一千円で一千万円の食事
「それではたった1000円だけで!みんなで美味しいお店で沢山食べられる方法を教えるよ!」
1.まずは競馬場に行きましょう。
2.大穴に全財産である1000円を投入します。大穴ですが、これを確実に当てます。
3.見事、当てて1000円をより大きな金額にしましょう。この当てたお金でお食事をします!
「という感じです!みなさんもレッツトライ!!」
「ミムラ以外成立しないわよ!!」
☆☆
「というわけで、ミムラがいつも通り万馬券を引き当てたお金で、飲み会をするわけよ!」
新宿とか渋谷とか。シャレた場所での飲み会が毎月1回くらいはやっている、山本灯と沖ミムラ主催の女子会みたいなことがある。
仲間とわいわいやって、旨いものを食べて至福になる。当たり前の人間的な感情である。基本的には彼女達の同級生達とだ。今回は珍しく、彼女達の先生もご来場だった。
「2000万はある!2000万を今夜中に溶かし、私達の血肉とする!」
「おーーーー!」
「さすがミムラ!愛してるよー!」
2000万分の食事を想像できるだろうか?キャビアとかA5ランクの牛肉とか、もうテキトーな高級食材を並べることくらいしかできないだろう。いくら人数が20人を超えていても、1人の食事は100万円近くいく。
「さらに今夜は貸切だし!派手に食えて!騒ぎ放題!さぁー!みんな、一気に食うわよ!いいえ、もう食ってるわね!」
灯の宣言が終わる前に食いつく人もチラホラ。食事を待てない。
ガツガツガツガツ
刺身に喰らいつき、肉を引き千切って喰らう。酒はほとんど一気飲み。トークよりもまずは食う。とにかく食う。
ここにいるほとんどの女子は”超人”と呼ばれる異常な身体を持つ人間達。とてつもない力や、脚力を持っており、胃袋の大きさもやばかったりするのだ。
「酒追加!あと鳥の丸焼きを4つ!」
「鯨の刺身を持って来てー」
注文が速い。貸切と分かっていた店側であるが、テンポの速さは歴代最高であった。調理がまったく追いつかなかった。
「遅い!早く出せ!」
店を選んでいる灯が早々に怒った。すでにビール2杯で酔っており、テーブルを殴って破壊する。器物損害であるが、その法を成立させられるほど店側は強くはなかった。あの拳で殴られたら死ぬ。
「これ美味しいー」
「じゃあ、頂くよ!」
「ええっ!?沙耶ちゃん、私のだよ!」
ミムラが美味しそうに頂く刺身を素手で、横から掻っ攫って食べてしまう山寺沙耶。ミムラの舌から出た言葉通り、とても美味しく満足そうな顔になる沙耶。しかし、ミムラは怒りやり返し、沙耶の近くにあったチキンを奪い取る。
「酷い子にはオシオキだよ!チキン頂き!」
「返せ、馬鹿ミムラ!」
ミムラがチキンを口に放り込む前に、沙耶がミムラを殴り飛ばしてチキンを奪い取る。店側の調理が遅いせいでもうテーブルには食い物が少ない。極めて深刻な食糧不足だからだ。
「ぎゃーー!本気で殴ってきた!痛いよー!」
ミムラをぶっ飛ばした衝撃でぶつかった壁が壊れてしまった。完全にやりすぎである。沙耶はミムラを殴り飛ばし、本格的に彼女の飯に手を出した。この場は弱肉強食だから仕方がない。
「早食い勝負よ!清金!」
「望むところ!姫子!」
予め、別で用意してもらった蕎麦の早食い勝負を始める、柳葉姫子と清金純。ライバル同士の熱い戦いが始まるかと思えたが、それを潰したのは冷酷にも食事に飢えた仲間達であった。村木望月と、パピィ・ポピンズの箸が2人のおかずに迫った。
「てんぷらはもらうわよー!」
「酒に合うおかずが少ねぇな」
「村木!パピィ!蕎麦からてんぷらを引かれたら」
「不味くなるでしょーが!!」
勝負に水を差された、姫子と清金。2人は結託して、村木とパピィの2人から食べ物を奪おうと拳を作った。彼女達の奪い合いは暴力であった。
「お前等がまだ青いガキの頃。私は一流の”超人”だからなー。全盛期ならお前等全員が相手でも勝てるわよ」
歳相応の、長い話を始める木見潮朱里咲。語りが大好きになってしまう年には参ってしまうが、酒が入ったら止められない。彼女はこの飲み会で呼ばれた、先生の1人である。裏社会では”軍神”という異名を持つ、圧倒的な”超人”である。
「そういえば、美咲と実麗と一緒にレストランで暴れた時があったな。光一もいた」
「ありましたねー」
「もう一回やります?」
槌谷美咲、槌谷実麗という姉妹も先生方。木見潮とは小さい頃から知り合いであった。木見潮の方が年上であり、この場では最年長であり、唯一の独身確定年齢期である。
「止めてください、木見潮講師。その結果どうなったか覚えてませんか?」
「?どうなったか?……えーっと。まぁいいだろう」
