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白銀のタルト

乙女ゲームのアドバイス役(猫)に転生したけどどうしよう?

作者: らすく

 私は絶句した……


 鏡に映ったこの姿は、紛れもなく私の体である。

 大きな瞳に赤と金に輝くオッドアイ。白く見えるが光の加減で銀色にも見える毛並。華奢なようで、とてもしなやかに動く肢体。

 記憶に間違いなければ、私はついさっきまで東京の片田舎でごく普通に生まれ育った、黒目黒髪のどこにでもいる女子高生だった。はずだ……

 それがなんでこんな事に……


「うん、この子が良いかな? 何よりも知的な瞳が気に入った。きちんと躾ければ学園の皆に人気者になるだろう」


 私を大事そうに両手で抱き、一緒に鏡に映っていた男性が話す。


「ええ、この子は本当にいい子よ。それにとても賢いし、貴方にいいんじゃ無いかしら?」


 とても上品そうなおばさんが男性に答える。


「ではこの子を頂いて宜しいですか?」

「ええ、大事にしてあげて頂戴」


 えっと…… どう言う流れなんだろう?

 男性がおばさんに凄く綺麗なお辞儀をすると、私を顔の位置が同じぐらいになるまで抱き上げる。


「今日から君と一緒に暮らすことになる葉桜(はざくら)秀作(しゅうさく)と言います。宜しくね」


 すっごい爽やかな笑みで語りかけて来た。

 その優しげな瞳と暖かい言葉に胸がキューンと締め付けられるように息苦しくなり、顔が熱く感じる。

 嘘? もしかしてこれが恋?


聖羅(せいら)さん、この子の名前は?」


 どうしよう? こんなカッコ良い人と一緒に暮らすことになるのっ!?


「まだ名前は無いわ。貴方が付けてあげて」


 どうしよ~。万が一だけど、月夜の綺麗な夜に耳元で愛を囁かれたりしたら…… どうにかなっちゃうかも?


「そうだね、鮮やかな白銀の毛並みに金と赤の瞳…… 雪原のように白いレアチーズタルト、太陽のように輝くエッグタルト、情熱のように真っ赤に燃えるストロベリータルト…… よし、決めた。君の名前はタルトだ」


 ……っな~んてね、そんなこと起こるはずが無いか。

 はぁ…… だって…… 私、子猫だし。

 うん、自分で言って泣けてきた。…… なんで私、いきなり子猫になってるんだろ。


「ふふ、タルトなんて可愛いお名前ね。それともお腹でも空いたかしら?」


 う〜ん、思い出してみよう。…… えっと、確か友達に『乙女ゲーム』って言うのを借りたんだよね。

 『乙女ゲーム』って初めてだったんだけど、恋愛小説のように凄く面白くて徹夜で遊んじゃった。


「はは、分かってしまいましたか。確かに空いているかもしれませんね。

 聖羅さん、お茶請けをいただいても?」


 その後、眠い目をこすりながら友達の家にゲーム返却する為、自転車に乗って車道を走っていたら ……えっと、どうしたんだっけ?


「ええ、もちろん良いわよ」


 あ、思い出した。確か赤いスポーツカーが凄いスピードで目の前に走って来たんだよね。後ろにサイレンを鳴らしたパトカーもくっ付いてたし、カーチェイスだったのかな?


「それにしても本当におとなしい子だね。ずっと大人しく抱かれているよ」


 で、気がついたらカッコ良い人に抱かれて鏡に映っていたと。


「そうね。よっぽど貴方に懐いたんじゃないかしら?」


 うん…… つまりあれか?


「ほら、少しぐらい鳴いてごらん」


 私ってばあの時轢かれたっ!? そして転生した? しかも猫にっ!?


「あらあら、そんなに乱暴に撫でては怒りますよ?」


 ……あ、色々ショックだ…… ショックすぎて頭が揺れて視界がぐるぐる回る。


「ははっ、聖羅さんは心配性だなぁ。ほら、こんなに揺らしても全然怒らないよ」

「って、私が揺らされてるんかいっ」


 ん? 揺れが治まった。


「……話した」

「……話しましたわね」


 まるで幽霊でも見るかのように、目を丸くして私をじっと見てる…… あぁ、いきなり叫んだから驚かせたかな?

