第12話 やりたいこと
大幅に遅れたことを大変申し訳なく思っております……
その代わり、過去最長となっておりますので!
ぱちぱちと火が弾ける。その周りには木に刺さった何かの魔物の肉が、脂をテカらせて美味そうな匂いを放っている。
草太が生まれて初めての焚き火での料理に見とれていると、横からすっと木製のコップに入ったお茶を渡された。
「ソウタ殿、これはウロン草のお茶です。疲れた体に効きますよ」
「お、ありがとうな、カイ」
お礼を言いながらイケメンエルフのカイからコップを受け取り、草太はウロン茶に口をつけた。
(へえ……。烏龍茶に名前が似てるから味も似てるのかと思ったけど、どっちかって言うと緑茶だな)
「……美味いな。故郷にも似たような味のお茶があったよ」
「お口に合ってよかったです。それで……」
にこにこと笑顔だったカイは、気まずそうな表情になるとある方を見た。
そこには、体育座りでじとーっと草太を睨む花奈と、そんな花奈に気を回すリフィアの姿があった。
「は、ハナ殿。ウロン茶です。美味しいですよ?」
「………………うん、ありがとう」
「もっと楽な体勢になってください。それでは窮屈でしょう?」
「………………いい、このままで」
花奈は受け答えはちゃんとするが、その態度はすこぶる悪い。何かと気を遣ってくれているリフィアをちらりとも見ず、ただ草太を睨んでいる。
「……そろそろハナ殿をなんとかしてくれませんか?」
「いやなんとかって言ってもな……」
草太としてもこの空気は好きではないが、どうして花奈が怒っているのか見当もつかない。
「原因がわかんなかったら、どうしようもないだろ」
「それはそうですが……」
「それに、今回は俺は何もしてないぞ? だって気絶してたからな」
「それならどうして、ハナ殿はあんなにソウタ殿を睨んでいるのですかっ?」
「それがわかれば苦労しないって!」
ひそひそ話で問答を繰り返す二人。
実際、花奈が怒っているのは、というか恥ずかしがっているのは完全に花奈自身の問題なので、草太にどうこうできるはずがない。
(まじでなんで俺睨まれなきゃいけないんだよ……)
草太は内心、頭を抱えながら、極力花奈と目を合わせないようにした。
そうこうしているうちに、肉が焼きあがった。空腹を刺激するジューシーな香りが、草太の鼻腔をくすぐった。
焼いていた肉は『加齢鹿』という名の魔物の物だ。
加齢鹿は魔物の中でもかなりの長寿で、長い年月をかけて熟成された肉は脂分が少ないわりに柔らかく、貴族たちの食事の場でもしばしば出されるほどだ。
「……やっぱうめえな、加齢鹿の肉は」
カイから渡された焼肉をかじり、草太は感心したように声を漏らした。
「食べたことがあるんですか?」
「ああ、昨日立ち寄った村でな。鹿肉を食べたのはそんときが初めてだったんだけど、最初の抵抗が嘘みたいに夢中になったな」
「加齢鹿の肉は臭みがなくて食べやすいですからね」
草太とカイの会話に、リフィアも混ざってきた。どうやら花奈の機嫌を直すのを諦めたらしい。
リフィアの後方では、花奈が黙々とリスのように肉を齧っている。
それを見て草太は声を小さくした。
「……なあ、森園さんなんとかならないか? ぶっちゃけ空気がかなりの悪くなってアレだし」
「そう言いましても私にはもう無理ですよ。ここはやはり怒らせた張本人が謝らないと」
「いや犯人は俺じゃないから!」
慌てて否定する草太に、リフィアはジト目を向けた。
「本当に心当たりはないのですか?」
「ないよ。だって俺はずっと気絶してたんだぜ?」
「それが理由なんじゃないですか?」
「どういうこと?」
リフィアの指摘に、草太がわけわからんという顔になる。
「ソウタ殿が気絶した時、ハナ殿は非常に取り乱していました。心の底からソウタ殿を心配してることが伺えましたよ」
「……」
「いくらなんともなかったとは言え、『心配かけて悪かった』くらいは言った方が良いのではないですか?」
「……なるほどな」
草太は顔をしかめながらも納得したように頷いた。
花奈に命を大事にするように言っていたのは、他でもない草太だ。そのために防御魔法と回復魔法を率先して覚えさせ、なるべく戦いは草太が引き受けるようにしていた。
