第10話 エルフと人の軋轢
大変遅くなりました……。
チュンチュンと小鳥がさえずり、木々が風に揺られサアサアと音を立てる。
そんな静かな森の奥で、一人の男の叫び声が上がった。
「リフィア! 一体何を考えている! 人族を集落に招き入れるなど、いくらお前でも許されることではないぞ!」
「早くその人族を殺せっ! 集落の場所を知られてしまったからには生かしておくわけにはいかない!」
「ま、待ってくださいっ! この二人は私の命の恩人なのです!」
草太達は、バーテインの指示によって集められた数多のエルフ達に、弓を向けられていた。
エルフ達は口々に草太達への罵詈雑言を喚き立てる。その目は、不倶戴天の敵に出会ったかのようだ。
リフィアが必死に説得しようとするが、それにも耳を貸す気配はない。
「本当に、嫌われてるんだなぁ……」
「だから言ったんだにゃ」
どこか感心したように、あるいは諦めたような草太の呟きに、キットもため息をつきながら返した。
その間にも、エルフ達のやり取りは続く。
「恩人とはどういうことだ!?」
「この男を見てください! 覚えがありませんか!?」
リフィアの声に、エルフ達がざわつく。
「……そう、二年前、奴隷狩りの被害にあった、カイ・ロロネルです!」
リフィアが声をはりあげると、カイが一歩前に出て、同じく大声でエルフ達に語りかける。
「カイ・ロロネルだ! この度はこちらのお二方に命を助けていただいた! 皆が信じたくないことはわかる。だが、ここは誇り高きエルフとして、恩人を受け入れてはくれないか!?」
首輪をつけられていた時とはまるで別人なカイの声が森の中に響いた。
「カイ……?」「確かにカイだ……」「『奴隷化の首輪』はどうしたんだ?」「それより、カイとリフィアが言っていることは本当なのか……?」
カイの声に、エルフ達の一部が戸惑いながらも弓を下げる。仲間意識が強いため、同胞の言葉を無下にはできないのだろう。
しかし、最前に立つバーテインは、草太を睨みつけながら抗議の声を上げた。
「たとえカイの言葉が事実だとしても! そこの旅人達が無害であるとは断定できない! お前らに取り入って、この集落を襲うかもしれないだろう!」
バーテインの言葉に周りのエルフ達も同調する。
「そ、それは……」
リフィアとカイも、不安げに草太と花奈をちらちらと見る。興奮のため、その可能性を失念していたのだろう。
「……まあ、なんとなくこうなりそうだとは思っていたけどなぁ……」
「そう、だね……」
草太は落胆したように、花奈は寂しそうに声を漏らした。
リフィアとカイのように、他のエルフ達も自分たちに心を開いてくれるのではないかと、そう期待してしまっていたのだ。
「……リフィア、もういいよ。人間嫌いのエルフが、俺たちに心を開いてくれただけでも嬉しいからさ」
「ソ、ソウタ殿……」
「そんな……」
リフィアとカイが悔しそうに呻く。その姿に苦笑を浮かべ、草太達は踵を返そうとした。
が、高圧的な声が草太達の背中にかけられた。
「どこへ行く気だ、人間。貴様らが生きて帰れるとは思うなよ」
「……どういう意味だ?」
「貴様らが善人か悪人か区別がつかない以上、おめおめと帰すわけにはいかん。ここで死んでもらう」
バーテインの論はかなりぶっ飛んでいるが、彼等の歴史を考えれば仕方のないことだろう。
話を聞く限り、カイが奴隷になった、つまりこの集落が襲われたのはわずか二年前のことだ。その心の傷が完全に治っているとは思えない。
エルフにとって、人族とは現在進行形で自分達の生活を脅かす仇敵なのだ。
だからと言って、無実かつ恩人である草太と花奈がバーテインの暴論を受け入れるわけにはいかない。
