極悪非道の蛇神
「ん?その横のは嶺二の友人かい?やぁ、初めまして」
空気が凍っている中、白髪の真紅の瞳は俺を貫いた。その向けられた瞳に圧迫されて思わず息を飲み込む。何なんだコイツは。他の妖怪とは纏う妖気が違いすぎる。
彼は陽気でニコニコと笑っているが、目は笑ってない。そんな感じだった。益々怖いので、すぐ返事を返す。
「どうも、初めまして。黒虎族の魁です」
「…へえ?別に名前は聞いてないんだけどね?」
コイツ…怖すぎる。
普通、名前を名乗るのが常識じゃないのか。
笑みを一気に無表情と化し、蔑むような視線を送られる。
「蛇神様、どうかコイツのご無礼をお許し下さい」
嶺二は俺の頭を思い切り下に下げた。いてぇ…って声に出そうになったけど、耐えた。嶺二はあくまで俺をフォローしているわけで、ここでいてぇなんて言ったら殺される。
この妖気のケタ違いはコイツが蛇神だからか…と納得した。しかし状況が読み込めなかった。
無表情だった顔は、また偽りの笑みを浮かべた。
「別に気にしてないよ。彼はボクに礼儀として挨拶をしただけだ。その心がけは寧ろ尊敬に値するね。ボクは蛇神の珀。よろしくね魁くん」
「は、はい」
そのときは正直恐怖でしかなかった。蛇神という存在が恐怖そのものだった。
「あ、そうそう嶺二。明日人間界行くついでにコイツら殺してきて」
懐から紙を取り出し、それを嶺二に渡した。それを嶺二は見てから瞬間的に固まり、それから吹っ切れたような致し方ないような顔で頷いた。
「…わかりました」
「あれ?理由は聞かないんだ?」
「差し出がましいかと。本音を言えば、聞かないほうが良いと思いました」
「あはは、懸命な判断かもね。何せ、ボクのすることだからね」
じゃ、頼むよー。と蛇神は俺に一瞥くれてから背を向けて消えていった。気配が消えたことに俺と嶺二同時にほっとする。
本当に死ぬかと思った。一息吐いてから嶺二を睨んだ。
「お前と居るとろくな事がねぇ」
「…何も言い返せん」
幻滅したように頭を抱えて下を向いた嶺二。嶺二も相当に参っていたようだ。
「蛇神…めちゃくちゃ怖ぇじゃねーか。何でお前あんな神の下で働いてんだ」
「断れとでも?首飛ぶぞ」
蛇神は嶺二から見てもそれはそれは恐ろしい邪神だと言う。光り輝いてるなんて真っ赤な嘘だ。邪悪なオーラが漂っていたではないか。妖気で消し飛ぶところだった。
先ほどの紙は何だったのかと聞けば、人間界での殺しリスト。
「人間界に現在潜伏中の俺らの種族を殺して来いだと」
「…は?」
仲間を殺すのか?
唖然とした。唖然…というよりも恐怖だ。蛇神は一体何を考えて同じ種族の仲間たちを殺すのか。
「わかんねぇさ。蛇神さんはね、殺したいって思ったからこそ殺すんだ。そういうお方だ」
「狂ってる」
「ああ、それに慣れちまってる俺も狂ってるよ大分ね」
人間にも妖怪にも殺したいと思う事があるだろう。一瞬だとしても。
殺したい瞬間というのは色々ある。
「例えば、俺が母親に勉強をやらなくて怒られたとする」
「ガキかよ」
「例えっつってんだろ。で、俺はゲームを後数十分やってから勉強するかと意気込み、宣言通り、数十分後に勉強道具を取り出そうとする。そこに母親がやってきて、勉強しなさいと怒鳴りやがる。殺意沸くだろ?」
「例えが地味なんだよ、もっとわかりやすく説明しろよ」
はぁー?と口を尖らせて舌打ちをする嶺二。そして、はっとする。
「この瞬間だよ。俺が一生懸命考えた例えを一蹴りしたこの瞬間!俺はお前に殺意が沸いた!」
「意外と短気だなお前。そして何でそんなに嬉しそうなんだよ」
何故か笑顔になっている嶺二に首を傾げた。
「とにかく、お前にもあるだろ?殺意が沸いた瞬間ってよ」
「…まあ、無いことはない」
母親がどうこうは無いが、多い方でもある。こう、イラッとした時にあるかもしれないな。でも本当に瞬間的だ。その瞬間を過ぎれば割りとどうでも良くなるのだが。
「蛇神さんが言ってた事はこうだ。”殺意が沸いた瞬間に殺さなきゃ楽しくないでしょう?”だってさ。妖怪辞めて死神にでもなればいい。冗談抜きで」
先ほど言ったとおり、一瞬が過ぎれば割りとどうでも良くなる。それを蛇神は別の意味として解釈しているようだ。恐ろしい解釈である。
殺したいと思う衝動が強い時こそ殺した時の達成感が得られる。後悔なんてしない、爽快感があるのだと蛇神は嬉々と語っていたそうだ。自分にはどうにも死神の会話にしか聞こえないのは最近難聴のせいでないと信じたい。