それなのに自分が気絶しましたーでは、花奈が怒るのも無理はないのかもしれない。
全く的外れな答えだが、草太はこれが正解だと確信した。
「……わかった。ちゃんと謝っておく」
「では私たちはここで見ていま――」
「私たちは席を外しますね!」
草太に問いかけてくるカイの手を、リフィアが引っ張り上げた。そのまま森の方へと歩いていく。
カイは引きずられながらも頭に疑問符を浮かべていた。
草太としても今から少し真面目な話をする予定だったので、リフィアの心遣いは正直ありがたい。
(――ふぅ、行くか)
草太は意を決して立ち上がった。草太達の一連のやりとりを見ていた花奈が、びくっと体を竦ませる。
草太は少し早歩きで焚き火を回り、反対方向にいた花奈の前に立った。花奈がどこか不安そうに草太を見上げる。
ざんっ。草太は草地に膝をついた。花奈が再びびくっとなる。
そのまま草太は正座の状態に移った。ここまできて、花奈がようやく口を開いた。
「あ、あの――草壁くん?」
「森園さん、ごめんっ!」
「え、ええ!?」
草太がいきなり頭を下げ、花奈の動揺がさらに加速する。草太はそんな花奈はおかまいなしに、頭を下げたまま謝罪の言葉を並べ始めた。
「さっきの気絶は、完全に俺の判断ミスだった。使ったこともない魔法を調子に乗ってガンガン使って、挙げ句の果てに力使い果たして昏倒なんて……。俺、森園さんには命を大事にするようにって言っていたのに、自分でそれができてなかった。……本当に、ごめん」
「く、草壁くん? その、何を言ってるかわからないよ……?」
花奈のその言葉に、草太はゆっくりと顔を上げた。
「……森園さんは、俺が調子に乗って気絶したことを怒ってるんじゃないのか?」
「ええっ!? ち、違うよ! わ、私は……その、あの、怒ってるわけじゃ、なくて……」
狼狽える花奈。草太がますます訝しげな顔つきにな
る。
「と、とにかくっ! 私は怒ってないから! 確かに草壁くんが倒れちゃった時は心配だったけど……それとこれは別というか、全然違うものっていうか……ほ、本当に怒ってないから!」
「……じゃあ、なんであんなに睨んでたんだよ?」
「うっ、あ、あれは……」
花奈が顔を明後日の方向に向ける。
まさか今更ながらに襲ってきた膝枕の羞恥と、いいタイミングで草太が起きてしまったことへの理不尽な逆ギレだとは言えない。だから、小さい声で一言。
「ご、ごめんなさい……」
「え、なんて?」
「なんでもないっ!」
「なんだよそれ? ……まあ、いいけど」
草太は一瞬文句を言おうとしたが、また花奈の機嫌を損ねてしまうと面倒なのでやめることにした。
「……でも、ありがとう。リフィアが言ってたけど……森園さん、俺が倒れた時に心配してくれたんだろ?」
「あう、そ、それは、そうだけど……」
花奈の顔が真っ赤になるが、草太は気にせずに話を続けた。
「今度からは、ちゃんと危なそうなポイントを見極めるよ。森園さんに心配をかけさせたくないからな」
「…………うん」
花奈はこくりとまだ赤い顔でうなずいた。その花奈の様子に、ようやく草太がふぅと溜息をついた。ちゃんと機嫌はなおったようだ。
「草壁くんが使った魔法って、たしか【アクセラレーション】っていう白魔法だっけ」
「そうだな。体感速度を速めるっていうめっちゃ便利な魔法なんだけど、その分負荷が大きかったらしい」
「そっか……。……ねえ、草壁くん」
「ん?」
花奈がまっすぐに草太を見つめた。その瞳は、草太に何かを訴えかけるような光を灯している。
「私も、次は戦うから……無茶はしないでね? もう守られてるだけなんて、嫌だから……」
「森園さん……」
「それに……草壁くんが死んじゃうのだって嫌だから……」
「…………うん」
草太は短く答えた。それ以上の言葉は不要だと感じたからだ。
そして、それは花奈も同じなようで、満足そうににっこりと笑った。
「それで、この後はどうしよっか?」
「どうすっかなー。スードの街にさっさと行きたいんだけど、もう結構遅い時間なんだよな」
