第9話 薄闇の狩人
更新遅れて申し訳ありません……
長めです
「……大変、失礼しました」
一悶着あった林道の真ん中で、二人のエルフがこれでもかというぐらいに深々と頭を下げた。それを見て、草太達は慌てて手を振る。
「いやいや、いいですよ。こっちに怪我はなかったんですし」
「そうそう、顔を上げてくれよ」
花奈と草太の言葉に女エルフ――リフィアがばっと顔を上げた。その目は、どこか尊敬の念を宿しているように見える。
「勘違いで矢を放ったにも関わらず、カイの『奴隷化の首輪』を外してくれたこと、感謝してもしきれません!」
「ああ、いや、まあ……ちょっと一か八かな所があったから、そんなに感謝されてもな……」
それに草太が苦笑いで答える。その隣では花奈がおずおずと頭を下げっぱなしの男エルフ――カイに声をかけた。
「……あのー、カイさん? そろそろ顔を上げてくれませんか?」
「……ぐすっ……えぐっ……うえぇ……ありがとうございまず……ありがとうございまずぅ……」
カイの顔は見えないが、号泣してるようだ。
人に感謝されることは嬉しいはずなのに、こんな道中で、こんなオーバーリアクションでお礼をされると、逆にこちらが恐縮してしまうのはどうしてだろうか。
相手は純粋に感謝の気持ちを表したいだけなのだから、邪険にもできない。
(参ったな……)
草太はぽりぽりと頰をかいた。
リフィアとカイの問題は、これで解決したようで解決していない。
確かにカイの『奴隷化の首輪』は取り外して破壊したが、カイの主である人物がこの近くにいるかもしれないからだ。
いつその人物が襲ってくるかわからない今、道のど真ん中でこんなことをしている場合ではないのだ。一応周囲には花奈の手によって、【エアスクリーン】の上位魔法である【エアパレス】という三百六十度防御魔法が張られているが、油断はできない。
「なあ、そろそろ顔を上げてくれないか? いろいろ聞きたいことがあるんだ」
辺りを警戒しながらの草太の言葉に、カイがようやく顔を上げた。
段 その目は赤く腫れている。が、それでもイケメンに見えるのだからイケメンってやつはずるい。
「は、はい。……見ず知らずの人族の御二人よ、我が命を救ってくれたこと、心から感謝いたします。よろしければ、名前を伺っても宜しいですか?」
「俺は草太だ」
「私は花奈です」
草太と花奈は簡潔に答えた。
昨日ドリの村で自己紹介した時はフルネームだったのだが、苗字を名前と勘違いされてしまったので、それ以降は誤解を生まないように名前だけ答えるように決めている。
「ソウタ殿と、ハナ殿ですね……。私はカイ・ロロネルです。それでこっちが」
「リフィア・フォラスです。お二人共、ありがとうございました」
「よろしくね、カイ、リフィア!」
「カイと、フォラスさんだな。よろしく」
花奈が笑顔で呼び、草太がそう反芻すると、リフィアがきょとんとした目で草太の方を見た。
「えっと……どうして名前で呼んでくれないんですか?」
「えっ、いや、ほら、初対面だし……」
「それはカイも一緒でしょう?」
「いや、まあそうだけど」
「私達エルフは、お互いに名を呼ぶことを友好の証としています。ですからソウタ殿も是非名前で呼んでください。……それとも」
リフィアはそう言って、悲しそうに俯き、上目遣いで草太を見た。
「私とは、仲良くなりたくないですか……?」
「いや、そういうわけじゃあ……はあ、わかったよ、リフィアな。よろしく」
「はい! よろしくお願いします!」
リフィアが嬉しそうに笑うと、それを見た花奈がむむっと唸った。
「? どうした、森園さん?」
「……別に、なんでもないよ?」
花奈がにっこりと微笑む。笑顔なのに何か黒いものが後ろに見えた気がして、草太は慌ててカイに話を振った。
「そーだ! それで、カイを操ってたやつってどんなやつだったんだ!?」
草太の慌てた挙動に、二人のエルフがきょとんと首を傾げた。
草太達は林道の真ん中に車座になって座った。今まで草太達の他に通行人は見てないし、汚れても、草太の【クリーン】があればあっという間に綺麗になる。
落ち着いてから、カイが、記憶を辿るように遠い目をしながらぽつりぽつりと話し始めた。
「……私は、二年前の集落襲撃で、捕まってしまったのです。気づいたら、体の自由がきかなくなっていて、何人かの男達に担がれて大きな檻に入れられました」