「そんなの知るかよ。お前達の勝手な都合で、こんなところで死ぬわけにはいかない」
苛立ちから、草太は若干強めに返した。
「人間、貴様らに選択肢はない。大人しく射抜かれた方が楽だぞ」
「……どうしたらこのロクでもないやり取りから解放されるんだ? 死ぬ以外で」
「死ぬ以外ない」
「無実なのに?」
「人族の言葉など信じられん!」
(らちがあかねぇ……)
草太は小さくため息をついた。初めて会った時のリフィアもそうだったが、エルフは頭に血が昇ると人の話を聞かなくなるようだ。
「どうやったら無実であることを証明できるんだ?」
「そんな手段はない! だから、貴様らはここで殺すのが最善なのだ!」
草太の冷ややかな問いに、激昂したバーテインが叫ぶ。
「……なんか、俺エルフの事嫌いになりそう」
「ちょっとわかるよ……」
うんざりした草太に、花奈が困ったように返す。
「バーテイン! いい加減にして下さい! たとえソウタ殿達が悪人だとしても、私とカイは恩を返す義務があります!」
「黙れリフィア! 族長の俺に逆らうのならば、お前も我が弓の餌食にするぞ!」
「なっ……!」
ヒステリックに大声を上げるバーテインに、リフィアが言葉を失う。他のエルフ達も戸惑った視線をバーテインに向ける。
(こいつ族長だったのかよ。だからみんななんも言わないのか……。……ん?)
そんな傍若無人に振る舞うバーテインを観察して、草太はあることに気が付いた。
――彼の足が、少し震えていることに。
「ああ、そうか……」
草太はぼそりと呟き、しばらくしてから笑顔を作った。楽しそうに、邪悪に。
「なあ、バーテイン」
草太の口から、低く冷たい声が発せられる。
「草壁くん?」
「ご主人?」
花奈とキットが訝しげに草太を見やった。対してバーテインは憤って大声を出す。
「気安く名前で呼ぶな!」
「……お前はさ、怖いだけなんだろ? 俺たち人間が」
「なっ……!」
「お前が俺に怒鳴っているのは、怒りとかそんなんじゃなくて、ただの怯えだ。怯える自分を隠すためだ」
「……黙れっ!」
バーテインが顔を赤くして制止をかける。だが、草太は酷薄な笑みを止めない。
「そんな臆病なお前に、この言葉を教えてやるよ。……『弱い犬ほどよく吠える』」
その言葉に、バーテインの我慢は限界を迎えた。
「貴様あああああああああああああ!!!!!! 【烈風弓】!!!!」
ヒュゴッとバーテインの弓から矢が放たれる。その矢は狙い違わず草太へ――ではなく、何故か花奈に向かった。
「ッ!」
キィン! と金属同士がぶつかる音。草太が咄嗟にリコシフォスを引き抜き、矢を弾いたのだ。
「あ、え?」
花奈は呆然と立ち尽くしながら、草太とバーテインを交互に見る。
草太は俯いたままで、その表情は見えない。しかし、彼から漏れ出る怒気が、エルフ達の頬を引きつらせる。
「……おい」
「っ!?」
底冷えするかのような草太の声に、バーテインがびくっと体を震わせた。
「……なに俺の仲間に手を出してるんだよ、おまえ」
「あ、あ……」
「これが、誇り高きエルフのやることか? お前は、挑発した本人じゃなくて、その仲間を狙うのか?」
バーテインも本当は花奈を狙ったわけではないだろう。震える足で矢を放てば、コントロールが乱れることは容易に予測できる。
だが、今の草太にそんなことはどうでもよかった。
バーテインが花奈に矢を放ったという事実が、草太の怒りのスイッチとなり、今の草太を突き動かしている。
「プライドだけが高い負け犬が、偉そうに吠えてんじゃねえぞ!!」
その凄まじい剣幕に、バーテイン達エルフだけでなく、リフィアやカイ、キットまでもが後ずさった。