草太は僅かに見える太陽を見上げて、少し落胆したように溜息をついた。太陽は大分西に傾いている。時間帯で言えば午後三時から四時あたりだろう。今から出発したら、スードの街に着くのはかなり遅くなってしまう。
うーんと考え込む草太に、背後から声がかけられた。
「それなら、私の家に泊めましょう!」
振り返ると、席を外していたリフィアとカイだ。リフィアが得意げな顔で胸を叩く。
「私の家はそこそこ大きいので、二人なら泊めることができますよ! どうですか?」
「いや、さすがにそれは無理だな」
リフィアはむしろ喜んで草太達を泊めたそうだが、草太は苦笑いで断った。
「やっぱこの集落にとどまっているのは、お互いによくないよ。これで俺たちがリフィアの家に泊まっているのを他のエルフに見られたら、何が起こるか大体想像できる」
「そう……ですか。そうですよね」
リフィアはしぶしぶ頷いた。あんなことがあった直後なので、自分の提案がいかに無謀なのかわかったのだろう。
「その提案はすごく嬉しいんだけどさ。ごめんな」
「い、いえいえ! きにしないでください!」
リフィアが慌ててブンブンと手を振る。その隣でカイが名残惜しそうに草太と花奈を見た。
「やはり、お二人はもう行ってしまわれるのですね……」
「……ああ。一応、目的地があるしな。ここには森園さんの強〜い要望に沿って来ただけだし」
「あう……ごめんなさい」
草太の皮肉な物言いに、花奈が縮こまった。
よく考えれば、ここに行きたいと言ったのは、花奈なのだ。自分の提案でこんな事態になったことに気づいたのだろう。
草太はささやかなからかいが成功したことに満足し、再びカイとリフィアを見た。
「まあでも、なんだかんだあったけど、俺はカイとリフィアに会えてよかったよ。貴重な体験ができたしな」
「そ、そうだよね! 私も良かったよ!」
「お二人とも……」
リフィアが感動したように声を詰まらせた。カイも、すこし照れ臭そうにしながら草太と花奈に笑いかけた。
「……ありがとうございます。それでは、行きましょうか。お送りいたしますよ」
「ああ……よろしく頼む」
草太は笑って荷物をまとめだした。
◇
陽が落ちて、篝火が灯り始めたエルフの集落・リフーリ。
その正門の近くで、一人のガタイの良い長身エルフが苛立ちを露わに、一人でぶつぶつと呟いていた。
その場所は、何者かが火を焚いた跡がある。長身エルフは、それを忌々しげに蹴飛ばした。
エルフの名はバーテイン・リフトーム。この集落の長だ。
彼が怒っているのは、昼間ここに来た二人の人族と、彼等を迎え入れた二人の同胞に対してだ。
「あの人族どもめ……。エルフをコケにしたことは万死に値する……!」
バーテインの脳裏に、自分を負け犬呼ばわりした少年と、とんでもない防御魔法を使ってきた少女の姿が浮かんで、ギリッと歯をくいしばった。
「くそっ! そもそもカイとリフィアも何故あんなに人族に肩入れするのか! 奴らは……奴らは我々の生活を脅かす敵なのだぞ!」
バーテインは近くにあった木を殴りつけた。ビリビリと木が震える。だが同時に、バーテインは草太の言葉を思い出していた。
――お前はさ、怖いだけなんだろ? 俺たち人間が
その言葉は、バーテインの胸の奥に、深く突き刺さった。口では違うと否定しても、もう一人の自分が本当はそうなのだろう? と囁きかけてくる。
バーテインは、二年前の襲撃で、当時の族長とその妻を――両親を喪った。
それ以降、バーテインの中で人族とは、仲間を奪っていった敵であり、自分の両親の仇でもある。
両親が殺されたその日から、バーテインが人族への憎しみを忘れたことはない。
「俺は、人族を恨んでいる。根絶やしにしたいと思っている……。だが……」
――行動に移したことは、一度としてない。
これはバーテインだけではなく、この世界のあらゆるエルフに言えることだ。
人族を激しく恨んでいるが、実際にやり返したことはない。ただ逃げるように、人族から遠ざかっていっただけだ。
両親を殺されたバーテインでさえ、二年前の襲撃以降に人族に弓を向けたのは、今日の昼間が初めてだ。
殺したいほど憎んでいるのに、どうしてそれを行動に移さないのか。
――それは、人族のことを恐れているからではないか?