「……体の自由が奪われたことの原因ってわかるか?」
「はい、私の腕に、毒針が刺さっていたんです。おそらく、強力な麻痺毒でしょう」
その時を思い出したのかカイは右腕をさすった。
「檻の中には他にも集落のエルフが何人かいました。それで、檻に大きな黒い布がかけられて、しばらく運ばれていました。……次に布が取られた時は、どこか大きな部屋の中にいました……それで、一人の男が檻の前にやって来て、私達を運んでいた男達がぺこぺこと頭を下げていました」
「親玉ってことか」
「おそらく、そうです。それで、その男は言ったんです。とても、冷たい声で……『今回は七匹か。上々だな』と……」
「匹って……」
明らかな差別発言に、花奈が息を飲む。
「私達を狩る人々の中には、私達を獣と同等と思っている人も少なくないんです……」
リフィアが悔しそうに言った。この世界の人とエルフの溝はかなり深いらしい。
「三人いた女エルフは、貴族に売られるため奴隷商人の元へと連れて行かれました。私を含む四人の男エルフは私達をとらえた男達の傭兵としてその場に残されました」
「ん? そいつらが奴隷商人じゃないのか?」
草太が思ったことを口にする。
「奴隷商売は、奴隷にするための人材を捕まえる『狩人』と、捕えられた人材を金持ちに売る『商人』に別れて行われるのが多いにゃ。特に、エルフのような戦闘力のある種族は『狩人』が担当することが普通だにゃ」
草太の質問に、隣に座るキットが答えた。
「なるほど……集落を襲ったのは『狩人』の方か」
「はい……。私の主はヨセフという名の男で、毒針使いでもあります」
「それは……」
花奈が顔をしかめた。
「はい、まさか私を仕留めた張本人の下僕になるなんて……屈辱でした。……それから、私達は様々なことをやらされました。組織の構成員である魔物使いのために魔物を捕まえたり、戦闘狂の構成員と戦わされたり、組織に敵対する者を抹殺したり……。……地獄のような日々が続いていました」
「『組織』っていうのは『狩人』達の集まったものってことか?」
「おそらくそうだと思いますが……ただ、彼等は何か野望のようなものを持っているように見えました」
「野望?」
どことなく不穏なイメージを孕む単語に、草太は眉をひそめながら聞き返した。
「……あれは、私が奴隷となって一年が経った頃でした。偶然、組織の構成員二人の会話を聴いたのです。二人は、もうすぐで俺たちの夢が叶うと笑いながら言っていました。……彼等の夢というものが一体なんなのかはわかりませんでしたが……」
「夢、野望ねぇ……」
「億万長者とかかな?」
「俺もそういう富とか権力系だと思う。……でも、今はそのことは置いておこう、考えても仕方がないし。で、カイはどうして今日、リフィアを襲ったんだ?」
草太の問いに、カイは気まずそうに身をよじり、ちらりとリフィアを見た。
そんなカイに、リフィアは優しく微笑み、カイの右肩にそっと手を置いた。
「カイ、話してください。私はあなたのことを恨んでいません。だから……」
「……そう、だな。ありがとう、リフィア。……私は三日前に、組織から一つの命令を受けました」
「その命令って?」
カイは、深く深く息を吸い、そして自分の中のわだかまりを吐き出すように、息を吐いた。
「『エルフを、新たに五匹連れてこい』……これが、私の受けた命令です」
「……理由は?」
「恐らく、人手不足だったからです」
「人手不足?」
思わぬ言葉に草太は聞き返した。
「はい。……実は、二年前に捕まった私たちの中で、現在も生きているのは私しかいないのです」
「そんなっ……!」
リフィアが思わず声を上げた。が、辛うじてそこで止めて、目線でカイに続きを促す。
「……殺されたわけでも、病にかかったわけでもありません。……彼等は、自分の手によって自らの命を絶ったのです」
「それは……」
草太はそこで口を噤んだ。
ここで何を言っても余計なことだ。花奈も同様に、ショックを受けたような表情で、黙っている。
「初めて仲間が自殺したのは半年前のことでした。エルフの誇りにかけて、人族の下僕となることは耐えられないと言って、精霊魔法を自分に放ち死にました。……二人目は三ヶ月前に、最後の三人目は丁度一ヶ月前にっ……」
「もういい、わかったよ、カイ」
