頂。

 だというのに、剣の降り方も魔法の()り方も知らず、戦闘での立ち回りや駆け引きもわかっていない目の前の素人の剣士は、持っている力をただぶつけるだけで竜を殺そうとしている。



 ――有り得ない。それは人間の業ではない。もっと上の、違う次元の暴挙だ。あいつは、あの男は何者なんだ! どうしてこんな男が無名のままこんな片田舎に生きている!


 眼前で繰り広げれる惨劇に、ラクセンは心の中で悲鳴を上げた。



 ――速く、もっと鋭く! 時間がもう無い!

 レッドワイバーンに攻撃を加えながら、草太の心は焦燥に駆られていた。


 理由は、【アクセラレーション】と魔力の残りだ。

 昼間に【アクセラレーション】を酷使したとき、草太の頭がその負担に耐えられなかった。長時間の戦闘をしている余裕はない。

 さらに、先ほどからの戦いで草太の魔力は底を尽きそうだ。



 故に、草太は出来るだけ迅速にレッドワイバーンを落とさなければならない。

 しかしながら、レッドワイバーンも死ぬつもりは毛頭ないのか、必死に致命傷を避けている。


 リミットが刻一刻と近づいているのを感じながら、草太は死に物狂いで剣を振い続けた。




 その光景を、ラクセンの他にも見ている者達がいた。

 レッドワイバーンから逃げた、リフーリのエルフ達だ。


 彼等は、燃え盛る火に顔を照らされながら、食い入るように亜竜と剣士のぶつかり合いを見つめていた。


「……ねえ」

 その内、彼らの中から小さな声が漏れた。

「人族って、本当に悪い人達なの?」

 それは、まだ年端もいかない幼いエルフの言葉。その一言に、エルフ達が一様に複雑な顔を浮かべる。



「当たり前だろ。人族はいつも俺達から奪っていく、敵なんだ……」

 そのエルフの親が、小さな声でたしなめる。だが、その声に自信はない。



「……でも、でも、あの人は、私達のために戦ってくれているんでしょう?」

「っ……!」

 子供の言葉に、親は黙り込んだ。他のエルフ達も何も言えずに黙り込む。



「……でも、今リフーリを襲っているのも人族だ。それに、俺達から今まで奪ってきたのも人族だ……」

「そうだ。あの男が特別なだけで、結局人族なんて……」

「じゃああの男はなんであんなに必死になって戦っているんだ? 奴には何も利益など無いだろう」

「わかる筈がないだろう、人族の考えることなんて!」

「もう一体何を信じればいいんだ! 頭がおかしくなりそうだ! 俺達の仇敵が、俺達のために戦っているなんて!」



 エルフ達が次々に声を上げる。

 長い長い迫害の歴史。彼等の心の奥に深く根付いたその痛みが、彼らを戸惑わせる。


「――『お前はどうしたい』」

 混乱する彼らの耳に、小さな呟きが届いた。


 視線が一斉に、声の主――バーテインに向けられる。

 バーテインは矢の入った筒を背負い、弓を強く握り、レッドワイバーンと草太の戦いを見つめながら、語り始めた。



「つい先ほど、あの剣士が俺に言った言葉だ。その仲間の魔法使いは、『自分がやりたいことをするだけ』だと言っていた」

 バーテインの語りに、エルフ達は耳を傾け聞き入る。


「俺はこの集落を守りたいと思った。何も失いたくないと思った。……だから、俺は最後まで戦う。――では、お前達はどうだ。お前達はどうしたい」

 その問いかけに、全員が息をのむ。


「俺は強制しない。お前達の意思で動け。自分の真意を見極めろ。自分の生き方を間違えるな。……エルフとしてではなく、一人の生命として思考し行動しろ。人族としてではなく、一人の戦士としてあの男を見ろ」

 バーテインの言葉に、厳しさは無かった。それどころか、今までの彼の言葉で一番優しくさえあった。



 エルフ達は、再び視線を戦場に向けた。

 彼らの瞳に映るのは、先程と変わらない、一人の剣士。死に物狂いで、出鱈目で強力な力を振るい続ける黒衣の青年。



 それだけで、十分だった。



 エルフ達が、各々の行動をとり始める。

 それを見て、バーテインは嬉しそうに微笑んだ。




「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」

「くそっ! しぶとい……!」

 ワイバーンが吠え、草太は苦渋に満ちた顔で毒づいた。



 何度斬っても致命傷は与えられず、逆に自分の動きがどんどん鈍くなっていくのがわかる。

 ――体が重い。それに、脳がパンクしそうだ……!

 止まらずに動き回りながら、草太は自分の限界がすぐ近くにあることを感じていた。



 ――あと少し、あと少しで手が届くのに!


 草太が胸の内で嘆いたとき。



 ヒュンッ!