「っ!!」
バーテインは浮かんできた思考を振り払うように、慌てて首を振った。
「そんなことがあるはずがない。我々は人族を恐れてなどいない!」
バーテインは地面に向かって吠えた。
そしてその声に応えるように、集落の中心で、巨大な咆哮が響き渡った。
「グラアアアアアアアアアアア!!!」
「なに!?」
バーテインがとっさに振り返ると、すぐに自分の両目を疑った。
視界に映るのは、ここにいてはいけない、いるはずのないものだったからだ。
全身を覆う赤い鱗。一対の翼を羽ばたかせ、二つの黄色い瞳で、集落を睥睨している。
口には凶悪なまでに尖っている無数の牙。二本の角は、『それ』の屈強なイメージをさらに強くしている。
長く生きているバーテインも、見るのは初めてだ。何故なら、本来なら『それ』は、森ではなく、ここから遥か遠い荒地を支配する生物のはずだから。
バーテインは呆然と、『それ』の名前を口にした。
「レッド……ワイバーン」
――ドラゴンの亜種、ワイバーン。
ドラゴンよりも一回り小柄だが、能力はドラゴンに負けず劣らず凄まじい。
そして、今視界を飛んでいるワイバーンは、火をあやつるレッドワイバーンだ。森の中で、その代名詞であるブレスを吐かれたら、大惨事になることは明白だ。
ワイバーンの下から、同胞たちの悲鳴が聞こえる。みな、突然の来襲者にどうすれば良いかわからないのだろう。
「行かねば――」
踏み出そうとしたバーテインの体に。
トスっ。
何かが刺さった。
「ッ!?」
体の自由が利かなくなり、そのまま地面に倒れこんだ。
(一体、なにが――!?)
思考が追いつかないバーテインの耳に、不快な声が届いた。
「一匹目〜」
「っ!!」
首が動かないので、声がした方に視線を向けると、そこには、全身黒ずくめの二人が立っていた。
「お……ま、え、ら」
口がうまく回らない、何故。バーテインの疑問を読み取ったように、不快な声の主がニヤニヤ笑いで口を開いた。
「口を開くのもきついと思うぜ〜? オレ特製の強力な麻痺毒だからな〜」
「お……ま、え、らは……」
何者だ。そう問おうとしたバーテインの声は、もう一人の男の声によって遮られた。
「ヨセフ、無駄話はするな。さっさとほかのエルフどもを捉えるぞ」
「了解ですよ、ラクセンの兄貴」
――ヨセフとラクセン。
バーテインはこの名前に聞き覚えがあった。
(そうだ。二年前の襲撃で、あの女が口にしていた名前だ……)
バーテインはキッと二人の男を睨みつけた。
(またか。またお前らは俺たちから奪っていくのか。平穏も安寧も仲間も家族も! お前らは俺たちからいくら奪えば気がすむんだ……!)