肩を震わせ始めたカイに、草太が優しく声をかけた。だが、カイは青ざめた表情で尚も言葉を紡ぐ。
「私も、死のうと思った……けど、怖かった……! 死にたくないと、そう思ってしまった! 挙げ句の果てに、自分の命のために仲間を売ろうとして……! 私は……私は、最低の――」
「カイっ!!」
「っ!!」
草太の大声に、カイはようやく口を閉じた。その目は未だ揺れている。
カイは自責の念に苛まれている。死を恐れたことと、エルフの誇りを捨てたことと、仲間を売ろうとしたこと。
仲間が自殺してからカイの精神は徐々に蝕まれていったに違いない。草太は、そんなカイに何もしてあげられない自分の不甲斐なさを痛感した。
けれど、一つだけ、言いたいことがある。
「生きたいって思うことは悪いことじゃないし、死ぬのを怖がることは恥ずかしいことじゃないだろ」
草太の言葉に、カイとリフィアがはっと顔を上げた。花奈はただ静かな微笑みを浮かべ、草太の顔を見ている。
「奴隷になった他のエルフの選択が間違っているとも言えない。……けど! お前が今生きてることだって間違いなんかじゃないだろ? ……胸を張れよ、カイ。お前は、命あるものは、生きていていいんだよ」
「ソウタ殿……」
「……まあ、リフィアを襲ったことは間違ってるけどな! ちゃんと謝っとけよ?」
「うっ、は、はい……」
しょぼんと落ち込むカイ。しかし、先ほどまでの暗い雰囲気は無かった。それを確認して、草太たちの肩の力も抜けた。
と、花奈が草太の耳に顔を寄せて、小さく囁いた。
「今の言葉、大事にするね」
「……恥ずかしいから、やめてください」
「いやでーす」
「勘弁してくれ……」
悪戯っぽく微笑む花奈から目をそらし、草太はがしがしと頭を掻いた。
二人の会話が聞こえなかったのか、カイとリフィアはそれを見て不思議そうにしていたが、急に姿勢を正して真面目な顔つきになった。
「……ソウタ殿、ハナ殿。……本当に、本当にありがとうございました。いくらお礼をしても仕切れません」
「私たちにできることがあったらなんでも言ってください」
「いやいや、いいですよそんな!」
花奈が慌てて手を振り、草太もそれに続いた。
「そうそう、むしろ会えないって思ってたエルフに会えて良かったよ。状況はアレだったけど、俺としてはそれで満足だ」
その草太の言葉に、リフィアがポンと手を叩いた。
「ああ! それなら、私達の集落に来ませんか? 歓迎しますよ!」
「「「………………へ?」」」
草太、花奈、キットはその予想外すぎる提案にぽかんと口を開けた。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。そんなこと無理だろ?」
「そうだにゃ! ご主人達をエルフの集落に連れて行くなんて危険すぎるにゃ!」
草太とキットが言うと、リフィアは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてですか?」
「いやだってエルフ達って人間のことを憎んでるんだろ? なのにその集落に行ったりしたら、絶対になんかされるだろ」
「そんなことはありません! 同胞を助けた恩人を、我々エルフがないがしろにすると思いますか!?」
「いやさっき会ったばかりだから、エルフについてまだよく知らないけど!」
草太がぶんぶんと手を横に振る。キットに聞いた話からだと、どう考えてもエルフ達に歓迎されるとは思えない。
が、リフィアは草太に迫って声高に主張する。
「大丈夫です! 私とカイがソウタ殿達には指一本触れさせませんから!」
「ええ、任せてください。命の恩人の命は私たち二人が守ります」
「命が狙われるかも知れないところに行きたくなんてねーよ! 気持ちはありがたいけど、やっぱり集落に行くことはでき――」
「わ、私ちょっと行ってみたいかな……」
ツッコミを入れてから断ろうとした草太の言葉を、花奈の声が遮った。
「…………まじか森園さん」
草太がまじまじと花奈の顔を見る。花奈はそれに少し顔を赤くしながらも、照れたような口調で続ける。
「その、リフィア達もこんなに誘ってくれてるんだし、エルフの暮らしって見てみたいし……」
「森園さんまで……う〜〜〜〜ん」
草太が頭を抱えて唸る。草太としても、もっとたくさんのエルフを見たいという願望がある。