 何かが、レッドワイバーンへと飛来した。レッドワイバーンの腕に当たったそれは、傷を与えることも無く地面に落ちる。

「なんだ? ……!」

 目を凝らすと、それは一つの矢だった。



 バッと飛んできた方向に目を向ける。

 そこには、信じられない光景が広がっていた。



 横並びになり、一様に弓を構えるエルフ達。

 その矢は全て、草太ではなくレッドワイバーンに向けられていた。


「逃げたんじゃ、無かったのか……」 

 呆然と声が漏れる。

 そんな草太を鼓舞する声が、エルフ達の中から聞こえた。

「撃て、撃てー!! レッドワイバーンを妨害しろ! 少しでも戦況が良くなるようにしっかりと狙いを澄まして撃て! 人間の剣士を――ソウタを全力で援護しろ!」

「「「「「「「「応ッッッッッ」」」」」」」」



 バーテインの掛け声と共に、一斉に無数の矢が射出される。炎、氷、風、雷……精霊の力を纏った色とりどりの矢がレッドワイバーンを襲った。

「GA――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!」



 幾千の矢が降り注ぎ、レッドワイバーンが悲鳴を上げる。

「あいつらっ……!」

 草太から思わず笑みが零れた。


 今この瞬間だけは、エルフと人が手を取り合っている。巨大な敵に立ち向かうために互いに協力している。



 ――何が分かり合えない、だ。今こうして分かり合えているじゃないか。


「行け、ソウタ! その化け物に引導を渡してやれ!」

「――おう!」

 バーテインの激励と共に、草太は強く地面を蹴った。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

 無数の矢の雨に打たれ、レッドワイバーンが怒りの咆哮を上げる。

 その目が、矢を撃つエルフ達に向けられた。そして、咢に炎が溜められていく。



 恐れから、エルフ達の動きが一瞬止まる。

 しかし。

「恐れるな! ソウタを信じろ!」

 バーテインの叱咤に再び矢を構える。


 彼等は、託したのだ。自分たちの命を。この集落の未来を。

 それが、リフーリの戦士達の総意だった。


「余所見してんじゃねえよ」

 エルフ達を睨むレッドワイバーンの足元から、声が聞こえた。

 ワイバーンの懐、すぐ目の前。小さな剣士が迫る。



「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「――遅い!」

 溜まった炎が吐き出されるが、【アクセラレーション】によって知覚が強化されている今、この程度の距離でも回避は余裕。走りながら身を捻り、死の炎を難なく躱す。



 そして、ブレスが終わった今、この時こそが絶好の好機。

「【ビルドアップ】」

 身体を更に強化する。魔力が尽き、激しい倦怠感が草太を襲う。



 正真正銘、これが最後の、全力の一撃。

「――終わりだ!!」

 高く高く跳躍する。



 跳んだ先は、竜の頭上。長い戦いの中で初めて、強大な竜を見下ろす。

 草太は空中で剣を大上段に構え――

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 裂帛の気合と共に、リコシフォスを振り下ろした。



 振り下ろされた黄金の剣は、レッドワイバーンの頭を真っ二つに割り――

 巨大なその魔物の生命を完全に停止させた。


 ズズゥゥン……。

 亜竜の倒れこむ重い音と共に地面に降り立ち、血の滴るリコシフォスを払う。

 ――そして、黄金の刀身を掲げ、勝利の雄叫びを上げた。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!」

「――――ッッッ!!!!」

 その叫び声とともに、エルフ達からも歓声が上がる。



 その光景を見ながら、ラクセンは一人戦慄していた。

(有り得ない、有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!! なんだあの化け物は! なんだあの人外の力は!? ふざけるな! 私はおとぎ話の世界にでも入り込んだのか!?)



 ラクセンの知る限り、史上最年少の竜種討伐だ。歴史に残る快挙であると同時に、ラクセンや、彼のいる組織にとって酷く具合の悪い事態でもある。



(とんでもない人間を敵に回してしまった。将来性を加味すれば、『金』の冒険者に並ぶぞ……! なんとかして、ここで仕留めなければ……)

 動かない体を何とかしようとしていると、くるりと草太がラクセンを向いた。

「!」

 蛇ににらまれた蛙の様にびくっと体を竦ませる。



 草太がゆっくりとこちらに近付いてくる。黒ずくめの外見と竜の返り血で、ラクセンの瞳映る彼は、正に悪魔であった。



「……それじゃあ、お前を捕まえて色々聞かせてもらうか。聞きたいことが山ほどあるからな」

 ラクセンの前に立ち、草太は底冷えするかの様な声で呟いた。


 逃げたくとも、ラクセンの体は完全に痺れて動かない。舌も麻痺しているので、自害用の毒も噛み砕けない。

 麻痺毒でエルフ達を狩って来た彼が麻痺毒によって逆境に立たされているのは、この上ない皮肉であった。



(捕まれば、組織の情報を魔法で知られてしまう。捕まる訳にはいかない。どうすれば、どうすれば――!)