 よく考えたら私ってば今は猫なんだよね…… 取り敢えず取り乱した方がいいのかな? なんでこんなに落ち着いてるんだろ?

 ま、いいや。今更だし。

 過去を振り返った所で現実が変わる訳じゃないし。

 まずは猫として生きるしか無いって事について考えよう。

 ……うん、これから飼い主になる男性にごまをすって、ご飯のグレードを確保しよう!!


 といっても何すれば良いかな? 確か猫って体を擦り付けてアピールしてたよね? 胸に抱かれたままだからこのまま…… っと。


「え~っと、ご主人様宜しく。良いもん一杯食わせてね。

 よし、こんなもんだろう」

「やっぱり!?」

「喋りましたわね」


 愛想を振りまいた事がよっぽど珍しかったのか、2人は顔を合わせてびっくりしてる。


「そりゃしゃべるよ? 猫だもん。

 まぁ、多分にゃーとなぁ~ごとか聞こえてるんだろうけどね? あ、それとも会話を理解してるように返事してるのが珍しいのかな?」


 そんな私に、男性は困ったように告げる。


「いや、君が喋ってるのは日本語だよ」

「……え?」

「あらあら、この子が日本語を話す猫だったなんて知らなかったわ」


 おばさんも男性に追従してきた。


「タルトちゃん。私は聖羅って呼んでね。こっちの子は秀作、貴方の飼い主よ」


 おばさん--


「聖羅よ」


 聖羅さんが--


「さんはいらないわね」


 ……心、読まれてる?


「いいえ、読んでないわよ?」


 いや、絶対読んでるでしょ。


「ふふふっ」


 って事はさっきまで考えてた事、全部筒抜け?


「ふふっ、秀作この子を大事にしてあげてね」

「あっ、はい」


 聖羅は何も言わず、私の頭を軽く撫でると部屋から出て行った。


「ええと…… 色々聞きたいことはあるんだが、聖羅さんは君を私に譲ってくださることに異論は無いようだ。

 宜しくね…… タルト」

「あっ、はい。よろしくお願いします。秀作さん」


 こうして私は、秀作さんのうちの子になりました。そして聖羅はあのまま帰ってこなかったんだけど…… 何者だったんだろう?

 


----



 私は秀作さんに連れられ、おっきい車に乗って色々質問責めになりました。


「何故話すことができるんだい?」

「さあ?」

「聖羅さんの家でずっと話さなかったのは何か理由があった?」

「ん~、突然話すことができるようになったから…… かな?」

「兄弟も話せるのかい?」

「分かんない」

「言葉の意味は大体分かるのかい?」

「一般会話は大丈夫じゃないかな」

「解剖して研究しても?」

「絶対にいや」

「1+1は?」

「2」

「263×143は?」

「う…… 紙と書く物貸してください」

「いや、暗算できないなら良いよ。で、お金の価値って分かる?」

「多分問題無いかな」

「なるほど」


 などと言う会話を延々と……一時間はしたかな? いいかげん疲れた頃に秀作さんはフロントガラスを指を指した。


「見てごらん。あれが今日から君の家だよ」


 修作さんが指差したのは……あれは家と言わないと思う。

 どこからどう待見ても絶対に普通の一軒家ではない。

 生前の私と同い年ぐらいの男女がグラウンドで運動してるし、送迎の車に乗って優雅に帰っている子もいる。さらに建物は4階建てで無駄な装飾が随所にちりばめられていたりする。門前にだって銅像が掲げられていたりするんだよね。

 極めつけは門前に張ってあった表札だ。

 "私立桜ノ宮学園"