「そんなに睨みつけんなって、ウザいから」
バーテインの視線に気づいたヨセフが、口を歪めながらバーテインの前に立った。そして、ふと思い出したかのようにバーテインに問いかけた。
「今日の昼間に、カイの野郎がここに二人の人間を連れてきただろ。そいつらはどこにいる?」
どうしてその二人が出てくる、とバーテインは思ったが、上手く動かない口で素直に答えた。
「いな……い」
「は?」
「いない、と、言ったん、だ……。奴らは、我々が、追い返した……」
「はあ? はあ!? なんだよそれ!」
バーテインの途切れ途切れの言葉に、ヨセフが慌てたように声を上げる。バーテインはそれを好機と判断した。
「お前ら、の、目的は、奴らか? なら、とっとと、うせ――がふっ!?」
バーテインが最後まで言い終わる前に、その腹に衝撃と痛みが襲った。ヨセフは荒い息を吐きながら、今バーテインを蹴った足で、バーテインの頭を踏みつける。
「ぐっ……」
「てめえふざけんなよ! なんでここに引き止めておかないんだよ! なあ、おいなんとか言えよ!」
「そこまでにしろヨセフ。さっさと他のエルフ達を捕まえるぞ」
「で、でもこれじゃあカブール様になんて言えば……」
「本来の目的はエルフだ。ならば、そのエルフを予定より多めに捕らえれば良いこと」
「……了解」
ラクセンの指示に、ヨセフはしぶしぶと頷いて、バーテインの頭から足を離した。そのまま二人は静かな足取りで、集落の中心へと走り去っていく。
「ま……て……」
バーテインの声は、その二人に届かない。そしてその体は、動かしたくても動かせない。これから大切な仲間達が、狩られようとしているというのに。
「く……そ……」
何もできないことが、あまりにも悔しく、バーテインは低く呻いた。
◇
獣道を下るのに三時間ほど費やして、草太達は見慣れた林道に出た。
「はーようやく到着か。もう大分暗くなってきたな」
草太は辺りを見渡して呟いた。太陽はほとんど沈み、周囲は青黒く染まり始めている。
(【ゲート】を使えば一発で戻ってこれたんだけどな……)
草太は苦笑いで、獣道を使った原因を見遣った。
「ハナ殿、絶対に、私のことを忘れないでくださいね」
「うん、忘れないよ、リフィア」
そこには、うるうるとした目で互いの手を取り合い、見つめ合う花奈とリフィアの姿があった。
すっかり仲良くなったらしい二人は、草太が【ゲート】で帰ろうと提案した時に、少しでも一緒にいたいと却下してきたのだ。
「……はあ、最近周りに流されすぎだな」
本来の草太なら、もう少し自分の意見を通すものなのだが、異世界に来た動揺からかそれが少し薄れているという自覚がある。
「ソウタ殿。私も草太殿のことを忘れませんよ」
「おお。俺もだよ、カイ」
真面目な顔で言ってくるカイに、草太は苦笑を返した。
「……はい、森園さん、そろそろ行くぞ。急がないと」
「あ、うん……。じゃあね、リフィア、カイ」
「はいっ!」
「お気をつけて」
名残惜しそうに手を振る花奈に、リフィアも同じような顔で、カイはにこやかに返した。
「……まあ、一生離れ離れになるわけじゃないんだしさ。また今度会いに来るよ」
草太はそれを見て微笑ましく思いながら、二人のエルフに手を振った。
和やかな別れが行われようとした、まさにその時だった。
「グラアアアアアアアアアアア!!!」
森中に、その絶叫が響き渡ったのは。
「なん……だ……」
咄嗟に音の出所を見た草太は、言葉を失った。
「なに、あれ……」
隣の花奈も、呆然と草太と同じ方向を向いている。
「レッドワイバーン……?」
「……なんだよ、そのやばそうな名前のやつ」
カイのつぶやきに嫌な予感を覚えながら、草太が聞いた。
「この世の最強生物である、ドラゴンの亜種です……。気性が荒く、そのブレスはあらゆるものを焼き尽くすと言われています」
「なんだよそのアホみたいな生き物」
