妖怪と人間 一
「樹里や、今日も神社の掃除よろしく頼むよ」
「うん、わかったよおばば様。今日は浄めの札作り?」
「あぁ、そうだねぇ。全く、毎日毎日腰が折れるってもんだよ」
「おばば様は丈夫だから、折れるだなんてことは私には想像出来ないかな」
「あっはっはっは、言うもんだねぇ」
おばば様はそのまま社へと入っていく。
私はそれを見送ってから、地面へ視線を戻し、神社の掃除に専念した。
「嬢ちゃん、今日も掃除かい?偉いもんだねぇ」
横の石にちょこんと乗っているカラスはそう言った。
「これが私の日課だから、掃除好きだから苦じゃないよ。寧ろ楽しいよ」
私はそうカラスへと言葉を返す。それにカラスは笑った。
そう、これが私の日常。
「よう、峰木爺さん。あぁ、樹里嬢ちゃんじゃねーの。また、掃除?精が出るねぇ、俺も頑張らなくっちゃ」
峰木爺さんというカラスの横に止まったもう一羽の雀。口を啄むようにパクパクさせて喋る様子はこちらから見れば大変可愛らしいものだ。
だが、生憎彼らは生者じゃない。
「まだ峰木爺さんと凪さんは成仏しないの?」
私がそういえば、彼らは笑顔から真顔へとなった。
「嬢ちゃんや、またその話をするかね?」
「だって、私には貴方たちは楽しそうで、この世に未練があるとは思えないからさ」
峰木爺さんは苦笑いするに、フーと軽く息を吐いた。
「まぁね、楽しいさ。だからこそなんだよねぇ、召された後に何が起こるか怖い。だから儂は平和で長閑なこの土地に居るのさ」
「そうだなぁ、樹里嬢ちゃんにはまだわからないかもしれないけどな。自分の見てきた世界を壊される事は一番恐ろしいことなのさ。俺はまだゆっくりしてたいよ」
そう染み染みと言う二羽に私は何も言わなかった。いや、言えなかった。
生きることも、死んだ後も、自身に決める覚悟と、権利があるのだと。私にはそれを邪魔する義理も資格も、経験すらない。
黙って箒を左右に動かして落ち葉を一箇所に集める。
「あーそれにな、樹里嬢ちゃん」
凪さんは私の肩に飛び移ると、私の方をちょんと啄いた。
「俺はキミが心配だよ。だから、キミが安心して、俺も安心するまでは逝けそうにないわ」
「ふぉっふぉっふぉっ、右に同じ」
「えっ?」
首を傾げた。
それを見て、凪さんや峰木爺さんは可笑しそうに笑う。
「だって、13歳になっていきなり霊や妖怪が視えるようになって、樹里嬢ちゃん前も今もずっと不安そうな顔してんだぜ?ほっとけねーって」
「え、うそ。私不安そうな顔してる?」
「しとるなぁ、ふぉっふぉっ!顔に出とるわい」
私は顔をペタペタと触った。当然、わかるはずもない。
「おばばさんからは妖怪には関わらないようにって言われてるんだろ?不安になるのはわかるさ。実際に妖怪には関わらない方がいいからな」
「ねえ、妖怪って…何なの?」
そう私が問えば、峰木爺と凪は顔を見合わせて少し沈黙した。
少しすると、少し頭を頷かせたのが見てわかったが。
「樹里嬢ちゃんももう14歳。いいかのぉ、教えてやっても。それに…今教えないと後から嫌な予感がするのじゃ」
「おい、やめてくれよ。峰木爺さんの嫌な予感は冗談じゃねーんだからよ」
「冗談で済ませればこんな顔しないわい」
「……だよな」
「いいか、嬢ちゃんや」