 思いっきり見覚えのある名前だ。


「あれって……」


 絶句した私を見て、修作さんは凄くいい笑顔だ。私が喋って驚いた仕返しか? 見た目30前半ぐらいなのに子供のような性格だ。


「そう、高校だね」


 おそらく、家と言いながら高校に案内された事でびっくりした思ってるんだろう。だけど私はまったく別の理由で驚いている。

 私立桜ノ宮学園、それは私が生前最後に攻略したゲーム"白銀のタルト"の舞台だったからだ。


 なんで気付かなかったんだ私は……


 赤と金のオッドアイ、白銀の毛並、そして人語を理解する猫。

 全部知っていたはずなのに今の今まで全く気付いてなかった。


 簡単に説明すると、このゲームはひょんなことから家も、住む所も、家族さえも失ったヒロインがその類い稀なる才能を見込まれ、この学園の理事長に拾われた所から始まる。

 学園の敷地内に建てられた理事長の自宅に居候しすることになった彼女は、同じ家の住人であり、世にも珍しい喋る猫の(タルト)と出会う。

 さらに一部の富裕層しか通う事の出来ないこの学園に彼女は編入することになる。

 今までごく普通の家庭で育ち、右も左も分からない彼女は学園のおかしな風習に振り回される。

 そんな中、4人の魅力的な男性と出会う。

 彼女は(わたし)のアドバイスを受けながら学園改革を行いつつ、4人の男性の内、意中の男性を射止めることになる。って内容。


 ゲームの中では学園長としか表記されて居なかったけど、秀作さんが学園長だったんだね。


「もしかしてこの敷地の中に家が建ってる?」


 私の確認を受け、秀作さんは目をパチクリとさせる。


「よく分かったね? 僕はこの学園の学園長をして居るんだ。

 昼間は学生は多いけど、夜一人になるのが寂しくなってね。そこで君を引き取ることにしたんだよ」


 設定通りなら私が引き取られて3ヶ月後にヒロインが来る。私がまだ子猫と言う事を考えると、タイミングも間違いなさそうだ。


「さ、先ずは家に向かおう。それと念のため君が話できるのは黙っておいた方がいい。

 変なことになる可能性も高いからね」


 秀作さんはゆっくりと車を旋回させると、学園の奥に入ってゆく。

 少し進むと目の前にそれなりの大きさの家が見えて来た。

 それなりと言ったけど、一家族で住むには大きめであって、一人で住むには大きすぎるだろう。

 確かにこの大きさで一人暮らしは人恋しくもなる。


「ここが私の家だ。さ、入ろう」


 車を車庫に止めると、秀作さんは私を抱き上げて家の中に入る。

 取り敢えず、整理しないといけないことが一杯だけど…… まぁ、なるようにしかならないでしょ?



----



 結論、なるようにならなかった。


「私、猫嫌いなの。近づかないでね」


 ヒロインの為と思い、この3ヶ月間攻略対象の男の子と仲良くなったり、学園に関して頑張って色々覚えた。

 まぁ…… 前世の知識では攻略対象とタルトに接点なんて無かったから齟齬が発生するかもしれないし、色々なところでちょっとだけ口出しをした気もするけど概ね問題はないだろう。せいぜい悪役令嬢が腐敗に手を染めていなかったり、攻略対象と仲良くなりすぎている程度だ。

 ヒロインが直すべき学園の腐敗箇所等はもちろん手付かずのままで残っている。ちゃんとヒロインの活躍場所はのこしておかないとね? 


 そして来る3ヶ月目、とうとうヒロインがこの屋敷にやってきた。

 ゲームで見たように桃色でふわっふわの髪をもった可愛い少女だった。名前は野村のむら皐月さつき、ゲームのデフォルトネームのままだ。

 きっとこれから、彼女の甘酸っぱい恋愛模様をすぐ近くで見ることができるんだろうな~……なんて思っていたら、いきなり近づくな宣言をされた。


「……え?」


 これには絶句してしまった。自分が猫だって気付いた時と同じぐらいの衝撃香も知れない。

 先日、修作さんに連れてこられたときは、本当に可愛らしい少女で、愛嬌たっぷりだったのだけど…… 修作さんが緊急で長期の出張が入り、居なくなった途端(原作どおり)に彼女の性格ががらりと変わった。


「いい? 私に近づいたら蹴るからね? もちろん部屋に入ってきても蹴るから。判るわよね? 貴方人の言葉がわかるんだし」

  

 ええと……私皐月さんの前でしゃべった事無い筈なんだけど、何で知ってるんだろう?

 それにゲームではこんなセリフ無かったよね?