「ですが! レッドワイバーンがここに居るわけがありません! アレは本来なら荒れた山奥に棲んでいるはずです!」
リフィアが声を荒げる。その瞳は焦燥に揺れていて、リフィアの言葉が嘘ではないことがわかった。
「そ、それより、あそこって……」
「…………ああ」
花奈の不安そうな呟きを最後まで聞かず、草太は嫌そうに頷いた。
今、レッドワイバーンが飛んでいる場所は、紛れもなく数時間前まで草太達が滞在していた、エルフの集落・リフーリだ。
「か、カイ! 早く、早く行かないと!」
「あ、ああ、行こう」
リフィアとカイが慌てて森の奥へ入ろうとする。入ろうとして、草太達の方を振り返った。
縋るような、目つきで。
「…………」
草太は、無言で二人のエルフを見返す。二人の言いたいことは、十分すぎるほどにわかっていた。けれど、今回ばかりは気が進まなかった。
先ほどまで悪意をがっつりと向けられていた奴らを、助ける必要なんてあるのだろうか。
話を聞くだけでやばそうな魔物に、立ち向かう必要はあるのだろうか。
自分の命を危険な目に合わせる必要はあるのだろうか。
草太の思考が伝わったらしく、カイとリフィアが悲しそうに顔を伏せた。
が、草太の意思を理解しない、否、理解しても認めない人物が一人、草太の手を引いた。
「行こう、草壁くん」
「森園さん……」
花奈の手は、柔らかく、熱い。そして、少し震えていた。
「……駄目だ。カイとリフィアには悪いけど、助ける気にはなれない」
「でも、助けたいとは思っているんでしょ?」
「……なに?」
花奈の言葉に、草太は目を剥いた。
「だって、すごく苦しそうな顔してるもん。助けたくても、助けられないって顔だよ?」
「なに言ってんだよ。そんなことあるわけないだろ。少し話しただけで、俺のことわかったように言うなよ」
草太は少し強めに言い放った。花奈は一瞬、傷ついたように目を伏せたが、すぐに顔を上げ、毅然とした声で言い返した。
「全部はわからないけど、わかるよ。――だって、ずっと、見てきたから」
「……な」
草太はわけがわからず呆然とし、その隙を突かれた。花奈がぐいっと草太の手を引っ張る。お互いの顔がぶつかるほどに近くなり、甘い香りが草太の鼻をついた。
「私も戦うから……もう草壁くんに任せっきりにしないから……だから、この世界の初めての友達のために、戦おうよ」
「――っ」
花奈の表情に、逃げるという選択肢はなかった。
こんなに震えているのに、こんなに怖がっているのに、目の前の転生仲間は、さっき会ったばかりの人のために、危険な選択をしようとしているのだ。
アホかと思った。無謀だとも思った。無理矢理にでも、花奈の手を引いて逃げ出そうかとも思った。
けれど、草太の口は、違うことを言っていた。
「【ゲート】」
突如現れる青白い渦の正体は、一度行ったことのある場所に一瞬でいくことのできる白魔法。草太はその渦を顎でしゃくり、一言、「行くぞ」とだけ言った。
「草壁くん……」
嬉しそうに、花奈が顔をほころばせる。照れているのが自分でわかっているので、草太はプイッとそっぽを向いた。
そしてそのまま真っ先に渦に足を踏み入れ――
ぎゅむっ、と何かを踏んだ。
「うひゃあ!?」
突然の事態に草太はかん高い悲鳴を上げた。
「どうしたの、草壁くん!? ってきゃあ!?」
「うわっ?」
「な、なんですかこれは?」
後から出てきた花奈達も、余すことなく何かを踏んだ。
「なんかやばいものかもしれない! 早く離れるんだ!」
草太はリコシフォスを抜きながら、大きく後ろに跳んだ。花奈達もそれにならう。
と、その何かがもぞもぞと動いた。
すわ新たな魔物か!? と草太は身構えたが、その何かは魔物らしからぬうめき声を漏らした。
「う、うあ……」
「ん? ってお前は……」
「バーテイン!」
草太が言う前に、カイがその何か――バーテインに駆け寄った。