しかし、キットの話やカイの話を聞けば、エルフの集落に行けば自分たちに危機が襲いかかるのはほぼ確実だ。
いくらチート能力を持っていようとも、何が起こるかわからない異世界で、ほいほいと危険に身を投じたくはない。
草太はそう結論付けて、口を開こうとした。が、今度はリフィアがそれを遮った。
「……本音を言うと、カイの主がまだ近くにいるかも知れないので、その……集落まで送ってもらえませんか?」
「……」
うるうると上目遣いで自分のことを見てくる美少女に、草太は何も言えない。
(確かに、せっかく助けたのにまた捕まえられたりしたらなんかアレだしな……)
「ご主人?」
キットが不安そうに草太を見上げた。その顔には、「行ってはいけない」とはっきり書いてある。
「あー、えーと……じゃあ、集落の近くまでな。見つかったらやばそうだし」
草太がそう言うと、花奈達三人が顔を輝かせ、隣でキットがため息をついた。
「ありがとうございます! ここから少し森を歩くのですが、お二人は体力に自信がありますか?」
「ああ、大丈夫」
「私も」
リフィアの問いに草太と花奈が答え、カイが先頭に立った。
「では、行きましょう!」
その号令を合図に、四人と一匹は林道を外れ、鬱蒼と茂る森の中へと入っていった。
「え、リフィア……さんとカイさんって私よりずっと年上だったの!?」
「はい、われわれエルフは不老長命ですから。歳はあまり気にしたことはありませんが、恐らく百は超えていると思いますよ?」
「ふわああああ……! さすがいせか」
「んんっ! 森園さん?」
「ご、ごめんなさい」
興奮してやばいことを口走ろうとした花奈を、草太が諌めた。
森に入ってから一時間ほど経過している。人が通った形跡のない獣道だが、そこは異世界補正で二人は難なく歩けている。話す余裕があるほどだ。
「でも、そこまで年上だと今までの口調じゃなくて敬語で話したほうがいいか?」
「いえいえ! 恩人の二人に丁寧な口調で言われても困りますから! 今まで通りでお願いします。名前も呼び捨てでいいですから」
慌てて首を振るリフィアを見て、草太と花奈が微笑む。その挙動は自分達と大して変わらない。
草太達の周りには依然として【エアパレス】を張っているので、襲撃者がいても、慌てる必要はない。そのため、このようなのんびりとした空気が出来上がる。
(百歳超えてても親しみやすいなぁ。森の中を歩くのもそんなにきつくないし、穏やかだな〜)
(――なーんて思ってる時が、俺にもありました)
森に入ってから三時間ほどだったところで、草太と花奈の体力の限界が近づいてきていた。
たまにツタなどに足を取られたり、木の枝や蜘蛛の巣にぶつからないように頭を下げながら歩き続けるのは、結構体力を使うものだ。
エルフの二人はやはり慣れているのか、涼しい顔でまえを歩いている。隣のキットも疲れた様子はない。
「キットは、こういうのに、慣れてんのか?」
「オイラは旅する猫、ケットシーだにゃ。これくらい朝飯前にゃ」
「す、げーな」
若干息切れしている草太は、額の汗をぬぐい、反対側を歩く花奈を見た。こちらはかなり疲れているようで、草太と同じように短い呼吸を繰り返している。
「森園さんは、大丈夫?」
「う、ん。だ、だいじょーぶ」
「……休憩、入れてもらうか?」
「いいよ、もうすぐらしいし」
花奈は苦しそうにしながらも微笑んで草太の提案を固辞した。と、前を歩くカイが振り向き、嬉しそうな声を上げた。
「お二人共、見えてきましたよ! あれが私達の集落『リフーリ』です!」
「おー、よかっ、たー。じゃあ、俺たちはここまでだわ。元気でな」
「あ、ありがとうございました……って二人とも汗だくじゃないですか! 戻れるんですか?」
「あー、大丈夫、大丈夫。魔法があるから」
ヘトヘトになりながら草太が笑みを浮かべた。取り敢えずは襲撃者も出てこなかったので、一安心だ。
(無事二人を帰せたし、後はスードに行くだけだな。は〜よかったよかった)
草太が安堵の息をつこうとした時。
「リフィア! お前の後ろにいる奴らは、もしや人族じゃないか!?」
低めの咎めるような大声が聞こえてきた。見ると、長身のがっしりとした体つきのエルフが、木々の間から草太と花奈を睨んでいる。
リフィアが慌てたように声を漏らす。
「ば、バーテイン……」