「黙ってないで返事ぐらいしたら?」

「あ…… はい」


 私が返事すると彼女は満足そうに頷き、2階にある自分の部屋に上がっていった。

 なんだろう? このもやもやした気持ち…… いつも元気で明るく、曲がった事が嫌いで弱いものに手を貸さずには居られない少女。それが私のヒロイン像だったけれど……その虚像が音を立てて崩れていった。

 あんな言葉遣いや会話、一回も見なかった…… ううん、一回だけ似たような文面を見た。

 確か4人目のエンディングを見た後、ゲームを返す前にもう一回オープニングムービーを見ようと思ってムービーまでゲームを進めた時、見たことのない選択肢が追加されていた。

 『可愛い猫だ、挨拶しよう』と『私、猫って嫌いなのよね』もちろん前者が通常のオープニングでタルトに会った時の心情。後者はなんだろう? と思ったけど、時間的にアウトだったから後で友人に聞こうと思ったんだ。

 失敗したなぁ…… こんな事言われるなんて想定してなかったからどう対応すればいいのか判らないや。

 仕方無い。彼女の言う通り距離を置くことにするかな? 修作さんが帰ってくるまでの我慢だ。


 余った時間は友達の如月きさらぎ麗華れいかちゃんと遊ぶ事にしよう。

 彼女は悪役令嬢のはずだったけど、本当は素直な良い子だった。蝶よ花よと育てられたから多少傲慢になっていたけど、道を踏み外そうとした所で助け舟を出し、こんこんと説教したら自分が間違っていた事にすぐに気付いてくれた。(ただ、修作さんに人前で話すのは止められていたから、後で口止めは忘れずに行った)

 でも、それからはすごく仲の良いお友達になれたんだ。



----



「うう、ひもじい……お腹減った」


 衝撃の発言から2日後、私はひもじさに飢えて学園内の敷地を彷徨っていた。

 屋敷の中に私の居場所が無くなってしまったからだ。

 いままでだらりと過ごしていたリビングは皐月さんから「毛が飛ぶ」と言われて立ち入り禁止になった。同じ理由でトイレと台所もだ。と言うか、入っていいのは玄関と廊下だけに限定され、私の寝床バスケットも玄関の隅っこにぽつんとおかれていた。

 食べ物や水は貰えないものと割り切るしかない。

 うっかり台所に入ろうものなら蹴られ、リビングのご飯を置いている棚に近づこうとすると蹴られた。ついでに大人しく玄関でバスケットに入っていても蹴られた。とにかく彼女の目の付く所にいると蹴られてしまうので家の中に居場所が無くなったと言っても過言ではない。


 かと言って誰かに相談しようにも、彼女は猫かぶりが凄くうまくて言った所で信じて貰えるかどうか……

 それに、相談するにも言葉を話すのは修作さんに止められている。最早八方塞がりの私は、麗華さんしか相談できる人が居ない訳であり……


 確か教室は1-Aだったよね?

 1年の教室は1Fだから外からでも見える。記憶を頼りに教室に向かうと…… 居た。

 慌てて窓の下に隠れる。


「中々服従しないなぁ。ま、あと2週間はあるし気長に行くとしますか。

 それよりも問題はあのいけすかない女ね。どうしてくれようかしら」


 残念ながら見つけられたのは麗華さんでなく、皐月さんの方だった。

 クラスには皐月さん1人だけが居て他には誰もいない。

 あれ? でも主人公って最初の年は1-Bだったんじゃ……?