「あの、木見潮講師。誤魔化さないでください」
木見潮の弟子であり、元生徒である福道春香。彼女は今、車椅子状態であるが明るく周りと付き合っている。木見潮の昔話を知る彼女は真っ先に止めようとしたが、さすがにこの殺伐とした空気かつ、”超人”でも飢えを止めることは無理だった。
「あー!?まだあんた!自分が最強だって言い張るわけ!?」
「もうあんたの時代は終わってるのよ、おばさん!」
「物騒な武勇伝を語っているから、結婚相手も見つからないんだよ!」
カチンッ
「口の利き方には気をつけろ、灯。沙耶。鯉川。若いからって調子に乗ってんじゃねぇーよ」
酔っているからという言い訳はなかった。今の世代と昔の世代の、分け隔ては確かにあった。元々、ここにいる連中は特別に血と戦いを求めている。その戦果が食料なり、別の形となって現れるわけだ。
木見潮はユラリと立ち上がり、生意気なガキ共にオシオキをしてやろうと指を鳴らした。
「なら私達も混ざってもらおっかな?蹴り飛ばしてストレス解消もできそうだし、ね?美咲」
「そうねー。食後の運動は体に良いからねー。灯をまた殴りたいわ」
先生代表である槌谷姉妹も、これから乱戦に参加を表明。数的には生徒側と先生側が同じとなったが、別に彼女達はチームではない。我こそは最強だと掲げている女共でもあり、”超人”となっている宿命だった。
「飯が来るまで暇だから、あっちに混ざろう」
「そうだねー」
「じゃあ、そこで一騎打ちだからね!清金」
「いいわよ、余裕で勝つから!姫子」
さらに人数は増えていき、あるゴングを一同は待っていた。
「お、お待たせしました!」
ようやく、出来上がって到着した料理がやってきた。それがみんなのゴング。
「”最初”に立ち上がった者が、食べる権利を持つってことで!!戦争開始!!」
「おおおぉぉっっ」
「死ね、クソガキ共!!」
10数人にも及ぶ、食事を賭けたバトルロワイヤル。店員も一瞬で逃げ出すほどのとんでもなく血が飛び交った喧嘩。生では観てはいけない、この女性達の素顔。仲間ではなく、戦友という位置づけなのかもしれない。平然と、女であり仲間である相手をグーで殴れる。
「あわわわわわ。な、なんですか。あの集団」
「誰だよ、あいつ等を店に入れた奴」
「店長だ!店長のせいだ!」
店が激しく揺れる。それは地震と同じレベルの規模。中の惨状はさらに地震よりも酷かった。
「もー。木見潮講師や灯は戦闘が好きだよねー」
「……って!?お客様!何勝手に調理場に入って、食べてるんですか!?」
「いや、ゆっくり食べられないから」
福道は調理場に逃げつつ、ここで飯を頂くという卑怯な頭脳プレイを発揮。車椅子状態であるが、その動きは”超人”のそれであった。福道は食べながら店員達に助言をするのであった。
「早く逃げた方がいいよ」
「へ?」
「私がここにいる理由は料理を護るだけだから」
この言葉と、灯が宣言したことを理解した店員達は電光石火で店を離れた。福道は知っているのだ。木見潮が以前に暴れた時、店を一軒丸ごと物理的に破壊していることを。
ドガアアアァァァッッ
予感から2分後。彼女達の激しい戦闘によって、店は崩落。立ち上る粉塵と音は爆弾落ちたのかと思わせる衝撃であった。そんな店の状態でありながら、調理場付近は福道の力によってほぼ無傷であった。
「ご飯、2杯目!」
白米を食べながら、最初に立ち上がる者を待つ福道。みんなの審判的な存在であり、その力と精神は確かである。
バギイィィッ
「ビ、ビックリしたよー!起きたら店が壊れてる!」
「あら、ミムラが起きちゃったの……?」
始まる前に沙耶に殴られたミムラが、なんと一番で立ち上がるという珍事。これには福道も苦笑い。そして、ほぼ同時に起き上がる3名。
「「「一番だーーー!」」」
突き上げる拳と共に立ち上がってきたのは、灯と沙耶、木見潮の3人。そして、同時に気付く。
「なんでミムラが一番に立っているの!!?」
「え?だって、ビックリしたから。あ、ご飯は私がもらいますね」
「こらー!ずるいぞ、ミムラ!総取りなんてズルイ!参加してないくせに!」
「さ、沙耶ちゃんには言われたくないよ!」
血を払ってでも、こいつの天運には誰も勝てなかった。
☆☆
後日談。
「えー。先日の飲み会の費用のことだけど……なんと、私に4000万もの請求書が届いた」
「そ、そうなんですか。私は関係がないですね」
「だからミムラ!私達が飲み会をやるには、1億くらい用意しないとダメ!!年末ジャンボをやりなさい!返済を手伝って!」
「アカリン(灯のこと)先輩達が暴れるからですよ!!」
こいつ等と飲むには2000万では少なかった。
溶かす以上の額がいつも出てくる。