第14話 決意と決意と決意と決意
短めです
「……! なかなか早かったじゃねーか……!」
自分たちを睨みつける草太を見て、ヨセフは引きつった笑みを浮かべた。
「まあな。それより、さっさとそいつを離せ」
草太はにべもなく答え、組み伏せられているキットを指さした。
「……離せと言われて、素直に話すと思うか……?」
「じゃあいいよ。キット、消えていいぞ」
「はいにゃ……」
草太がそう言うと、キットはか細い声を残して跡形もなく消え去った。
「!? ……貴様、召喚術も使えるのか!?」
それを見たラクセンが驚愕の声を上げる。
何故なら彼は、草太を自分と同じ魔物使いだと思っていたからだ。
魔物使いは、魔物と心を通わせられればある程度の人間がなることのできるものだ。
あまりにも強大な魔物を従えることは出来ないが、その代わりリスクは少ない。
一方召喚術はその才能が有るものにしか使用することが出来ない。そして、召喚術を使える者は、自らの魔力を召喚獣に与える必要があるため、術者本人の力が貧弱な場合が多い。
しかしラクセンの知る限り、草太は魔法も使え、剣も扱うことが出来る。これは、極めて異例なことだ。
キットを人質ならぬ猫質にしようとしていたが、それも不可能になってしまった。ラクセンが苦虫を噛み潰したような表情になる。
「……降伏したらどうだ? 今なら多分、そんなに手荒な真似はされないと思うぞ」
「……はっ。随分とお優しいんだな。お人好しと言うべきか」
ラクセンは草太の言葉を鼻で笑い、皮肉めいた笑みを返す。
「別に、優しい訳じゃないさ。お前達から聞きたいことも色々あるしな。ここで逃げられても困るだけだ」
草太はにべもなく答え、じりじりとラクセンとヨセフに近付いていく。少しずつ、少しずつ距離を詰められていく。
「……そうか。――なら貴様が降伏しろ! ヨセフ!」
「はいよ!」
草太が剣の間合いに至った瞬間、ラクセンがバッと横に跳んだ。
その背後にいるのは、吹き矢を構えたヨセフだった。
「っ!!」
草太が咄嗟に身を躱そうとするも、それはほんの少しだけ間に合わない。
「おせえ!!」
ヨセフの元から、細い針が飛ばされた。
それは、エルフに使った麻痺毒よりもはるかに危険な致死の毒針。生身の人間であれば数秒で死に至る、ヨセフの最終兵器だ。
(よし、殺った――)
ラクセンが勝利を確信し、内心でほくそ笑んだ。
「【エアスクリーン】!」
しかし直後に、一つの呪文によって、その笑顔はかき消された。
「なに!?」
突如現れた風の壁に、ラクセンは思わず声を上げた。
そして、草太にはもう一人仲間がいることを思い出した。
「草壁くん、大丈夫?」
「サンキュー、森園さん。ちょっと油断してた」
「もう、気を付けようね」
白色基調のローブを纏った少女が草太へ駆け寄る。
彼女は、自分の風爪熊を【ファイアボール】で倒した少女だと、ラクセンは思い出した。
(……成程、この女の魔法の威力はやはりかなりの威力だな……)
ラクセンは舌打ちをして、目の前の二人を睨み付ける。
「草壁くん相変わらず足が速いよね、追いつくのが大変だったよ。……あっ、キットは大丈夫だった?」
「ああ、特に危害は加えられていなかったみたいだ。今は休んでもらってる」
「よかった……あっ、リフィアとカイももうすぐしたら来ると思うよ」
ラクセンとヨセフの前で、二人はそんな会話をする。一見無防備だが、二人の前には花奈の張った【エアスクリーン】があり、非力なラクセンとヨセフでは手を出せない状況だ。
「まあ、そんな訳だ。大人しくお縄につけよ。俺たちも手荒な真似はしたくない」
草太が剣を向け、低い声で言葉を放つ。その気迫は、数々の修羅場を潜り抜けたラクセンをして、プレッシャーを感じさせるほどであった。
レッドワイバーンは落とされ、目の前には自分たちでは手におえない武闘派の二人。
勝てる見込みは皆無であった。
「……そうか、そうか……。お前達に出会った時点で、俺達の結末は決まっていたらしいな」
ぼそりと、自嘲気味にラクセンが呟いた。
「……兄貴、やりますか」
そんな彼を見て、ヨセフもお茶らけた雰囲気を引き締め、覚悟を決めた顔になる。
「ああ……俺達にはもう、これしかない」
「おい、一体何を……」
するつもりだ。
草太のその言葉を遮って、ラクセンが静かに言葉を放った。
「黒の巨人に栄光あれ」
同時に、小さな瓶を取り出し、地面へ叩き付けた。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッッッ――
小瓶が砕けると同時に、耳をつんざくような不協和音が集落じゅうに広がった。
「ッッ――! てめえ、一体何を!」
草太は思わず耳を塞いで、ラクセンを睨み付けた。
ラクセンは、抑揚のない声で話し始める。