 そんな事を考えている間も、皐月さんはぶつぶつ言いながら廊下側の机に向かって行った。


「そもそも--が違って--なんでこの私が--マジむかつく--」


 遠いからか、ガリガリと何かを削る音に邪魔されてか言葉がうまく聞こえない。


「後はこれを上手く使って……ふふふっ」


 皐月さんが笑いながら教室から出て行く。

 何をしたんだろう? そっと首を伸ばして中を覗くとさっき音が聞こえて居た机の方に木屑が散らばってる。中に入って調べようとすると足音が響いてきた。

 おっと、教室の中は入っちゃいけないと秀作さんに言われてたから外で待ってよう。


「あら? タルトさんどうしたのですか?」


 外の方から麗華さんの声がしたので振り向く。

 お弁当箱を両手に持った麗華さんが、小首を傾げて私の方を見て居た。


「これからお昼なのですがご一緒しませんか? タルトさん向けのおかずもありますのよ」


 その言葉に、私がさっきまで持っていた疑問や皐月さんの行動が頭からすっぽり抜けてしまった。


「いいのっ!? 食べる食べる〜」


 皐月さんに擦り寄ると小声で催促する。


「ふふっ、では中庭でご飯をいただきましょうか」


 やったぁ、2日ぶりのご飯〜。


 後で知ったんだけど、この時私は皐月さんの行動をしっかり見ておくべきだった。

 後になって私は、この時の行動を猛反省することになってしまうのだ。



----



「ねぇ、タルトさん。最近やつれたんじゃありません? 大丈夫ですか?」

「あはは、そう見える? でも大丈夫。麗華さんこそ変な言いがかりとか付けられていない?」

「ええ…… タルトさんのお陰でクラスの皆と仲良く慣れていたのですが…… 最近身に覚えの無い事で文句を言われたり、クラスで孤立している気がしてならないのです……」

「そうなんだ。私も修作さんが長期出張している間、皐月さんがご飯とか用意してくれるはずなんだけど…… 水も替えてもらえないし、ご飯も実は麗華ちゃん達頼みだったんだ……」


 あれか3週間、私と麗華ちゃんは学園の中庭で2人でため息をついていた。

 先ほど言ったように私はご飯が貰えなくて、麗華ちゃんは仲良くなりかけていたクラスの皆から孤立し始めて、と彼女が来て以来2人とも散々な目にあっている。


「あぁ、いたいた。

 タルトに麗華さん、こんな所でどうしたんだい? お昼休みになった途端教室を立ったから心配したよ」


 端正な顔立ちの男性が弁当箱を持ってにこやかに歩いてきた。

 彼は攻略対象の1人、神宮寺じんぐうじ和也かずやさん。神宮寺グループの跡取りで麗華さんの婚約者でもあった。

 ゲームの中では道を踏み外してゆく麗華さんを最期まで心配していたけれど、麗華さんの成長を祈って最期まで手を出さなかった。結果として麗華さんは後戻りできなくなった末に学園から去ってゆき、空いた婚約者の座にヒロインがおさまる事になる。

 今は私が麗華さんを説教して正道に戻したお陰か、2人の仲はそれほど悪くない。もちろんヒロインの恋愛を阻害してはいけないと思ってそれとな~く麗華さんに和也さんの自由恋愛を応援するように言った。彼女も「今までの私では和也さんに相応しくありません」と言って婚約を破棄したみたい。

 

「和也さんよろしいのですか? 皐月さんからお食事に誘われていたと思ったのですが?」

「うん、そうなんだけど最近クラスの皆が麗華さんに当たりが強いでしょ? それにタルトからいろいろ聞いてね、心配だったから断ってきてしまったよ」


 実は麗華さんが休みの日、あまりにもお腹が空いて和也さんにご飯を分けて貰い、つい「ありがとう。いただきます」と言ってしまって喋れるのがばれた。

 と言うか、他の攻略対象3人にもばれた。迂闊すぎだろう私…… やっぱりお腹減ると人って上手く行動できないよね? 私猫だけど。


 そして、何故か判らないけど婚約を破棄してからの方が、和也さんと麗華さんの仲がよくなったようにも思えるんだよなぁ? 気の所為?


「それにタルト、君も毛並みにツヤが無くなってきたろ? 毛並みにとても良く効く食事を持ってきたんだ。食べてご覧」


 和也さんが弁当箱を開くと私に差し出してくる。私専用に用意してくれたんだろうか? 塩分レスの栄養満点そうなご飯……ごくっ、美味しそう。


「いいの?」

「もちろん。君は僕の大切な麗華さんを救ってくれた恩人だ。それに僕に大事な事を気付かせてくれたしね。でなければあの悪女に騙される所だったよ。」


 和也さんは一瞬だけ目を細めたけど、すぐにウィンクすると懐からブラシを取り出す。


「食べ終わったらブラッシングもしてあげるからね」

 

 悪女って言葉が気になったけれど、今はこの美味しそうなご飯が優先だ。


「いただきます」


 しっかりとお辞儀をしてから弁当箱に顔を突っ込む。

 行儀が悪いとか思わないで欲しい、猫なんだから。

 

 「美味しいぃ~」


 余りにも美味しくてついつい言葉が漏れ出してしまうのは仕方ないよね?