が、バーテインというらしいエルフは、リフィアの声には耳を貸さず、集落の方に向かって大声で叫んだ。
「皆の者! 人族がいるぞ! 全員弓を持って入り口に来い!」
草太は、「ああ……」と小さくこぼし、天を仰いだ。
◇
スードの街の中の、とある大きな屋敷のとある広い部屋。
壁際には小さな燭台が置かれ、ささやかな炎が揺れる。当然部屋全体を照らすことなどできず、薄暗く不気味な空間を作り上げている。
その部屋の中央に、二人の男と一匹の狼がいた。
片や小刻みに震えながら、床に額を擦り付けて土下座をしている。片や隣に座る赤い狼を撫でながら、ソファーに体を沈め、その様子をじっと冷たい目で見ている。
二人のヒエラルキーは一目瞭然だった。
「……で、奴隷にしていた最後のエルフを解放され、ひーひー逃げてきたと」
重く静かな声が、ソファーの男から発せられた。もう一人の男はビクッと体を震わせたが何も言わない。
それは、無言の肯定。
ソファーの男は口にくわえていた葉巻を取り、ため息とともに煙を吐き出した。煙が土下座男にかかるが、ここでむせればその瞬間に男の命はなくなるだろう。
「……なあヨセフ。お前の今回の任務は『エルフを新たに五匹捕まえてくる』だったよな」
「は、はひっ!」
ヨセフと呼ばれた男が、頭を下げたまま乾いた返事をする。
「それが、どうしてこうなる。一匹捕まえられなかっただけじゃなく一匹失ったんだぞ」
「は、はひ……」
このヨセフこそカイの主だった男だ。
実は森の中でもかなり近くで草太達の話を伺っていたのだが、『奴隷化の首輪』が難なく外され、話している間も花奈の魔法で一切攻撃できなかったため、草太達がエルフの集落に向かうと同時に慌てて帰ってきたのだ。
「ででで、ですがカブール様っ、その二人の旅人が只者ではなかったのです!」
「そんなことが、言い訳になるとでも思ったのか?」
ヨセフは、ソファーの男、カブールの言葉に押し黙った。この場では、カブールだけが正義だ。他の者の意見は通らない。
口元を固く結んでいたカブールだったが、ふと嗜虐的な笑みを浮かべた。
「だが、その旅人二人には興味がある。ラクセン!」
「はい、ここに」
カブールが虚空に呼びかけると、静かな返事とともに、一人の男が現れた。
「お前の熊達を撃退した奴らってのは、その二人でまちがいないな?」
「はい。ドリの村を襲わせた風爪熊達は、男と女の二人組に親玉を含めて全滅させられました」
「その二人の特徴は?」
「男は黒髪黒眼で、全身を黒い服に包んでいます。武器は剣のようでしたが、炎と光の属性の魔法も使っていました。女の方は茶色の髪に黒の瞳で、魔法使いのような服装でした。炎属性の魔法を使っていましたが、その威力はなかなかです。なにせ、初級魔法【ファイアボール】で風爪熊を一撃でしたからね」
ラクセンの報告に、カブールはニヤリと口元を歪めた。
「魔法剣士に上級魔法使いか……。おい、女の方の顔はどうだ?」
「良いと思います。歳は十七ごろでしょう」
「くっくっくっ……そいつは良いな。最高だ。ヨセフ、そいつらは本当にエルフの集落に向かったんだな?」
「は、はいっ! 間違いありません!」
ようやく顔を上げたヨセフが上ずった声で答えた。
「……なら、ラクセン。今晩集落を襲え。で、その魔法使いの女と、エルフを十匹連れてこい。性別は問わねえ」
「はい」
「ヨセフ、お前は道案内兼ラクセンの補助だ」
「は、はいっ!」
「カブール様、今回はどの魔物を連れて行きましょう?」
「ああ、ちょうど良いやつがいるんだよ。あの御方から頂いた奴がな」
カブールはそう言って手元にあったベルを鳴らした。
するとすぐに、暗がりから首輪をつけた獣人の女が巨大な檻を押してきた。
「これはっ……!」
「あ、あああ!?」
檻の中の魔物を見て、ラクセンとヨセフが驚愕の声を上げた。
「こいつを連れて行け。……だが、これで失敗したら、次はないと思えよ」
「安心してくださいカブール様。これなら必ず成功します」
「ははは、はひっ! おおお俺も殺れる気がしますっ!」
ラクセンはニヤリと笑い、ヨセフは震えながら、しかしはっきりと答えた。
檻の中では、巨大な何かがグルルルル……と唸り、その口内を紅く燃やしていた。
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