「これは、竜種の本能に強烈な刺激を与える魔道具だ。この音を聞いた竜は、我を忘れ、タガが外れ、獲物を探し、死ぬまで暴走を続ける――」
「――お前、まさかっ!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――!!!!!!」
草太の言葉を遮るほどの絶叫が、草太の背後――リフーリの中心から響いた。
咄嗟に後ろを振り向き、草太は眼を見開いた。
「レッドワイバーンが動き出したぞ!」
「様子がおかしい! 離れろ! 早――ぃあああああああ!!」
「嫌だ、死にたくない、死にたくな――」
「逃げろ! 逃げろー――!」
広場の中心では、つい先ほどまで沈黙状態だったレッドワイバーンが、我を失い暴れまわっていた。
エルフ達は必死に亜竜から逃げようとする。
しかし、爪を振るわれ、牙を剥かれ、足で潰され……その儚い命が次々に奪われていく。
凶悪な力になすすべもない彼らができることはただ一つ――断末魔を上げることのみ。
「……あ、ああ……」
目の前に広がる凄惨な光景に、花奈が顔を青褪めて、言葉にならない声を漏らす。
「ああ……美しい眺めだ……いつか、この光景が世界中で見れるようになる……」
「黒の巨人、見てみたかったんですけどねぇ」
繰り広げられる惨劇に、恍惚とした表情で狩人の二人が呟く。
そして、草太の目にも、無残に倒れていくエルフ達の姿が映る。
目の前で、助けるべき命が散っていく。
その光景に見覚えがあった。
転生する直前。自分は助けようとした少女を救えなかった。
何も変わっていない。何一つ成長していない。自分には、他人を守る力なんて、無いのだ。
救いたかった少女を救えず、救えなかった少女が救いたいと言った人々も救えない。
神様から力をもらっても、自分にできることなんて――
「――違う。そうじゃないんだ」
「くさかべ、くん……?」
絶望に苛まれ、思考が停止しそうになる直前で、草太は頭を振る。
隣の花奈が、泣き顔で草太を見上げる。
「まだ、救える。助けられる。守れる。そうだ、終わってなんかない。あのワイバーンを倒して、残ったエルフ達を助ける。まだやれることは残ってる」
拳を握る。強く、強く。
「――森園さん、あの二人の相手を任せる。俺はあのワイバーンを倒す」
「でも、でも……」
「俺たちがやらなきゃ駄目なんだ。このままだと、カイもリフィアも、皆死ぬ」
「っ!」
草太の言葉に、花奈が息を飲み、怯えた表情を浮かべる。
しかし、怯んでいたのは一瞬だった。
「……うん、そうだね。私達が、皆を助けないと」
顔を上げた彼女の瞳はまっすぐで、迷いの欠片はもうどこにも無かった。
それを見て、草太は小さく頷いた。
「――よし、ここは任せた。ワイバーンは俺に任せろ」
「うん、任されました。気を付けてね」
「当たり前だ」
最後に二人は短く会話をして、お互いに背を向けた。
草太はワイバーンを止めるために。花奈は主犯者を止めるために。
――絶対に負けない。
同じ決意を、胸に秘めながら。
背後から草太が遠ざかって行くのを感じながら、花奈はヨセフとラクセンを見据えた。
「……俺の相手は魔法使いのおねーちゃんか。冥途の土産には丁度いいな」
「……あなた達は、どうしてこんなことをするんですか? ただの奴隷商売のために、こんなことをする必要なんてないはずです」
軽口を叩くヨセフに、花奈はきつい口調で尋ねる。
が、対照的にヨセフはどこまでも軽い調子でニヤニヤと笑みを浮かべる。それは、どこか自嘲的でもあった。
「ひゃははははは! 奴隷商売ィ!? お前まさか俺達がそんなことのために生きているとでも思っているのか! こいつは傑作だァ! ここまで無知だと羨しいね!」
「なっ……」
一体何がツボにはまったというのか、ヨセフは高らかに笑い出した。
「いいかぁ? エルフ狩りなんてただの手段の一つだ。近くにたまたまいい感じの道具が大量にあったから使ってるだけだ! 俺達の野望は、奴隷なんていうちっぽけな話では収まらないんだよ!」
「野望……? 野望ってなんですか?」
「お前に答える義務はないな」
花奈の問いは、ラクセンによって遮られた。
「ヨセフも自棄になるな。俺達に後がないからと言って、こいつらに情報を与える必要はない」
「……へいへい、さーせん。で、やっぱり兄貴は向こうに行くんですか?」
「ああ。レッドワイバーンが倒されるとは思わないが、万が一のこともある。俺はクサカベソウタのところに行く」
「なっ……! 行かせません! あなた達の相手は、私が任されたんですから!」
唐突なラクセンの言葉に、花奈が慌てて呪文の詠唱を始める。
「おせえよ」
しかし、彼女の視界を煙が突然覆った。
「!? 【呼ぶは風・吹き荒れる宮殿・エアパレス】!」
咄嗟に周囲に【エアパレス】を張って安全を確保する。