「ちぃ~っす、ってなんだ。

 和也もご飯持ってきたのかよ」

「あれ? 省吾君、君も持ってきたのかい?」


 聞き覚えのする声が聞こえたので、顔を上げると木村きむら省吾しょうごさんが居た。彼も攻略対象の1人で、いわゆる口は悪いけど気が優しいタイプのかっこいい男性。でも今はこの美味しいご飯の方が優先なので、無視させてもらおう。


「あぁ、あの狸が来てな、耳元で喚くもんだからここに避難して来たって訳だ」

「君のところにも来たのかい? となると魁人かいと君に雄大ゆうだい君も来るかな?」

「間違いなく来るだろ。ったく、タルトに出会ってなきゃ狸に騙される所だった。あいつらもそうだろ? とまぁ、噂をすればなんとやらって奴だな。ほら、来たぜ。魁人!! 雄大!! こっち来いよ」


 省吾さんの声が響くと2人分の足音が近づいてくる。間違いなく生徒会長をしている魁人さんと副生徒会長の雄大さんだろう。もちろん彼らもゲームの中では攻略対象だった2人だ。


「ふむ、やはり2人も来ていましたか」

「……予想通り」


 それぞれが腹黒キャラと無口キャラ。あ、もちろんカッコ良いし素敵な男性ですよ?


「や~っぱ、お前等の所にも来たか」

「……来た」

「隠しているつもりでしたが、君達に断られてきた雰囲気だったのでね、丁重に断らせてもらったよ。もちろん恥をかくようにボロを出させた上でね」


 メガネがキラリと光る。

 あれだ、魁斗さんは身内のためなら相手にはどこまでも冷酷になれるタイプ。


「やっぱりか。あれで隠して行動しているつもりなんだからお粗末な事だね。それとも、僕達に繋がりがないとでも思っているのかな?」

「……実際繋がりは無かった」

「ま、タルトが居なかったらな?」

「ええ、それは言えてます」


 4人は仲良く会話をする。

 この4人、ゲームの中では仲が悪かった気がするんだけど、実は結構仲良いよね。


「麗華、お前も色々やられてるみてぇだが大丈夫か?」

「省吾さん、お気遣いありがとうございます。ですが私よりもタルトちゃんの方が大変みたいですから」

「そうですね。毛並みにつやがなくなり、体重も多少落ちているように見受けられます」

「確か学園長は来月まで戻らないのでしたよね? この調子は本当に心配です。……少し、裏で工作しないといけませんね」

「……タルトは守る」

「そうですね。それに麗華は婚約者の僕が責任を持って守ります」

「守っていただけるのは嬉しいですが、婚約者は……」

「ふふ、確かにその話は聞いています。僕の為に破棄してもらったとね? なら、今度は麗華さんの為にその肩書きを使わせてもらおうかと」

「ケッ、熱いねぇ。

 だが、俺も手ぇ貸してやるぜ?」

「そうですね。タルトさんと麗華さん、私の友人に手を出した報いは大きいと知らせなければいけませんね」

「……後悔させる」


 4人の言葉を聞き、ご飯を食べながら考える。えっと……狸とか悪女ってもしかしなくても皐月さんの事かな?

 そう言えば昔、友達から聞いた気がする。乙女ゲームの真骨頂は逆ハーレムルートにあるって。

 もしかして私、知らないうちに逆ハーレムルート潰してた?


学校名にて、同名の学校があるとご報告頂いたので変更させていただきました。


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― 新着の感想 ―
[一言] すごく面白かったです! しかし学園長はゲームヒロインにころっと騙されたのでしょうか… 性悪ヒロインに攻略対象者たちが騙されなかったのは良かったです。(タルトに拍手!) 麗華さんも被害を受…
[一言] 連載で読みたいです!! とても面白かった!!
2014/07/17 22:33 退会済み
管理
[一言] この作品は、個人的に大好きな作品になりました。 ですが、何度も読み返しては、最後のendマークに身悶えてしまいます。 作家様には、大変不躾だとは思いますが、どうしても彼女達のその後が気になり…
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