スペルクフ神話
森と海辺に挟まれた大きな白亜の屋敷で、女は揺り椅子に腰掛けてうとうととまどろんでいた。
今日は騒がしい家族たちが朝から出払っている。そのため、家の中はいつになく静かだった。
キィ、キィと揺り椅子が心地よい音を奏でる。このまま惰眠を貪ろうかと思った時、ぱたぱたと足音がかけてきた。
「ママ、ママこれよんで!」
重たいまぶたを開けると、そこには愛する息子が立っていた。
「うん? どうしたの? ママ、ちょっと眠いからこのまま寝かせてほしいな〜」
「そう言ってずっとおきないじゃん! それより、この本読んでよ!」
息子はそう言って一冊の本を彼女の前に出した。かなりの厚みがある本だった。
「なあにこれ? まだ難しいんじゃない?」
「そんなことないよ! 俺もう五歳だもん!」
息子は少し頬を膨らませて母親の言葉に抗議した。
そんな愛くるしい表情に微笑みながら本を受け取る。
「えーと、題名は…………クス」
女はその本のタイトルを見て、思わず笑った。息子がキョトンとした顔で彼女を見る。
「ううん、なんでもないよ」
女は笑いながら息子に言った。
その表情は、どこか幸せそうで、懐かしそうであった。
「そうだなー、これを読むんだったら他の子達も呼んできてくれる? そっちの方が楽しいから」
息子は「わかった!」と言って二階の子供部屋に駆けて行った。
しばらくして、ぞろぞろとたくさんの子供達を連れてきた。皆、血は繋がっていないが、この女の家族達だ。
少年少女達は、これから何が起こるのだろうとワクワクした目をしている。
「みんな、今日はこの本を読んであげる。とーーーーーーーーっても面白い本なのよ?」
「とーーーーっても」という言葉に、まだ幼い子供達は目を輝かせた。
本の名前は『スペルクフ神話』。スペルクフとはこの世界の名前だ。
作者はアルゴ・ストラトマン。上、中、下の全三巻からなるこの本は、世界の名が付いているにも関わらず、内容はある一人の男の冒険譚であり、英雄譚である。
他の人が決して手に入れることのできない能力を持ち、数多の美女を侍らせ、やがて世界を救う。そんなフィクションのようなノンフィクション。
「それでは始まり始まり〜」
女はそんな定型句から、物語を読み始めた。
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