だが、完全に二人を見失ってしまった。
「くっ……これじゃあだめっ……【呼ぶは風・空舞いし槍・ウィンドランス】」
風系初級攻撃魔法の【ウィンドランス】を周囲に展開。魔法の風が、彼女の髪を揺らす。
【エアパレス】を解き、風の槍を全方位に向け、発射した。
煙はたちまち霧散し、次に花奈の視界に飛び込んできたのは――
「うそ……」
自身を取り囲む、無数のゴーレム達であった。
走る。走る。走る。
目の前で暴れる強大な敵を止めるために、守ると決めた命を守るために。
足は重く、視界は狭い。死ぬかもしれないという恐怖が、草太の行動を鈍らせる。
(それでも助けようと走っているんだから、損な性格してるよな……)
自虐的に笑う。
死にたくなければ、逃げればいい。当然のことだ。
だって草太は一度死んだのだから。死の恐怖を知ってしまったのだから。
死にたくない。
それは、今も変わらない。
それでも、今も尚走るのは――ただ一つ、単純な理由があるから。
「……!」
視線の先に、一人のエルフを見つけた。
彼女は地べたにへたれこんで、荒れ狂う竜を呆然と眺めている。
「……リフィア」
草太が声をかけると、彼女はビクッと肩を跳ねた。
「そ、ソウタ殿……」
怯えた表情で、絶望しきった顔で、リフィアは草太を見上げた。
「大丈夫か? 怪我、ないか?」
「は、はい。問題ありません……あの、ソウタ殿、まさかと思いますが……」
「そのまさかだ。あのレッドワイバーンを止める」
草太の言葉に、リフィアは慌てて首を振った。
「駄目です! あんな怪物に勝てるはずがありません! だって、あんなの、どうしようもないじゃないですか……カイもソウタ殿も、自殺しにいくようなものです!」
「そうか、カイも向かったのか。なら、尚更俺も行かなきゃな」
リフィアの言葉を聞き流しながら、草太は一歩ずつ進む。
理解できないと、リフィアが叫ぶ。
「どうして……ソウタ殿は、私達にそこまでする必要なんてないじゃないですか!」
「そうだな」
「死にたくないと言っていたじゃないですか!」
「当たり前だ、死ぬのは怖い」
「今から逃げれば、ソウタ殿とハナ殿は助かるのに!」
「うん。……そうだろうな」
「だったら……だったらどうして!!」
理解できない、とリフィアは子供のように頭を振り続ける。
「……簡単なことだよ、リフィア」
そんな彼女を見て、草太は静かに微笑んだ。
今まで見せたことのない表情に、リフィアが思わず息を飲む。
「そういう感情よりも、『助けたい』っていう気持ちが勝った。……それだけだ」
「ソウタ、どの……」
呆然と、リフィアは草太を見続ける。
優しい表情のまま、草太は続ける。
「そんで、『助けたい』に理由はいらない。何かを望むのに、理由を求めるのは野暮ってもんだろ?」
「……」
静かに語る草太を、リフィアも静かに見つめる。
やがて、草太は表情を引き締めて、リフィアのそばにしゃがみ、彼女の肩を叩いて言った。
「リフィア。今、あっちの方で、森園さんが戦っている。彼女の、助けになってくれないか」
「私は……力なんて……ソウタ殿やハナ殿のように強くなんて……」
草太の言葉に、リフィアは戸惑って視線を彷徨わせる。
リフィアは平均的なエルフの女の子だ。そんな彼女に何かを要求するのは、酷なことだと草太は分かっている。
けれど。
「リフィア、森園さんを頼む。彼女にとって、お前は大切な存在なんだ」
リフィアは花奈にとって異世界に来て初めての友人。それは、本人に自覚は無くても、とても大きい存在だ。
花奈は草太と違い、死んだことによる家族との別れもあった。
強がっているが花奈の心には、確実にその傷が残っている。
突然の死と突然の別れ。精神面で言えば、草太より花奈の受けたダメージの方が大きい。
花奈は草太ほど孤独に慣れていない。だから、彼女には今は支えが必要なのだ。
「リフィア、お前しかいない。これは、どのエルフにもできない、お前だけの使命だ」
草太の熱のこもった言葉に、リフィアははっと目を見開いた。
――そうだ。会って間もない人族の二人が、敵対しているはずのエルフ達を助けようとしている。
震える足に力を込めて、立ち上がる。
――なら、私が出来ることは一体なんだ。……決まっている。二人に恩を返すことだ。
涙で煌めく碧眼に強い意志が宿る。
――エルフの誇りにかけて二人の力になる……それが、私の使命だ。
そして毅然と、口を開く。
「エルフの戦士、リフィア・フォラス。敵と交戦中のハナ殿のもとに向かいます!」
「……ああ、頼む!」
覚悟を決めたリフィアを見て、草太はそれだけを言い残し、レッドワイバーンの元へ走り出した。
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