 絶望的な状況は思わぬ形で救われた。


 ザシッ。


 ――ラクセンの死によって。



「……は?」

 草太は呆然とラクセンの首を跳ね飛ばしたモノを見つめた。

 それは、黒い斧だった。草太の身長より一回り大きい戦斧が、上から降ってきてラクセンの命を絶ったのだ。



「――お前、誰だ」

 草太は突如頭上から現れた、斧の持ち主を睨んだ。


 ラクセンの亡骸の上に立つ人物は、甲高く、されど淑やかに答えた。


「お初にお目にかかります、若き竜殺し様。(わたくし)、メアリと申すものです。以後お見知りおきを……」



 レッドワイバーンのブレスの残火に照らされて、メアリと名乗った女はにっこりと笑った。

 黒く長い前髪から覗く瞳は、陶酔しているような狂気に満ちていた。

 メアリは斧を担ぐと再び口を開いた。



「まさかワイバーンが倒されてしまうなんて……何ということでしょうか……監視の役も悪くありませんね……」

「……なんで殺したんだよ」

「あら、当たり前じゃないですか。この二人は最後の情けを棒に振ったのです。与えられた使命を全うしなかったのです。……ならば死んで償わせないと。それが、命と言う物でしょう?」

「……」

 常軌を逸している。メアリの言葉に、草太は軽く眩暈を覚えた。



「……お前達は(なん)なんだ?」

 痛む頭を押さえながら、草太は尋ねた。

「ああ、良い質問ですね。良い質問故に答えることは出来ません。私は語る事を許されていませんもの。……ですが一つだけ。『黒の巨人』……この言葉を覚えておくと良いでしょう」

「黒の巨人……ラクセンもそんなこと言っていたな」

「そうですか。それではこれ以上語る事はありませんね」

 興が削がれたように、いきなりメアリは冷めた口調になった。



「それじゃあ、今度はお前を相手にすれば良いのか?」

 草太が剣を構えると、メアリはふるふると首を振った。

「その必要は有りません。私の役目は監視と処刑ですから。戦う気なんて無いですよ。……それに、将来有望な芽を早めに摘み取ってしまってはつまらないですもの」

「っ……」

 メアリがニヤリと笑い、猟奇的な威圧を放つ。その密度に、思わず一歩後ずさった。



「……それでは最後に一つだけ、お伝えします」

「……」

「貴方と貴方の仲間が生きている限り、私達との戦いは続くでしょう。――それもまた黒の巨人の意思ですから。……それでは、ここでお暇させて頂きます」

 メアリはそう言って、空から降りて来た大鳥に飛び乗って、あっという間に彼方に去って行った。



「……なんだったんだよ……」

「草壁くん!」

 呆然と見送る草太の背中に花奈の声がかかった。

 声の主は、心配そうに草太に駆け寄り、労わるように声をかけた。



「大丈夫? 怪我は無い?」

「ああ、大丈夫。なんか、色々と疲れたけど……。それより、この火を早く消さないと」

「わかった、任せて。【呼ぶは水・命育む雨・レインフォール】」



 花奈が呪文を唱えると、暗い夜空に大量の雲が発生した。そして、ぽつりぽつりと水滴が落ち、しばらくしてそれは雨になった。

 雨に濡れないように、三人で近くの家の屋根の下に入る。

 見ると、他のエルフ達も突然の雨に驚きながらも軒下に避難している。



「……お二人は、凄いですね。こんなことを、簡単にやってのけるなんて……」

 リフィアが雨を眺めながら、ぽつりとそんなことを呟いた。



 しかし二人は不満な顔で首を振る。

「ううん、まだまだだよ。こんなんじゃ、全然足りない」

「ああ、こんなんじゃ駄目だ。この世界は甘くない」

「……」

 こんなに強大な力を持っているというのに、更に高みを目指そうとする二人に、リフィアは言葉を失った。



「……あの、どうしてお二人はそんなに強くなりたいのですか……?」

 リフィアの問いに、草太と花奈は顔を見合わせて。


「死にたくないし――」

「死なせたくないから、だよ」

 示し合わせたように答えた。


 それはひどく単純で、ひどく純粋な答え。

 阻むものには容赦せず、救いを求めるものを無下にはしない。二人は何も疑うことなく、これからもそのように生きていくのだろう。


 リフィアはただただそれが美しいと思った。



「あっ……」

 小さく声を漏らす。二人が小さく首を傾げる。



「……ありがとう、ございます……私達を守ってくれて……本当にっ……」

 震える声で頭を下げるリフィアを見て、草太と花奈は嬉しそうに笑った。

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