バーテインは無意識に一歩引いてしまった自分に気づき、ぎりっと歯をくいしばり、声を絞り出した。
「人間がぁ……どこまでエルフを愚弄するか!」
「……」
草太はそれを無視して、目を閉じて深呼吸をした。自分の事を落ち着かせるためだ。
(落ち着け……本来の目的はこれからだ……)
草太は閉じていた瞳を開き、静かにバーテインに一つの提案を投げかけた。
「……そこまでプライドの高いお前達に、チャンスを与えてやる」
「なんだと?」
「今からお前らの矢が尽きるまで、好きなだけ俺を撃っていい。俺はそれを躱すし、剣で弾いたりもするが、一本でも当たったら、そのあとは何もせずに的になってやるよ」
「「「「「!?!?!?」」」」」
エルフ達が驚愕に目を見開いた。彼らと草太の距離は約二十メートル。熟練の弓士なら必中の間合いだ。
「ソ、ソウタ殿! そんなの無茶です! ここは私が食い止めますから早く逃げ――」
「リフィア、黙れ」
慌てて草太を止めようとしたリフィアに、バーテインが低く命令する。
その口元は、歪んだ笑みを浮かべていた。
「いいだろう、人族の旅人よ。貴様の意気込みだけは買ってやる。こちらは五人で相手をしてやろう」
バーテインの左右に二人ずつエルフが並んだ。
「……森園さん、下がって【エアスクリーン】で防御していてくれ」
草太は花奈に手振りでも下がれと伝える。
しかし、花奈の返事がない。
「……森園さん?」
不審に思い花奈を見ると、何故か彼女は幸せそうにニヤけていた。
「草壁くんが、守ってくれた……怒ってくれた……えへへへ……」
「も、森園さん?」
「……あっ! 草壁くん、大丈夫だよ! 私があんなエルフ魔法で……!」
「いや違うから! 下がってって言ってんの!」
全く話を聞いていなかった花奈に、草太が慌ててツッコんで説明をした。
「え、で、でも、草壁くん平気なの……?」
「まあ、大丈夫だろ。チートのおかげか、さっきの矢もバッチリと見えたし、問題ない」
「…………わかった。矢が当たっちゃっても回復は任せて!」
花奈は一瞬迷ったようだが、すぐに力強く頷き、キットと共に草太から離れ、【エアスクリーン】を張った。
風の壁の向こうで、キットとが尚も不安そうな顔をしている。
「ご、ご主人……」
「大丈夫だ。見てろよキット。あいつらのプライドを粉々にしてやるよ」
草太は自信に満ちた瞳でバーテイン達を見据えた。
「準備は出来たか?」
「いつでもいいぜ」
「……ふん」
バーテイン達が一斉に弓を構え、弦を引き絞る。
「【アクセラレーション】」
それを見て、一つの【白魔法】を唱えた。
――この時点で、勝負は決まった。
「死ねぇ! 愚かな人族よぉっ!」
精霊の加護を受けた色とりどりの矢が、凄まじい速度で草太に飛来する。
花奈以外の誰もが、草太が射抜かれる未来を予想した。
――しかし、それは一瞬で裏切られることになる。
「ふっ!」
草太が、五本の矢を全てリコシフォスで弾き落としたのだ。
「――なっ!?」
あり得ない光景にバーテイン達が揃って驚きのこえをあげた。が、すぐにまぐれと判断し、二本目の矢を手にする。
(……よく見える)
その様子を見ながら、草太はそんな事をおもった。
今草太が使っている【アクセラレーション】は、自身の体感時間を速めることで、周囲の動きを捉えやすくするという効果だ。
現在草太の視界は薄青く染まり、その中で五本の矢が本来の速度の十分の一程度の速さで飛んで来ている。弾き落とすことは容易い。
その草太の動きは、他人の目には止まらない。
リフィアもカイも他のエルフ達も、目に映るのは数秒前の剣の残像だ。
「くっそ……!」