「どうした、いったい何があった!?」
「カ……イ……。かり、うどが、きた」
「っ!」
途切れ途切れのバーテインの声に、カイが息を呑む。草太も、狩人という言葉には聞き覚えがあった。
二年前に、この集落を襲撃して、カイを奴隷にしていた連中だ。
「本当か?」
「ああ……その、前に、麻痺をといて、くれ。話したくても、話せない……」
「森園さん」
「うん。【呼ぶは光・瘴払う癒し・キュアー】」
花奈の呪文で、バーテインの体が淡い光に包まれる。やがて光が収まると、バーテインがよろよろと立ち上がった。
バーテインは複雑そうな顔をしながら、カイの方を見て事情を説明し始めた。二年前にこの集落を襲った、ヨセフとラクセンという二人が襲来したこと。あのレッドワイバーンはその二人が連れてきたこと。二人の目的は、複数のエルフを捕まえること。
「……カイ、大丈夫か?」
「っ、は、はい」
今朝まで自分の主人だった男の名前を聞いて青ざめるカイの肩を、草太は優しく叩いた。カイは一瞬ビクッと震えたが、次の瞬間にはその瞳に闘志を宿らせ始めた。
「大丈夫です。むしろ、決着をつける良い機会です。恐れなどありません」
「そうか、じゃあ早く行こう。今はワイバーンが何もしていないことが幸いだけど、こうしている内にも、何人かはバーテインみたいに麻痺させられてるかもしれない」
草太は空中でホバリングし続けるワイバーンを一瞥して、その足を集落の方へ向けた。
が、その背中にバーテインが待ったをかける。
「人族のお前達は、さっさとこの場を離れろ。お前達に手を貸してもらうつもりなどない。……これは、我々の戦いだ」
「バーテイン!」
リフィアがバーテインの肩を掴む。だが、バーテインは止まらない。
「お前らの、お前らの勝手な都合で我々は何度も奪われてきたんだ。それなのに、今更味方のような顔をして、のこのこと我々の仲間であるかのように振る舞うな! 誰が人族の言葉など信じられるか! お前らの手助けなどいらない! さっさとここを去れ!」
「バーテイン、いい加減にしろ!」
ついにバーテインはリフィアとカイの二人に羽交い締めにされた。それでも、その瞳にはなおも強い意志が写っている。
「……あのな――」
草太が呆れたように口を開きかけたところで、花奈がスッと前に出た。
「私が人族とか、あなたがエルフとかは、関係ありません」
まっすぐとバーテインを見据える。それは昼間の状況の再現のようだった。
「『私』が、『友達』と『その仲間』を助けたいと思っているだけです。他に理由なんていらない。軋轢とか溝とか、そんなこと知らない。私は、私がやりたいことをするだけです」
バーテインが驚いたように目を剥いた。草太もまた、似たような表情になる。
気絶していた草太は、その時の花奈の行動を知らなかったから、花奈のこんな強い姿勢を見るのは初めてだったのだ。
(わかった気になっていたのは、俺の方か)
草太の口元に、笑みが浮かぶ。そしてそのまま、一歩踏み出し、花奈に並んだ。
「そういうことだよ。今更めんどくさいことをぐちぐち言うなよ。……お前はどうしたい。お前のやりたいことを言えよ」
バーテインは未だに呆然とした表情のまま、じっと草太と花奈を見つめた。リフィアとカイの拘束は、すでに解けていた。
「おれは……」
溢れるように、一言。
「おれ、は……」
込み上げてくる何かを抑えて、バーテインは自らの願いを口にした。
「俺は、もう失いたくない……守りたい、大切な物を。……だから、力を、貸してくれ」
ゆっくりと、バーテインは頭を下げた。
「「わかった」」
草太と花奈は似たような笑みを浮かべて、一つだけ頷いた。
読んでいただきありがとうございます!
感想、誤字脱字報告お待ちしております
しばらく投稿ペースは十日に一話になると思います。遅くてすいません。
次回からバトル展開です。