バーテインが忌々しげに呻く。自分でさえも、目の前の人族の動きを捉えられないのだ。
「ば、馬鹿な……っ!」
ここで遂に、彼らは目の前の少年がまぐれでもなんでもなく、確実に矢を見切って弾いている事を悟る。
「……ふ、ふざけるなぁっ!!」
それでも、エルフの誇りにかけて、草太への攻撃を止めるわけにはいかない。
「このっ、このぉっ!!!」
二連、三連とエルフ達が矢を放つ。それを草太は淡々と弾き落としていく。
誰もが、その非現実的な光景に、口を出せずにいた。
――やがて。
「どうして、だ……どうして当たらない……」
バーテインががくりと膝を折った。背中の筒には、もう一本の矢も残っていない。他の四人のエルフ達も同様だ。
誰もが、呆然と一点だけを見る。無数の矢が周りに落ちているその中で、草太は平然と立っていた。結果的に、草太は一歩も最初の位置から動いていない。
「……………………終わりか?」
少し間をおいての草太の静かな問いに、バーテインは歯を食いしばりながら、無言で頷いた。
それを見て、草太はリコシフォスを鞘に戻し、小さく息を吐き、膝に手をつく。
(便利だけど、使い所を選ばないとな、これ)
【アクセラレーション】を解いた直後は、発動していた時の体感時間とのズレで、逆に周囲の動きがかなりの速さなっていた。
そのため三秒ほど草太は硬直しなければならず、喋り出すのが遅れたのはそれが原因だ。
さらに使った後の疲労感がとんでもない。一種の超強力なドーピングのようなものなので仕方がないことなのだが。
「草壁くん、大丈夫!?」
「ご主人!」
花奈とキットが心配そうに草太に駆け寄った。
「ああ、平気平気。ちょっと疲れただけだから……」
草太はあまり平気そうではない苦笑を花奈に向けると、キッとバーテイン達を睨んだ。
「お前らは俺に矢を一本も当てられなかった。これが俺とお前達との実力の差だ。……そんな巨大な力を持つ俺が、お前達を全滅させるのは簡単だ。けど、俺はそんなことはしない。だから、お前達も俺たちに手を出すな」
「……ふざけるなよ、そんな要求を……っ!」
尚も言い募ろうとするバーテインに、草太は冷たく言い放った。
「要求? 勘違いするなよ。これは命令だ」
「っ!!」
「これを聞かないのなら、俺は力ずくでお前達をこの命令に従わせる。素直に聞くなら、何もせずに去る。……選べよ、族長バーテイン。大切な同胞の命を失うか、平穏無事に解決するか」
「ぐっ……」
バーテインは遂に、己の完全な敗北を悟った。目の前の少年は、確かに自分達を殺せる力量がある。そう痛感させるのに十分なプレッシャーを放っている。
そうやって唸るバーテインを見て、草太は内心でホッと息を吐いた。
(ひとまず、挑発して勝負に持ちかけて要求を飲ませる事は成功したな。後は、【ゲート】で戻るだけだ)
草太は荒い息を吐きながら、にっと笑う。
だが、草太は気づいていない。
自分の視界がぼやけ始めていること、自分の体がふらふらと揺れていること、自分が尋常ではない汗をかいていることに。
「草壁くん……?」
草太の異変を察知した花奈が声をかけようとしたが、バーテインの声に遮られた。
「……良いだろう、立ち去るが良い」
エルフのプライドからか、高飛車な声だった。
そんなバーテインを見て、草太はふっと笑った。
「ブレないな、おま……え……」
――そして、消え入るような声とともに、その場に倒れこんだ。
「草壁くんっ!!」
花奈の悲鳴が、今までのどの音よりも大きく、森の中で響いた。
読んでくださりありがとうございます!
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